旧ソ連構成国であった中央アジアのカザフスタン共和国が国際化を目指して、
カザフ語のロシア(キリル)文字による表記を止めて、ローマ字に変更する
ことを決定した。 若者は既に携帯電話のメールをローマ字で送るなど、かなり
以前からロシア文字離れが加速していた。 2006年に『ローマ字は今日、
情報通信分野を席巻している』と述べていたヌルスルタン・ナザルバエフ大統領は
2018年4月、国営紙に論文を発表し、この中で、文字表記変更の具体的な
スケジュールを提示した上で、2025年にはローマ字に完全移行すると宣言した。

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カザフスタンでは、カザフ語が国家語、ロシア語は公用語とされているが、多くの
外国人観光客にとっては、キリル文字は読むことすら難しい。 カザフスタンは
元々、イスラム教徒が多数派を占めており、旧ソ連からの独立直後は、アラビア
文字へ変更する運動も行われたが、最終的には定着しなかった。

カザフスタン国内には、100以上の民族が共存しており、カザフ語とロシア語の
他にも、先住民族であるウズベク語、タジク語、ウイグル語が教育言語として
認められている。 旧ソ連邦から独立した1990年代には、カザフ語を強化拡大する
政策に重点が置かれた。 カザフスタンでは、1997年に『言語法』が定められ、
高等教育まで一貫して受けられるのは、カザフ語とロシア語だけとなっているため、
カザフ人とロシア人以外の少数民族は、カザフ語かロシア語でのバイリンガル教育に
力を入れている。

現在、カザフスタンでは、ロシア系住民が約2割を占めているが、この先、正式に
ローマ字を使うことになるため、ロシア系住民の国外脱出の機運が更に高まると
考えられている。 旧ソ連邦からの独立時、カザフスタンでは、約6割超がロシア系
住民で占められており、カザフ人は、むしろ、少数派であった。 但し、独立後は、
カザフ人中心の政策に切り替えられたため、多くのロシア人やウクライナ人たちは、
カザフスタンから去って行った。

【カザフ語とロシア語】
現在、カザフスタンでは、カザフ語とロシア語の2つの言語が公用語となっている
ものの、政府やビジネスの場面ではロシア語が使用される場面が多い。 しかし、
カザフ語に対する敬意が高まる中で、近年ではカザフ語がロシア語より使用される
ようになって来ている。 カザフスタン国内には、117もの異なる言語が共存して
おり、その中でもロシア語がお互いの意思疎通を図るための共通言語として、最も
主要な言語となっている。 2009年の調査では、人口の約85%がロシア語を完璧に
使いこなせると答えたのに対し、カザフ語は人口の約62%に留まるという結果と
なった。

カザフ語は、カカザフスタンを中心に、中国新産ウイグル自治区、ロシア、モンゴル
西部、中央アジア諸国などで使われるチュルク系の言語である。 チュルク諸語の
中では、キプチヤク語群や北西語群などと分類され、クルグズ語やカラカルパク語、
バシュコルト語などとよく似た特徴を持っている、 カザフ語は、他のチュルク
諸語と同様に、人称や時制などを示す要素が名詞や動詞の後に付く膠着語である
ことや、語順が主語+目的語+述語であること、母音調和や格助詞が存在するため、
日本語との共通点が多く、日本語使用者にとつては、習得しやすい言語であると
言える。

カザフスタンには、1,000万人を超えるカザフ語話者がおり、カザフスタン国外では
500万人以上のカザフ語話者が居る。 ソ連時代末期の1989年に、カザフ語が国家語
となることが法的に定められ、独立後のカザフスタンにおける国家語として制定
された。 カザフスタンでは、帝政ロシア時代やソ連時代を通じて、ロシア語が
中心的言語として使われて来たが、独立後の現在でも、カザフスタンは、
ウズベキスタンやトゥルクメニスタンなど、他の中央アジア諸国と比べて、
ロシア語の使用頻度が非常に高い。 これは、カザフスタンにおけるロシア人の
比率の高さにも寄るところがあるが、ロシア語は、ロシア人のみならず、この国に
住むウクライナ人、タタール人、ドイツ人、朝鮮人他、非ロシア人らによっても
日常的に使われる実質的な共通語となっている。

