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    タグ:門脇小学校

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    東日本大震災の最大の被災地、宮城県石巻市門脇町・南浜町地区では、震災から
    6年半が経過したが、復興が進んでいる場所とそうではない場所との『落差』が
    目立ち始めている。

    石巻市全体での死者数は3,282名となっており、行方不明者は699人となって
    いるが、この地区は、津波とその後に発生した火災により完全に廃墟と化した。
    被災前までは、約1,700世帯が住んでいた住宅街であったのだが、被災前までの
    名残は一切残ってはいない。

    【被災から6年半が経過した石巻市門脇地区
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    一部では、住宅地が復興したが、一部は道路となり、現在では、あちらこちらで
    工事中だらけとなっており、度々移転を繰り返している『がんばろう石巻』の
    看板のある場所にたどり着くのでさえ、ままならない。 基本的に右折が出来ない
    個所ばかりであるため、車での移動も非常に難しくなった。

    この地区には、災害復興住宅が建設されたが、この地区を襲った津波の高さは、
    約6.9メートルであるため、再度津波が襲った際には、また同じ過ちを繰り返すので
    あろう。 日和山へと登る階段の麓には、1つだけ商店が出来たが、住民がまばらで
    あるため、売り上げ増も期待出来ない。

     

    被災直後に炎に包まれた門脇小学校は、現在では廃校となり、この先、のこ地区での
    人口増が全く望めないという理由により、石巻小学校と統合された。 2012年の
    紅白歌合戦で、長渕剛がライブ中継を行った校庭には、その面影すら残っては
    いない。

    最近では、テレビ等でも全く報道されなくなった東日本大震災最大の被災地は、
    復興もままならないままの状態で、人気も無くひっそりと静まり返っていた。

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    東日本大震災で被災した宮城県石巻市の大川、門脇両小の校舎について、
    亀山紘市長が2016年3月26日、保存することを正式表明した。 記者会見での
    主なやりとりは次の通り。

    ◎遺族への配慮 在り方探る 出典:河北新報

    -保存を決めた理由は。
    -『最大被災地の石巻市で、大災害の教訓を伝えていくことが重要。 命が
    奪われたことが一番の教訓。 大川小は児童と教職員計84人が犠牲となった。
    悲しみを伴う事実を伝えるためにも校舎を残す意義はある。 門脇小は津波と
    火災の痕跡があり、校舎にいた人は裏山の日和山に逃げて助かった』

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    『実際に被害を受けた建物を見るのと、映像を見るのとでは伝わり方が違う。
    保存の期限は決めていない。 できるだけ長期にわたり伝承していくことが
    必要だ。 語り部をしている遺族らの協力も受け、防災・減災の取り組みを
    していきたい』

    -もっと議論すべきではなかったかとの声がある。 『民主的にさまざまな
    -『意見を聞き、結論に至った。 保存、解体の両論が拮抗しているのは間違い
    ないが、震災から5年を迎えた今、先送りせず保存を決めるべきだと考えた。
    解体を望む遺族らのつらい思いに配慮した保存の在り方を検討していく』

    -仮に亀山市長が交代した場合、後任に両校舎をどうつないでいくのか。
    -『住民らとの話し合いを今後進める中で両校舎の具体的な残し方について合意
    していけば、首長が代わったとしても重要な遺構として伝わっていき、保存
    方針が変更されることはないと思っている』

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    ブログネタ
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    東日本大震災から、4年半以上が経過し、一部では、既に大災害の風化すら終わって
    いるが、3,500名以上の死者を出した、最大の被災地である、宮城県石巻市では、
    未だ、震災以降に関する意見がまとまってはいない。 子供を失った遺族の間でも、
    意見が分かれ、話がまとまらないためだ。

    石巻市は、今月の28日にも、市民に対して、門脇小学校と大川小学校の両校舎を震災
    遺構として、存続を問うためのアンケートを送付するが、未だ意見は容易にはまとまり
    そうにない。

    石巻市は、12年ほど前の宮城県連続地震でも被災したが、その時の震災遺構は、
    何一つとして残さなかったため、既に記憶の彼方に消え去っている。 同じような
    誤ちを繰り返さないためにも、震災遺構は、必要なものだが、市民の納得は、容易に
    得られそうもない。

    【石巻市立大川小学校付近】


    <震災遺構>亡きわが子と会うため通い続ける
    東日本大震災の津波で児童と教職員計84人が犠牲になった宮城県石巻市大川小の
    児童遺族が、悲しみを抱きながら被災校舎に通い続けている。 震災から4年7カ月
    たった今も教室などで、わが子に思いをはせる。 大川小と門脇小を震災遺構候補に
    挙げる市は28日にも、両校舎の保存の賛否などを問う市民アンケートを送るが、
    遺族からは「遺構としての意義をじっくり考える過程が必要だ」と異論もある。

    「ここに来ると娘がいるなという気持ちになり、心が落ち着く」。 只野英昭さん
    (44)は20日、校舎を訪れ、3年生だった長女未捺さん=当時(9)=が学んだ
    教室を丹念に掃除した。 市の相談員や臨床心理士と合流し、校舎を歩きながら
    震災前の様子などを語る。 市震災心の支援室が2014年度から、市立小児童
    遺族ら約150世帯を対象にした支援の一環だ。 只野さんは相談員ら2人に
    現在の心境を打ち明けた。 「校舎を残したい遺族や壊したい遺族が本音を
    話し合い、理解を深めるプロセスが大事。アンケートの実施は尚早だ」

    大川小の児童遺族は54家族に上る。学校との関わり方は一様ではない。花壇の
    花植え、慰霊碑の清掃、行方不明者の捜索…。
    一方、「同じ悲劇を繰り返してほしくない」との思いは多くの遺族に通じる。
    6年生だった次女真衣さん=当時(12)=を失った鈴木典行さん(50)は9月、
    文部科学省の学校事故対応に関する有識者会議ヒアリングに出席した後、記者会見で
    訴えた。 「遺族の気持ちに近づかなければ絶対に良い事故対応指針はできない。
    想像してください。 なぜ、亡くなったわが子を抱きしめなければいけないのか」
    鈴木さんは校舎の外にあるプールを修復し、17年夏に水を張る構想を描く。
    14年夏に校舎を訪れた際、土砂の積もったプールが目に留まった。 
    「子どもたちが楽しみ、笑顔があふれていた場所。きれいにしたい」。 1人で
    土砂を取り除く活動を始めた。 理解を示したボランティアや遺族ら十数人が
    加わり、約2カ月かけて除去した。
     
    亀山紘市長はアンケートなどを踏まえ、年度内に保存の是非を判断する方針。
    神奈川県の高校2年生50人が研修旅行で26日、大川小を訪れ、6年生だった
    次女みずほさん=当時(12)=を亡くした佐藤敏郎さん(52)の話を聞く。
    佐藤さんは「悲しみは校舎がなくなっても消えるものではない。 悲しみを
    多くの方に伝えることで命の大切さを深く考えることにつながると思う」と
    訴える。 
    shibousyamap

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