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    タグ:小牛田

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    ブログネタ
    3.11東日本大震災 に参加中!

    今回は、2003年7月26日に発生した『宮城県北部連続地震』の最大の被災地、
    宮城県美里町をレポート致します。 石巻の中心部からは、車で約20分程度、
    東松島市の中心部からは10分程度、大崎市との境界線付近の場所になります。
    この場所は、10年程前までは、南郷町という自治体だったのですが、隣町の
    小牛田町と合併をしてしまったため、町の名前が美里町へと変更されました。
    元々は町の中心部であったものの、市町村合併により、何もかも全て町の
    中心地である小牛田へと持って行かれてしまったため、今では、何もなくなり
    ました。

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    当時は、周辺全ての家屋が合計4回もの大規模な連続地震により、倒壊、または、
    半壊したのですが、それでも、人口が少ないという安易な理由により、被災地指定
    からは外されました。 よって、瓦礫の処理は自腹。 地震発生から数ヶ月以内で
    あれば、町がその費用の一部を負担するという話だったのですが、この周辺の
    家屋は、農家が多いため、非常に大きい家屋が多く、納屋や牛小屋等も付いて
    いるのが当たり前であるため、瓦礫処理の費用は、1軒に付き、最低でも60~
    200万円程度でした。 その当時も、災害義援金をあちらこちらで募集していた
    ものの、実際は、びた一文足りとも現地には届かず、仮設住宅も丸2年で撤去
    されてしまったため、瓦礫の処理だけで預金を使い果たした人達は、どこかへと
    引っ越して行ってしまいました。 よって、この周辺は空き地だらけ。

    この地区の特徴としては、地震が極端に多いため、その後ブロック塀や瓦屋根の
    再建を断念した家屋が殆どであるため、ブロック塀と瓦屋根が殆どないのが
    最大の特徴と言えるかも知れません。 また、余りにも地震が多過ぎるため、
    電柱が1本たりとも真っ直ぐには立っておりません。 現在、河川工事により、
    堤防の補強が行われておりますが、この付近は、堤防以外、坂道が一切ないため、
    この堤防が切れてしまうと、逃げる場所がありません。 よって、地域住民に
    とっては、この堤防が命綱となっています。

    元々町の中心部であったため、その昔、地方創生予算を利用して、このような
    取って付けたようなログハウスがあるのですが、一体こんな田んぼのド真ん中に
    誰が宿泊するものやら?と言いたくなるほど。 このログハウスのすぐ隣には、
    東松島市の仮設住宅が丸4年間もあったのですが、つい先日撤去されました。
    旧南郷町と旧矢本町、旧鳴瀬町(現在の東松島市)との間には、12年前の同じ
    被災地という理由により、災害協定が結ばれていたため、野蒜・宮戸地区の
    避難者たちは、このすぐ近所にある体育館に長期間避難をしていました。
    木の柵のようなものは、元々は、ブロック塀だった場所で、多い時には、体に
    感じない地震を含めると、1日に約300回程度もの地震が起こるため、この付近の
    住民は、震度5強程度であれば、特に話題にはしません。

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    ここからさほど遠くない場所には、町営施設である『花野果市場』があり、朝採れた
    ばかりの新鮮な野菜が、100円程度で手に入ります。 国道356号線沿いにあり、
    道の駅でもないのに、かなりの売上高を誇っております。 三陸自動車道の
    松島北インターチェンジからは車で15分で来る事が出来るため、日本三景松島で
    魚を購入した後は、美里まで足を運んでみては。 ここでは、1,000円もあれば、
    野菜、果物、花が、沢山購入出来ます。

    美里町のバラの生産は、30年ぐらい前から始まったものなのですが、その理由は、
    減反政策により、米が思うように作る事が出来ずに、休耕地が多かったため、
    その農地を転用したのが始まり。 国が押し進めた減反政策に従うと、余剰米の
    調整のために、米が思うように作れなくなるものの、その見返りは特にないため、
    遊休地をそのまま遊ばせて置くと、単なる税金の無駄使いとなるため、近所の農家
    同士が話し合い、バラの生産を始め、現在のバラの生産高は、東北1位となっています。

    また、この付近では、イチゴの生産が盛んに行われており、『仙台イチゴ』として
    出荷されています。 宮城県産イチゴのオリジナルのブランドは、『もういっこ』と
    なっており、『花野果市場』で販売して生産品は、全て付近の農家で生産したもの
    ばかりなので、地産地消の代表格となっております。

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    その他、美里町内には、『黄金澤』の酒蔵があり、市町村合併をする前までは、
    米の生産高が、宮城県内で第二位であったため、日本酒の製造も盛んです。
    ひとめぼれ、ササニシキ、まなむすめ、全て宮城県オリジナルの一等米となって
    います。

    鯨大和煮の缶詰は、被災後に石巻港から工場が移転して来たため、石巻産として
    販売をしている鯨の缶詰は、全て美里産となっております。 中に入っている野菜は、
    工場移転の際の美里町との協定により、全て美里産の野菜を使っております。
    尚、その移転してきた工場は、女川原発から30キロ圏内にあるため、実際に原発で
    事故が起きた際には、再度移転しなければならないでしょう。

    こちらの農家レストラン『はなやか亭』では、美里町の郷土料理、『すっぽこ汁』を
    堪能出来ますが、すっぽこ汁は、他地域では、『おくずがけ』と言い、法事の際の
    定番料理となっています。



