多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

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    タグ:英語教師

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    ブログネタ
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    日本の外国語教育の問題点は、英語以外選択肢がないところで、そもそも、英語を
    話せないのは、英語をまともに話せない教師にしか習っていないため。 元々、
    日常生活においても、英語を話す必要性がないため、自分で探さない限り、使う
    機会もない。

    英語を話せない講師に習っているため、当然、英語でものを考える『英語脳』なる
    ものも形成されない。 語学は、文化的な背景をも含めてこそ、語学を言えるため、
    その部分が欠落している場合は、そもそも、外国語を話せるとは言えない。

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    日本人が、英語以外の外国語を話せない理由としては、習える場が極端に少ないのと、
    外国語を使った仕事の95%程度が英語ばかりで、残りの4%程度が中国語と韓国語。

    この事から考えても、日本でヨーロッパ言語が出来たところで、それを使う場所が
    全くないのが現実。 求人欄の『海外勤務』を見ても、ほぼ100%アジアばかりで、
    一昔前までは、中国だけだったものが、最近では、マレーシア、シンガポール、
    インドネシア、タイ、バングラディッシュ等に変わってきている。 この先は、更に
    人件費の安い、ミャンマー、ラオス等にシフトして行くと思われる。

    それぞれの言語の周波数は、イギリス英語で2000~1万2000ヘルツの間、米語は
    もう少し低く1000~4000ヘルツ位、フランス語は1000~2000ヘルツの間で、
    ロシア語は125~8000ヘルツ。 よって、日本人にはロシア語は、非常にやっかいな
    格変化以前に殆ど聞き取れない。

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    アメリカ・バージニア州出身のテイラー・アンダーソンさん(当時24歳)は、英語の非常勤講師
    として、2008年に来日し、宮城県石巻市の小・中学校で英語を教えていました。

    Taylor Anderson (at the time 24 years old) was born in Virginia, in the U.S., and
    she came to Japan in 2008 as a part-time teacher of English. She had been teaching
    English in elementary and junior high schools in the city of Ishinomaki, Miyagi Prefecture.
    4836118a.jpg
    2011年3月11日、東日本大震災が起きた際、彼女は、津波警報がけたたましく鳴る中、教え子
    全ての子供達を親に引き渡すまで、津波の恐怖から逃げる事はありませんでした。

    On March 11, 2011, when the Great East Japan Earthquake occurred, she did not
    run away from fear of tsunami to make sure that all the children were delivered to their
    parents even the tsunami warning loudly sounded.

    地震が起きた時、テイラー・アンダーソンさんと共にいた小学校の関係者によると、
    テイラーさんは、児童達を親に引き渡すまで学校に待機し、最後の子供を親御さんに
    手渡し終わってから、自転車に乗って高台に避難する途中で津波に巻き込まれたという事です。

    According to the person most nearly concerned with Taylor, she stayed at the school
    in order to hand the children to the parents, waited until completing the transfer of
    the last children to their parents, and then she took a bike and evacuated to the hill,
    but the tsunami attacked her on the way to the higher ground.

    テイラーさんの死亡が確認された場所

    石巻市は、テイラーさんの写真などから、今回の震災で亡くなった被災者である可能性が
    あるとして、アメリカ・バージニア州に暮らすテイラーさんの両親と連絡を取り、
    2011年3月23日、父親のアンディーさんたちが急きょ来日。 残念なことに、テイラーさんの
    死亡を確認しまし た。

    The city of Ishinomaki contacted Taylor's parents who live in the United States,
    Virginia, based on the information of the  photograph, and on March 23, 2011,
    her father came to Japan in a hurry. Unfortunately, it has confirmed the death
    of Taylor.

    駐日アメリカ大使のキャロライン・ケネディー女史が、東日本大震災最大の被災地である、
    石巻を積極的に訪れるのは、このためです。 石巻市の災害による犠牲者は、テイラーさんを
    含めて、約3,700名が死亡しています。

    Ms.Caroline Kennedy, the U.S. Ambassador to Japan, actively visits Ishinomaki,
    one of the hardest hit area, because of this tragic affair. About 3,700 people, including
    Taylor, have died by the tsunami in the city of Ishinomaki.

