東京通詞 ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

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    タグ:地下鉄

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    モスクワ観光のハイライトと言えば、赤の広場。 ほんの10数年前までは、
    夜に出歩くのは自殺行為とまで言われたモスクワも今ではすっかりと平和を
    取り戻し、夜にひとりで出歩いても大丈夫。 元々、ソ連の時代のモスクワは
    非常に安全な街でした。 この画像に写っている建物は、全てソ連の時代から
    全く変わってはいないものの、ライトアップだけは、ソ連の時代には全くなかった。
    グム百貨店もソ連時代からあるが、当時は、物不足で、品薄な店であったが、
    今では、三越もビックリの超高級百貨店。

    この日は、赤の広場で『モスクワ生誕祭』が開催されていたため、赤の広場の
    手前で1回、グム百貨店内へ入る手前で再度セキュリティーチェックが行われて
    いました。 最近のロシアは、テロがなくなったが、ほんの数年前までは、
    大規模爆弾テロが頻発していた時代があったことを忘れてはならない。

    【モスクワのカプセルホテル】
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    尚、この日は、モスクワでは数少ないカプセルホテルに宿泊。 受付の人が
    非常に親切なお方だったため、1月にモスクワに行く際にも、ここに泊まります。
    駅からは近いものの、そこからの行き方が非常に分かり辛いため、周囲の人に
    聞かないとたどり着けないと思いますが、物価が非常に高いモスクワにおいて、
    コストパフォーマンスが非常に良いので、利用価値は非常に高いと思います。
    行き方は、この『61』と書いてあるところから、更に奥に入った突き当たりのため、
    これを目印にすると、何とかたどり着けます。

    モスクワにある地下鉄雀が丘駅。 直線で行くと、雀が丘展望台までは、
    徒歩で数分程度行けるものの、階段がないため、かなり大回りして、15分以上も
    掛かります。 昔の駅名は、展望台の名前と共々『レーニンが丘』駅。
    その後、約29年振りにユーゴ・ザーパドナヤ駅へ。 この付近には、大学や
    研究所が集中しており、モスクワの学術的な中心地となっています。 モスクワ
    大学も、この場所からは、地下鉄で1本で行くことが出来ます。 29年振り
    ともなると、懐かしいを通り越して、覚えてないw  尚、この駅は、ブヌコヴォ
    空港までのシャトルバスが出ている駅なのだが、ブヌコヴォ空港へは、ハッキリ
    言って、キエフ駅からアエロエクスプレスに乗って行った方が早いため、
    用途によって、使い分けが必要。

    【雀が丘】
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    早朝6時(日本時間午後12時)からのモスクワ半日観光も終わり、シェレメチェヴォ
    空港へと帰ります。シェレメチェヴォ空港へ行くためには、まずは、ベラルーシ駅
    まで地下鉄で行きます。 尚、鉄道駅がベラルーシ駅、地下鉄駅がベラルースカヤ駅
    なので、要注意。 これは、日本語の『駅』がロシア語では別単語であり、しかも、
    それぞれ、男性名詞と女性名詞であるため、こうなっています。

    モスクワで最初で最後のロシア料理♪ 注文した物は、ブリヌゥイー、ボルシチ、
    ブリン、クワスと非常に分かりやすい典型的なロシア料理。 日本のロシア料理は、
    戦後の引揚者らが見よう見まねで始めた店ばかりであるため、本場の味とは、
    かなり異なりますw 特に、味が違うのが、ボルシチで、新鮮なビーツを日本では
    調達出来ないためか、味が全く異なります。

    【ユーゴ・ザーパドナヤ駅付近】
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    いよいよ、アエロフロートの共同運航便であるエア・セルビアでベオグラードへと
    飛び立ちます。 機内での放送は、英語とセルビア語のみであったため、主に
    英語の方を聞きました。 共同運航なのに、ロシア語での放送はありませんでした。

