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    タグ:石巻

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    がんばろう福島!は、関東ではよくありがちな、復興支援のタイトル名。 本日は、
    高尾山にでも登ろうかと思っていたのだが、思ったよりも、雨脚が激しかっために、
    たまたま、横浜の山下公園で開催されていた『東日本大震災 復興支援まつり』に
    行って来た。

    とりあえず、総合受付で、『石巻と東松島のブースはどこですか?』と尋ねたのだが、
    そちらのボランティアらしき方から、『石巻は、福島のブースにあります』との
    通常絶対にあり得ない回答を頂いたため、『石巻は福島ではありません』とこちらから
    言ったところ、更に奥の方から人が出て来て、再度『石巻は、福島のコーナーにあります』と
    言われたため、『石巻は、宮城県なので、福島なんかにはありませんよ』と言ってやった。

    ここに来る前から、関東では、福島の事しか言われないのは、分かっていたのだが、
    流石に、関東の人間のこの地理理解能力の低さには、呆れ果てた。 まともに、
    地理が理解出来ていないくせに、『被災地支援』ですと言われたところで、自分でも、
    どの地域を助けているのかすら、良く分かってはいないのであろう。

    20110820002905848

    一切会話が成立しない、総合受付の人たちは、とりあえず無視して、自分で石巻と
    東松島のブースを探して見たところ、まず、女川のブースがあったので、そこの人たちに
    訊きました。 結局のところ、『被災地復興支援』とは名ばかりで、実際のブースは、
    半分近くが福島のブースばかりしかなく、宮城県からは、東松島、南三陸、女川の
    3団体しか来ていない事が判明。

    東日本大震災の最大の被災地である、石巻からは、1つも来ていなかった。 但し、
    東松島から来ていたおでん屋さんは、石巻港で被災して、内陸側の東松島の山の上に
    工場を移転した企業との事で、私の実家からは、かなりの至近距離。 私の実家がある
    町は、内陸部とも沿岸部の終わりとも言えるのだが、海からは12キロ程度しか離れて
    いない場所にあるため、内陸移転の最前線となっており、被災した石巻沿岸部の内陸
    移転が多い場所。

    尚、仙台人に対して、『仙台は、福島にあります』と言われるのは、横浜の人間に対して、
    『横浜は埼玉にあります』と言われたのと、完全に同じレベルの話し。 何も知らないのを
    理由に、とんでもない粗相を平気でしでかす日本人は、かなり怖いと感じた。

    これまでに、『がんばろう福島!』と何度も言われたが、宮城県出身者に『がんばろう福島』と
    言われたところで、むしろ、ドン引きするばかりなので、何でもやれば良いという意識
    レベルの人間とは、むしろ、係わり合いにすらなりたくない。

    画像は、【宮城県】女川の獅子舞と、東松島のおでん。
    IMG_8321 IMG_8317
    IMG_8316 IMG_8325

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    東日本大震災における被災地には、今後の復興事業を円滑に行うための国費が
    投入されていますが、その被災地における『恩恵』の多くは、今でも手付かずのまま、
    そのまま眠っています。 被災地には、この『恩恵』以外にも、義捐金がまともには
    届きませんでした。 石巻市内で、運良く義捐金を貰えたのは、沿岸部の極一部の
    人たちだけ。 私の母親の実家は、石巻市中心部(沿岸部)から約10キロ離れた
    石巻市内にありますが、義捐金の支給対象地域からは、外されました。 私の実家が
    ある美里町自体も、石巻市中心部からは、15キロ程度しか離れておりませんが、
    状況は完全に同じです。

    11年前の『宮城県連続地震』の際には、震源地から、わずか3キロしか離れていなかった
    私の実家付近が最大の被災地だったのですが、激しい地震による揺れで、周辺一帯
    全ての家屋が、全半壊し、地面は液状化現象を起こしていたのにも関わらず、人口が
    少ないという安易な理由により、『被災地指定』すら外され、義捐金以前に、一切何の
    補償金すら貰えませんでした。 最大の被災地と言えども、被災地指定を外されたため、
    地震で倒壊した瓦礫の処理は、当然全て自腹でした。 東北の家屋は、比較的大きい
    家屋が多いため、瓦礫の処理には、1軒に付き、最低でも、60~200万円程度掛りました。