    Refer to the details below
    “To Be a Bridge Between Our Two Nations” 〜The Taylor Anderson Memorial Fund〜



    テイラーさんが、津波に巻き込まれて死亡した現場付近を訪れ、花を手向けた父親の
    アンディーさんは、『津波が想像を超えるものだった事がよく分かりました。 娘が仕事を
    していた場所を見ることができて良かった』と話していました。

    また、この後、テイラーさんが教えていた市内の小学校も訪れ、学校での様子を聞いたり、
    テイラーさんが作った折り鶴を受け取ったりしました。

    アメリカでの報道  CNN report

    テイラーさんの父親・アンディーさんと、母親のジーンさんは声明を発表し、『娘の無事を祈り、
    支援してくださった皆さまに心から感謝します。 多くの人びとの祈りと支援によって、私達は
    この危機を乗り越える事が出来ました。 どうか、その同じお気持ちを、今まだ行方不明に
    なっている多くの方たちに振り向けてくださるようお願い致します。 そして、日本の人々の
    ために祈ってください』と述べた。

    テイラーさんが使っていたポットと鍋、それに衣服は、被災者の人達に寄贈されました。
    テイラーさん家族は、余震が続き、福島原発危機がいまだ去る事のない日本の復興を支援
    するために、『テイラー・アンダーソン基金』を設立し、今でも義捐金活動を続けています。


    2014年7月、アメリカの高校生が、石巻を訪れた

    『それは、妹が望んでいた事だからです。 彼女は、自分が魅せられた日本で、自分の望んだ
    世界に住んでいたと思います。 彼女なら、この美しい日本が復興する事を何より願っている
    はずです。 私達は、彼女の名に懸けて、日本が元に戻るように働き掛けて行きたいと思います』
    と姉のジュリアさんは述べました。

    『娘の死に方は、彼女の人生観を象徴しています。 娘は人に対して深い思いやりを持った
    温かい性格です。 彼女が、この世で行なった最期の行いは人を救う事でした。 それは
    何より、彼女の人柄を物語っています。 テイラーは、生徒たちから、大好きな先生として
    慕われていたようです。 私は、娘を誇りに思っています』と母親のジーンさんは、テレビの
    取材に答えました。

    テイラー・アンダーソンさんは、今回の東日本大震災の外国人被災者のうち、安否確認が
    取れた最初の外国人です。 『未曾有の大震災。 亡骸を確認出来ただけでも幸運』というのは、
    ご遺族にとって余りにも残酷な仕打ちです。 果たして、『どうか、安らかに眠って下さい』と
    いう、お決まりの言葉で、その御霊を鎮める事が出来るのでしょうか。

    少なくとも、私たち日本人は、自分の命も顧みず、多くの日本の子供の命を救ったテイラー・
    アンダーソンさんの名前は忘れる事はないでしょう。 三陸の紺碧の海の町に
    『青い目のおなご先生』先生がいた事を。

    当時のNHKニュース

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    アメリカ・バージニア州出身のテイラー・アンダーソンさん(当時24歳)は、
    英語の非常勤講師として、2008年に来日し、宮城県石巻市の小・中学校で英語を
    教えていました。

    Taylor Anderson (at the time 24 years old) was born in Virginia, in the U.S., and
    she came to Japan in 2008 as a part-time teacher of English. She had been teaching
    English in elementary and junior high schools in the city of Ishinomaki, Miyagi
    Prefecture.
     
    20110324-2
    2011年3月11日、東日本大震災が起きた際、彼女は、津波警報がけたたましく
    鳴る中、教え子全ての子供達を親に引き渡すまで、津波の恐怖から逃げる事は
    ありませんでした。

    On March 11, 2011, when the Great East Japan Earthquake occurred, she did not
    run away from fear of tsunami to make sure that all the children were delivered to their
    parents even the tsunami warning loudly sounded.

    地震が起きた時、テイラー・アンダーソンさんと共にいた小学校の関係者によると、
    テイラーさんは、児童達を親に引き渡すまで学校に待機し、最後の子供を親御さんに
    手渡し終わってから、自転車に乗って高台に避難する途中で津波に巻き込まれたという
    事です。

    According to the person most nearly concerned with Taylor, she stayed at the school
    in order to hand the children to the parents, waited until completing the transfer of
    the last children to their parents, and then she took a bike and evacuated to the hill,
    but the tsunami attacked her on the way to the higher ground.