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    カリーニングラード・フラブロヴォ空港からモスクワ・シェレメチェヴォ
    空港へは、約2時間のフライト+1時間の時差があるため、モスクワ到着が、
    夜中の11時30分過ぎとなり、アエロエクスプレスは午前0時30分が最終列車で
    あるため、タクシーに乗車した。

    【夜中のタクシー乗車時の注意点】
    空港内には、客引きが多数おり、ここで値段交渉をしなければならないのだが、
    空港内の客引きは、既に定価を示すボードを所持しており、当初の値段よりは
    1,000ルーブル値下げして貰ったものの、シェレメチェヴォ空港からタクシーで
    40分程度のベラルーシ駅前にあるホテルまで、4,000ルーブル(約7,000円)も
    取られる結果となった。

    それまでは、何度タクシーに乗っても、大体250ルーブルとか、ワールドカップで
    大渋滞であったカリーニングラード市内ですら、最高で1,000ルーブルまでしか
    請求されなかったのだが、ここ首都モスクワでは、物価が地方とはまるで違う。
    モスクワは、収入に対する物価の高さが世界一の都市であるため、夜中に
    タクシーに乗るのは止めた方が無難。

    【空港からモスクワ市内へ】
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    この日は、ベラルーシ駅前のホテルに宿泊したため、まずは、ベラルーシ駅に移動。
    モスクワのホテルは、どこも高いのだが、今回の旅行で最も高い値段であった
    ホテルは、一番ボロボロで冷房も付いていなかった。

    その後、世界一美しいと言われているモスクワの地下鉄で中心部へと移動。
    モスクワの地下鉄は、有事の際には、核シェルターとなるため、地下4階以上の
    浅い部分は一切通らず、そのため、エスカレーターが異様に長いのが特徴。
    但し、日本のエスカレーターの様に、とんでもなく遅い物はひとつもなく、
    日本の3倍以上の超高速運転をしているため、初めてモスクワを訪れた場合は、
    度肝を抜かれて、なかなかロシアのエスカレーターには乗れない。

    【ボリショイ劇場付近】
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    地上に出ると、すぐ目の前には、ボリショイ劇場と、カール・マルクスの像が
    あった。 社会主義の生みの父であるカール・マルクスが語った最も有名な言葉は
    『全世界の労働者階級たちよ団結せよ!』で、この言葉は、旧ソ連邦の象徴である
    エンブレムにも、15共和国全ての言語で書かれていた。

    29年前は、モスクワに留学をしていたのだが、それ以来、丸29年ぶりに
    ツムデパートへ。 当時は、ソ連末期であったため、深刻な物不足で、
    ろくな物が売っていなかったのだが、29年の時を経て、三越もビックリの
    超高級デパートへと大変貌を遂げていた。 昔は、マルボロとかグラビア雑誌が
    賄賂の代わりだったのだが、今では、その賄賂も物価上昇により、とんでもない
    値段となっておりますw

    【赤の広場】
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    さて、ここからが、モスクワ観光のハイライト☆ 市の中心部にある赤の広場へと
    入ります♪ ワールドカップ開催期間中のため、荷物の持込が規制され、トランクを
    持っては中に入れなかった。 ロシアの建物は、非常に大きいため、見えてからが
    遠く、基本的に、凄まじく歩くこととなるのだが、ロシア人の主な趣味は『散歩』
    なので、数キロ程度であれば、普通に皆歩いております。

    モスクワ中心部の赤の広場~グム百貨店~レーニン廟~聖ワシリー寺院付近。
    クレムリン宮殿の中にも入る予定であったが、ワールドカップ開催期間中の
    ため、警備が非常に厳しく断念。 クレムリン宮殿は、ロシアの政治の中心地で
    あるばかりではなく、モスクワ観光の目玉でもあります。