カザフスタンでは、人口の約3分の1が非力ザフ人であるため、ロシア語が住民
同士の重要なコミュニケーションの手段となっている。 都市部では、カザフ語
よりもロシア語が流暢なカザフ人も少なくなく、カザフ人同士がロシア語で会話を
する場面も珍しいことではない。 同じカザフ人であっても、カザフ語を母語と
する者(あるいは、カザフ語を日常会話で使用する者)とロシア語を母語とする者
との間には、メンタリティ上の違いがあると指摘されることもある。 また、
自然科学を中心に、カザフスタンにおける科学・学術分野の発展にロシア語が
大きく寄与し、諸外国の文化はロシア語を通じて紹介されることが多い。

ロシア帝政期カザフの文学は、主にロシア語で書かれており、カザフ文学に
おいても、ロシア語の存在は小さくない。 カザフ語は、1993年の最初の憲法で
国家語と規定され、ロシア語は、1995年の憲法で、国家組織や行政機関において、
『公式にカザフ語と同等に使用される言語』と定められている。 尚、カザフ
スタン大統領の条件のひとつに国家語、すなわち、カザフ語に堪能である
ことがある。 現在のカザフスタンでは、ロシア語の知識があれば、カザフ語を
知らなくても、普通に日常生活をおくることが可能となっている。

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【表記文字の歴史】
1930年代、カザフスタンでは、チュルク系のルーン文字からラテン文字へ、
ラテン文字からキリル文字へと、2度文字が変更された。 カザフ人は独自の文字を
持たない遊牧民族であり、カザフ語はチュルク系言語に属しているが、イスラム
文化の流入と共に、アラビア文字で表記されるようになった。 その後、1917年の
ロシア革命後には、ソヴィエト政権により、ローマ字の使用が奨励された。
しかし、1938年から1940年の間に、ソヴィエト政権によるロシア文化推進の一環
として、カザフ語はキリル文字で全て表記することが決定された。 キリル文字に
転換された結果、カザフスタン国内のカザフ人と国外のカザフ人とが文字の上で
分断された。

キリル文字は全部で42文字あり、この中には、カザフ語では発音しない文字も
含まれているが、今後、新たに導入されるローマ字では、全26文字に加えて、
カザフ語をより正確に表現するために、アポストロフィとローマ字の組み合わせ
による9文字が追加される予定となっている。 この文字の変更は、デジタル
時代に備えるためには必須とも言われており、現在のカザフ語の表記方法では、
PCのキーボードの数字部分まで使用しなければ文字が足りないが、キリル文字
からローマ字に移行すると、この問題が解決すると言われている。 また、2000年
から始まった急速な経済成長に伴い、西洋諸国とのコミュニケーションの必要性が
高まり、英語を学んでアルファベットを受け入れることが求められるようになった
という経済的な背景がある。

ソ連邦崩壊後、近隣国であるウズベキスタンとトルクメニスタンでは、直ちに
キリル文字からローマ字へと表記方法が変更されたが、カザフスタンはこれらの
国々とは異なり、1991年の独立以来、政治的な繋がりが強いロシアとの関係を
最重視して来た。 しかし、その一方で、ナザルバエフ大統領は、ロシア、
ヨーロッパ諸国や中国との関係を視野に入れつつ、長期に渡る国の近代化を推し
進める『カザフ化』によって、カザフ語やカザフスタンの伝統文化を強化し、
国民のアイデンティティを取り戻すための計画を複数実施している。 カザフ
スタンは、ソ連邦が崩壊した後も、ロシアの強大な影響下にあるが、表記文字を
変更することにより、石油の輸出のみに頼り切った国内経済から、ソ連邦時代の
暗い過去を捨て去り、より強力な経済力を持つ国へと成長するための施策的な
政策として、文字の変更を行う計画となっている。

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【政治的な影響力】
カザフスタンは、これまでも、ロシアの文化や政治的な影響力からは一定の距離を
保って来たが、まず、教育現場や政府内で使用される言語が、ロシア語から
カザフ語へと変更され、外国語教育の現場では、ロシア語と英語が同等の地位
として扱われるようになった。 カザフ語の映画やテレビ番組が多く制作され、
自国の文化がより多く取り上げられて来た。