    すぐ近所にある小学校の校庭には、2年間だけ、仮設住宅がありましたが、丸2年を
    経過した時点で、全員そこからは出されました。 その後、私の実家付近からは、
    約2,000人の人たちが行くあてもない状態で出て行きました。 今でも皆どこに行った
    のかすら分かりません。 自腹で瓦礫を処理するだけで、預金を使い果たし、家を新築
    するだけの資金的な余裕がなかった人たちは、11年経過した今でも、戻って来ては
    おりません。 それでも、見た目上は、崩れた家屋もなくなり、新築の家が増えましたが、
    空き地だらけで、復興したのかすら分からない状態です。 震度6強前後の地震が
    立て続けに3回も襲ったため、付近には、瓦屋根やブロック塀は、ほぼありません。
    すぐ隣にある石巻でも、約2万人前後の人たちが、東日本大震災での震災後、町から
    出て行ったと言われています。
    safe_image
    東電による原発事故の補償対象となった福島県の場合は、補償金の対象となりましたが、
    福島を除いて、最も福島第一原発から至近距離にある宮城県の場合は、県最南端の
    丸森町だけが、福島県の半額の補償金を貰えただけで、それ以外は、一切何の補償
    すらされておりません。 尚、丸森町の場合は、最南端部分が、原発からは、45キロしか
    離れておらず、約60キロ離れた福島市よりも、至近距離となっています。 私の友人は、
    原発から、約60キロ離れた宮城県側に住んでいますが、特に何の補償も貰ってはおりません。

    義捐金を取り巻く環境は、殆ど全てが任意で管理されているため、その流通経路の途中で、
    実は、かなりの金額が消え失せています。 とあるNPO法人の話では、義捐金の約1割だけ
    寄付すれば、特にお咎めはないとの話でした。 この義捐金の問題は、阪神淡路大震災の
    時にも問題になりましたが、その後、特に変更される事もなく、現在に至っています。
    一部の都市伝説などでは、被災地には、略奪や犯罪などなかった事になっておりますが、
    それは、ウソで、このように、何をしても何もかも『きれいごと』で済まされる社会を変えない
    限り、今後も被災地を食い物にした、このような状況は、一向に改善せず、『明日は我が身』
    という問題意識を常に持って生きていないと、何もかもなかった事として、闇に葬り去られて
    しまいます。

    被災住民に届かぬ3兆円の恩恵




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    石巻市立大川小学校は、被災当初、特にロープ等は張り巡らされておらず、
    校舎の中に入れたのだが、実は、この校舎の中には、恐らく、今でも、
    ランドセルやら、ピアニカやら、上靴やら、当時の児童たちが使っていたものが、
    そのまま残されている。



    津波の濁流に飲まれて死亡した児童と教員数名は、未だ見つからず、当時引率を
    していた教員も1名を除いて全員死亡したため、誰も責任を取ってはいない。

    同じ石巻市内にある門脇小学校も状況は全く同じ。 被災当時の石巻市の対応を
    決して忘れてはならないと思う。 被災地での出来事を美談だけで終わらせずに、
    将来に語り継ぐ事が重要です。 住民達の意志を無視すべきではない。

    17大川小学校

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    石野真子とは、兵庫県出身で70年代を代表する、元ブリブリのアイドル。 妹は、いしのようこ。
    どうして、石野真子がお題に上るのかと言うと、石巻と1文字違いだからw 東日本大震災の
    最大の被災地である石巻では、被災前から、石ノ森キャラクターによる町興しをしていたものの、
    さほどの効果は見られず、最近では、マンガや、ヒーローキャラクターショーに力を入れている
    ものの、被災地とアニメキャラクターは、ミスマッチなのか、石ノ森萬画館だけでは、どうにも
    ならない。

    そこで、石野真子に、一念発起頂き、元ブリブリのアイドルで、町興しをしてはどうかという
    お話し♪ 街中を70年代のアイドルで埋め尽くし、懐かしのアイドルの聖地としてしまえば、
    バブル世代が列挙して押し寄せ、復興に加速度が増すという絵空事となっております。
    mako001
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    宮城県の被災状況は、やはり、地元出身者ではない人は、余り強くは語れない。
    宮城県は、元々、半分程度が仙台弁のみで話している地域であるため、仙台弁が
    完全に理解出来ないと、完全に中には入って行けない。 しょせん、ヨソ者扱いを
    されるだけ。 このヨソから来た人達は、周囲を気にする余り、地元の人間に
    対しては、余り強くは言えない。



    被災者の被害者意識は、増大するため、自分だけが被害者だと思いがちだが、
    それは間違っている。 今でも、内陸部では、沿岸部を見たくないと言う人が
    多数居るが、今の現実を完全に受け止めて、この先、この事を一生忘れるなと
    言いたい。 石巻が一番地獄を見たのも十分知っているが、それでも、もう少し
    だけ、周りを見てくれても良いと思う。

    被災地で、略奪はなかったと言う話は、全くのウソで、実際の被災後は、略奪
    だらけだった。 それでも、東北には優しい人が多いため、警察には届けな
    かったり、逆に、困っているのであれば、持って行って下さいと言った人が
    多かった。 宮城県内では、遺体を燃やすための燃料が足りなかった時に、
    関東では、放射能汚染瓦礫受け入れ反対と言っていたことを一生忘れては
    いけない。 最大被災地である石巻では、遺体がまだ道端に転がっていた時期に、
    関東では、『カラオケ如何ですか?』と言われた事もこの先一生忘れない。



