横浜通詞 ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

記事カテゴリーに CIS独立国家共同体(旧ソ連邦) 他を追加しました♪
    ブログランキングに参加していますので、クリックをお願いします!
    にほんブログ村 外国語ブログへ
    にほんブログ村
    人気ブログランキング

    タグ:言論の自由

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    ハイドパークは、ヘンリー8世が鹿狩りのためにウェストミンスター寺院から
    入手したものであり、その最古の一角は、イーバリー卿の荘園跡であった。
    この荘園は、広さが当時の土地の単位で1ハイドであったことから、これが公園の
    名の由来となったと言われている。

    ハイドパークは、ウェスト・キャリッジ・ドライブと呼ばれる道路1本を隔てて
    ケンジントンガーデンはと一続きになって、ロンドンの真ん中に広大な緑地を
    提供している。 ケンジントンガーデンは、元々、ハイドパークの一部であった
    ものを1689年にウィリアム3世と王妃メアリとがケンジントン宮殿に移り住んだ
    際に、ハイドパークから分離して造ったものである。

    f09f271701

    ハイドパークはまた、1851年には万国博覧会が開催された事でも良く知られて
    いるが、とりわけ有名なのは、公園の北東角のマーブルアーチとスピーカーズ
    コーナーである。 現在、マーブルアーチの建っている近くには、18世紀まで
    タイバーンの処刑場があり、見せしめのために残酷な処刑が行われたが、人々は
    あたかも見世物でも見物するかのようにそうし絞首刑を見に行った。

    19世紀半ば頃からハイドパークは、労働者たちの集会の場所となっていたが、
    そのような中デスピーカーズコーナーは自由な演説と集会の保証された場所と
    考えられるようになり、イギリスの言論の自由を体現した象徴的な場所であると
    考えられた。 かつては、マルクスやレーニンといった革命家やジョージ・
    オーウェルなどのジャーナリストなどもスピーカーズコーナーで演説をした事が
    あるが、現在では、日曜日に脚立や木箱を演台にして色々な人が好き勝手な
    話をしており、それを観光客がとりまいて面白がっている光景が見られる。

    Hydepark1

    【お勧めの一品】


    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ヨーロッパ情報へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    ヨーロッパなどの国際社会では、社会批判が社会の抑止力として機能をしており、
    特に、何もかも否定をするのが当たり前のフランスでは、この傾向が強い。 では、
    どうして、社会批判が、社会の抑止力になり得るのかと言うと、様々な視点から
    物事を見る事が出来るからである。

    例えば、日本のように、肯定的な意見しか許さず、皆同じような意見の人間ばかりで
    凝り固まってしまった場合、誰もそれを止める事が出来ずに、あらぬ方向に社会が
    進んでしまう事が多々ある。 同じような意見ばかりを述べていると、例え間違って
    いたとしても、誰もそれを否定出来なくなるため、抑止力が利かなくなるのである。

    そもそも、社会批判をする際には、それなりの知識が必要となり、当然、自分の頭で
    色々と考えなければならないのだが、思考停止社会では、それが出来ず、何もかも
    上からの言いなりとなってしまうため、他者と異なる事を極端に恐れる、いわゆる、
    監視社会となってしまう。

    3cac60c2

    日本社会が息苦しいと言われているのは、正にこの点で、一度過ちを犯したり、
    道を外れてしまうと、二度と全うな道には戻れないため、自殺者が後を絶たない。
    国が国民を治める場合、何も考えずに、意見も言わない国民の方が当然コントロール
    しやすいため、いわゆる、独裁国家では、このような状況に陥りやすい。

    独裁社会でもない日本が、このような状況に陥ってしまったのは、ひとえに、政治が
    原因であり、ちょっとしたネガティブな話題ですら一切許さない、許容性のなさから
    来ている。 政治批判すらままならない日本の社会には、絶望を通り越して、
    恐怖すら感じるのだが、たった一人がクレームを言い出しただけで、一々右往左往
    する社会にも疑問を感じる。

    0400

    そもそも、日本には、無責任な言論の自由はあるものの、責任を伴った言論の自由は
    存在していない。 よって、適当な事柄は、散々意見されるものの、実際に困った
    状況に陥った際には、見捨てられる事が多い。 綺麗ごとばかりを言っている間に、
    現実をまともに見る事すら出来ない人間が多くなったのではないだろうか。

    680x335

    『前向き』や『ポジティブ』を常に口にしている人も多いのだが、本当の『前向き』や
    『ポジティブ』とは、ネガティブな事柄や、不都合な事実にふたをして、見て見ぬ振りを
    する事ではない。 本当の『前向き』や『ポジティブ』とは、ネガティブな事柄をしっかりと
    受け止めた上で、プラス思考で居られる人たちの事。 よって、ネガティブな事柄を
    全く受け入れられない人達は、単なるネガティブ。

    社会批判や政治批判は、決してネガティブな事柄ではない。 堂々と自分の意見を
    公の場で述べる事こそが、言論の自由であり、ひいては、社会浄化へも繋がって行く
    ため、間違っていると思う事柄は、どんどんと否定して行った方が良いと思う。
    多様性を認め合える社会こそが、真の自由主義なのではないだろうか。

    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ヨーロッパ情報へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
    ブログネタ
    話題のニュース に参加中!

