多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

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    タグ:戦後

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    ハンソンは1945年に死んだが、T・エルランデルの下で社会民主党政権は続いた。
    1930年代から既に計画されていた福祉社会が戦後の改革によって実現した。
    新しい法律の下で、年金制度が改善され、子持ちの家族に対する給料、健康保険、
    住宅補助、教育改革等が次々と実施されて行った。 これらの資金源のために
    政府は、所得税の累進率を厳しくした。 高所得者には最も重い税金を掛けたため、
    スウェーデンには金持ちも貧乏人も殆んど居ないという社会が出来た。

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    国際的には、エルランデルは独立・中立の立場を取り、世界平和のために協力した。
    1946年国連に加盟、1953年~1961年の国連事務総長、ダグ・ハマーショルドは
    スウェーデン人である。 ハマーショルドは航空事故で死んだ。 1950年代
    初めには、スウェーデンはスカンジナビア5カ国間の協力を促進するための組織、
    北欧会議に参加している。

    国境を守るため強力な軍隊をつくったが、西欧の軍事同盟である北大西洋条約機構
    (NATO)には参加していない。 エルランデルは1969年まで、首相兼社会民主
    労働党党首だったが、その後、オロフ・ペルメが首相、党首共に後を継いだ。

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    独IFO経済研究所は、2016年のドイツの経常黒字が過去最高となる推定2,970億
    ドルに達し、中国を抜き、世界最大の経常黒字国となったようだと明らかにした。

    一方の日本は、2016年度、6年ぶりに3兆6,930億円の貿易黒字となる見通し。
    2015年度は1兆870億円の赤字だった。

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    年間3週間以上の有給休暇を存分に楽しみ、夜10時以降と日曜日は法律で労働を
    規制しているのに、日本を遥かに凌ぐドイツの経済力。 EU内でも独り勝ちを
    おさめ、他のヨーロッパ諸国の追随を全く許さないドイツの強さとは一体
    何なのか?

    戦後の焼け跡から大きく発展したことから、日本人とドイツ人は似ていると良く
    言われるが、日本人とドイツ人は全く似ていない。 無駄なことはしないドイツ人。
    無駄なことしかしない日本人。 何でも結果に残そうとするドイツ人。 何も結果に
    残せない日本人。 見た目よりも中身を重要視するドイツ人。 中身より見た目しか
    重要視しない日本人。 移民を受け入れ続けて来たドイツ人。 移民は受け入れない
    日本人。 過去を振り返り、周辺諸国と上手くやろうとしているドイツ人。 過去は
    振り返らずに、周辺諸国とはますます溝が深まっている日本人。

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    この両者の決定的な違いとは、教育にあると思う。 何でも話し合いによって
    解決しようとするドイツ人と、何も話し合いで解決出来ない日本人とでは、思考
    回路が全くの真逆。 個人の考えを尊重し、全体の調和を大切にするドイツ人と、
    全体ばかりを気にして、個人を無視している日本人とでは、話にもならない。

    日本人もドイツ人を見習うべきところは多い。 アメリカ偏重の日本の社会にも
    色々と歪が出て来た。 明治初期の志に立ち戻り、再び遣欧使節団を送るべきなの
    ではないだろうか?

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    1945年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾して、連合国に無条件降伏した。
    戦後香港を中華民国が統治すべきか、イギリスが植民地支配を再開すべきを
    めぐっては、両国の間に意見の相違があった。 中華民国の蒋介石は、1943年の
    カイロ会議で、アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領から、戦後
    中華民国が香港を統治することへの同意を取り付けていたが、イギリスの
    ウィンストン・チャーチル首相は、イギリスが統治を回復すべきだと考えていた。
    この考えは、ルーズベルトの後を受けたハリー・トルーマン大統領に支持された。
    結局、9月16日、イギリス政府が日本軍の降伏を受ける形となり、イギリスの
    香港統治が再開された。

