多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

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    タグ:日本語

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    日本に初めてやって来た外国人とは、一体何人なのだろうか? 記録上、
    日本に初めてやって来た西洋人は、1543年種子島に漂着したポルトガル人商人、
    フランシスコとキリシタ・ダ・モッタと記録されている。

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    この様な経緯により、ポルトガル語が日本語に果たした役割は非常に大きく、
    日本語として日常的に使われるようになったポルトガル語の単語には、以下の
    ような物があります。

    ポルトガル語 本来の意味 外来語
    Bateira 小舟バッテラ
    Balanço ブランコ 左右の動き、横揺れ
    Bando ギャングバンド
    Biscoitoビスケット、ビンタビスケット
    Bôlo お菓子・ケーキボーロ
    Caramelo 焼き砂糖・カラメルキャラメル
    Cambodia カンボジアカボチャ
    Carta 手紙・トランプカルタ
    Castelo カステラ
    Capaマント・袖なし外套カッパ
    Charamelaチャルメラキャラメル
    Cristãoキリスト教徒キリシタン
    Confeito糖菓子
    Copoコップコップ
    frasco陶器の小びんフラスコ
    gibão肌着・シャツ襦袢
    jarro取手付きの水差しジョウロ
    ombroおんぶ
    órgão機関、器官オルガン
    padre神父、司祭バテレン
    pãoパン、食料パン
    raxaラシャラシャ(羅紗)
    saraçaサラササラサ(更紗)
    tempêro調味料てんぷら
    tabacoタバコタバコ
    veludoベルベットビロード
    vidroガラスビードロ
    zamboaザボンザボン

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    日本語の起源は、謎に包まれており、高句麗語、朝鮮語、アイヌ語、マライ・
    ポリネシア語、チベット・ビルマ語、タミル語などとの関係が論じられ、北方の
    言語と南方の言語が混合したとする説もある。 上代に『母音調和』が存在した
    こと、語頭にrの付く日本古来の語がないこと、膠着語であることなどから、
    アルタイ諸語の一派であるという説がやや有力となっているが、この説にも
    音韻対応の法則が見出せないという疑問があり、未だに定説がない。

    母音は、ieaouの5つだけで、標準語ではuは唇を丸めずに発音します。 母音のみ、
    または子音と母音の組み合わせからなる単純な音節構造が基調をなしているが、
    撥音、促音といった子音だけの音節もあり、母音には長短の、子音にはk-g、t-dの
    ような有声・無声の対立がある。 アクセントは基本的には高さ(ピッチ)
    アクセンとなっている。 但し、方言によっては、音の高低で単語が区別出来ない
    ものもある。 



    基本語準は、SOVで、述語が文の最後に来る。 その他、主節が従属節の後、
    修飾される語が修飾する語の後といった一定の語順を守らなければならないが、
    『友達に写真を見せた』『写真を友達に見せた』のどちらも言えるといった
    ように、比較的自由に語順を変えることが出来る。 名詞は性や数による
    語尾変化をしないが、後ろに格助詞を伴って格関係を表す。 動詞や助動詞は
    活用し、文を言い切ったり接続したりする機能を果たしている。

    日本語は、文脈から意味が分かれば文の成分が省略出来るため、『あれは?』
    『終わったよ』などの言い方で十分通用する。 また、『は』『って』『なら』
    など、文の主語を表す形式を持っていることや、敬語など複雑な待遇表現がある
    ことなども日本語の特徴となっている。

    表記には、漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字という4つもの異なる文字を
    つかっており、大まかには、語の実質的な意義を表す部分を漢字が、活用語尾や
    助詞、助動詞なをひらがなが受け持ち、カタカナは、外来語や擬音語などの
    表記に、ローマ字は、BGM、DVDなどの略語や商標に多く用いられている。
    これら4種類の文字が1つの文の中に勢ぞろいすることも珍しいことではなく、
    それぞれが互いを際立たせるため、通常分かち書きを用いない。

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    【日本語の今昔】
    古代の日本には、固有の文字はなく、中国から漢字が伝来し、中国語として読み
    解いていたが、次第に日本風に改変し、日本の文字が形作られて行った。 その
    1つはかな文字で、表語文字である漢字の字形をくずして表音文字に作り変えた。
    もう1つは、読み方に日本語の音を充てるようになったことで、例えば、『山』
    という漢字は日本語の『やま』の意味を表すため、この漢字に『やま』という
    音を充てた。 これが訓読みで、訓読みのお陰で、漢字の日本語化が一層進んだが、
    問題も生じた。 例えば、『生』という漢字には、『い(き)』『う(む)』
    『お(う)』『は(える)』『き(なま)』のように沢山の訓読みがある。
    一方、『たつ』という語は、『立つ』『建つ』『経つ』『絶つ』『裁つ』『断つ』
    『起つ』『発つ』のように沢山の漢字で書き分けなければならない。 『行う』か
    『行なう』かといった送りがなの問題も生じた。

