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    タグ:死者

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    東日本大震災の最大の被災地、宮城県石巻市門脇町・南浜町地区では、震災から
    6年半が経過したが、復興が進んでいる場所とそうではない場所との『落差』が
    目立ち始めている。

    石巻市全体での死者数は3,282名となっており、行方不明者は699人となって
    いるが、この地区は、津波とその後に発生した火災により完全に廃墟と化した。
    被災前までは、約1,700世帯が住んでいた住宅街であったのだが、被災前までの
    名残は一切残ってはいない。

    【被災から6年半が経過した石巻市門脇地区
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    一部では、住宅地が復興したが、一部は道路となり、現在では、あちらこちらで
    工事中だらけとなっており、度々移転を繰り返している『がんばろう石巻』の
    看板のある場所にたどり着くのでさえ、ままならない。 基本的に右折が出来ない
    個所ばかりであるため、車での移動も非常に難しくなった。

    この地区には、災害復興住宅が建設されたが、この地区を襲った津波の高さは、
    約6.9メートルであるため、再度津波が襲った際には、また同じ過ちを繰り返すので
    あろう。 日和山へと登る階段の麓には、1つだけ商店が出来たが、住民がまばらで
    あるため、売り上げ増も期待出来ない。

     

    被災直後に炎に包まれた門脇小学校は、現在では廃校となり、この先、のこ地区での
    人口増が全く望めないという理由により、石巻小学校と統合された。 2012年の
    紅白歌合戦で、長渕剛がライブ中継を行った校庭には、その面影すら残っては
    いない。

    最近では、テレビ等でも全く報道されなくなった東日本大震災最大の被災地は、
    復興もままならないままの状態で、人気も無くひっそりと静まり返っていた。

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    2011年の東日本大震災依頼、行方不明者の捜索が続けられているが、福島県では
    2015年1月18日に、最後の身元不明者の遺体引き渡しが行われた。 これにより、
    福島県での身元不明者の全ての遺体の引き渡しが完了したこととなる。

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    但し、警視庁の基準では、頭蓋骨のある遺体のみが死者と認定しているため、実際は、
    頭蓋骨のない部分遺体は、まだあるものとみられる。 震災からほぼ5年が経過し、
    頭蓋骨のない遺体どころか、部分遺体ですら見つからない状況が続いている沿岸部の
    被災地では、毎月11日の月命日に、集中捜索が続けられているが、手掛かりすら
    見つからない状況が続いている。

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    出典:福島民報 2016年1月20日
    東日本大震災から3日後の2011年3月14日、福島県いわき市久之浜のがれきの
    中で見つかった遺体と火葬後の遺骨を県警本部が調べた結果、津波と火災で
    行方不明になった、いわき市久之浜町久之浜字北町72、大工鈴木秀勝さん
    =当時(60)=と判明した。 福島県警本部災害警備本部が2016年1月19日
    発表した。 1月19日現在の県警集計の死者1,613人のうち唯一、不明だった
    身元が判明した。
     
    岩手、宮城両県には震災で犠牲になり身元が分かっていない遺体があり、全ての
    身元不明が判明したのは被災3県で初めて。

    同本部によると、遺体は震災のがれきを重機で撤去しようとした作業員が発見し、
    いわき中央署に届けた。 入れ歯や着衣、病院に残っていた生前のレントゲン
    写真との照合、発見場所などから総合的に身元を特定した。

    震災当時、鈴木さんは自宅か自宅近くにいて津波と火災に巻き込まれたとみられる。
    死因は特定出来ていない。 市が保管していた遺骨は震災から4年10カ月ぶりに
    18日、鈴木さんの遺族に届けられた。

    福島県警は警察庁の基準に従い、頭蓋骨のある遺体を死者と認定しており、
    福島県の死者数集計とは人数が異なる。 ただ、県内では依然、197人の
    行方不明者がおり、県警は引き続き捜索を進める。
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    ブログネタ
    3.11東日本大震災 に参加中!

