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    タグ:津波

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    ブログネタ
    3.11東日本大震災 に参加中!

    仙台うみの杜水族館は、最寄り駅であるJR仙石線の中野栄駅から、歩いて15分程度の
    ところにあり、無料シャトルバスで10分程度掛かります。 無料シャトルバスは、基本的に、
    上り方面の電車とは接続していないため、注意が必要。 中野栄駅は、30年程前に新規
    開業した駅であるため、当時は、周囲に住宅しかかなったが、今では、三井アウトレット
    モールやら、郊外型のお店が沢山あるため、この周辺は、結構栄えています。 スーパー
    銭湯もここから余り離れていない場所にありますが、それぞれがかなり離れているため、
    車がないとキツいエリア。

    仙台港背後地は、仙台の3番目の副都心として開発する計画がありますが、津波浸水地で
    あるため、その計画がかなり遅れている。 中野栄駅は、ギリギリ津波での浸水はなかった
    ものの、三井アウトレットモールと仙台うみの杜水族館は、完全に津波で沈んだエリアで
    あるため、今でもその爪痕を見る事が出来る。 現在、仙台水族館に入るまでには、
    週末の場合、約1時間程度行列に並ばなければならない。 



    仙台うみの杜水族館は、地元資本の仙台急行から、中央資本の横浜八景島へと経営権が
    移ったため、実際の中身は、横浜八景島シーパラダイス。 塩竈にも地元資本の水族館を
    計画があり、ここからは、車で約20分程度の場所であるため、そんなすぐ近所に水族館を
    2つも建設するのか、かなり疑問。 元々、この場所は、仙台市が所有していた土地を
    借り受けているため、場所がかなり中途ハンパ。 すぐそばにある、三井アウトレットモール
    まで、無料のシャトルバスが運行されているものの、それでも不便さは拭えず。

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    仙台うみの杜水族館は、津波浸水エリアにあるため、有事の際には、津波タワーとしても
    使用される。 岩手県や福島県とは異なり、仙台近辺の海岸エリアには、山が殆ど
    ないため、津波タワーがなければ、非常に危険。 尚、この周辺の復興は全て完了して
    いるため、パッと見では、被災地には見えないが、細かく見て行くと、その爪痕を見る
    事が出来ます。

    仙台うみの杜水族館は、『三陸の海』がテーマとなっており、入ってすぐに、三陸名物の
    ホヤを見る事が出来、それに続いて、巨大水槽が姿を表します。

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    ブログネタ
    被災地通信 に参加中!

    ある一人の少年の想いから発足した『青い鯉のぼりプロジェクト』は、東日本
    大震災で亡くなったこども達の為に、3月11日から5月5日のこどもの日まで、
    津波の心配のない青空に『青い鯉のぼり』を掲揚する鎮魂プロジェクト。
     
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    宮城県東松島市大曲浜で東日本大震災以降、毎年開催されており、初年度は、
    約200匹程度の青い鯉のぼりであったが、2015年度の今年は、約700匹まで
    増えた。 来年度からは、大曲地区でのかさ上げ工事が本格化するため、
    来年度からは、別の場所に移動しての開催が予定されている。



    東松島市内で震災により亡くなった人達の数は、約1,100人。 すぐ隣の石巻市と
    比較すると、街の規模が一回り小さいため、東松島の被災は見過されがちだが、
    市域の約6割以上が津波で浸水したため、その被災度合いは、かなり深刻と
    なっている。 自分の地元なので、被災前から大曲は時々通っていたものの、
    被災度合いが激し過ぎるため、昔の景色を全く思い出せない程。 このすぐ
    近所には、海浜公園と砂浜があったが、津波により松林の殆どが流出したため、
    その公園はなくなった。



    仙台方面から石巻へ向かう途中で、東松島市を通過するものの、三陸道や国道
    45号線からは、東松島市内の被災度合いが全く見えないため、そのまま通過
    されてしまいがちだが、このプロジェクトを見るためだけに東松島を訪れて
    見るのも被災地を考える切っ掛けとしては良いのかも知れない。

    大曲地区のすぐ隣には、航空自衛隊松島基地があり、週に3~4日程度、
    ブルーインパルスの展示飛行を無料で見る事が出来る。 また、1ヶ月前までに
    予約をすれば、直接松島基地内に入る事も出来る。



