未承認国家のスルプスカ共和国の首都、バーニャ・ルーカを訪れることに
したのは、旧ユーゴの国民的歌手であるヤドランカ・ストヤコヴィッチの
お墓がこの街の郊外にあるため。

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現地に到着してから思い立ち、急遽、そのヤドランカが死ぬまで入院をしていた
高齢者介護施設を訪れることにしました。 たまたま、前日宿泊していた宿の
すぐそばにあり、歩いて15分程度の場所にあったため、ホームセンター
(この建物がこの施設への目印)で、ヤドランカにお供えする造花のバラを
購入しました。 最後、この施設を撮影していたところ、施設係員の方から、
怒られたのですが、『ここはヤドランカ・ストヤコヴィッチが死んだ場所ですか?』
と尋ねたところ、『そうだ』という答えが返って来ました。

ヤドランカが死亡した施設のすぐ隣りで、エスプレッソを飲みました。
ヤドランカもここに来たのかな?などと考えてしまいましたが、その後、
その斜め後ろにある教会へ移動。 カトリック教会なので、ヤドランカには
関係がないかも?とも思いましたが、すぐ隣りにある教会なので、とりあえず、
お祈りをしておきました。

【ヤドランカが入院していた施設】
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その間、宿泊先のセルビア人の管理人にメールを送り、中心部からかなり
離れたヤドランカのお墓に車で連れて行って貰えることになりました。 実は、
ヤドランカが眠る共同墓地は、中心部からは、8.5キロも離れており、歩くと
2時間強の道のり。 管理人の話では、新しく造った市営墓地なので、郊外に
あるそうす。

ヤドランカが入院したのは、東日本大震災直後の2011年のことで、その後、
2016年まで5年間もこの施設に入院していました。 不治の病のALSで、現代の
医学では、治療をすることすら出来ませんでした。 バーニャ・ルーカに
行きたいと思ってから、この地に来るまでに、7年半もの歳月が掛かってしまい
ましたが、この7年間、東京は、地獄のどん底で、ヨーロッパ旅行など、出来る
ような経済状態ではありませんでした。。 遅れてもバーニャ・ルーカに来れた
ので、ヤドランカはきっと許してくれると思います。

Gradsko groblje Vrbanja
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【Gradsko groblje Vrbanja】


造花のバラをお墓の上にお供えして、30分ほど、このお墓の前で色々お話しした後、
ヤドランカのお墓を後にしました。 サラエボで生まれ育ったヤドランカですが、
最後、どうして、バーニャ・ルーカを終の棲家にしたのかは、謎のまま。 管理人の
話では、恐らく、サラエボが完全にイスラム化したためだと言っていました。。

その管理人とは、次回、バーニャ・ルーカを訪れる際には、絶対にセルビア語で
喋れるようになってここに戻って来ると約束しました。



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