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    タグ:都市

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    首都オスロは、南の海岸から長さ97kmのオスロフィヨルドを北に入った奥にある。
    オスロは1050年頃、国王ハラール3世によって建設された。 1624年に退化のため
    破壊されたが、クリスティアン4世が再建し、市民はこの王の名に因んで、都市の
    名をクリスティアニアと改めたが、1925年にオスロの名が復活した。

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    オスロは、1905年にこの国がスウェーデンから独立して以来ずっと、首都としての
    機能を果たしている。 また、ノルウェーの商業、工業、文化の中心でもある。
    人口はおよそ45万人で、面積は453平方キロメートルとなっている。 オスロの
    面積の3分の2は森林と湖沼で、保養地としても理想的となっている。 この
    都市の主要な工業は造船業で、化学薬品、機械、金属、紙の製造も盛んである。

    市外の中心にはカール・ヨハンス通りと呼ばれる大通りがあり、豪華なグランド
    ホテル、黄色いレンガの国会議事堂、オスロ大学、国立劇場などが建ち並んでいる。
    この大通りの起点は中央駅で、終点は王宮庭園である。

    国立絵画館、ヴィゲラン彫刻公園、青空民衆美術館、ヴァイキング船舶博物館なども
    国の内外の観光客が良く訪れる場所である。

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    【その他の都市】
    ノルウェー第2の都市ベルゲンは、人口およそ21万人で、いくつもの山岳に囲まれた
    渓谷にある。 1070年に国王オーラフ3世によって建設された。 何度かの災害に
    みまわれ、また第二次世界大戦による災害を被ったにも関わらず、12世紀に遡る
    数多くの歴史的な建物を保存している。 この都市はノルウェー西部第一の港で、
    文化、漁業、工業の中心となっている。 工業製品としては、鉄鋼、船舶、
    漁業用具、加工食品、林産物、電気製品などがある。

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    トロンヘイムはこの国最古の都市で、人口は13万4,000を越え、ノルウェー第3の
    都市となっている。 997年に国王オーラフ1世によって建てられた。 その頃は
    ニダロスと呼ばれ、1380年までノルウェーの首都であった。 11世紀に、この国の
    守護聖、国王オーラフ2世の墓石の上に建設された大寺院ニダロスドーメンが、
    偉容を誇っている。 トロンヘイムは周辺の農業地帯の商業の中心で、また銅、
    鉄鋼石、木材、業業の輸出の中心でもある。

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    第二次世界大戦中、カナダはイギリスに協力して反独同盟に加わったが、直ちに
    徴兵したり、海外に兵を出したりはしなかった。 1941年の末、カナダはイギリス
    及びアメリカ合衆国と同盟し、日本に対して宣戦を布告した。 やがて、100万人
    以上のカナダ人の男女が従軍し、アジアやヨーロッパの戦闘に加わった。 死傷者は
    9万人を超えた。

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    1945年に終戦を迎えると、カナダは国内の改革に関心を向けた。 戦争で荒れ
    果てたヨーロッパやアジアの国々から、大量の移民がやって来た。 都市の
    人口は増大して、郊外が広がって行った。 住宅の需要が高まり建設業が繁栄した。

    キング牧師が目指したのは、全カナダ人の福祉を確立することだった。 同政府は
    失業保険、復員軍人恩給の充実、老齢年金の増額、医療制度の改善などをはじめ、
    広い範囲に渡る社会保障制度を立法化した。 この制度が一助となって、一般の
    人々の生活水準は上がった。

    他の分野においても、カナダの努力は目覚しい発展をもたらした。 アルバータ州で
    新しい油田が発見され、ケベックとオンタリオ両州では大量の鉱物資源が見つ
    かった。 交通が発達し、水力発電も増えた。 製造業は消費者の需要の増大に
    合わせて、生産を向上させた。 アメリカ合衆国を筆頭に諸外国がカナダの新しい
    工業に莫大な資本を投下するようになった。

