多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

世界80言語対応の『多言語翻訳GoWest』を運営しています。 お見積もりはお気軽に『お問い合わせ』からお願い致します (^-^)b 『我孫子ゲストハウス』の運営も行っております。



    ブログランキングに参加していますので、クリックをお願いします!
    I’m participating in blog ranking, please click the following buttons!
    Je participe au classement des blogs, veuillez cliquer sur les boutons suivants !
    Ich nehme am Blog-Ranking teil. Bitte klicken Sie die folgenden Schaltflächen!
    Я участвую в рейтинге блогов, пожалуйста, нажмите на следующие кнопки!
    にほんブログ村 外国語ブログへ
    にほんブログ村
    人気ブログランキング

    タグ:最貧国

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    アルバニアは、長らく「ヨーロッパ最貧国」と呼ばれ続けて来たのだが、
    大規模内戦により、ウクライナがヨーロッパ最貧国に落ちたため、アルバニアは
    非常に貧しい国のイメージを持っていたのだが、今では、このように凄まじい
    経済発展を遂げ、物価も東京並と、ヨーロッパの中では非常に安いものの、
    アルバニアにすら追いつかれてしまった日本を見て、非常に情けなくなりました。

    【ティラナ】
    IMG_2240
    IMG_2242
    IMG_2243
    IMG_2244
    IMG_2245
    IMG_2246
    IMG_2247
    IMG_2248
    IMG_2249

    ティラナの広場では、ビアガーデンが開かれており、長年鎖国政策を採っていた
    国とは思えない程、非常に明るい感じがしました。 今時、日本製品程度の
    商品は何処ででも手に入るため、中国人による爆買いが日本では全くなくなった
    のも、そういう意味だと思います。 アルバニアは、コソボ人の国であり、
    隣国であるコソボとの併合を望んでいるものの、コソボは大国の利権が複雑に
    絡んでいるため、アルバニアとコソボの合併は容易ではない。 アルバニア人は、
    見た目的にも、スラブ人とは全く異なり、髪の毛や目が黒く、どちらかと言うと、
    ギリシャ人に見た目が似ていると思います。

    【夜のティラナ中心部】
    IMG_2250
    IMG_2251
    IMG_2252
    IMG_2253
    IMG_2256
    IMG_2257
    IMG_2258
    IMG_2259
    IMG_2261

    アルバニアは、長年鎖国政策を敷いていたため、他の社会主義諸国とは、全く
    別の道を歩んでいたものの、ここにも近代化の波が押し寄せ、日本とも差ほど
    違わない生活がおくれるようになりました。 しかも、後から発展した国の方が、
    建物が真新しいため、アルバニアは今後かなり発展するのではないかという
    可能性すら感じました。

    双頭の鷲をシンボルにしている国は、ヨーロッパでは非常に多いものの、
    黒い鷲に赤の背景は、ショッカーの旗を連想させるため、悪の帝国・・・
    ではなく、非常にかっこいいですw

    お土産品として、マグネットや木工品を置いてあるのは、ヨーロッパ各地で共通。
    長年鎖国をしていたとしても、文化はある程度ヨーロッパと共通であることが
    分かります。

    >>トップーページに戻る





    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    バルカン半島(南東欧)の小国アルバニア共和国は山がちの国であり、その歴史は
    長く波乱に富んでいる。 数世紀にも渡り、外国勢力の征服を受けて支配された。
    つい最近では、外国との交易や外交関係を一切絶つ鎖国政策を取ったことで知られて
    いる。 鎖国政策のお陰で経済は酷い状態になったが、その反面で、アルバニア人は
    古くからの独自の文化を守ることが出来たとも言える。

    アルバニア人はこの地域の先住民イリリア人の子孫である。 イリリア人は今から
    3000年以上も前に、バルカン半島に進出して住み着いた。 その後、ローマ帝国は
    イリリクムという州を置いて支配したが、イリリア人の多くは独立の精神を捨て去る
    ことはなかった。 5世紀に西ローマ帝国が滅亡すると、バルカン地域は混乱した。

    neighborins

    これ以後の1000年の間、イリリア人の名で呼ばれたアルバニア人は、統一した
    政府を持つことは出来なかった。 アルバニアの河川の流域や、岩だらけの
    高地にわずかにある小さな土地を支配したのは、対立し合う有力な部族や強い
    力を持つ領主たちだった。 一方、イタリアのヴェネツィア共和国がアドリア海
    沿岸部の低地に港や貿易のための拠点を築いた。

    15世紀になると、オスマン・トルコが小アジアからバルカン半島に進出して来た。
    オスマン・トルコはアルバニア人領主を隷属させて支配を確立する。 そのため、
    アルバニアの都市や港の交易活動は衰えた。 アルバニアには肥沃な土地が
    ほとんどないため、農業生産は限られていた。 主要な輸出品と言えるのは、
    武器や外国軍隊への傭兵に過ぎなかった。