    クレムリンへの入り口、スパスカヤ塔(一般人はここからクレムリン内へは
    入れない)とグム百貨店とその内部。 グム百貨店へ入るためには、赤の広場
    手前の検問と、グム百貨店手前にある入り口で再度検問を受けなければなら
    なかった。『グム』とは、『国営百貨店』の意味で、カタカナで表記すると、
    『ゴスダールストヴェンヌィー・ウニヴェルサーリヌィー・マガジン』の
    頭文字を取った省略形。

    【モスクワ市内から空港へ】
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    毎時定時に衛兵交代が行われる、『無名戦士の墓』。 無名戦士の墓とは、歴史を
    通して起きた戦争で戦死し、かつ身元が分からない兵士の遺骨を埋葬、または、
    納めた墓。 遺骨は無く、遺品を納めたり、英霊として葬り、祀る墓もある。
    モスクワの無名戦士の墓は、独ソ戦で亡くなった英霊を祭っており、永遠に消えない
    『炎』が燃えている。 また、このお墓には『君の名は分からないが、君の偉業は
    死なない』と記されている。

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    ベラルーシの首都であるミンスクは、人口約200万人程度のこじんまりとした街で、
    仙台の姉妹都市となっている。

    ミンスク空港からミンスク市内へやって来る際は、宿のおばさんに地下鉄の
    終点駅まで乗せて来てもらったため、空港への行き方が分からなかったが、
    ミンスク駅のお隣り(と言っても、日本の感覚で言うと5件ぐらい隣り)に
    あるバスターミナルから空港行きのシャトルバスが20分間隔で出ている事が判明。
    更に、後で分かった事だが、このシャトルバスは、40分おきに乗り合いタクシーと
    路線バスが交互に出発しているため、空港への到着時間が20分程度異なっている。

    乗り合いタクシーは空港まで40分程度で到着するのだが、路線バスの場合は、
    1時間弱掛かる。 しかも、乗り合いタクシーの場合は、「降ります」の意思表示
    ボタンが付いていないため、降りたい場所に近づいたら、運転手に
    「降ろしてください」と意思表示をしない限り、タクシーから降りる事すら
    ままならないw

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    ミンスクは、こじんまりとした街なので、徒歩で街中にある主要な観光地を
    全て見て周ることが出来るが、要所要所では、やはり、運賃約30円でどこまで
    でも乗れる地下鉄が便利。 外は暑いので、地下鉄の中は避暑地にもなる。
    有事の際には、核シェルターにもなるモスクワの地下鉄とは異なり、ミンスクの
    地下鉄は、そこまで深い場所を走っていないため、エスカレーターの移動も
    さほど苦にはならず。 ミンスクは思っていたよりも綺麗な街並みなので、主な
    観光地を徒歩で丸1日掛けて、ほぼ網羅した。

    「最も社会主義時代の痕跡が色濃く残る国」という偏った情報に騙されて、
    重苦しい雰囲気の街を想像していたのだが、ミンスクは、想像以上に綺麗な街で
    あった。 ドイツ軍に街を破壊されてからは、ソ連式の復興計画に則り、
    街の復興がなされた名残で、多少ソ連式の重厚な建物は残っているものの、
    そこまでの暗さは感じられなかった。 道路の清掃も行き届いており、中途半端に
    アメリカの薄汚い街へ観光に行くよりも、ミンスクの方が断然お勧め。 ロシア語も
    全く訛っていないため、ロシア語留学にも適している。

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    明るい雰囲気のミンスク市内。 この周辺が街の中心部であるため、お土産屋の
    キオスクが軒を連ねていた。 ベラルーシの民族衣装を着た人形やロシアの
    マトリョーシカなど、観光客は少ないなりに、それなりには居るのだと思った。
    但し、皆ロシア語で喋っていたため、旧ソ連邦内、特に、ベラルーシではビザが
    必要のないロシアからの観光客だと思う。

    ヨーロッパにある街の中心部には、必ず教会があるのだが、敬虔な祈りの場で
    あるため、観光地ではない。 写真を撮るのは余りお勧め出来ないが、邪魔に
    ならない程度であれば、特に文句を言われることもないので、主なものだけ
    写真に収めて、教会を後にした。

