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    タグ:高台

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    東日本大震災の津波で死亡した七十七銀行女川支店(宮城県女川町)の
    元行員田村健太さん=当時(25)=の両親が2016年6月18日、初めて企業
    関係者を前に講演した。 銀行を相手に訴訟に至った経緯や、長男の健太さんに
    対する思いを語り、従業員の命を守る企業防災の大切さを訴えた。

    父孝行さん(55)と母弘美さん(53)が、カシオ計算機グループの労働組合で
    つくるカシオ関連労働組合連合会(東京)の要請で講演。 宮城県松島町の
    ホテルで15人が耳を傾けた。

    孝行さんは『企業管理下では勝手な行動ができない。 息子は銀行や仲間を
    信じて行動し、高台に逃げたかったのに支店屋上にとどまったのだと思う』と
    説明。 原因究明や改善策、謝罪を求め訴訟に臨んだものの、2月に敗訴が
    確定したことに触れ『息子らの身に起きたことを語り継ぎ、安全な社会を
    つくりたい』と語った。

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    田村さん夫妻は女川町で語り部活動を続けている。 弘美さんは『企業が真正面
    から惨事と向き合わなければ、真相は明らかにならない。 息子の経験を伝え
    教訓にしてもらうことが、せめてもの供養になると思い、震災からの5年3カ月を
    生きてきた』と話した。

    カシオ労連は17日に女川町の復興状況も視察した。事務局長の熊谷浩伸さん
    (45)は『震災に対する意識が薄れてきていると感じる。 震災の教訓を企業
    防災に生かし、災害に備えなければいけない』と語った。

    出典:河北新報

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    大震災では、大勢の外国人も被災した。 警察庁によると、2011年6月
    27日現在、死亡した外国人は29人。 うち7割近い20人が宮城県内で亡くなった。
    震災発生直後、外国人が取った行動を調べると、運に加え、『日本語』
    『近所付き合い』『防災意識』の3点が生死を分けた要因として浮かび上がった。

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    逃げる その時 外国人(宮城)出典:河北新報 2011年6月28日

    『高台に避難してください』 津波から多くの日本人の命を救った防災無線や
    ラジオの呼び掛けが、宮城県南三陸町のフィリピン人にはほとんど理解されて
    いなかった。

    35年前に来日した英語講師佐々木アメリアさん(57)は『心配していた通りに
    なった』と表情を曇らせる。 震災後、フィリピン人妻ら十数人に聞いたところ、
    『高台』『避難』の意味が分からなかった人が多かった。 大半は日本人の夫と
    逃げたか、隣近所の日本人に促されて逃げ、一命を取り留めたが、女性(29)が
    津波で亡くなった。

    アメリアさんによると、女性は日常会話は出来たものの、防災無線の日本語は
    聞き取れなかった可能性が高い。 石巻市のスナック勤めで、南三陸町の
    フィリピン人社会や、隣近所との付き合いはほとんどなかった。 『日本人の夫
    以外に、避難するよう教えてくれる隣人はいなかったはず』とアメリアさんは
    見る。

    流ちょうな日本語を話す千葉ジョイさん(44)は『私も『高台』『避難』の
    意味は分からなかった。 『高い所に逃げて』と繰り返し言われれば、助かった
    かもしれない』と同胞の死を悼む。

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    志津川中で避難生活を送る来日20年の小山ジュリエットさん(44)を救ったのは、
    防災無線を聞き取る日本語能力と夫からの電話だった。 地震と停電で通話
    出来ないと思っていた携帯電話が午後3時10分過ぎ、突然鳴った。

    『大津波が来る。 出来るだけ高い所に逃げろ』。 夫の宣広さん(42)だった。
    宣広さんは近海マグロはえ縄船の漁師。 太平洋の沖合数十キロで津波をいち
    早くキャッチし、衛星電話で危機を知らせた。

    地震発生時、海沿いにある水産会社の加工場にいたジュリエットさんは防災
    無線に従い、既に指定避難所の志津川小へ向かっていた。 途中、志津川
    保健センターにほど近い夫の実家に立ち寄った。

    直後、宣広さんから電話があった。 忠告に従い、義父母と一緒に高台に
    逃げた。 振り返ると『真っ黒な濁流が、数分前までいた小高い場所を
    のみ込んでいた』という。

    ジュリエットさんの友人の斎藤ジュリエットさん(44)は同じころ、日本人の
    夫と逃げた高台で、泣きながら上空を見上げていた。 『この世が終わる。
    イエス・キリストが降臨する』と。

    あの時、中国・大連出身の広岡燕燕さん(37)は宮城県山元町の自宅にいた。
    海岸まで約1.2キロ。 『地震が起きたら津波が来る。 すぐ役場へ逃げて』。
    日本人の夫の口癖が頭に浮かんだ。

    サンダル履きのまま、3キロ以上離れた町役場を目指し、長女歩実さん(7)と
    自宅を飛び出した。 道路はひび割れ、水が噴き出す。 空は暗く、海岸から
    真っ黒い土煙が追い掛けて来る。

    津波の恐怖と闘いながら、十数分走り続けた。 息も絶え絶えになり、道路に
    飛び出して白いワゴン車を止め、叫んだ。 『娘だけでも』。 ワタナベと
    名乗る男性が2人を乗せてくれた。

    津波は町役場の近くまで迫り、自宅1階は水に漬かっていた。 『夫の口癖と、
    親切な日本人のおかげ』。 山元町の仮設住宅で、燕燕さんは歩実さんの
    髪を優しくなでた。

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