中国大陸東南沿岸部の沖に浮かぶ島である台湾は、今大きな経済力を持つまでに
発展し、世界中の市場に加工品を輸出している。 20世紀中頃までは、台湾の主な
産業は農業であった。 島とは言え、台湾には豊かな歴史と文化がある。 17世紀、
ポルトガル人から『フォルモサ(美しの島)』と呼ばれたこの島は、一部が
オランダ、次いで清朝の統治を受けた。 やがて、日本と清朝との間に戦争が
起こり、1895年には 大日本帝国の領土となる。 そして、1945年には、
中華民国政府が台湾を統治するようになった。

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その後、中国大陸で起きた大事件が、台湾に大きな影響を与える。 中華民国の
国民党軍と中国共産党軍との衝突が、中華民国政府の安全を脅かしたのである。
1949年、蒋介石を首脳とする中華民国指導部は、中国全土を支配した共産党軍から
逃れ、蒋介石は台湾に渡り、亡命政府を置いた。 そして、1949年には、
共産党が、中国大陸に中華人民共和国を樹立する。

国民党が来てから台湾住民は、新たな混成となった。 最大グループは、台湾人で、
過去数世紀の間に島に移り住んだ漢族の子孫だけが、多くは先住民との混血が
見られる。 1949年前後に大陸から来た人々も漢族だが、別のグループとなって
いる。 そして、最も少数派は、台湾原住民と呼ばれる、この島の先住民の
子孫である。



台湾と中国大陸との両政権は共に、台湾は中国の一省であり、中国は統一すべきで
あるという考えを掲げて来た。 だが、統一実現後の政治体制についての考えには
大きな隔たりがある。 また、独自の道を歩むべきとの考えも台湾では根強く、
両者は台湾海峡を挟んで対峙が続いている。

国際連合は長年、中華民国を中国を代表する政府として支持していたが、1970年代
には、国連加盟国の多くが、中華人民共和国を承認するようになった。 中華民国は
国連から脱退し、外交関係を持つ国は30カ国足らずである。

この挫折にも関わらず、台湾の経済成長は1950年代以来、高水準で続き、1970年代
後半には、アジア最高水準の人々の生活を実現するのである。 更に、その経済力を
背景に、台湾の政府は、国際関係で積極的な活動を続けた。 台湾は外交的に
不遇とは言え、日本等多くの国と経済的、文化的な交流を維持している。

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1988年1月、父親蒋介石の後を継いだ蒋経国が死去し、副総統だった李登輝が
台湾出身初の指導者になった。 李登輝は民主化を進め、1996年国民による
初めての直接選挙で総統に選ばれた。 それに継ぐ2000年の総統選挙では、
野党の民主進歩党から出馬した陳水扁が総統に選出され、国民党は野党になって、
平和的な政権交代が実現した。

陳水扁政権は、台湾本位の政策を進める政権としてスタートする。 しかし、
中華人民共和国は、軍備の拡大や経済面での締め付け等で統一への圧力を
高めている。

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