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    先ほどの教会がある地下鉄の駅からは若干離れているものの、正しい歴史を
    知るために、第2次大戦の記念館に行く事にした。 ミンスクは、ドイツ軍に
    よって破壊された街だが、ビリニュスはソ連軍によって破壊されたもの。
    ヨーロッパでは、至る所で殺し合いをしているので、それを乗り越えてEU
    というものが存在している事を忘れてはならない。

    博物館に行く途中にデパートがあったため、若干寄り道。 地下に食料品
    売り場があったため、ミンスクの生活を垣間見るために、色々と見て回った。
    ミンスクでは、流石にお隣りウクライナ・ポロシェンコ大統領の「アリョンカ」は
    売っていなかった。 物の全くない時代に旧ソ連に住んでいた者としては、
    世界が大きく変わってしまったという感想しか出て来ないのだが、逆を言うと、
    超極貧な地域でも、ものの20年程度で、この様に大発展出来る事を意味している。
    日本の場合は、逆にこの20年間ですっかりと退化してしまったため、
    ベラルーシをはじめ、旧ソ連地域における存在価値を全く見出せなかった。

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    そのお隣りに本屋があったため、日本語の本を物色。 旧ソ連邦では、日本語の
    人気が高いため、日本語の教科書が30種類程度も置いてあった。 ここで
    自分へのお土産として、露和辞典を700円程度で購入した。 語彙数は約2万語
    であるため、基礎的な単語しか書かれていないのだが、用例が多いため、非常に
    勉強になる1冊であった。

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    ノボシビルスク郊外には、世界最大規模の学術研究都市アカデムゴロドクが
    ある。 ノボシビルスク市中心部からアカデムゴロドクへの行き方は、大きく
    2通りあるのだが、どちらの行き方も、「行き先」なる便利なものは記載されて
    いないため、運転手か周りの人達にロシア語で行き先を尋ねるしかない。

    第1の方法は、ノボシビルスク中央駅から8番の路線バスに乗って、終点まで
    行く方法。 第2の方法は、地下鉄のレチノイ・ヴォグザール駅から35番の
    乗り合いタクシー『マルシルートカ』に乗って終点まで行く方法。 どちらも
    終点の停留所は同じで、このバス停がノボシビルスク国立大学への最寄のバス停。
    今回は、35番の乗り合いタクシーで行った(この方法が最も一般的)ため、
    地下鉄レチノイ・ヴォグザール駅で乗り換えをした。 料金は、地下鉄が
    どこまで乗っても20ルーブル(約40円)と乗り合いタクシーが途中の
    セーヤチェリまでが40ルーブル(約80円)、終点のツヴェトノイ・リャート
    までが45ルーブル(約90)であった。

    【アカデムゴロドクへの行き方
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    ロシアの地下鉄は、ソ連時代までは、25コカペイカコインをそのまま自動改札口に
    入れるタイプだったのだが、その後のハイパーインフレの時代を経て、トークン
    (ロシア語ではジェトンと言う)を使用するようになった。 これは、中国も
    同じで、モスクワの地下鉄では、カード式になったが、以前は、モスクワでも
    このトークンを使用してハイパーインフレに対応していた。

    レチノイ・ヴォグザール駅での乗り換えは意外と複雑で、反対方向の出口に出て
    しまったため、バス乗り場まで3回ほど通りを歩いている人達にバス乗り場を尋ねた
    のだが、皆嫌な顔ひとつせずに、親切に道を教えてくれた。 25年前は、
    このルートを毎週通っていたものの、何せ25年ぶりなので、懐かしいを通し越して、
    何も思い出せない状態であったw