    【お勧めの一冊】


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    東北電力女川原発は、被災当初、原発内の体育館が避難所になりました。
    最大で350名ほどが、その原発内で、長期間の避難生活を強いられましたが、
    その事は、関東では、一切報じられませんでした。 女川原発自体も、2011年
    4月2日に起きた余震により、非常用電源回路が麻痺し、後1本、非常用電源
    回路が失われていたら、宮城県も福島県と完全に同じ運命でした。

    女川原発は、名前は『女川』ですが、原発施設の約5分の1程度は、石巻市内に
    あります。 よって、東日本大震災の最大の被災地である石巻は、原発立地
    自治体です。

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    女川に到達した津波の高さは、20メートルを超え、遡上高で最大43メートル、
    住民の死亡率で比較すると、住民の10人に1人以上が津波災害で死亡した、
    東日本大震災最大の被災地です。

    石巻も、死亡者数だけで、約3,000名、被災後、人口の約2万人近くが、市外へと
    出て行ったと言われているため、復興に関する町内会での話し合いすら出来
    ない状況です。

    津波で、何もかも流され尽くされたJR女川駅周辺は、女川原発からは、直線
    距離にして、約7.5キロの位置にありますが、被災前までの女川原発の避難
    区域は、5キロ圏内のみでした。

    女川駅前には、『女川原発原子力保安委員会』の鉄筋コンクリート製の建物も
    ありましたが、津波により破壊され、真っ先に瓦礫として処理されたため、今では、
    何もない更地になっています。

    私の実家は、その女川原発からは、直線距離にして、約32キロの位置にあるため、
    例え、30キロ圏内が避難区域であったとしても、完全に見殺しにされた地域です。

    被災当初、建物や、車両等の下には、「捜索済み」という張り紙が、あちらこちらに
    張り出されたのですが、それは、『その下には、もう遺体はない』という意味です。
    石巻市内には、6月の末まで、倒壊家屋を撤去するための重機がなかなか入って
    来なかったのですが、その間、倒壊した家屋に潰されて死亡した人たちは、その
    ままにされました。

    重油が海に流れ出したため、海が燃え、今度は、それが沿岸部を焼き尽くしました。
    一番悲惨な死に方をした人は、津波に飲まれて、何十時間も寒空の中、放置され、
    その後起きた火災により、生きたまま焼かれて死亡しました。

    関東等では、『放射能汚染瓦礫受け入れ反対!』などと言っていた頃、宮城県内
    では、1万人程度が、一気に津波で死亡したのにも関わらず、その遺体を燃やす
    燃料すらなかったため、一旦土倉にして、後日、再埋葬を行いました。 その
    土葬が全て終了したのは、2011年12月の末の話です。 今でも、遺体が見つから
    ない人が大勢居ます。

    遺体が見つかったとしても、身元が分からないため、お寺に預けられて、無縁仏に
    なった人たちも、大勢居ます。 岩手県の人の遺体が、茨城県の沿岸部で
    見つかったという話も聞いた事があります。

    東日本大震災では、略奪は起きなかったと、皆言いますが、石巻やその周辺では、
    一時期無法地帯と化したため、現金が盗まれたり、物が略奪されたりは、かなり
    頻繁にありました。

    被災地の現状を正確に伝えなかった、中央メディアには、特に何も期待はしており
    ませんが、これ以上、『風評被害』を拡散するようなまねだけは、止めて欲しい
    ところです。 宮城県の被災を何もかも、『フクシマ』にしないで下さい。 被災地の
    現状を勝手に歪めないで下さい。

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    東日本大震災発生から45回目の月命日

    死者       行方不明者
    宮城県 9,538人  1,256人
    岩手県 4,673人  1,130人
    福島県 1,611人   204人
    全国 15,889人    2,594人

    全国避難者数 23万6千人

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    石ノ森萬画館のすぐ隣にあった日本ハリストス正教会。 津波災害にて、奇跡的に
    流出は免れたものの、かなりの被害を受けたため、その後、暫くは、雨風から守る
    ために、シートが被せられていた。 その後、他の場所への移築が決定し、現在
    この地は何もない更地。