カザフスタンは、未だ中央アジアに多大な影響を及ぼしているロシアとは徐々では
あるが、距離を置いているが、近隣諸国と比較して、これまでロシアに配慮した
政策を採って来たカザフスタンが、何故、今になって表記方法を変更するのか、
その理由の裏には、近年のロシアの動きを指摘する声もある。 ロシアは近年対外
関係において、ウクライナやジョージア、シリアへの介入など、積極的に他国に
干渉する動きを見せている。 このロシアの国際的な動向に対し、カザフスタンを
含む旧ソ連下にあった中央アジア諸国は、ロシアの影響が再び強まるのではないか
と懸念しており、今回の表記変更の裏にもこのような懸念が関係しているのでは
ないかとも言われている。

カザフ語の表記方法が変わること自体には、国内から概ね支持が得られている
ようだが、この変更によって困る人たちも当然存在する。 カザフスタン国内には、
ロシア系の人々が多数住んでおり、国内ではカザフ系の人々に次いで2番目に大きな
割合を占めるが、ロシア系住民たちは、カザフ語の表記変更に対して、反対の声を
上げている。 ウズベキスタンやトルクメニスタン等では、カザフスタンより先に
自国の言語をローマ字表記に変更したが、国内には同様にロシア系住民を多く
抱えている。 カザフスタンは、この2ヶ国とは比較にならないぐらいの多くの
ロシア系住民が住んいるため、今後のカザフスタンの動向が注目される。

カザフ政府筋は『カザフ語のローマ字化後もロシア語は残る』と反論しており、
『中高年がローマ字に慣れるのは難しいかも知れない』としている。 文字の
変更後は、自分の名前すらどう表記すれば良いのか分からなくなってしまう
といった声や、これまで、ロシア語で書かれて来た過去の文書が廃れて行って
しまうのではないかという懸念の声もある。

これに対し、ナザルバエフ大統領は、ローマ字表記に変わるのはカザフ語であり、
カザフスタンからキリル文字やロシア語が消える訳ではない。 色々な不安の
声もあるが、自分たちはロシア語で世界の文化について学び、その記憶は消える
ことはなく、また、近隣国とは常に協力して行くつもりであると述べ、不安の
声を鎮めようとしているが、今後の先行きは、全く不透明となっている。

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【ローマ字表記による弊害】
ローマ字でカザフ語の発音表記を行う場合、様々な問題が考えられるが、この
問題に対して、ナザルバエフ大統領は、ローマ字に組み合わせてアポストロフィを
多用することで解決しようとしている。 しかし、これに対しては、言語学者等が、
アポストロフィを多用すると、ややこしくて読み辛くなると指摘している。
また、アポストロフィを多用すると、ウェブ上で検索出来なくなり、SNS上で
ハッシュタグが使えなくなるといった問題が生じる。

アポストロフィには、このような問題点があげられるため、アポストロフィを多用
する代わりに、トルコ語を真似た表記方法にすれば良いのではないかという言語
学者もおり、実際に2017年8月に言語学者たちから、トルコ語をモデルとした
発音記号の作成が提案された。 しかし、ナザルバエフ大統領は、この提案を採用
しなかった。 ソヴィエト政権からの独立以来、26年間以上も大統領であり続ける
ナザルバエフが考える政策には、誰も異論を唱えられる状況になく、
アポストロフィの多用が今後推し進められであろう。 但し、ナザルバエフ
大統領自身も、自分の考えが固まっていないらしく、カザフ語を表記するために
アポストロフィを多用するか否かは、まだ最終的な決定に至っていないと近しい
人物に述べており 、今度、アポストロフィ以外のローマ字を補助する形での表記
方法が検討されて行く可能性は十分あり得る。

尚、これまでにロシア文字を捨てて、ローマ字へ移行した国には、ルーマニア、
モルドバがあり、現在、セルビアがローマ字へ移行中となっているが、今後、
カザフスタンがどの様な道を模索するのかは、全くの未知数となっている。

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