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    タグ:閖上

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    東日本大震災で被災した宮城県名取市閖上地区で2016年2月14日、1985年の
    日航ジャンボ機墜落事故の遺族と、閖上や宮城県石巻市大川小、七十七銀行
    女川支店(宮城県女川町)などで愛する人を失った遺族が集い、交流した。
    悲痛な体験を語り合い、失った命の重さを共有した。

    出典:河北新報 

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    震災の記憶を継承する施設『閖上の記憶』には、墜落事故の遺族会『8.12連絡会』
    の3人を含め計17人の遺族らが集まった。 大川小で次女千聖(ちさと)さん=
    当時(11)を亡くした紫桃隆洋さん(52)は『家族という言葉が突然遺族に
    変わり、ためらいながら5年が過ぎた』と複雑な胸中を明かした。

    七十七銀行女川支店行員だった長男健太さん=当時(25)を失った田村孝行さん
    (55)は『つらさ、悲しみはあるが涙も出ない。 同じ苦しみを繰り返さない
    ために学んだことを後世に伝えたい』と述べた。

    墜落事故で次男健君=当時(9)=を亡くした8.12連絡会事務局長の美谷島
    邦子さん(69)は『私たちは風車と同じで、風の中でくるくる回ったり
    止まったりする。 一緒に泣いたりしながら少しずつ前に進んでいければいい』
    と話した。

    この日の交流は、閖上中で長男公太君=当時(13)=を失った同中遺族会代表
    丹野祐子さん(47)や、美谷島さんが呼び掛けた。

    丹野さんは昨年夏、墜落現場の御巣鷹の尾根(群馬県上野村)に登り、深い
    悲しみを抱えて30年間活動してきた遺族の思いに胸を打たれた。 『場所は
    違っても失った命を忘れないという思いは同じ。 何も言わなくても分かり
    合える遺族同士のつながりを今後も大事にしたい』と力を込めた。

    【お勧めの一冊】


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    東日本大震災で多大な被害を受けた、宮城県名取市閖上地区で、旧閖上中学校の解体
    工事が始まった。 周囲には、高台等はなく、この中学校が唯一の高い建物だったが、
    多くの命を救った中学校の解体は、大津波により、ほぼ更地となった閖上地区の安全面
    にも不安を残す結果となった。

    yuriagechu

    閖上地区の大震災前の人口は、5,612人だった。 しかし大津波で壊滅した閖上は、かつて
    活気に満ちた漁港を中心にほとんど更地と化してしまった。 名取市の犠牲者数は1,027人
    (不明者は119人:2011年6月10日現在)にも上っており、そのほとんどが閖上地区に集中
    している。 9月末の人口は2,410人となり、犠牲者だけでなく、多くの住民が閖上から姿を
    消したことを物語っている。

    多くの人が犠牲になった主因は、他地域と同様に、まさかここまで津波は来ないとの
    思い込みによる避難の遅れであるが、ここ閖上にはもう一つの要因、車での避難者が
    大渋滞に巻き込まれて身動きが取れないまま多数の人命が失われたことが挙げられる。



    2階に留まれば助かった公民館から津波が来る直前に強引に中学校に移動を指示した。
    公民館から一斉に避難を始めた車が渋滞に拍車を掛けた。 仙台方面への大動脈である
    閖上大橋上で事故があり通行止めになったため仙台方面への車がどんどん溜まり、
    たちまち身動きがとれなくなった。
     
    yuriage02720
    河北新報 <閖上中>悲しさ悔しさ…感謝 校舎と惜別
    宮城県名取市閖上地区で2015年12月24日、旧閖上中校舎の解体工事が
    本格化した。 関係者は複雑な思いで作業を見守り、校舎との別れを惜しんだ。

    校舎は1980年の完成。市は11月に正面の時計を取り外して以降、内装の解体や
    照明・備品の撤去を進めてきた。 この日から建物本体の解体を始めた。

    震災時は津波で1階部分が水没した。 周囲には高い建物がなく、3階や屋上などに
    住民らが800人以上避難して命をつないだ。

    同校に2年まで通った東北学院大1年菊地雄也さん(19)は、母訓子(のりこ)さん(52)と
    作業を見つめた。 「心のよりどころとして校舎を残してほしいという思いがあった。
    悲しさと悔しさが入り交じっている」と揺れる胸中を明かした。

    閖上で語り部の活動を続ける訓子さんは、義理の両親が避難して助かった校舎への
    感謝をにじませた。 「ここに素晴らしい学校があったことをしっかり語り継いでいく」
    と話した。

    市は早ければ本年度中に旧閖上小校舎の解体にも着手する。 同地区には新たに
    小中一貫校を建設する計画で、2018年春の開校を目指す。
    【お勧めの一冊】


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