    アルバニアは1912年に、オスマン・トルコ帝国から独立を宣言した。 しかし、
    ヨーロッパ列強が新国家の国境を定めた後、数百万のアルバニア人が隣国に取り
    残されてしまった。 第一次世界大戦と第二次世界大戦の時期に、アルバニアは
    バルカン半島の支配権を狙う外国勢がぶつかり合う戦場となった。

    4eaf1c54

    第二次世界大戦期に抵抗運動を指導したエンヴォル・ホジャの下てで、戦後、
    社会主義政権が成立した。 1970年代末になると、ホジャは、真の社会主義国家の
    建設を理由に、社会主義国を含む全ての国との関係を絶った。 同時に、ただ
    ひとつの合法的な政治組織であった共産党が国内の反対勢力を容赦なく排除した。

    アルバニアは、1980年代初めまでに、孤立無援の国となった。 ホジャの鎖国
    政策は国内の産業を衰退させ、生産が落ちるにつれて、食料や日用品の不足が
    目立ち始めた。 ホジャが死去した1985年までに、アルバニアはヨーロッパで
    最も貧しい国になった。

    1990年代初めに社会主義体制が崩壊すると、新たな時代が始まった。 1992年には
    民主的な政権が成立し、経済再建に取り組んだ。 欧米の国々が再びアルバニアへの
    投資を開始し、貿易も再開された。 ここ数十年来初めてのことだが、アルバニア
    でも観光客が歓迎されるようになった。 これに伴い、政府は観光産業の進展に力を
    入れている。

    しかし、依然として貧困と、食料や日用品、職場の不足といった状態が続いている。
    隣接するバルカンの国々の民族紛争も、この国を新たな戦争に引き込む危険性を
    はらんでいる。

    政権が代わり、経済の面で多くの変化が見られたが、アルバニアは国を安定させ、
    繁栄を導くための長い戦いに直面している。

    【お勧めの一冊】


    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ヨーロッパ情報へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    東日本大震災後における、各国から日本赤十字社に寄せられた義援金の金額。
    米国、台湾からの義援金は、共に29億円を超えた。 その一方で、最貧国
    30カ国からも支援があった。 全体では、179の国と地域から、合計で227億円に
    上る義援金が集められた。 国連が認定する後発開発途上国49カ国のうち、
    30カ国からも計約6億円が集まった。

    『最貧国』と呼ばれている国々からも、多くの義援金が寄せられ、
    バングラデシュから1.6億円、アフガニスタンから1億円が集まり、ブータンと
    東ティモールからも9千万円を超えた。 最貧国からの義損金の背景について、
    日赤は『日本からの途上国援助(ODA)や過去の自然災害支援への感謝もある
    のではないか』と説明している。

    img_0

    現地の日本人による支援も含まれるかも知れないという。 海外からの義援金は
    国内で集まった分と共に、被災した15都道県に配分されている。 今回日赤が
    集計した義損金は、自治体を通じて被災者の支援に充てられるもので、日赤の
    活動に充てられる義損金とは異なる。

    日本は、台湾との国交はないものの、震災追悼式に参加した台湾からの代表を他国と
    同様に扱った。 中国からの義援金は、約9億円で5位。 但し、香港と合わせると、
    約16億円で、タイに次ぎ4位となる。 日本から最も近い隣国である、韓国と
    ロシアがトップ20には入っていないが、常に差別発言ばかりを繰り返していると、
    いざという時に、さほど助けては貰えないという現実を如実に表している。

    そもそも、『義援金』とは、何らかの支援をするために寄付をする金銭のこと。
    特に、地震などで被災した人々や地域を援助するための寄付金の事を指し、
    『義捐金』とも書く。 近年では、福祉団体や公的機関などを名乗り、義援金を
    騙し取ろうとする『義援金詐欺』と疑われる事例の情報が寄せられているため、
    義援金は、募っている団体等の活動状況や使途をよく確認し、納得した上で寄付
    した方が無難。 義援金は、被災地に届いてこそ、義援金なのであって、その
    流通経路でピンはねをされるために寄付をしている訳ではない。 日本国内で
    集められた義援金は、これまでにも、かなりの額が、その流通経路で消えている。

    このような事例を未然に防ぐという意味でも、国民ひとりひとりが意識を持ち、
    単に寄付をしただけで終わりにはせずに、被災者に義援金が確かに届いたのかを
    監視するシステムが早急に必要。 最近では、財布を路上で落としたとしても、
    ほぼ見つかる可能性はないが、そのようなことを考えても、お金の流れには、
    それなりの注意が必要。

    【お勧めの一冊】


    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ

    このページのトップヘ