    そもそも、中国の漢字は縦書きで表記されていたため、日本もそれに習い、右から
    左に向かう縦書きで文字を書いていた。 しかし、西欧の文献に触れるようになった
    幕末からは次第に横書きが用いられるようになった。 実は、幕末以前にも一見
    横書きと見られるものはあったのだが、それはら扁平な空間に縦書きした結果、
    1行1文字となったもので、横書きではないと言われている。

    欧文とは異なり、初期の横書きは右から左に書いた。 その後、両方の混在期を
    経て、戦後からは左から右への方式に統一された。 現在の日本語は、縦書きと
    横書きが併用されており、新聞の紙面では、本文は横書きだが、見出しは縦横
    どちらも見られる。 本や雑誌やポスターなど、レイアウトの効果を高めたり、
    少ない空間を効率良く使ったりするのに縦横併用が利用されている。 今の
    中国や韓国では、横書きが殆んどとなっているが、日本では文芸作品の多くや、
    日本文学などの専門書、法令や官報などは縦書き、自然科学の書物や外国語の
    教科書などは、横書きというように、ジャンルによって使い分けされている。

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    香港では、寿司をはじめとする食文化や、アニメ・ゲーム等の大衆文化を
    中心に、日本文化が広く浸透している。 コンビニには、ファッション雑誌や、
    清涼飲料水等の日本語の書かれた商品が溢れ、地元の広東語番組では、
    『イチバン』や『ダメダメ』等、日本語風の表現が時折聞かれる。

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    香港は、このように日本が感じられる社会であるため、公用語の中文、英語を
    除けば、日本語は学習者の最も多い言語と見られている。 話者数に関する
    公式の統計はないが、国際交流基金によれば、2012年時点での日本語学習者は、
    2万2,555人で、そのうち、76%が日本語学校等、学校教育以外の場で日本語を
    学習しており、大学は13%、初中等教育では11%である。

    また、2012年から始まった香港中等教育筆記試験では、日本語を含む6つの
    外国語が選択科目として導入されたが、2015年の試験で日本語を選択した
    受験者は、199人と2位のフランス語(57名)を大きく引き離している。

    学習動機としては、大衆文化と日本旅行への興味、関心が多く、進学、就職等に
    使える実利面もしばしば挙げられるが、同時に香港人学習者にとっては、漢字を
    使用する日本語が他の外国語に比べて学びやすい要因もあるのであろう。 中文と
    英語の読み書きに加え、広東語、中国語、英語の運用能力が前提付けられた
    『両文三語』と呼ばれる言語政策の下で、特に英語に苦手意識のある学習者が
    日本語を学ぶことで言語学習に対する自身を取り戻そうとする場合もある。

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    学習環境は整っており、市中の日本語学校以外にも、現在8つある全ての公立
    大学で日本語が履修出来、日本語、日本文化を専攻出来る大学院、大学、
    コミュニティーカレッジ(短大に相当)も一定数存在する。 このような背景
    により、日本語学習の層も厚く、その中から、香港人日本語教師も数多く輩出
    されている。

    教師養成機関としては、香港中文大学に2006年から2011年まで日本語教師養成を
    主とした修士課程が設けられ(現在は大学院の選択科目として開講)、現在も在留
    邦人や日本留学経験者のある香港人が養成機関を経ずに教師となり実践経験を積む
    ケースも多い。

    学習方法もテクノロジーの発達と共に変化を見せている。 従来は文法、読解は
    出来ても会話が苦手なのが香港人学習者の特徴とされて来たが、インターネットで
    手軽に日本語コンテンツに触れられる環境が整ったことから、近年では、若者層を
    中心に、独学が一般化し、ウェブ上のデジタル教材を活用したり、ソーシャル
    ネットワークで日本語母国語話者と交流したりして、教育機関に通わずに
    コミュニケーションスキルを磨く学習者が増加している。 こうした学習者の
    広がりを受け、大学でも日本語既学習者があえて初級の日本語のクラスを履修し、
    高得点を狙おうとする現象が顕著になった。