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    中国大陸の内戦は、徐々に共産党に有利に展開し、1949年10月1日には、共産党は、
    中華人民共和国の成立を宣言した。 南下して来た共産党軍は、10月17日には
    香港との境界である深圳に達した。 共産党は香港を軍事的に攻略する能力を
    備えていたとされるが、結局、香港に侵入する事はなかった。 中国は周恩来が
    提起した『長期的に考え、充分利用する』との方針に基づき、即時に領有する
    ことは目指さず、イギリスに香港統治を続けさせ、外貨の供給源や貿易の窓口
    として、香港を活用しようとしたのである。

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    こうして、戦後もイギリスは香港を統治し続けることになったが、中国によって
    香港が軍事『解放』されるようなことがないために、イギリスは中国を刺激する
    ことを避けざるを得ず、このとは、ロンドンや香港政庁の政策の幅を制限した。
    イギリスは、1950年、西側主要国としてはいち早くから中華人民共和国を
    承認した。

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    ドイツの企業では、『休暇の最低日数に関する法律』に基づき、社員に最低24日
    (フルタイムで週6日就業の場合)の有給休暇を与えなくてはならないが、実際には、
    大半の企業が約30日の有給休暇を与えている。 ドイツの管理職は、部下に
    有給休暇を完全に消化させることを義務付けられているため、社員は上司が組合
    から批判されないようにするためにも、休暇を全て取らなくてはならない。 しかも、
    休暇中に病気になった場合は、そのことを直ちに上司と人事部に連絡すれば、
    病気だった日数が休暇ではなく『病欠』と認定され、その分の休暇日数が戻って来る
    仕組みとなっている。

    有給の取得には、上司の許可が必要だが、3~4週間の連続した休暇を取ることも、
    ドイツ では全く珍しいことではない。 年末になると、人事部から通知を送り、有給を
    消化するよう促す会社もある。 ドイツの法律では、企業は有給を翌年に繰り越す
    ことを認めなくても良いことになっているため、年次有給の消化は、ドイツ人に
    とっては、かなりの一大関心事とも言える。 

    ドイツでは、この最低24日間の年次有給休暇を労働者の当然の権利として全て
    消化しながらも、企業や社会が日本よりも、よりスムーズに回っている。 ドイツで
    仕事をする際には、如何にして短時間で最大限の成果を上げられるのかに重点が
    置かれており、無駄な作業に関しては、徹底的に省くことが理想とされている。
    このため、仕事上で必要なミーティングなどは、極力短時間で終わらせて、仕事
    よりもプライベートを大切にするライフスタイルが定着している。

    そのためには、『何のための仕事なのか?』という目的意識を社員ひとりひとりが
    常に持って働いていることとなるのだが、逆に、何か仕事を依頼する際には、その
    相手に仕事の必然性を納得させない限り、なかなか着手してくれないことが多い。
    よって、相手に依頼する仕事の優先順位が、極力上位に来るように、常にプッシュ
    し続ける必要性がある。
     
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    ドイツでも、当然ながら、仕事のプロジェクトには、それぞれの目標があるのだが、
    それをより敏速に達成するために、チームリーダーが自ら率先して、誰が、何を、
    どうするのかを決め、チームの一人ひとりがその役割を果たしながら、全員が
    目標に向かって合理的に作業をする。 また、各人の仕事や責任範囲が明確に
    なっているため、それぞれの責任において、敏速に行動出来るのも、ドイツの
    特徴と言えるかも知れない。

    部下が上司を信頼している点も、組織が非常に上手く回っている要因の一つでは
    ないかと思われるが、ドイツでは、年齢や勤務年数よりも、実力が重要視されるため、
    実力のない人間がリーダーになることは、まずない。

    日本企業では、チームリーダーは、年功序列で決めることが大前提となっているため、
    実力が伴わないリーダーが、そのチームを率いてしまうと、プロジェクトが機能しなく
    なることが実は多い。