    テイラーさんの死亡が確認された場所

    石巻市は、テイラーさんの写真などから、今回の震災で亡くなった被災者である
    可能性があるとして、アメリカ・バージニア州に暮らすテイラーさんの両親と
    連絡を取り、2011年3月23日、父親のアンディーさんたちが急きょ来日。
    残念なことに、テイラーさんの死亡を確認しまし た。

    The city of Ishinomaki contacted Taylor's parents who live in the United States,
    Virginia, based on the information of the  photograph, and on March 23, 2011,
    her father came to Japan in a hurry. Unfortunately, it has confirmed the death
    of Taylor.

    駐日アメリカ大使のキャロライン・ケネディー女史が、東日本大震災最大の被災地
    である、石巻を積極的に訪れるのは、このためです。 石巻市の災害による
    犠牲者は、テイラーさんを含めて、約3,700名が死亡しています。

    Ms.Caroline Kennedy, the U.S. Ambassador to Japan, actively visits Ishinomaki,
    one of the hardest hit area, because of this tragic affair. About 3,700 people, including
    Taylor, have died by the tsunami in the city of Ishinomaki.

    Refer to the details below
    “To Be a Bridge Between Our Two Nations” 〜The Taylor Anderson Memorial Fund〜



    テイラーさんが、津波に巻き込まれて死亡した現場付近を訪れ、花を手向けた父親の
    アンディーさんは、『津波が想像を超えるものだった事がよく分かりました。
    娘が仕事をしていた場所を見ることができて良かった』と話していました。

    また、この後、テイラーさんが教えていた市内の小学校も訪れ、学校での様子を
    聞いたり、テイラーさんが作った折り鶴を受け取ったりしました。

    アメリカでの報道  CNN report

    テイラーさんの父親・アンディーさんと、母親のジーンさんは声明を発表し、
    『娘の無事を祈り、支援してくださった皆さまに心から感謝します。 多くの
    人びとの祈りと支援によって、私達はこの危機を乗り越える事が出来ました。
    どうか、その同じお気持ちを、今まだ行方不明になっている多くの方たちに
    振り向けてくださるようお願い致します。 そして、日本の人々のために祈って
    ください』と述べた。

    テイラーさんが使っていたポットと鍋、それに衣服は、被災者の人達に寄贈
    されました。 テイラーさん家族は、余震が続き、福島原発危機がいまだ去る
    事のない日本の復興を支援するために、『テイラー・アンダーソン基金』を設立し、
    今でも義捐金活動を続けています。


    2014年7月、アメリカの高校生が、石巻を訪れた

    『それは、妹が望んでいた事だからです。 彼女は、自分が魅せられた日本で、
    自分の望んだ世界に住んでいたと思います。 彼女なら、この美しい日本が
    復興する事を何より願っているはずです。 私達は、彼女の名に懸けて、日本が
    元に戻るように働き掛けて行きたいと思います』と姉のジュリアさんは述べました。

    『娘の死に方は、彼女の人生観を象徴しています。 娘は人に対して深い
    思いやりを持った温かい性格です。 彼女が、この世で行なった最期の行いは
    人を救う事でした。 それは何より、彼女の人柄を物語っています。 テイラーは、
    生徒たちから、大好きな先生として慕われていたようです。 私は、娘を誇りに
    思っています』と母親のジーンさんは、テレビの取材に答えました。

    テイラー・アンダーソンさんは、今回の東日本大震災の外国人被災者のうち、
    安否確認が取れた最初の外国人です。 『未曾有の大震災。 亡骸を確認出来た
    だけでも幸運』というのは、ご遺族にとって余りにも残酷な仕打ちです。
    果たして、『どうか、安らかに眠って下さい』という、お決まりの言葉で、
    その御霊を鎮める事が出来るのでしょうか。

    少なくとも、私たち日本人は、自分の命も顧みず、多くの日本の子供の命を救った
    テイラー・アンダーソンさんの名前は忘れる事はないでしょう。 三陸の紺碧の
    海の町に『青い目のおなご先生』先生がいた事を。

    当時のNHKニュース

    【お勧めの一冊】


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