    新界付近の住宅地にある日本語学校を例に取ると、新規受講は日本旅行が切っ掛け
    という場合が目立ち、外国語の通じにくい地方へ旅行に行くため、中上級まで
    学習を継続する受講生も少なくない。 2011年の東日本大震災直後は、超円高も
    相まって、日本への渡航が下火になり、受講者が一旦減少したものの、近年円安
    傾向で再び日本旅行にブームが起き、回復傾向にある。 極端な例としては、
    日本で不動産を購入し、年間数ヶ月間を日本で過ごし、日本語力を鍛える強者も
    存在する。

    ここ数年の韓流ブームで韓国文化に関心を持ち、韓国語を学ぶ人が増えたため、
    日本語教育にも若干影響が見られるようになった。 韓国語熱の高まりを受け、
    一部の日本語学校では、韓国語コースも開講しているが、ここ1~2年は、日本旅行
    ブームの恩恵を受けてか、一時期低下傾向にあった日本語学習者数が上昇に転じ、
    横ばい傾向にあった韓国語を尻目に、安定した伸びを見せている。

    また、旅行や大衆文化等で幅広く学習者を引き付ける日本語に対して、韓国語は、
    Kポップや韓流ドラマの女性ファンが中心で学習者の偏りが大きい。

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    1600年、オランダのリーフデ号が大分県に漂着した。 日本とオランダの
    交流は、この時から始まる。 徳川家康は、リーフデ号の乗組員を熱くもてなし、
    船長に貿易の許可を与え、オランダは、平戸に商館を設立した。 これが後に
    長崎の出島に移され、以後、オランダは、そこを拠点に貿易を幕末まで続けた。

    リーフデ号の乗組員ウィリアム・アダムズは、日本に帰化し、三浦按針と名乗り、
    徳川家康の外交顧問として仕えた。 出島は、鎖国時代の約200年間、日本の
    世界へのただ一つの窓だった。 ヨーロッパの文化や学問(蘭学)は、出島を
    通して日本へともたらされた。

    19世紀、島内には住居や料理部屋、蔵、番所など49棟もの建物があったが、
    明治時代になり、鎖国が解かれ、オランダ一国との貿易が終わると、出島は
    忘れ去られ、周囲の埋め立てにより、消えて行った。 その後、今から60年ほど
    前から始まった復元工事により、一部では、往年の雰囲気を取り戻した。

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    【日本語になったオランダ語】

    『おてんば』
    オランダ語の『ontembaar』は、『飼い馴らせない』とか、『野生の』という
    意味で、これが日本語に入って『おてんば』になったと言われている。
     
    『やんちゃ』
    オランダ語で、『男の子』のことを『ヤンチェ』と言うが、日本語の
    『やんちゃ』は、ここから来ていると言われている。

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    『ドロップ』
    オランダ語でも『ドロップ』は、飴を意味するが、オランダのドロップは、
    漢方薬のような味がする。

    『半ドン』
    日曜日を意味する『ゾンダッハ』の『ゾン』が『ドン』へと変わった。
    土曜日は、休みが半分という意味で、『半ドン』という日本語になった。

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    大震災では、大勢の外国人も被災した。 警察庁によると、2011年6月
    27日現在、死亡した外国人は29人。 うち7割近い20人が宮城県内で亡くなった。
    震災発生直後、外国人が取った行動を調べると、運に加え、『日本語』
    『近所付き合い』『防災意識』の3点が生死を分けた要因として浮かび上がった。

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    逃げる その時 外国人(宮城)出典:河北新報 2011年6月28日

    『高台に避難してください』 津波から多くの日本人の命を救った防災無線や
    ラジオの呼び掛けが、宮城県南三陸町のフィリピン人にはほとんど理解されて
    いなかった。

    35年前に来日した英語講師佐々木アメリアさん(57)は『心配していた通りに
    なった』と表情を曇らせる。 震災後、フィリピン人妻ら十数人に聞いたところ、
    『高台』『避難』の意味が分からなかった人が多かった。 大半は日本人の夫と
    逃げたか、隣近所の日本人に促されて逃げ、一命を取り留めたが、女性(29)が
    津波で亡くなった。

    アメリアさんによると、女性は日常会話は出来たものの、防災無線の日本語は
    聞き取れなかった可能性が高い。 石巻市のスナック勤めで、南三陸町の
    フィリピン人社会や、隣近所との付き合いはほとんどなかった。 『日本人の夫
    以外に、避難するよう教えてくれる隣人はいなかったはず』とアメリアさんは
    見る。