    日本では、ドイツのように作業の効率性は重視されてはおらず、人事評価の際には、
    成果などではなく、むしろ、長時間労働などの根性論で評価されているケースが
    圧倒的となっているため、実力が伴わない上司に限って、率先して残業ばかりを無理
    強いしていることが多くなっている。 あくまでも、目標を敏速に達成するために働く
    ドイツ人と日本人との決定的な違いは、この点だと言えるであろう。

    また、ドイツでは、例え、信頼しているリーダーであってたとしも、自分と意見が異なる
    場合には、明確に意見を表明することが重要だとされており、その際、立場や年齢は
    関係なく、常に、フラットな人間関係が構築されている。 質問をすることも良いことと
    されており、例え頻繁に質問をしたとしても、丁寧に答えてくれる場合が多い

    この対等な人間関係は、クライアントや顧客であったとしても、同様となっており、
    クライアントがメーカー側に、『こういうの出来る?』と相談するような形となっている。
    日本の場合は、クライアントはお金を支払って頂ける神様であり、意見を述べたり、
    逆らうのはとんでもない話しなのだが、むしろ、これが、ブラック企業を増長させる
    原因の一端となっていることは否めない事実。
     
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    日本は、元々、縦割り社会であるため、常日頃から、年齢や立場といった上下関係を
    強く意識しながら生活をしているが、その上下関係には、能力や実力等は一切関係が
    ないため、自分がトップに立つ日まで、じっと耐え抜くしかない。 その反動なのか、
    能力のない人間が上に立った際には、無意味にふんぞり返ることが多くなっており、
    日本社会に新たな歪みが作られる要因となっている。

    ドイツでは、子供の頃から、家庭でも学校でも自分の意見を表明するように育てられ
    ているが、日本では、自分の意見を持つことすら許されてはおらず、ましてや、それを
    人前で公言するとなると、非国民扱いされても文句は言えないという、暗黙のルールが
    存在している。

    日本とドイツ、共に戦後は焼け野原から出発した筈だが、物事の表面のどうでも良い
    部分しか見ていない日本人には、合理的なドイツ人をもっと見習って、休暇を楽しむ
    心の余裕を持って欲しいところ。

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    ブログネタ
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    1945年7月10日、米軍のB-29爆撃機が2時間に渡って約13,000発の焼夷弾を
    仙台市中心部に投下したため、仙台市中心部分は、ほぼ全て消失。 この時の
    死者数は1,000名を超え、東北地方で最大の被害をもたらした。 この時、惜しくも、
    国宝であった、瑞鳳殿と仙台城大手門は消失した。 その後、瑞鳳殿は市民らの
    手によって再建されたが、大手門は、その後も再建される事なく、現在に至っている。

    仙台市内の道路が、城下町にしては珍しく、片側5車線もあるのは、戦時に街の
    中心部を全て焼き払われたためで、将来を見越して、かなりゆとりのある街づくりを
    した結果。



    『杜の都』の呼び名は、藩政時代からあったものだが、この時の仙台大空襲によって、
    全ての杜が失われたため、現在のけやき並木は、戦後になってから全て新しく
    植えたもの。 戦時中は、学生も総動員されたが、教育は二の次で、竹槍での戦闘
    方法等、戦争の実践の方が重要視された時代であった。

    仙台七夕は、藩政時代から続くお祭りではあるものの、戦中は、数年間に渡って、
    開催が中止された。 現在の仙台七夕祭りが復活したのは、戦後間もなく。 よって、
    今年で第70回目の七夕祭り。 仙台は、別名『杜の都』として有名だが、戊辰戦争で
    敗れた仙台藩には、戦後、すぐに、仙台城二の丸に軍隊が置かれた。 これが
    『帝国陸軍第二師団』。 その後、歩兵第4連隊も置かれたため、戦前の仙台は、
    日本屈指の『軍都』として栄えた。