    1949年、ニューファウンドランドは住民投票によりカナダ第10番目の州になる
    ことを決定した。 これはニューファウンドランドが始めてカナダの繁栄を認めた
    ことを物語っている。

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    【ベルリン】
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    ドイツ北東の平原にある人口346万人のベルリンは、1200年代にベルリンとケルン
    (ライン川沿いにあるケルンとは無関係)という2つの街に分かれていた。
    これらはシュプレー川の両岸に位置し、それぞれが商業の中心地であったが、
    1397年に合併し、1701年にはプロイセン王国の行政上の中心地となる。 1871年に
    ドイツ帝国が建設されて以来1945年まで、ベルリンはドイツの首都であった。

    第二次世界大戦でドイツが敗北した後、戦勝国のアメリカ、イギリス、フランス、
    ソ連がベルリンを占領する。 後にベルリンは東西に分断され、東ベルリンは
    共産主義である東ドイツの首都となり、西ベルリンは本土から切り離されはしたが、
    西ドイツの一部として残った。

    東ドイツの共産党政権は、国民が西ドイツに逃亡するのを防ぐため、1961年に
    西ベルリンの周りに強固な壁を造った。 1989年に東ドイツ政府が国境を開くと、
    ベルリンの壁は壊され、ほどなく2つのドイツは再統合、連邦政府を西ドイツの
    ボンからベルリンに戻す計画が始まった。

    第二次世界大戦の爆撃でベルリンは大被害を被ったものの、いくつかの建物は戦災を
    免れた。 例えば、国立オペラ劇場や国立図書館は18世紀にまで遡ることが出来、
    帝国議会は19世紀後半にドイツの議会場として建築された。 西ベルリンのメイン
    ストリート、クーアフェルテンダム通りの近くには、ヴィルヘルム皇帝記念教会が
    たっている。 爆撃で一部破壊されたこの教会の残骸は、戦争をいつまでも忘れない
    ようにとそのまま残された。

    ベルリンは製造業の中心地でもある。 エレクトロニクス、機械、化学製品、
    鋼鉄、衣類、繊維、ゴム製品などが作られており、シュプレー川の工業港は北海、
    バルト海と運河で結ばれている。 ベルリンは重要な民間空港、軍事空港を備え、
    また、北ヨーロッパにおける鉄道網の中枢を成している。

    【その他の都市】

     1800年代に新しい産業が始まると、地方から仕事を求めてやって来る人々に
    よって、ドイツの都市は急速に発展した。 第二次世界大戦中には、多くの都市の
    中心部が損害を被ったが、戦後の復興によって大都市は再建された。 現在8,057
    万人の人口のうち、85%が都市に住んでいる。 これはヨーロッパでも随一の都市
    集中率である。

    【ハンブルグ】
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    人口170万人のハンブルグは、エルベ川のほとりに位置する北西ドイツの都市
    である。 810年にカール大帝により建設された時には『ハマブルグ』と呼ばれて
    いた。 12世紀には、北ヨーロッパの貿易共同体であるハンザ同盟に加盟し、
    これが解散した後も、ドイツの主要港として、『自由ハンザ都市ハンブルグ』
    という歴史的名称を名乗り続けている。

    ハンブルグの工業地帯では船舶、鉄製品、鉄鋼品、化学製品、光学機器、材木などが
    製造されている。 工業地域が広範囲に及び、また、大規模な港の設備があるにも
    関わらず、年の半分以上は緑で覆われ、公園も多い。

    【ミュンヘン】
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    バイエルン州の州都であるミュンヘンは、人口123万人で、芸術的な活気であふれた
    都市で、コンサートホール、劇場、美術館などは市の後援を受けている。 また、
    ドイツの巨大なビール産業の中心地であり、年に1度のビール祭り『オクトーバー・
    フェスト』は、世界各地からやって来る人々で賑わう。 この他、ミュンヘンでは
    自動車、飛行機、電子機器などが製造されている。