    流ちょうな日本語を話す千葉ジョイさん(44)は『私も『高台』『避難』の
    意味は分からなかった。 『高い所に逃げて』と繰り返し言われれば、助かった
    かもしれない』と同胞の死を悼む。

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    志津川中で避難生活を送る来日20年の小山ジュリエットさん(44)を救ったのは、
    防災無線を聞き取る日本語能力と夫からの電話だった。 地震と停電で通話
    出来ないと思っていた携帯電話が午後3時10分過ぎ、突然鳴った。

    『大津波が来る。 出来るだけ高い所に逃げろ』。 夫の宣広さん(42)だった。
    宣広さんは近海マグロはえ縄船の漁師。 太平洋の沖合数十キロで津波をいち
    早くキャッチし、衛星電話で危機を知らせた。

    地震発生時、海沿いにある水産会社の加工場にいたジュリエットさんは防災
    無線に従い、既に指定避難所の志津川小へ向かっていた。 途中、志津川
    保健センターにほど近い夫の実家に立ち寄った。

    直後、宣広さんから電話があった。 忠告に従い、義父母と一緒に高台に
    逃げた。 振り返ると『真っ黒な濁流が、数分前までいた小高い場所を
    のみ込んでいた』という。

    ジュリエットさんの友人の斎藤ジュリエットさん(44)は同じころ、日本人の
    夫と逃げた高台で、泣きながら上空を見上げていた。 『この世が終わる。
    イエス・キリストが降臨する』と。

    あの時、中国・大連出身の広岡燕燕さん(37)は宮城県山元町の自宅にいた。
    海岸まで約1.2キロ。 『地震が起きたら津波が来る。 すぐ役場へ逃げて』。
    日本人の夫の口癖が頭に浮かんだ。

    サンダル履きのまま、3キロ以上離れた町役場を目指し、長女歩実さん(7)と
    自宅を飛び出した。 道路はひび割れ、水が噴き出す。 空は暗く、海岸から
    真っ黒い土煙が追い掛けて来る。

    津波の恐怖と闘いながら、十数分走り続けた。 息も絶え絶えになり、道路に
    飛び出して白いワゴン車を止め、叫んだ。 『娘だけでも』。 ワタナベと
    名乗る男性が2人を乗せてくれた。

    津波は町役場の近くまで迫り、自宅1階は水に漬かっていた。 『夫の口癖と、
    親切な日本人のおかげ』。 山元町の仮設住宅で、燕燕さんは歩実さんの
    髪を優しくなでた。

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    日本語は、発音や文法的には、特に難しいとは思いわないが、外国人にとって、何が
    難しいかと言うと、日本人独特の無意味な人間関係。 何かも周りに合せて、そもそも
    自分というものがないため、日本語自体が、主体性のない言語とも言える。 よって、
    ハッキリと物事を言う事を完全に避け、相手に判断を全て委ねる言語体型になっているが、
    日本以外で、この考え方は一切通用しないため、結局のところ、日本人が海外へ留学した
    ところで、外国語がまともに喋れないまま帰国する主な原因となっている。



    外国語をマスターする最も有効的な手段としては、日本語を一切使用しない事が一番だが、
    日本に住んでいる限り、そのような環境作りは難しいため、たまにあるチャンスをめいいっぱい
    使うことになるのだが、そのような環境に慣れてしまうと、今度は、逆に、帰国後に海外との
    余りのギャップの激しさに、悩む人も多数存在する。 日本の学校に不登校児や、社会的な
    ニートが多いのは、物事をハッキリ言わずに、無言の同調圧力に押し潰されるからなのだが、
    超多民族国家のロシアの場合は、自分の言いたい事を100%相手に言ってやらなければ
    ならないため、言語体系としては、日本語とは、完全に真逆を行っている言語。

    日本では、何でも「何となく」が重要視され、具体的な事柄は無視されるため、右脳型で
    いい加減な人間にとっては天国。 逆に、左脳型で何でもハッキリさせたい人間に
    とっては、地獄となっている。 日本では、「相手の事を想って」と言う言葉をよく聞くが、
    その割には、その全ての判断を相手に何もかもゴリ押しして来るため、日本人の
    人間関係は、自分に優しく、相手にとことん手厳しいだけの関係となっている。 よって、
    相当適当な日本語で喋ろうが、特に誰も何も言わないため、外国人には、非常に
    分かりづらい言語となっているのが特徴。

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