多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

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    タグ:長岡

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    幕末の日本、越後長岡藩が輩出した風雲児・河井継之助の生涯をたどれば、
    彼の目指した改革と社会がわかる。

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    人の世に生きていくということは、苦しいことも、うれしいことも
    色々あるものだ。 その苦しいことに耐えられなければ、何事も
    成し遂げられない。

    学問というものは、実行しなければ何の役にもたたないものである。
    英雄の気質を備えているものほど、なお一層危険にあうものだ。
    法や制度は清廉で能力のある人間がいて、始めてその成果が出るものだ。
    人を得ずして法だけあるのは、かえって危険である。

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    無理には使わず、快く承知をさせて、使うもの使わないものも、互いに
    愉快に仕事をするのが得。

    従者の外山修造(寅太)にこの世の中は面白くなってきた。 寅や、何でも
    これからのことは商人が早道だ。 思い切って商人になりやい。

    天下になくてはならぬ人になるか、あってはならぬ人になれ。

    【お勧めの一冊】


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    重要伝統的建造物群保存地区の大内宿までの日帰り旅行。 まずは、
    長岡駅前でレンタカーを借りて、新潟と福島の県境にある峠超えに挑みます。
    県境の峠を越えてすぐのところに、田子倉湖を展望出来る展望台があります。
    遊覧船も運航しているという、かなり大規模な人造湖です。 尚、長岡側から
    行くと、新潟と福島の県境付近は1時間程度に渡り、電波が入らなくなるため、
    俗世間に未練があるお方は、その手前で用事を済ませるべし。



    田子倉水力発電所は、電源開発(J Power)が建設した、関東へ送電する
    ためだけの施設となっており、現在、電源開発は、この他にも、青森県の
    大間にも原発の建設を進めており、こちらも関東へ送電することのみを目的
    としているため、地元でこの電力が使われることはありません。

    福島県は、東日本大震災で被災前するまでは、日本一の発電力を誇る県でしたが、
    現在2つある原発は停止中となっており、残りの火力と水力発電所の殆どが
    東京電力、あるいは、電源開発の施設となっています。 実際に福島の人たちが
    使っている電力である東北電力の発電所は、ほんの数箇所のみ。 福島の原発
    事故は、この歪んだ送電方法が生み出した事故とも言えるため、関東へ送電する
    ための施設は、原発に限らず、福島からは出て行くべきです。

    福島から電気だけを送電して貰い、事故で巻き散らかされた放射性物質は、全て
    福島に押し付けているのが、今の関東の実情です。 都内各地で開催されている
    脱原発集会では、このような不都合な事実は一切公表されていため、インテリぶって
    脱原発を声高に叫んでいる人たちでも、この事実を全く知りません。 よって、
    自称リベラルが主張している内容は、かなり間違っています。 関東の学校では、
    このような事実は教えずに、伏せています。

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    会津地方のお土産は、起き上がりこぼしと絵ろうそくが有名で、福島県は、
    戊辰戦争にさえ負けなければ、会津県、あるいは、若松県という県名になって
    いたと思います。 現在の福島市は、実際は、この会津藩の分藩のような街で、
    明治政府によって、無理やり県庁所在地にさせられた場所であるため、特に
    何もありません。

    塔のへつりは、会津鉄道沿線の中でも、最も風光明媚な場所として有名です。
    へつりとは、この地方の方言で、『断崖絶壁』という意味だとか。 この場所は、
    駅から徒歩5分程度と交通の便も良く、大内宿に行くバスも、この景色を見る
    ために、数秒間だけ停車します。 つり橋は、かなり揺れるので、注意が
    必要ですが、たまには、このような大自然を楽しむのも一風かと思います。

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    会津旅行のハイライトと言えば、大内宿。 会津西街道の時代絵巻さながらに、
    江戸時代の原風景が今尚息衝く宿場町が大内宿となっております。 と言っても、
    国道からは5キロ以上も離れているため、かなりひっそりとしているのかと
    思いきや、ド田舎の山奥に忽然と現れる福島を代表する一大観光地となって
    いるため、土日祝日ともなれば、見渡す限り、ひと、人、ヒトの波。 原発事故
    なんてなんのその、県庁所在地の福島駅前のメイン通りなんぞよりも人が歩いて
    おりますので、ご注意下され。

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    旅の締めは、長岡市栃尾で名物の油揚げを購入♪ 栃尾に着いた時点で、既に午後
    6時を過ぎていたため、帰りに道の駅に寄って、油揚げを買おうとしていた計画が
    水の泡。 とりあえず、道端に油揚げ屋が2軒あったので、2軒目のお店に
    レンタカーで突入。受付のおねえさん(世間ではおばさんとも言うw)が、
    『豆乳アイスクリームも如何ですか?』と聞いて来たため、ここまでわざわざ来た
    からには、清水の舞台どころか、東京スカイツリーの上からでも飛び降りる覚悟で、
    ひとつ買わねばなりますまい。

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    最後に、アイスクリームを食べ終わって、帰えろうとしたところ、先ほどの
    おばさ・・・もとい、おねえさまから『器がエビせんになっていますので、
    お持ち帰りにしますか?』と言われ、新潟の人たちは、器まで食べるのか、
    ヘーとか思いつつ、お店を後にしました。

    【お勧めの一品】


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    明治17年(1884年)、儒学者の家系に生まれた高野五十六は、聡明で、中学の
    頃からベンジャミン・フランクリンを尊敬、猛勉強するなど、広い視野を持って
    いた。

    五十六の名前は、当時の父親の年齢から採ったもので、母親も45歳と高齢であった。
    旧長岡藩家老、山本帯刀家を継ぎ、旧会津藩士族の娘と結婚。 文武両道、
    質実剛健、常在戦場の長岡らしい精神に磨きが掛かる一方、石油や航空に早くから
    注目していた。 リンドバーグの大西洋横断にも触発され、特に航空の重要性を
    力説した。 太平洋戦争開戦時、その先見性を世界に実証した。

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    当時、仮想敵国であったアメリカを視察した山本は、アメリカとの開戦には、
    あくまでも反対であった。 『この身滅ぼすべし、この志奪うべからず』と、
    わが身の危険を省みず、日独伊三国同盟に断固反対した姿勢は、人々を愛し、
    郷土を愛し、慈悲の心を強く保っていたからこそである。



    だが、その意に反して、連合艦隊司令長官として未曾有の大戦争の指揮を執った。
    長岡空襲は、山本の故郷という理由で行われた。 TVで米国マスコミ取材に当時の
    軍関係者が、山本五十六の故郷だから国民の戦意喪失のために空襲をしたと
    語っている。(ただし、当時の長岡市には、理化学研究所(理研)の研究施設が
    あり、この理研の施設を攻撃することが目的であったとも言われている。

    昭和18年(1943年)ブーゲンビル島で戦死。 最終階級は元帥海軍大将。 激動の
    世紀に、しなやかかつ、力強い心で生きた山本五十六の人生は、故郷長岡市の
    山本五十六記念館で今でも語り継がれている。

    【お勧めの一枚】


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