    地下鉄レチノイ・ヴォグザール駅から、乗り合いタクシーで約1時間ほどで、
    アカデムゴロドクのツヴェトノイ・リャートに到着。 そこから、白樺林を
    10分ほど歩くと、ロシア国立ノボシビルスク大学の校舎が見えて来ます。
    私が学んでいた時代は、新校舎はまだなく、旧校舎のみでしたが、すぐ隣りに
    大規模な新校舎が建設されており、度肝を抜かれました。 尚、ノボシビルスク
    大学のレベルは、ロシア国内では、モスクワ大学に次いで第2位、サンクト・
    ペテルブルグ大学よりもレベルが上とされているため、私の学歴は、あの
    プーチン氏を上回っていることになりますw 尚、ノボシビルスク大学には
    人文学部があり、ここに日本語専門コースもあるため、極々稀に日本語で話し
    掛けられる事もあります。

    【国立ノボシビルスク大学
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    ノボシビルスク大学は、理工系が強い理系の大学であるため、現在は、日本の
    東北大学の姉妹校となっている。 世界で初めての学術研究都市となっており、
    日本の筑波の見本となったアカデムゴロドクは、その名の通り、ロシアの頭脳と
    呼ばれており、様々な研究機関が集まった、世界最高峰の研究都市となっている。

    アカデムゴロドクで唯一のメインストリートにあるショッピングセンター
    (ロシア語ではテー・ツェーと言う)。 25年前は、本当に何も物が売って
    いなかったのだが、今では、商品であふれかえっていた。 ノボシビルスクは、
    ロシアの中でも、最も外国から遠い場所にあるため、国内で物を生産せずに、
    ほぼ全てを中国からの輸入に頼っているロシアでは、外国から遠い事は、
    当然ながら、物不足を意味していた。

    2000年過ぎ頃までは、ロシア・ルーブルは、完全に国外には持ち出し禁止の
    時代で、ルーブルが国外に自由に持ち出せるようになったのは、2000年以降
    となっている。 それ以前は、ロシア出国時に税関で財布を開けさせられて、
    残ったルーブルは全て没収、その後、コインだけは見逃されるようになった。

    【アカデムゴロドク
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    ノボシビルスクでは、よくミルクカクテルなる飲み物を飲むのだが、道端に
    あった美人のおねえさん(後姿だけで残念w)が働いているお店で、
    ミルクカクテル(しかもカップが巨大)を作ってもらった。 その後、
    そのおねえさんに食堂がある場所を教えてもらい、午前9時(日本時間午後12時)
    にちょっと遅めの朝食を取る事にした。

    ロシアで主に食べられているのは、じゃがいものピュレー、ソーセージ、
    ブリヌィ等で、この日は、ボルシチが品切れだっため、キャベツスープを
    頂いた。 アカデムゴロドクは、その昔、ノボシビルスクとは別都市とされて
    いたのだが、今では、ノボシビルスク市内のソヴィエツキー地区に分類されて
    いる模様。

    学術研究都市のアカデムゴロドクにあるのは、大学と研究機関のみであるため、
    ここを訪れる外国人はまずいない。 ノボシビルスク大学は、学生以外は一切
    中には入れないのだが、係員と交渉して、強引にトイレだけ借りて、校内へと
    入ってやったw

    アカデムゴロドクの始発停留所であるツヴェトノイ・リャートから1時間掛けて、
    ノボシビルスクへと戻らなければならないのだが、「行き先」は書いておらず、
    「35」としか書いていないため、ロシア語を喋れないと、ほぼ確実にアカデムには
    行けない事となるw

    【お勧めの一冊】


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    時代は移り変わり、様々な品物でごった返すノボシビルスク。 25年が経過しても、
    街の要所部分は変わってはおらず。 当時から地下鉄はありましたが、3駅ぐらい
    しか延伸していなかった。ロシアの地下鉄は、『M』のマークが入り口の印。
    『メトロポリテン』の省略形である『メトロ』がロシア語では地下鉄という意味。
    よって、語尾が『o』で終わっていても、男性名詞。 地下鉄の入り口のドアは、
    どこも非常に重いのが特徴。 手を離すと、凄まじい勢いで後ろの人に
    ぶつかるので、次の人が来るまでドアを持っていてあげるのがロシアでの慣わし。

