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    タグ:地震災害

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    熊本県の影に隠れて、ひっそりと被災をしているのが大分県。 元々の震源地は、
    熊本県益城町周辺であったが、最近では、震源地が北東の方向へと移動しており、
    現在の余震の震源地は、由布市付近が中心。 直下型の地震であるため、かなり
    ピンポイントで被害を受けており、それ以外の場所では、ブルーシートすら
    見掛けないぐらい、至ってのどか。

    【由布市の被災状況】

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    4月末時点での由布市内での避難者の数は、日中が5名で、夜間が約50名程度。
    夜になると人が増えるのは、どこも同じで、余震が断続的に続いているため、
    念のため、避難生活をしている人が多い。 大分の地震被害も熊本同様、千差万別
    だが、熊本県益城町と比較すると、倒壊家屋は少なく、ブルーシートの数も
    圧倒的に少なかった。

    【別府市の被災状況】
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    由布市のお隣の別府市では、中心部は、ほぼ被災しておらず、山側の一部の
    地域のみが被害を受けているため、こちらもピンポイントでの被災となっています。
    別府市内の避難者の数は、4月29日現在で日中が7名、夜間が86名となって
    います。 こちらも避難所の閉鎖が続いており、今後も避難所の縮小が続き
    そうです。



    由布市、別府市共に、温泉街を中心とした温泉街であるため、例年であれば、
    観光客が多くなる季節であるのにも関わらず、今年は、地震の影響により、かなり
    観光客が減っているそうです。 やはり、一番効果的な被災地支援は、その場所に
    行って観光をし、被災地に直接お金を落とすことだと思います。

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    2016年4月26日から5月3日まで、熊本地震の被災地各地を回り、現地調査を
    して来ました。 当初は、八代市のお手伝いをする計画でこちらにやって
    来たのですが、八代市役所で得た情報によると、八代市内では半壊、全壊した
    家屋の数は、共にゼロとなっており、第二避難所は、この先全て閉鎖され、
    4月30日現在の避難所の数は、8つまで減っています。

    4月27日からは、市内全ての小中学校他での授業が始まりました。 現在、
    八代市内の避難所に避難をしているのは、その殆どが夜間のみで、昼間は避難所
    には、殆ど人がおりません。 最終的に、八代市に出されたのは、避難勧告のみで、
    強制ではなかったため、自宅に留まった人たちもかなり多かったようです。

    4月28日からは、八代市内のみならず、熊本市周辺の各市町村役場、並びに、
    大分県由布市、別府市役所をそれぞれ回ったのですが、各市町村の被災度合いは、
    かなりピンきりで、被災度合いが酷い場所は、家屋が倒壊し、かなり悲惨な光景
    ではあるものの、それ以外の場所は、殆ど被災していない場所も多く、改めて
    地震災害は、直下型であればあるほど、その被災状況にはバラつきが出る事が
    分かりました。



    【熊本市の被災状況】
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    今回の熊本大地震での最大の被災地は、益城町ですが、その益城町内でも、震源地
    から、ものの数キロ程度外れるだけで、家屋倒壊は起こってはおらず、皿が数枚
    割れた程度の被害に留まっています。 全般的に、震源地から10キロ圏内では、
    屋根が壊れて、ブルーシートで覆っている家屋が多く、それ以外の場所では、
    ブルーシートはかなり稀でした。

    熊本市内の被災状況は、4月末現在で、概ね、電気も水道も復旧しており、一部
    地域で、水道水が未だに濁っているため、飲料水を別途用意している状況となって
    いるものの、パッと見では、倒壊家屋や、ブルーシートも少ないため、家屋内での
    家具の転倒程度の被災状況となっています。

    元々、今回の地震は、震度7が2回とは言っているものの、マグニチュードに換算
    すると、7.3程度であるため、震源地が浅いとは言われているものの、過去の
    被災地と比較をすると、かなり懐疑的な被災状況だと思います。 本振とされた
    地震が、気象庁によって、前震であったと修正されたのは、実は今回が初めてで、
    何もかも初めて尽くしであるため、災害よりも、情報の方が、独り歩きしている
    感じが否めません。



    【益城町の被災状況】
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    現在、余震の震源地は、熊本県の八代市付近へと移動をしており、この付近では
    地震のエネルギーが蓄積されているとも言われており、この先、半年から1年
    程度は、警戒をするに越した事はないと思います。 現状、この付近でも、
    余震は、若干収束方向には向いてはいるものの、気象庁も前例のない地震災害
    であるため、終息宣言をなかなか出せずにいます。

    過去の例としては、三陸地方で地震が起きたその直後には、熊本でも大地震が
    起きているという情報もあり、約400年ほど前の1619年に発生した地震では、
    熊本八代にあった麦島城が完全に更地になるほどに崩壊したとのことで、今回の
    地震のような大きな地震が発生していたようです。

    こうした過去の地震が発生した流れの中で、熊本の後に『長野→小田原→江戸』
    でも大地震が発生していたらしい。 その後、地震が原因で、加藤清正によって、
    熊本城が建設された事になったのだが、その熊本城がまた崩れたのは、単なる
    偶然なのだろうか?
     