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    戊辰戦争で町を焼き払われ、太平洋戦争で町を破壊され、東日本大震災でも沿岸部が
    消滅した仙台には、『仙台の町はフェニックス』という言葉がある通り、戦後70年を掛けて
    徐々に復興を果たしたものの、現在の仙台城三の丸には、戦後に50年間の約束で
    仙台市が市民に提供した土地があるが、現在でもその場所では、出て行け出て行かないの
    押し問答が繰り返されているため、沿岸部の津波被災地での集団移転には、この時の
    二の舞いにならないように、しっかりとした復興計画が必要。 仙台市戦災復興記念館
    では、戦争体験者等による語り部活動が続けられているが、既に80代後半以上とかなり
    高齢化しているため、正しい戦争の記憶を次の世代へと引き継ぐための資料作りが
    急がれている。



    宮城県は、戦前まで、帝国陸軍第二師団が置かれていたため、仙台市のみならず、
    全土で空爆された。 特に、航空自衛隊松島基地は、5回に渡って空爆をされており、
    山本太郎がキチガイのように騒いでいる、原発のすぐそばに自衛隊がある。

    仙台に帝国陸軍が置かれたのは、戊辰戦争で負けてしまった見せしめで、その後、
    宮城県は帝国陸軍の基地に、福島県は東電の原発の基地になった。 戊辰戦争は、
    会津ばかりが出て来るが、一番重罪を課せられたのは、仙台藩の方。

    動画の中で『戦争は、温かい心が無くなった時に起きる』と言っているが、全くもって、
    その通り。

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    アメリカのくびきからいつまで経っても脱出出来ない日本は、今でも戦後が終ってはいない。
    戦後自分の見方に付けた国々を全て『白痴』という状態にし、今最も横暴な政治を
    行っているのは、冷戦に勝利したアメリカ。
    2013123102410281d
    カナダ人は、基本的にアメリカが嫌いなため、アメリカが言い出した事に対して、真っ先に
    異を唱える国は、その大概においてカナダとなっているのだが、カナダに移民して来る
    人たちの中で、アメリカ人の割合がかなり高いという事も、日本では伝えてはいない。
    カナダとアメリカは、一見同じに見えるのだが、全く違うという点においては、ロシアと
    ウクライナとの関係に似ている。

    ドイツとオーストリアの関係も、これと似ているが、オーストリア人は、そこまで、ドイツが嫌い
    ではない。 隣同士の国は、大体どこも仲が悪いのだが、それは、似て非なるものを許せない
    ため。 日本とアメリカのように、全く似ても似つかないものであれば、諦めどころか、
    憧れに変わるのだが、日本と韓国のように、端から見ていると同じ、但し、中身は全く異なる
    場合は、『同属嫌悪』となるため、許せなくなる確率が大幅に上がると言える。

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    戦後自分の見方に付けた国々を全て『白痴』という状態にし、今最も横暴な政治を
    行っているのは、冷戦に勝利したアメリカ。
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    カナダ人は、基本的にアメリカが嫌いなため、アメリカが言い出した事に対して、真っ先に
    異を唱える国は、その大概においてカナダとなっているのだが、カナダに移民して来る
    人たちの中で、アメリカ人の割合がかなり高いという事も、日本では伝えてはいない。
    カナダとアメリカは、一見同じに見えるのだが、全く違うという点においては、ロシアと
    ウクライナとの関係に似ている。

    ドイツとオーストリアの関係も、これと似ているが、オーストリア人は、そこまで、ドイツが嫌い
    ではない。 隣同士の国は、大体どこも仲が悪いのだが、それは、似て非なるものを許せない
    ため。 日本とアメリカのように、全く似ても似つかないものであれば、諦めどころか、
    憧れに変わるのだが、日本と韓国のように、端から見ていると同じ、但し、中身は全く異なる
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