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2011年の3月11日に発生した東日本大震災により、JR石巻線は、一時石巻⇔
女川駅間が不通となったが、その後、順次営業を再開して行き、被災から丸4年が
経過した2015年3月21日に津波で流出した女川駅が、内陸側へと数百メートル
程移転され、営業を再開した。

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これにより、石巻線は、全線での営業を果たした。 かつて女川駅の隣にあった
温泉施設『ゆぽっぽ』は、新しい女川駅の2階部分に新たに建設され、同じく、
駅前にあった無料の足湯も復活した。

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津波で流出する前の女川駅は、有人駅であったのだが、現在駅周辺は、津波で
全て流出したため、街の建設が急ピッチで進められてはいるものの、まだ街開きを
して間もないため、誰も住んではいない。

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かつて女川駅のすぐそばには、女川原発原子力保安委員会の建物があったのだが、
津波災害により、破壊されたため、被災直後にいち早く取り壊されて、瓦礫として
処理された。 現在、女川原発の放射線量は、約70キロも離れた仙台市宮城野区で
計測をしている。

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女川原発があるためなのか、東日本大震災により、住民の10人に1人以上が
死亡した最大の被災地である女川の情報が宮城県外で報道される事は、かなり
稀で、遡上高で43メートルの大津波により、原発付近の全ての集落が消滅した
ため、女川原発内に350名もの避難者が長期間避難をしていた事実を知るものは、
かなり少ない。

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この他にも、女川原発は、2011年4月上旬に非常用電源の電源消失事故を
起こしているため、あわや福島の二の舞いであったのだが、そのような不都合な
事実は全く報道しないのが、現在の日本のマスコミ。

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原発内の体育館に350名もの避難者が長期間避難をしていた事実にもかなり
驚かされるが、女川の実情を全く報道しない中央メディアには、疑問を禁じ得ない。
宮城県内のメディアでは、かなり報じているものの、それが全く東京には伝わって
いない。

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女川原発

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