    【ケルン】
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    ドイツ最古の都市のひとつである人口100万人のケルンにまず移り住んだのは、
    古代ゲルマン民族のウビィー人であった。 現在ケルンで最も有名な建造物は、
    完成までに600年もの年月を要したケルン大聖堂である。 主な産業は化学製品、
    繊維、自動車、チョコレートであり、有名な香水『オーデコロン(ケルンの水)』は
    18世紀にこの地で初めてお目見えした。

    【フランクフルト】
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    ハプスブルグ家出身の多くは、フランクフルトの大聖堂で戴冠式をあげた。
    また、マイン川沿いのこの街は、ドイツで始めて選挙によって議員が選出された
    地でもある。 商工業の中心地であるフランクフルトには、皮革製品、薬剤、
    化学製品の工場があり、金融の中枢として、ドイツの中央銀行や証券取引所の
    本部が置かれている。 また、毎年開かれる国際書籍市には、多くの作家、
    編集者、出版業者が訪れている。

    【ドレスデン】

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    10世紀に開発が始まった人口50万人のドレスデンは、後にドイツの強力な国家
    ザクセン王国の首都となる。 美しい教会や人目を引く宮殿があるこの都市は、
    1800年代後半に製造業の中心地となった。 しかし、1945年の空襲により、
    建物のほとんどが瓦礫と化してしまい、現在建築家たちが教会や記念碑の再建に
    務めている。 また、近くにある街マイセンでは、1713年にヨーロッパ初の
    白色硬質磁器が作られた。

    【ライプツィヒ】
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    ドレスデンから北東およそ100km行ったところには、人口50万人のライプツィヒが
    ある。 河川や鉄道で巧みに連携されているこの街は、かつてはドイツの出版業の
    中心地であった。 現在は、多くの見本市が開催され、世界中の製造業者が訪れて
    いる。 ライプツィヒの工業には鉄鋼、化学製品、プラスチック、繊維、衣類など
    がある。

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    16世紀に宗教改革を成し遂げたことによって、スイス同盟の結束は強化され、
    その世紀末には、同盟は13州に増えた。 ヨーロッパの他の国々では、新教と
    旧教の対立が切っ掛けで、三十年戦争(1618年~1648年)になるが、スイスは
    中立の立場をとった。 三十年戦争を終わらせたウェストファリア条約で、
    スイスの独立と中立が法的に認められた。



    やがて、スイス各州の指導者によって、全州をゆるくまとめる政府がつくられ、
    国会と呼ばれる総会が開かれ、各州から2人の代表が送られた。 だが、国会は
    定期的に召集されるものではなく、元々強い権力を与えられていなかったので、
    各州の重要な決定は依然として州政府が行っていた。 更に、宗教も州によって、
    ローマカトリックかプロテスタントに分かれていた。

    住民のほとんどがカトリック信者であった農村州では、住民は『ランツゲマインデ』
    と呼ばれる州民集会に直接参加して、法案などを投票で決めた。 ベルン、
    フルブール、ゾーロツェルン、ルツェルンなどのようなプロテスタントの多い
    都市州では、富裕な地主の一族が州政府を支配していた。

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    チューリヒ、バーゼル、シャウハウゼンの各州も政治の仕組みはこれと同じ
    だったが、支配者は地主ではなく、交易で富を築いた商家だった。 スイス同盟は、
    国家として団結が掛かったため、州との間で対立が生じることもあったが、何とか
    安定を保ち、紡織と時計産業の発展に力を注いだ。

    18世紀になると、スイスの産業は繁栄した。 小作人は乳牛を育て、穀物を栽培し、
    町の製造業者に食料を売った。 また、羊を飼い、紡績業が盛んな州に羊毛を供給
    した。