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    宮城県美里町を中心に活動を行っている、M's Japan Orchestra。 先日、稲城市で開催
    されたライブに行って来た。 なかなかの美男美女揃いです (^0^)/ 自分の地元の町内の
    人たちの筈なのですが、自分の町の中心部の小牛田とは余り共通点がないため、私は
    100%仙台弁のみで喋ったのですが、全て標準語で返されましたw 最近の若い者は、
    方言を余り喋れませぬ。。 『あ、今度合併で一緒になった・・・』と言われたのですが、
    そんな程度の繋がりしかありませんので、市町村合併の弊害がここでも見られましたw
    私の実家は、小牛田よりも、東松島と石巻の方が近いのであった・・

    馴れ馴れしく、話しかけたところ(←仙台では、これが当たり前w)、メンバーは、小牛田、
    古川、仙台出身と言っておりました。 そのうちのお一人が、三味線の全国大会で、日本一
    になったとか☆ 別ユニットでも活動を行っており、その際の名前は、『族 -yakara-』と
    『閃雷(せんらい)』。



    美里町は、すぐお隣の東松島市の災害援助活動を行っているため、『青い鯉のぼりプロジェクト
    の手ぬぐいも会場で購入致しました。 1枚1,000円の売り上げがそのまま寄付となり、
    東松島市の子供たちに夢と希望を与えるプロジェクトの活動資金となります。 実は、
    この東松島市を助けているのは、同じ被災地の美里町と松島町だけで、東松島市の
    避難所は、美里町内に今でも2ヶ所あります。 東松島、松島共に大量に瓦礫が発生した
    ため、一番助けに行ったのは、実は美里町。 松島町は、被災地の中では、一番まし
    レベルの被災度合いですが、それでも、本調子ではないため、やはり、美里町が全面的に
    東松島を援助するしかありません。

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    本日のお題は、『市町村合併』

    我が宮城県美里町は、当時の宮城県知事の掛け声の下、平成の大合併により、
    強引に誕生した町。 当初は、遠田郡全ての町である、涌谷町、小牛田町、田尻町、
    南郷町全てと、すぐ隣の旧志田郡全ての町である、鹿島台町、松山町、三本木町との
    合併を目指しましたが、旧志田郡全ての町が、大崎地区の中心地である、古川市との
    合併を選択。 同じ遠田郡内の田尻町も古川市との合併を選択し、その後、
    古川市は、意味不明な『大崎市』という名前になりました。

    最後に残った、涌谷町、小牛田町、南郷町との3町合併で、『遠田市』という市の
    名称まで決定していたものの、町の中心地をどこに置くかで、涌谷と小牛田が
    激しく対立した結果、その戦いに敗れた涌谷が合併協議からギリギリのところで
    離脱しました。

    結果として、仕方なく残りの2町だけ合併をする事になりましたが、この時点で、
    合併後の人口が28,000人余りしか居なかったため、市に昇格をするための条件である
    『人口3万人』を割り込んでしまい、市ではなく、町のまま留まる事になりました。

    合併後の名前を大々的に募集した結果、何故か非常に意味不明な『美里町』と
    なりました。 よって、地元では、今でも『美里』とは誰も言いません。 取って
    付けたような無理やり感満載の町の形。 そもそも、美里って何だよ?と言いたく
    なるような変な名前。 小牛田町と南郷町が合併すると、何がどうなって
    美里町になるのかが疑問。 元々、5年以内に大崎市と合併をする計画であった
    ため、誰も町の名前なんて気にも止めていなかったのだが、8年以上も経過した
    今でも、そのままの状態。

    町の中心部である、小牛田への一極集中は、ますます増すばかり。 市町村合併で、
    良くなった点は、1つもなく、むしろ、悪くなる一方。 南郷地区は、元々、
    涌谷警察署管内であったため、運転免許を取る際には、すぐ隣の石巻運転免許
    センターへ行っていたのだが、市町村合併後は、100%古川管内である小牛田の
    お陰で、非常に遠い古川運転免許センターへと管轄が移されました。 市町村
    合併前までは、石巻運転免許センターまでは、車で20分程度で行けたところを、
    古川運転免許センターの場合は、45分程度も掛かるため、非常不便。 ハッキリ
    言って、倍以上遠くなりました。

    美里町は、水道料金が日本国内でも12を争うぐらい高いのですが、それは、
    合併後に、公共料金全てを高い方に合わせたため。 元々、南郷地区は、
    江戸時代にも領土問題で争いになった場所なので、領土問題でもかなりの
    デリケートゾーン。 石巻、仙台、古川、矢本を都合良くつまみ食い程度に
    完全に使い分けているため、車で15分も掛かる小牛田へは、基本的に行きません。
    バス路線も、市町村合併前までは、涌谷が終点だったのにも関わらず、合併後は、
    全て小牛田が終点に。 買い物の多くを涌谷でしているこちらと致しましては、
    不便極まりなし。 美里町民バスは、どこまで乗っても100円という超破格値
    だったのだが、遠い古川駅まで1時間半を掛けて、100円で行けますと言われても、
    普通に車で行けば、25分で到達出来ます。

    むしろ、買い物の殆どを石巻でしている南郷地区の場合は、石巻へのバスが
    あった方が便利で近い。 住民の意思を完全に無視して、市町村合併をすると、
    こんな大失敗を仕出かすと言う見本のような町が、宮城県美里町。 ここが
    自分の地元ですと言われても、一切そんな実感すら沸かない名前となってしまい
    ました。 すぐ隣の大崎市と合併をすれば、宮城県第二の都市に成り上がれるため、
    早めの合併を強くお勧め致します。

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