    東日本大震災における犠牲者は、死者・行方不明者合わせて約2万人の人々が
    犠牲になった。 だが、そのうち未だに身元が分からない人の数は、2,500人
    以上にものぼる。 つまり、津波災害での犠牲者のうち、4人に1人は未だに
    見つかってはいない。

    東日本大震災発生から、4年以上が経過し、メディアやマスコミも一時期ほど
    震災について語らなくなっており、一部では、完全に風化している。 但し、
    このような状況とは裏腹に、数千体にも及ぶ身元不明者や、発見されても身元が
    分かっていない遺体は、今はどうなっているのだろうか。

    tsunamia

    遺体――震災、津波の果てに』(石井光太著・新潮社)。 この本は、岩手県
    釜石市における震災直後の遺体安置所や遺体捜索の状況を克明に記録した
    ノンフィクションであり、『遺体 ~明日への十日間~』として映画化された。
    この映画は、300円の有料ではあるが、youtubeでも見る事が出来る。 

    岩手県釜石市では、震災の翌朝から廃校になった中学校が遺体安置所となり、
    毎日何十体もの遺体が運び込まれていた。 市の職員による遺体搬送、地元の
    医師による死体検案、歯科医による歯型確認などが行われ、身元が分かった
    順番に遺族に遺体が引き渡された。



    市内中心部にあった遺体安置所は、約2カ月で閉鎖される事となった。 遺体の
    発見数が減った事で、後の作業は警察に任されることになったのである。
    津波による遺体は、医師免許を持った者が死体検案を行って死因を解明した後で
    なければ火葬を行う事が出来ない。

    震災の直後に、遺体安置所には、多くの遺体が運ばれて来たが、その大半は、
    窒息で亡くなっていたため、体に傷が余りなかった。 しかし、夏以降に
    見つかった遺体は、瓦礫や海の底から発見されてくるため、かなり傷んでおり、
    腐敗が相当進んでいる事もあった。 海に流された遺体は、魚に食われたり、
    ガスがたまったりして傷みが激しい。 また、津波と共に流れて来る瓦礫に
    巻き込まれているうちに、バラバラになってしまう事もある。

    しかし、年末から年始に掛けて見つかった遺体は、遺体全部が残っている事が
    少なく、特に海底から発見されたものは、手だけとか足だけ、あるいは頭だけという
    部分遺体が大半となった。 部分遺体の身元が明らかになる事は多くはないため、
    「身元不明遺体」となって、お寺など、一カ所に預けられる事になる。
     
    遺体の損傷が激しくなると、DNA鑑定が有効ではなくなる。 鑑定結果の数値が
    80%を超えると身元が確実になるが、最近見つかる部分遺体は、60%前後が
    多い。 こうした遺体は、部分遺体のまま火葬され、部分遺骨となって、番号を
    ふって安置する。 しかし、部分遺体でも、稀に後で身元が分かる事があるという。

    マスコミは部分遺体については、ほとんど報じないが、こうした悲しい出来事は
    今でも続いている。 そして、部分遺体は、少しずつ増えている。

    東日本大震災最大の被災地である石巻市門脇地区では、2015年5月31日に、
    被災直後以来、4年3ヶ月もの年月が経過して、初めての遺体捜索がようやく
    行われた。 門脇地区では、今でも147名が行方不明のままとなっている。


    【2015年6月10日、警察庁発表】
      死者 行方不明者
    宮城県 9,540人 1,242人
    岩手県 4,673人 1,129人
    福島県 1,612人 201人
    全国 15,892人 2,576人

    震災関連死者数 3,194人
    全国避難者数 21万2千人

    東北を忘れない・・・

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    ブログネタ
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    宮城県石巻市は、市中心部の高台を除く、ほぼ全域が津波に襲われた事で、
    このエリアだけで2,038人が死亡し、377人の行方不明者を出すという東日本
    大震災で最大の被害を受けた。 この動画に出て来る『捜索済み』とは、
    この瓦礫の下には、遺体はないという意味である。

     

    石巻市はこの地区の他にも、雄勝、牡鹿、河北、北上でも大きな被害を被り、
    全体(全人口約16万2千人)では、何と死者数3,282名、不明者699人という
    甚大な被害状況となっている。 これだけの人的被害を受けた各地域共に、
    建物の基礎だけが残る壊滅地帯が広がっている。

    被災直後、市内の体育館は、全て避難所、または、遺体安置所となった。
    市内の掲示板にあった『探しています』の張り紙は、全て『人』に関する
    ものばかりで、死者が余りにも多過ぎたため、火葬が間に合わず、土葬による
    仮埋葬を行ったのも、主に石巻地区である。

     

    被災後、石巻の人口は、約2~3万人程度減少したと言われているが、正確な
    数字は分かってはおらず、誰がどこに行ったのかすら分かっていないため、
    町内会での話し会ですらままならず、復興に関する話し合いが遅々として
    進まない。

    被災から8年が経過しようとしていますが、この状況は、あれから、さほど
    変わってはいない。

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