    基本的に、ロシア人の趣味は散歩なので、皆1日で数キロ程度であれば、平気で
    歩きます。 ノボシビルスクの数少ない観光名所は、全てこの通り沿いにあるため、
    この日は頑張って、かなり歩いた。

    ノボシビルスク
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    ノボシビルスク大学留学中は、学業が忙し過ぎて全く時間がなかったため、
    一度も観光というものをしたことがなかったのだが、今回は余裕があるので、
    ノボシビルスクで見るべきスポットを全て周って見た・・・と言っても、
    ノボシビルスクで見るべき物は、全て赤の大通りにあるため、全て歩いて見て回る
    ことが出来る。

    まず、1つ目は、ロシア国立ノボシビルスク・オペラ・バレエ劇場。 今回は時間の
    都合でバレエを見ることが出来なかったが、その昔、バレエのプロデューサーを
    していた時に、遥々ロシアから呼び寄せたのが、このノボシビルスクバレエ団。
    劇場の規模は北半球一で、南半球のどこかに更に大きな劇場がある模様。

    2つ目は聖ニコラス礼拝堂、3つ目は建築家クラチコフの記念碑、4つ目は、
    アレクサンドル・ネフスキー大聖堂、5つ目は、革命英雄記念碑。 革命英雄
    記念碑は、大昔に習ったロシア語の教科書に載っていたため、どうしても行きたい
    場所であった。

    ノボシビルスク
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    ノボシビルスクに到着した日は、たまたま、ノボシビルスク生誕125周年際の日で
    あったが、白夜により、夜11時まで日が全く沈まなかったため、夜の11時から
    花火が打ち上げられた。 いつまで経っても日が沈まないため、お子ちゃまも
    夜中なのに、普通に通りを歩いていました。 この晩は、近所のカフェでロシア
    料理を堪能したのだが、何故かデジカメで撮影するのを忘れたため、ロシア料理を
    見たいお方は、Google Photoをご覧くだされ。

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    黄河(揚子江)河口付近に広がる上海観光で外せないのが、外灘(わいたん)。
    植民地時代の面影を現代にまで伝えている歴史のある地域であるため、観光客が
    必ず訪れる上海随一の観光スポットとなっている。 この周辺は、橋がないため、
    対岸へ渡りたい場合は、地下鉄(4元)を利用するか、フェリー(2元)を利用する
    しかない。 メタリックな車体を使用した外灘観光隊道もあるものの、こちらは、
    料金がかなり高めなので、フェリーが一番お勧め。

    外灘から対岸へ渡ると、高層ビル群が立ち並ぶ、一大ビジネス街であることに
    気付きます。 東珠明珠塔や上海タワーが立ち並び、金融街となっている。
    オープンデッキの観光バスも通っているが、こちらは、100元(約1,800円)と
    なっているが、下流まで橋が全くないため、かなり街中を迂回して走行しており、
    時間とお金に余裕がない場合は、利用しない方が無難。

    【黄河河口付近に広がるビジネス街】
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    かなり特徴的な外観の東珠明珠塔、上海タワー共に、観光客向けに展望台が用意
    されているものの、特に、上海タワーは、128階建てと余りにも高層であるため、
    曇っている日などは、雲の上の景色となってしまうため、その日の天候を見極めて
    から登る方が無難。

    東珠明珠塔付近は、地下鉄2号線が通っているため、浦東空港へ抜けるのには非常に
    便利な場所なのだが、この地下鉄がかなりの曲者で、午後時半が空港方面への最終
    電車となっており、それ以降は、タクシー以外には交通手段がないため、空港への
    移動は、時間にかなり余裕を持って移動しなければならない。