    3月12日に、石巻に救助に来ている外国人の通訳を依頼されたのだが、
    被災度合いが余りにも凄まじ過ぎたため、結局は、石巻までは行けなかった。
    被災当初は、飛行機しか移動手段がなかったため、ようやく実家に帰れたのは、
    新幹線が福島まで再開したゴールデンウィークだった。 それまでは、親とも
    一切連絡が取れず、関東には、詳しい情報もなかなか入って来なかったのだが、
    福島県内では、放射能の話題がタブーのように、宮城県内では、死亡した人の
    話題がタブーであるため、今でも自分の友人、同級生、知り合い、親戚、その他
    諸々、誰が死んで、誰が生きているのか、詳しい事は分からない。 知った
    ところで、どうする事も出来ないので、あえて、聞かない様にしているのも事実。



    『がんばっぺし』という言葉を良く目にしたり、耳にしたりするが、一番言って
    やるべき言葉は、『あんだも頑張らいん』だと思う。

    【お勧めの一冊】


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    止められない、止まらない、まるで、カッパえびせんのキャッチフレーズのような日本の
    公共事業。 被災地における、震災復興建設事業のその殆どは、地元の建設業界を
    完全無視して、中央資本の大手ゼネコンばかりが事業を受注したため、東日本大震災
    での最大の被災地の石巻では、実際は、取り壊す必要性がない建物ですら、全て取り
    壊されて、今では、一切何もない更地になった。 これは、中央資本のマンモスゼネコンが、
    大々的に、新規での工事を受注するために、何もかも取り壊したと見る事が出来、恐らく、
    政治献金を使って、政府を買収したものと思われる。 その証拠に、被災地に行くと、
    あちこちに『鹿島』という名を掲げた工事現場ばかりが目に付く。
    0555662
    建設マフィアらによる公共事業の『甘い蜜』の奪い合いは、今に始ったものではなく、
    かなり以前から存在するものだった。 石巻では、倒壊家屋に押し潰された遺体は、
    7月まで重機がなかなか市内に入って来なかったため、約4ヶ月間もそのままにされた。
    これは、元ピースボート代表の辻本清美が、県境で重機を止めていたと噂されている
    のだが、そのピースボートは、石巻市内のボランティア事業で、相当な利益を上げている。
     
     
     
    ピースボートは、被災当初、ボランティアの参加費用として、1人に付き、6,000円程度を
    徴収していたのだが、、恐らく、これにより、かなり莫大な利益を手にしたものと思われる。

    私は、この事実を被災直後から知っており、特に自分の地元であったため、尚更悲しく
    なったのだが、何も知らない人たちの『誰かの役に立ちたい』という純粋な想いを利用して、
    利益を得るのは、もう止めるべきだと思う。 結局バカを見るのは、何も知らない正直者
    だけなのではないかと思う。 わざと国民を白痴化し、隙間産業と称して、お金を巻き上げて
    いるようにしか見えない。

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    震災復興のための宮城県内の有期臨時職員の時給は、概ね、どこの市町村でも、最低賃金
    ギリギリの740円前後なのだが、それを尻目に、宮城県が退職職員に公費で金杯を贈っていた。

    バブルに酔いしれている時代であれば、特に反対もしないのだが、津波災害により、約1万人
    以上も死者を出した宮城県でこの有様とは情けない。 この行政と一般市民の感覚とのズレは、
    如何ともし難く、東日本大震災の最大の被災地である石巻では、市長が、市内にある避難所を
    訪れた際に、なけなしのコーヒーを出して貰ったにも関わらず、『こんなもの飲めない』と拒否。
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    それと時を同じくして、石巻市内にある消防団では、外の地獄絵図など全くお構いなしで、連日、
    飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎが繰り広げられていた。 すぐお隣の山形の女性県知事などは、
    被災地を訪れる際に、『毛皮のコートでなければ行かない』などと、駄々をごねる始末。

    同じく、被災地である筈の仙台市長に至っては、自身が、災害時に、さほど役に立たなかった
    事など、全て棚上げして、パンダを招致するなどと、絵空事を述べ、県民から軽蔑された。
    その後、このパンダ騒動は、収束したのだが、政令指定都市の中で、最も職員の給与が高い
    仙台市は、世間の好景気を鑑みて、2015年度から、職員の給与の値上げを実施した。

    但し、復興関連の有期雇用社員たちの給与は、ほぼ上がらなかったのだが、最低賃金の
    見直しにより、数円程度上がったのみ。 これで、被災地では職員が足りませんと言われても、
    自業自得というものなのでは。
    aassssseez
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