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    この教会は、元々この地にあったのではなく、30年ほど前に、石巻市が、北上川に
    浮かぶこの中州を再開発した際に、別の場所から、この地に移されたもの。 現在
    石ノ森漫画館のすぐ南隣りにある公園は、その以前までは、樹木がかなり生い茂る
    緑の多い公園であったが、この教会が移転して来た際に、大々的に樹木を伐採して、
    現在の姿になったもの。

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    15メートル近く高さの津波が押し寄せ、この場所に奇跡的に残ったのは、この
    教会と石ノ森萬画館と、極々わずかな建物のみ。 この周辺だけで、約3,000名の
    死者を出したため、この周辺は、被災後に一時孤立した。 日本ハリストス
    正教会は、主に、東京を中心とする『東京大主教区』、仙台を中心とする
    『東日本大主教区』、京都を中心とする『西日本主教区』に大別されるが、
    この石巻教会は、その日本ハリストス正教会の中でも、木造としては、
    日本最古だったもの。

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    石巻市立大川小学校は、被災当初、特にロープ等は張り巡らされておらず、
    校舎の中に入れたのだが、実は、この校舎の中には、恐らく、今でも、
    ランドセルやら、ピアニカやら、上靴やら、当時の児童たちが使っていたものが、
    そのまま残されている。



    津波の濁流に飲まれて死亡した児童と教員数名は、未だ見つからず、当時引率を
    していた教員も1名を除いて全員死亡したため、誰も責任を取ってはいない。

    同じ石巻市内にある門脇小学校も状況は全く同じ。 被災当時の石巻市の対応を
    決して忘れてはならないと思う。 被災地での出来事を美談だけで終わらせずに、
    将来に語り継ぐ事が重要です。 住民達の意志を無視すべきではない。

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    福島は、この動画を見ても分かる通り、被災後も見た目が特に変わった訳ではなく、
    目に見えない放射線を完全無視すれば、元の生活そのままとなっている。

    福島県は、15メートルの津波が来たとして、原発が破壊されたと言い張っているものの、
    7メートル弱の津波で何もかも破壊された宮城県石巻市内の状況を見る限り、その津波の
    高さは、絶対にウソと言い切れる。 しかも、被災時に、海外で「これがフクシマです!」と
    紹介された津波の画像は、ほぼ全て、宮城県内のもので、肝心の宮城県の災害状況は、
    ほぼ無視された。

    原発20キロ圏内での【川内そばまつり】の様子


    福島県内で、0.30ミリマイクロシーベルトは、かなり線量が低い方だが、石巻近辺では、
    6,000人以上が死亡し、両親どころか、親類縁者の多くが死亡した子供も多々居たが、
    震災孤児となった子供たちを完全無視している現実の方が、極度にアメリカ寄りの
    報道だと言わざるをえない。
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    アメリカは、どうして、宮城県内の被災状況を正確に報道してくれなかったのか、
    今でも疑問が残る。

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    東北電力女川原発原子力保安委員会の建物は、JR石巻線の女川駅前に
    あった施設で、東日本大震災により発生した大津波により、ことごとく
    破壊されたため、被災後、真っ先に取り壊されて、瓦礫として処理された。
    女川原発からは、直線距離で、7.5キロ、但し、実際は、山道を曲がりくねって
    進まなければならないため、女川の町から原発までは、実際には18キロ
    離れている。

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    女川原発の避難区域は、東日本大震災で被災するまでは、5キロ圏内のみ
    であったため、もし、女川原発でも事故が起きていたならば、地域住民は、
    福島と同じく、完全に見殺しにされたと言える。

    女川に到達した津波の高さは、遡上高で約43メートルとなっており、
    津波浸水高では、約25メートルの津波が到達している。 東日本大震災で
    発生した津波の高さでは、女川が最大の高さとなっており、被災による
    死亡者も住民の10人に1人以上が死亡している最大の被災地である。

    津波被害に関して、女川は福島の比などではなく、この画像を見て、原発の
    再稼動に異を唱えない人間は、単なる金の亡者にしか過ぎない。

    尚、原発立地自治体の石巻市長と女川町長、並びに、宮城知事は、被災後、
    1ヶ月程で、女川原発の再稼動に合意した。

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    東日本大震災は、30年以内に99%の確立で起こるとかなり以前から、東北大学が
    予想しており、その予測から、丁度30年目ぐらいで発生した災害。 よって、予想
    されていた大地震、特に、津波に対する備えを怠った東電と福島県の責任は大きく、
    明らかに人災による災害と言える。