    渋谷と銀座では、週に2~3回程度、必ずデモを行っているが、その中心は、『反原発』と
    『戦争法案反対』。 東京に住んでいると、東日本大震災は、既になかった事になっており、
    たまに関心がある人が居たとしても、被災地=福島にしかなっておらず、全く現実を見ずに、
    明後日の方向へ向かってデモをしているため、全く話が先に進まない。 結局のところ、
    東京へは、地方からの正確な情報が全く入って来てはいないのと、戦争に関しても、
    目に見えて残っているものが一切なく、妄想ばかりが膨らんで、自分の言いたい事しか
    言わないため、全くもってラチが空かない。 更には、威圧的な広告や不要な情報に
    押し流されて、何が真実すら分からなくなっており、デマやウソが多過ぎるため、ウソと
    現実の区別がなくなっている。 特に、首都圏のメディアは、デマ、ウソ、間違いを平気で
    垂れ流しているため、かなり有害なレベル。



    日本では、自分の発言や行動には必ず責任が伴うという感覚が一切ないため、何でも
    言いたい放題、やりたい放題やった後に、何もかも知らんぷりされるため、デモに参加
    したところで、特に何も変わりはしない。 むしろ、無責任な人間に限って、『言論の自由』を
    振りかざしてくるため、更に始末が悪い。 日本では、中間の意見を取って、一番下に
    合わせるというのが習わしとなっているため、結局、良い意見が出て来たところで、下の
    意見にかき消されて、何もなかった事にされてオシマイ。 何でも言いたい放題、やりたい
    放題やった後に、責任を取らないのは、民主主義とは言わないため、責任を取らない
    のであれば、余計な口ばしを突っ込まずに、黙っているべきだが、それを民主主義と
    勘違いしている人間が多いため、日本ではこの先も特に何も変わらない。

    0424-01

    そもそも、日本は、完全に『全体主義』の国であるため、民主主義が存在した事すらないと
    気付いていない人間が多い。 全体主義の特徴としては、どうでも良い時には、規則や
    決まり事に縛られるが、イザという時には、見捨てられるという特徴がある。 東日本
    大震災で被災した沿岸部を見たくないという人も多々居るが、ここで何もかもなかった
    事にすると、東京のような一切何も感じられない無意味な街になる。 大量消費社会を
    維持するためには、国民はバカでなければならないというのを地で行っているのが
    日本とアメリカ。 他の国の場合は、もっと自分達の頭で考えて行動をしているが、特に
    何も考えていない人達の場合は、全て感情だけで話しをしているため、事実を無視
    している。

    3839f8a73

    最近、『そうだデモに行こう!』というキャッチフレーズを時々目にするが、そのような
    場当たり的な思い付きでデモに参加したところで、特に意味はないため、自分の意見を
    ハッキリと言えるようになってからデモに参加すべき。 そうでなければ、デマやウソに
    完全に洗脳されて帰って来るだけであるため、無意味を通り越して、有害。 『反原発』も
    『戦争法案反対』も自分達に都合の良い話しかしていないため、妄想ばかりが膨らむ
    ばかり。

    特に、日本の若者に対しては、日本の大学に進学をすると、必ず洗脳されてしまうため、
    学費が無料なドイツやフランスの大学に進学する事をオススメします。 日本やアメリカの
    大学は、単なる金儲けの場に過ぎないのと、その教育レベルも異常に低いため、行った
    ところで、学生ローンという借金地獄に叩き落とされ、その後は、ブラック企業で一生
    こき使われる人生しか残っていない。 まともな生活をしたければ、外国語を習得して、
    日本からは出て行くべし。

    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
    ブログネタ
    教育 に参加中!

