1939年、ドイツのポーランド侵攻で第二次世界大戦が始まった。 フランス、
イギリス、アメリカ、ソ連の連合軍は、ドイツ、イタリア、日本の枢軸国と戦った。
チェコスロバキアでは何十万人もの労働者、学生がドイツ軍の兵器調達のために
強制労働をさせられた。
反ナチス分子と、約10万人のチェコのユダヤ人は捕らえられ、強制収容所へ
送られた。 ドイツが既にチェコスロバキアのほとんどの都市を占領していたので、
チェコの都市は、市街戦や爆撃を受けず、他のヨーロッパの諸都市と比べれば、
被害は少なかった。
イギリスへ逃れたベネシュは、戦時中、ロンドンにチェコスロバキア亡命政府を
樹立した。 また、ソ連との友好条約に署名した。 その頃、チェコスロバキアの
各政党は、ナチス占領軍に抵抗するレジスタンスを組織した。 例えば、
チェコスロバキア共産党は、ソ連の首府モスクワで、レジスタンスを組織した。
1944年、レジスタンスは、東部ヨーロッパ戦線でのドイツの劣勢を利用して、
作戦を展開した。 1945年5月、連合軍がドイツの首府ベルリンに侵攻した時期に、
プラハの抵抗も最高潮に達した。 ドイツ軍が全面降伏した5月7日、ソ連軍と
チェコスロバキアのレジスタンスは、プラハを手中に収め、アメリカ軍は
南ボヘミアを占領した。
戦争終結後、アメリカ、イギリス、ソ連は、中央ヨーロッパの将来について
ポツダムで会談を開いた。 3カ国は、チェコスロバキアを復活され、250万人の
ズデーデン・ドイツ人をドイツへ強制移住されることに合意した。 ベネシュ
大統領の下で、チェコスロバキア政府はソ連と同盟関係にあった。
次第にソ連は、チェコスロバキアだけではなく、近隣諸国にも強い影響力を
及ぼし、支配するようになった。
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