    女川原発付近は、世界有数の地震の群発地域であり、12年前に、『宮城県連続地震』
    と呼ばれる震度6強連続3回の直下型地震をここから、約30キロ離れた場所で既に
    経験しているのだが、その際にも、その周囲の建物は、ほぼ全て崩れ去ったが、
    東北大学の話では、それは予想されている大地震ではなく、この先も大地震が起きる
    可能性が高いと言っていた。 よって、『東日本大震災』が、予想されていた大災害で
    ある事は、この周辺では、かなり常識の範囲内となる。

    女川原発が完成したのは、約30年ほど前だが、その当時は、地域住民の反対が根強く、
    その時の地域住民への説明は、『福島第一原発は、東電の施設で、東北電力とは
    全く関係がないため、宮城県内に原発を建設して、福島にも電力を供給しなければ
    ならない』という内容だった。 尚、当時は、福島第二原発は、まだなかった。

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    女川の場合は、震源地からの最寄地点で、津波が比較的低かった福島とは異なり、
    遡上高で最大43メートル(東日本大震災で最大の高さの津波を観測)、津波自体の
    高さも約25メートルを超えていたが、それでも、女川原発が津波で破壊されなかったのは、
    原発の位置が福島よりも15メートル程高かったのと、約30年を掛けて大地震に対する
    準備をしていたため。 東北電力の事前予測では、この地に到達する津波の高さは、
    最大で13.8メートルとされ、女川原発の防波堤の高さは、15.8メートルとする事が
    決定された。 福島第一原発の場合は、元々は、山がちな地形だったのだが、
    原発を建設するために、わざわざ山を切り崩して低い場所に原発を建設したもの。

    女川の町の破壊度合いは、他の周辺地域よりも凄まじく、住民の10人に1人以上が津波で
    死亡したため、住民の死亡者率で見ると、最大の被災地なのだが、この原発があるために、
    テレビではそこの事を一切言わなかった。 町自体が津波で全て破壊されたため、
    その後は、原発が地域住民の避難所となり、3ヶ月以上も最大で364名が原発内の
    体育館に避難をしていたが、その後、4月7日に起きた余震により、非常用電源回路
    5本の内、4本までが消失した事実は、大手メディアでは、公にされてはいない。



    更に、女川原発の場合は、被災前まで避難区域が半径5キロ以内のみであったため、
    例え、全ての電源が消失しようとも、5キロ圏外の地域には、避難の義務がなかった
    のだが、被災後に、取って付けたように、避難区域が30キロ圏内にまで拡大された。

    町の一部が女川原発から30キロ圏内に入る美里町は、町をあげて女川原発の再稼動に
    反対をしているが、それに伴い、町の主要設備の電力購入先を女川原発を所有している
    東北電力から他の電力供給会社に既に変更している。



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    海外メディアが伝えているフクシマの津波の画像は、殆ど全てが、宮城県の
    画像ばかりで、東日本大震災で、深刻なダメージを受けた被災地は、宮城県の方
    である事を忘れてはなりません。 3年半ほど前までは、ドイツやフランスの
    メディアも毎日見ていたのだが、海外の報道は、余りにも偏っていたため、
    それ以来、基本的に、海外メディアを見るのを止めた。

    海外メディアでは、宮城県の津波災害の動画を平気で間違って使用している
    のにも関わらず、その深刻な被災度合の内容は、全くと言っても良いほど伝え
    なかったため、宮城県の被災状況を正確に把握している人間は、実は少ない。

    2014年10月11日、東日本大震災発生から43回目の月命日
     
    死者       行方不明
    宮城県 9,538人  1,258人
    岩手県 4,673人  1,132人
    福島県 1,611人  204人
    全国 15,889人    2,598人

    全国避難者数 24万3千人

    東北を忘れない。
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    福島第一原発の1号機は、津波前の地震で既に破壊されていたと、前々から言われており、
    元々が、GE社製の欠陥溶鉱炉であるため、年に数回程度しか稼動していなかった。

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    福島第一原発は、100%周囲を東北電力に取り囲まれているため、災害時に、約1ヶ月間に
    渡り、この原発に電力を送り続けたのは、東京電力ではなく、被災地の東北電力。 しかも、
    福島第一原発は、100%東京電力の施設であるため、福島の住民達は、この電力を一切
    使用してはいない。

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