    渋谷と銀座では、週に2~3回程度、必ずデモを行っているが、その中心は、『反原発』と
    『戦争法案反対』。 東京に住んでいると、東日本大震災は、既になかった事になって
    おり、たまに関心がある人が居たとしても、被災地=福島にしかなっておらず、全く
    現実を見ずに、明後日の方向へ向かってデモをしているため、全く話が先に進まない。

    結局のところ、東京へは、地方からの正確な情報が全く入って来てはいないのと、
    戦争に関しても、目に見えて残っているものが一切なく、妄想ばかりが膨らんで、自分の
    言いたい事しか言わないため、全くもってラチが空かない。 更には、威圧的な広告や
    情報に押し流されて、何が真実すら分からなくなっており、デマやウソが多過ぎるため、
    ウソと現実の区別がなくなっている。 特に、首都圏のメディアは、デマ、ウソ、間違いを
    平気で垂れ流しているため、かなり有害なレベル。


     
    日本では、自分の発言や行動には必ず責任が伴うという感覚が一切ないため、何でも
    言いたい放題、やりたい放題やった後に、何もかも知らんぷりされるため、デモに参加
    したところで、特に何も変わりはしない。 むしろ、無責任な人間に限って、『言論の自由』を
    振りかざしてくるため、始末が悪い。 日本では、中間の意見を取って、一番下に合わせる
    というのが習わしとなっているため、結局、良い意見が出て来たところで、下の意見に
    かき消されて、何もなかった事にされてオシマイ。 何でも言いたい放題、やりたい放題
    やった後に、責任を取らないのは、民主主義とは言わないため、責任を取らないので
    あれば、黙っているべきだが、それを民主主義と勘違いしている人間が多いため、
    日本ではこの先にも何も変わらない。
    163363fc
    そもそも、日本は、完全に『全体主義』の国であるため、民主主義が存在した事すらないと
    気付いていない人間が多い。 全体主義の特徴としては、どうでも良い時には、規則や
    決まりに縛られれるが、イザという時には、見捨てられるという特徴がある。 東日本
    大震災で被災した沿岸部を見たくないという人も多々居るが、ここで何もかもなかった事に
    すると、東京のような一切何も感じられない無意味な街になります。 大量消費社会を
    維持するためには、国民はバカでなければならないというのを地で行っているのが日本と
    アメリカです。 他の国の場合は、もっと自分達の頭で考えて行動をしていますが、特に
    何も考えていない人達の場合は、全て感情だけで話しをしているため、事実を無視して
    います。
    74f62976
    最近、『そうだデモに行こう!』というキャッチフレーズを時々目にしますが、そのような
    場当たり的な思いつきでデモに参加したところで、意味はないため、自分の意見をハッキリと
    言えるようになってからデモに参加すべきです。 そうでなければ、デマやウソに洗脳されて
    帰って来るだけであるため、無意味を通り越して、有害です。 『反原発』も『戦争法案反対』も
    自分達に都合の良い話しかしていないため、妄想ばかりが膨らむばかり。 特に、日本の
    若者に対しては、日本の大学に進学をすると、必ず洗脳されてしまうため、学費が無料な
    ドイツやフランスの大学に進学する事をオススメします。 日本やアメリカの大学は、
    単なる金儲けの場に過ぎないのと、その教育レベルも異常に低いため、行ったところで、
    学生ローンという借金地獄に叩き落とされ、その後は、ブラック企業に一生こき使われる
    人生しか残っておりません。 まともな生活をしたければ、外国語を習得して、日本からは
    出て行くべきです。

    >>トップページに戻る



    にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
    ブログネタ
    こころの悩み に参加中!

    日本社会には、常に1つの道しか用意されてはおらず、そこから少しでも外れて
    しまうと、まともな人間とはみなされない。 日本には、そもそも民主主義が存在
    しなていないと言い切れるのは、正にこの点で、自分では、ほぼ何も選ぶ事が
    出来ない。 強いて言うならば、買い物の選択の自由はあるものの、自分の人生は
    選ぶ事が出来ない。

    現在の日本の生活水準は、30年前とほぼ同じであり、30年前は、右肩上がりで、
    先が明るかったが、今は、右肩下がりの停滞期であるため、お先真っ暗。 責任を
    伴った言論の自由はなく、責任を伴わない言論の自由に一々足を引っ張られるため、
    一切話が先には進まず、むしろ、何もかもがマイナス。

    GCCcAAe0tA

    そう考えると、何もかもひとりで全てやってしまった方が、遥かに速いのだが、
    そういう考え方が出来ない人の場合は、周囲から足を引っ張られまくっている事
    にすら気付かず、漫然とした生活を送るしかない。 よって、世界を視野に入れた
    トップアスリートというものが、日本ではまるで育たない。 現在成功している
    アスリートは、ほぼ100%海外で生活をしているところを見ると、その事が良く
    分かる。

