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    タグ:福祉制度

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    【労働環境】
    スウェーデンでは、会社がその従業員を大切にするのは極当たり前のことであり、
    管理職と一般従業員がひとつになって働くことが奨励されている。 皆がチーム
    作りのために協力し、重役であったとしても、カジュアルな服装をし、重役室も
    簡素である場合が多い。 受付係も置かず、重役が自分で電話に出る。 この
    スウェーデン式の経営は、世界で賞賛されている。

    また、スウェーデンでストライキが起こることは殆どない。 政府、労働者、
    産業界、それそれのリーダー達が緊密に連携しを取って問題を解決している。
    この体制においては、労働組合が極めて重要な役割を果たしている。

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    【失業率】
    1970年代から80年代に掛けて、ヨーロッパの殆どの国々では経済状態が悪く、
    失業者が沢山居た。 しかし、スウェーデンでは正反対であった。 全ての職を
    満たせるだけの国民が居なかったのである。 この時期に、仕事を求めて移民が
    スウェーデンに来るようになった。 その多くは、チリ、パレスチナ、ソマリア、
    イラク、イラン等からの難民で、武力衝突等のために、母国を離れなければなら
    なかった人達であった。

    スウェーデン政府は、スウェーデン国民と同様のチャンスを新たにこの国に来た
    人達にも与る事に努めた。 しかし、1990年代に国の経済が悪化し始めると、
    それは極めて難しくなった。 移民だけはなく、この国の多くの人達にとっても、
    仕事を見つける事は困難になった。 1990年代中頃には、スウェーデンに住む人の
    10人に1人が失業者という状態であった。

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    【新しい取り組み】
    一部の人々は、新しい取り組みを求め始めた。 2006年9月、穏健党の率いる4党
    連合が、それまで70年近くの大部分の間政権の座にあった社会民主党から政権を
    奪った。 そして、穏健党党首のフレデリック・ラインフェルトが首相に就任した。
    新政権は、雇用を増やし、福祉手当を削減することに乗り出した。 しかしながら、
    この4党連合は、競争力のある産業と強固な福祉制度とを兼ね備えたスウェーデン
    方式を今も変わらず支持している。

    世界の人々は、スウェーデン・モデルと呼ばれるこの方式を賞賛している。 この
    方式の成功は、スウェーデン国民の特性に掛かっている。 彼らは、良識を働かせる
    事を喜びとし、そして妥協する事をも喜ばしい事と考える国民であるため、
    スウェーデン人は、この方式を誇りを持ち、自分達は他の国々が見習う事の出来る
    ひとつの見本を示していると思っている。

    【お勧めの一冊】


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    【変化の世紀】
    1800年代、スウェーデンの人口は急増したが、それに見合うだけの職は
    なかった。 何千人もの人々が新しい生活を求めて移民となり、スウェーデンを
    旅立った。 1850年から1930年代までに、130万人がアメリカ合衆国に移住した。
    その間にスウェーデンの経済は向上した。 鉄道や運河により、交通の便が良く
    なった。 製材と木材パルプ工場がスウェーデンの産業の基盤だった。

    1842年には、議会の決定により、小学校で無償教育が始まった。 教育を受けた
    人が増えるにつれて、人々は政治運動や労働者団体、労働組合に参加するように
    なった。 長い間の運動が実り、1921年、この国の全ての成人が国会議員選挙の
    投票権を得た。

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    【スウェーデンモデル】 
    1900年代には、産業化が急速に進展した。 仕事を求めて、沢山の人達が
    ストックホルム、マルメー、イェーテボリ、その他の都市に移り住んだ。
    1936年、スウェーデンの政治家達は、福祉国家としての発展に着手した。
    政府は失業者や病気の人達にお金を支給した。

    強い労働組合と福祉制度のお陰で、スウェーデンは産業の繁栄を労働者のための
    好条件に繋げた国として知られるようになった。 これは『スウェーデンモデル』と
    呼ばれている。

    このスウェーデンモデルは、実際に十分な成果をもたらした。 労働組合が強く、
    社会民主主義勢力が政権に就いている場合、所得の不平等が低く、福祉サービスが
    包括的で、雇用とインフレ、賃金と投資、および、成長と社会政策の間の
    トレードオフが緩和されていることを示している。

    スウェーデンの教育は、私立も含めて、小学校から大学院まで全て無料である。
    学校では、教科書や教材はもちろん、給食まで無償となっており、個人が使う
    ノートさえ支給される。 自治体によっては、通学定期ももらえるという。
    スウェーデンでは、手厚い奨学金制度が整い、海外留学でさえ奨学金が支給される
    ため、親の所得や当人の財産などには全く関係なく、誰でも無料で大学や大学院で
    学ぶことができる。

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    現在のスウェーデンは、多くの国々と同様、新たな課題に直面している。
    経済の活性化を求める声もあるが、今もスウェーデンモデルを支持する国民は多い。
    彼らは、極端な不平等をなくすというスウェーデンモデルの基本的意図は当たり前の
    事と信じており、彼らにとっては、その信念がスウェーデン国民としての大切な
    部分を成している。 それが、スウェーデンを世界でも高水準の高福祉国家たら
    しめた理由なのかも知れない。

    【お勧めの一冊】


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