石巻地区の被災状況は、女川もそうなのだが、東松島がかなり酷い。
東北最大の海水浴場である野蒜海岸では、そこだけで、約500名以上が
死亡し、JR仙石線は内陸側に移転した。 東松島市内だけでも、約1,100名が
死亡したが、人口約4万5千に対しての1,100名の死亡であるため、被災度合いは、
石巻よりも酷い。

しかも、東松島の場合は、東日本大震災の8年前に起きた『宮城県連続地震』でも
自宅を失った人が多いため、2回連続で被災している。 そんな状況なのにも
関わらず、よそから来た人たちにより、『被災地に花火を上げよう』という
プロジェクトが開かれたのだが、自宅を2回も失った人たちが、頭上の花火を見て、
喜ぶとでも思ったのかは分からないが、私は、そのイベント自体、許せなかった。



東松島は、内陸への集団移転が完了しているが、野蒜海岸周辺は、
地盤沈下により、約3年4カ月もの間、海に沈んでおり、2014年の夏になった
ようやく、かさ上げ工事が本格化したため、やっと、陸地に戻ったばかり。
実は、私のいとこと叔母は、今でもそこに住んでいる。

石巻市内の長面地区も、長期間に渡り海に沈んだままで、2年半程度もの長期に
渡り、電気というものが通っていなかった。 大川小学校から、たった2キロしか
離れていない場所の話であるが、情報が全く伝わらなかった。 これが、被災地と
何もかも忘れ去られてしまった関東との差なのだと思うのだが、余りにも違い
過ぎて、既に、同じ国だとすら思えない。

被災直後に、仙台出身のお笑芸人のサンドウィッチマンが、被災地から帰って
来た直後に、東京で、『カラオケ如何ですか?』と言われたと言っていたのだが、
私も地獄絵図の真っ最中である石巻から帰って来て、降りた駅で完全に同じ事を
言われ絶句した。。



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