    【400年前の地震】
    1611年 慶長の三陸沖地震(M8.1)
    1619年 熊本地震(M6.0)
    1627年 長野地震(M6.0)
    1633年 小田原地震(M7.0)
    1635年 江戸地震(M6.0)

    東日本大震災と熊本大地震との間には、何らかの因果関係も考えられるため、
    これらの地域では、用心をするに越した事はないかも知れない。

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    本日1月17日は、阪神・淡路大震災から20年。 神戸の方は、地震災害が非常に少ない
    地域と言う事なので、地震での家屋の倒壊が非常に多かったようです。 この阪神・
    淡路大震災以降、宮城県は、これと同規模の震度6強以上の災害を6回ほど経験して
    おり、東日本大震災では、宮城県だけは、この阪神・淡路大震災をも完全に上回る、
    震度7、マグニチュード9.0でしたが、元々、耐震、免震構造でほとんど全ての建物を
    建てているため、仙台の場合は、震度6強程度では、建物は崩れない事が完全に証明
    されております。

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    震度5強程度であれば、頻繁に発生するため、防災意識、地震に対する意識も、
    他県とは全く異なりますので、何でも他人事で、平和ボケしまくっている関東の
    お方たちに、そんな意識が芽生えるのかは、かなり疑問が残るところ。 最近では、
    関東でも、防災訓練を行うようになりましたが、私の目には、単なるお遊びにしか
    見えません。

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    東日本大震災での死者・行方不明者数は、地震よりも、津波災害によるものが甚大
    であったため、約2万人程度でしたが、地震のみで、死者数6,000名超は、多過ぎると
    思います。宮城県の場合は、震度6強程度でも、死者0名は、当たり前。

    この並々ならぬ防災式が認められて、仙台では、今年の3月に、『国連防災会議』が
    開催されます。

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    私の実家がある宮城県美里町は、11年前の『宮城県連続地震』の際に、
    周辺地域全てが倒壊し、震度6強連続4回という史上最大の被災地だった
    のにも関わらず、被災地指定からは外され、周辺からボランティアがやって
    来たのは、ものの数ヶ月程度であった。 人口が少ないという安易な理由
    により、被災地指定を外されたため、当然、義捐金は一切届かなかった。

    >>宮城県北部連続地震と美里町

    周り全ての家屋が倒壊したとしても、結局は、倒壊家屋の件数だけで判断
    されてしまうため、人口が少ない自治体は、、おちおち被災すら出来ない。
    すぐ近所の小学校には、2年間だけ、仮設住宅があったのだが、丸2年間が
    経過した時点で、強制的に撤去されたため、自宅の再建が叶わなかった
    人たちは、皆町からは出て行った。

    当時は、まだ南郷町という名前の自治体であったのだが、この時に地震の
    影響なのか、すぐ隣の小牛田町と合併をして、これまでの地名とは一切縁も
    ゆかりもない美里町という名前になった。

    >>市町村合併

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    当時は、私の実家にも『倒壊判定』の赤紙が張られたのだが、私の母親は、
    避難所には一切行かず、自宅で過ごした。 避難所に行くと、食事が貰えた
    のだが、それすら貰わなかった。 その後の余震は、半年以上も続いたため、
    常に家屋が倒壊する危険性があったのだが、そのまま家に留まった。

    被災時に、被災地指定から外されてしまうと、どうなるかと言うと、倒壊家屋の
    瓦礫処理が、全て自腹となりるため、私達の場合は、瓦礫処理代として、家屋
    1軒につき、60万~200万円程度の支払いが必要だった。 隣近所全ての家屋が
    無くなったのだが、それでも被災地指定からは外されたため、特別税制優遇
    として、被災したその年だけ、年間で1,000円が免除された。 すぐ近所にある
    神社とお寺も倒壊したため、檀家代として、5年間もの長きに渡り、毎年5万円
    づつの寄付を取られた。 近所にある小学校と中学校に対しても、寄付を取られ
    たが、その見返りとして貰ったものは、タオル1枚だけ。

    >>被災から4年が経過した石巻の状況

    その際に、すぐ隣の自治体である石巻は、全く無事だった。 より正確に言うと、
    旧河南町の部分だけ被災し、その他、旧来の石巻市内は無事だった。 相当
    大規模な地震が連続で起きた割には、死者が1人も出なかったため、その後は、
    全て忘れ去られた。

    東日本大震災のように、大量に死者を出して、3年半以上経過しても、未だ
    忘れられないのと、家が地震災害で無くなったとしも、ものの数ヶ月間だけで
    忘れ去られるのとでは、どちらがましなのかと、常々考えているのだが、石巻の
    人たちに、この事を言っても、当時の事を殆ど覚えてはいないため、如何に人事
    としてこちらの災害を捉えていたかが良く分かる。

    こちらもすぐお隣の自治体である、東松島市と松島町は、この時に美里町と
    一緒に被災したため、当時の状況を良く覚えているのだが、こちら側と石巻との
    関係が完全に溝になっている事を知っているのは、地元以外の人間では居ないと
    思う。

    >>【4年経過した】東松島市野蒜地区の被災状況

    石巻の人たちは、自分たちが一番不幸だと常々言っているが、それでは、完全に
    見捨てられた我々はどうなるのかと、言い返してやると、何も答えられないのは
    何故なのだろう。

    宮城県連続地震の際の災害が縁となって、現在、美里町と東松島市は、災害協定を
    結んでいるのだが、東日本大震災が発生した際には、美里町も被災地に指定された
    ものの、被災地の中では最も被災度合いがましであったため、真っ先に東松島市の
    救援活動に入ったのだが、災害後に設置されていた美里町内の東松島市の仮設住宅は、
    災害から丸三年を経て、全て撤去された。

    >>東北電力女川原発

    美里町は、東北電力女川原発の30キロ圏内に一部入るのだが、その場所は、私の
    祖父の実家がある場所で、私の実家自体は、原発からは、ギリギリ30キロ圏外の
    32キロの場所にある。 女川原発自体も、福島第一原発同様、地震により、
    非常用電源回路が消失したため、爆発し掛けたのだが、日本の中央メディアは、
    その事を一切報道しなかった。

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