    日本は、元々が村社会であるため、全体主義が社会を完全に支配しており、その
    全体の中に入れなかった人の場合は、完全に村八分扱い。 よって、死に物狂いで、
    その環の中に入る努力をしなければならないが、その努力自体が無意味であるため、
    最終的には、空虚な人生が待ち受けている。 日本の生活で、孤独感ばかりが
    募るのは、成りたい自分と現実の自分に余りにも差があり過ぎるため。 多様性を
    認めていない社会であるため、そもそも逃げ場がない。

    bzikezj

    日本社会の中で最も幸福な生き方は、一切何も考えずに、何でも他人のせい
    にして生きる事。 但し、このような大人ばかりが増え過ぎたため、誰も一切
    責任を取らずに、自分だけが良ければそれで良いという社会になった。 金儲けに
    ばかり血眼になっているバブルボケ世代の場合は、残りの余生を如何にして安全に
    逃げ切るかが争点となっているため、その下の世代を完全に食い潰して、自分達
    だけが泥船の上で生き残っている事すらも知らない。

    但し、最終的には、そのツケが自分の子供達に全て返って来るため、自分の子供
    すら完全に不幸にしている事にすら気付かず。 知らぬ存ぜぬを押し通している
    ため、不都合な事は、一切何もない事になっているため、裸の王様と同じ虚しさが
    漂っているのが日本社会。 それに気付いてしまったとしても、その事を口に出す
    事すら憚られる社会であるため、精神的に病んでいる人間が非常に多い。
     
    c1zik5zj

    何も変わらない方が楽で良いのは理解出来るが、そのような人間ばかりがより
    集まっているため、既に社会全体が没落気味。 それでも、そのような社会に
    必死でしがみついて生きて行かなければならないため、既に沈み掛かっている
    泥船の上での生活は、苦痛極まりなし。 バブル崩壊後の失われた25年の間に、
    人材の崩壊が進んだため、我々の世代は、この先、日本が増々勢いを増して
    没落して行くのをこの目でしっかりと見なければならないという、絶望感しか
    ない。

    この社会は、自分達ひとりひとりが作り上げているものだが、そのような意識が
    まるでないため、自分だけ良ければそれで良しという考えの人間が極端に多い。
    悲観的なのは、現実をまともに見ているためであり、それはそれで良しとして、
    それすら理解出来ていない人がそばに居るだけで、増々孤独感が増すばかり。
    個人的には、ひとりで居る方が好きなので、孤独感があったとしても、全く気には
    ならないが、むしろ、大勢で居る事に苦痛を感じるため、全体主義を押し付け
    られるのには、耐えられない。

    日本社会が一切何も変わらないのは、ひとりひとりが声を上げないためで、
    間違った方向へ行ったとしても、抑止力が効かない。 この日本社会を作り上げ
    ているのは、自分自身。 国民ひとりひとりが変わらない限り、この日本社会は
    何も変わらない。

    【お勧めの一冊】


    お財布.com - 無料で手軽に貯まる魔法のお財布

    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
    ブログネタ
    日々の出来事 4 に参加中!

    民主主義の国、フランスにおいては、かなり過激な発言を行ったとしても、『言論の自由』が
    保障され、首都であるパリの人口をも大幅に上回るデモ参加者で広場が溢れかえるが、
    その対極を行く、極東のみずほの国においては、かなり控えめな表現で自己主張をした
    としても、全て発信者側の責任として処理され、受け取り手側には一切何の責任も生じない
    どころか、むしろ、クレームを言った者が全て『勝者』とされるため、モンスター・クレーマー
    だらけの歪な社会となっている。

    20090823_644581

    みずほの国での賢い生き抜き方としては、人前で、自分の考えを一切述べない、または、
    更に進んで、自分の考えを一切持たない事が最善の策なのだが、その反動なのか、
    晩年に権力、並びに、財力を得てからの社会でのふんぞり返り方は、世界でも類を見ない
    ぐらいに酷いものとなっており、今となっては、お金さえ所持していれば、情報規制も
    お手の物。 財力に物を言わせて、大手メディアを買収してしまえば、何をどうしようが、
    国民からは文句のひとつも言われない(正確に言うと、言わせない)ため、何でもやりたい
    放題となっている。 正に、地獄の沙汰も金次第となっている。

    民主主義国家においては、個人が様々な意見を出し合い、相手を尊重しつつ、お互いが
    共存する方法を模索するのが、社会のルールであるにも関わらず、絶対権力の支配下に
    置かれている、みずほの国では、既に、お互いを監視し、意見すら全く言わせない
    『恐怖支配社会』にまで落ちぶれ果てている。 自分の意見を人前で発表するのは、
    『非国民』であるとされるのは、大昔からのみずほの国のしきたりであるため、古式ゆかしき
    伝統に則り、グー音も出ない程に感情にものを言わせた、『わび・さび』とやらをを無意味に
    振りかざしては、自分の絶対支配下に相手を置かないと気が済まないのが、この国の民。

    これらに対する賢い対処方法としては、一切相手にしないのが、寛容かと存じます。
    フランスとみずほの国を足して2で割ると、世界でも稀に見る理想的な国家が誕生するの
    かも知れない。

    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 外国語ブログへ
    にほんブログ村

    このページのトップヘ