    18世紀末には、チューリヒ、グラールス、バーゼルの繊維産業が活発になる。
    ジュネーヴとジュラ山脈地方の小規模な時計製造業は、国際的な産業に発展した。

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    イギリスの首都であるロンドンは、イングランドの首都でもあり、イングランド
    南東部にある。 ロンドン市と郊外を合わせてグレーター・ロンドン
    (大ロンドン)と呼び、人口は約820万人以上となっている。  ロンドンには
    2000年以上も前から人が住んでいた。 古代にはラテン語で、ロンディニウムと
    呼ばれるローマ人の町だった。 5~14世紀まで続いた中世には、活発な貿易都市
    として栄えた。



    ロンドンの現在の中心地は、シティ・オブ・ロンドンまたはシティ)と呼ばれ、
    紀元前1世紀、ローマ人が住み着いたのはここである。 今はイギリスの金融
    機関が軒を並べ、また、近代的なビルの間にセントポール大聖堂やイングランド
    銀行等、由緒ある建築物がある。

    国会議事堂等の政治の中心やショッピング街、歓楽街もロンドンの中心部にある。
    近年、開発によって、海軍造船所があったところ(かつてロンドンの大商業活動の
    中心地)は、印刷工場、商店、レストラン、事務所、高級住宅街等に姿を変えた。
    これkらの地域の他、大ロンドンには、活気ある地域や、歴史的に有名な地域が
    あり、多様性に富んでいる。

    首都ロンドンを取り囲んでいるのが『グリーンベルト』と呼ばれる緑地帯で、
    ロンドンが広がり過ぎないように作られた。 市の住宅課には、グリーンベルトの
    外にあるニュータウンに住宅を確保し、低所得者層をロンドン中心部を取り囲む
    スラム街から移転させた。 だが、ロンドンには多くの都市と同じように、過密、
    犯罪、貧困という問題に直面している。 外国人移住者達の間で暴力事件が起きて
    いる自治区も多い。

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    【イングランドのその他の都市】
    ロンドンはイングランド最大の都市だが、他にも人口の多い都市がある。 多くは
    19世紀の産業革命によって、産業が拡大し、就職口が増え、労働者を引き寄せ、
    人口が急増する形で発展して来た。 このうち6つの都市(バーミンガム、
    マンチェスター、リーズ、リバプール)は、1974年のイングランド地方制度改革
    により、周辺の都市群を含めて特別都市とされ、州と同格になった。

    バーミンガム(人口100万人)は、12世紀に既に産業が興り、19世紀には、天然
    資源のうち石炭と鉄鉱石の鉱床があったことで、重要な製造業の中心となり、
    人口が激増した。 第二次世界大戦(1939~1945年)では、大爆撃を受けたが
    再建され、更に発展した。 主な産業は、自動車、電子機器、機械である。

    マンチェスター(人口約49万人)は、19世紀に繊維産業の中心地になった。
    マンチェスターシップ運河によってマージー川と結ばれ、大型貨物船も運航出来る
    ようになった。 また、金融業も盛んで、国際空港もあり、他の都市への鉄道の
    接続も良い。 特に化学製品、衣料、コンピューター、食料、機械、電子機器が
    作られている。

    リーズ(人口約71万人)は、毛織産業の中心地で、イギリスの毛織産業や化学
    繊維の多くは、ここで生産される。 イングランド北部の中心地、エア川沿いに
    あり、エア川は運河でリバプールに繋がっている。 14世紀に毛織産業の要として
    建設されたが、今日では、工業、文化、教育分野のイングランド北部における
    中心地ともなっている。リーズ大学は、イギリス最大の高等教育機関のひとつ
    となっている。

    マンチェスターの西にあるのがリバプール(人口約44万人)で、アイリッシュ海に
    面するイングランドの主要港がある。 しかし、第二次世界大戦で埠頭が大被害を
    受けてからは、寂れている。 失業率は高く、港湾設備は不十分だが、それでも
    リバプールは港による収入に頼るしかない。 他にも、自動車組み立て工場、
    製粉所、精糖所等がある。 1960年には、ポピュラー音楽に革命をもたらした
    ビートルズの本拠地として有名になった。

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