    元々、地下鉄2号線は、途中駅の広蘭路駅で必ず乗換えが必要な路線であり、
    このことは、中国語でも記載されているのだが、その終点駅から先は、午後10時で
    最終電車が出てしまうため、その時間以降に浦東空港へ行く場合は、人民広場横の
    深夜バスを利用するしかない。 夜10時以降の
    広蘭路駅には、白タクの運転手が
    多数たむろしており、その運転手の質にも寄ると思うが、英語が全く通じず、
    意思の疎通が十分に図れないため、トラブルの原因となるかも知れない。 龍陽路駅
    からのリニア線も、午後9時42分が空港行きの最終電車となっているため、
    広蘭路駅
    から先は、タクシー、白タク、あるいは、世紀大道駅から深夜バスの選択以外は
    ない。

    広蘭路駅から浦東空港までは、白タクで100元が地元の相場らしいのだが、多少は
    値段交渉も可能なものの、人民元を持っていない場合は、断られる場合が殆んど。
    白タク運転手に、空港に到着してからATMでお金を引き降ろして支払う旨を英語で
    説明をしたものの、全く通じてはおらず、仕方がないので、2,000円で支払った
    ところ、もう1,000円よこせと言われたのだが、計算機を使用して、2,000円は
    約130元になると説明をして、運転手にようやく納得をして貰った。 尚、
    広蘭路駅
    から浦東空港までは、約20キロ離れており、高速を利用しても、
    20分弱程度の
    時間が掛かります。

    尚、LCCであるジェットスターのチェックインカウンターは、浦東空港第二
    ターミナルのCカウンターで、現地時間深夜2時(日本時間午前3時)の出発となって
    おります。 空港職員に尋ねても、ジェットスターのことを誰も知らないため、
    午前2時に出発する東京行きのLCCと説明して、ようやく理解して貰えました。

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    上海の夜の楽しみと言えば、上海雑技。 ロシアでも夜は、着飾ってサーカスや
    演劇やバレエを見に行くので、その文化に近いです。 気になるチケットの値段は、
    一番安い席で180元(約3,250円)。 9年前に上海に来た時は、もっと安かったと
    記憶しておりますが、中国も物価の上昇が凄まじく、一部では、日本の倍以上の
    値段がしています。

    前回は、どこかのホテルの専用劇場で雑技を見ましたが、今回は、地下鉄1号線の
    上海馬戯場駅前にある雑技専用劇場に行きました。 地下鉄10号線の豫園駅からは、
    乗換えが必要でしたが、開園1時間前には豫園を出たため、ギリギリ間に合い
    ました。 

    【上海雑技】
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    上海雑技は、人間離れした荒技の連続で、こんな技を人間がこなせるとは到底思え
    ませんが、どうやって訓練をしているのか、一度裏側を覗いて見たいです。 夜の
    7時半から9時までの1時間半の間には、10分間の休憩が入るため、ロビーで買い物も
    出来ます。


    画像だと余り分かりませんが、この頭に壷を載せている人は、かなり凄いです。
    この壷を思いっ切り上へ投げて、首だけで壷をキャッチするのですが、普通だと、
    そのままゴロっと落ちそうな壷を見事落下させずに、何度も首だけでキャッチ
    します。 尚、中国のコカコーラは、600mlのペットボトルなので、日本よりも
    多少大き目。水の次に安いのがコーラなので、無意味に何度もコーラを飲みました。

    上海雑技のメインイベント、バイクによる鉄球回り。 この小さい鉄球の中に、
    最大で8台のバイクが入って、高速で回転します。 ちょっと間違うと、大怪我を
    してしまう、かなりの荒技ですが、これを見に来る人が多いので、上海雑技の目玉と
    なっています。

    夜9時に上海雑技が終了したため、地下鉄で宿泊地へと向かいました。 上海観光の
    目玉、外灘から2キロ程度であったため、夜10時過ぎに歩いて外灘まで行きました。
    後で知ったのですが、この時間は、10時を過ぎると地下鉄が動いていないため、
    歩いて正解でした。

    外灘
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    上海観光のハイライト、外灘(わいたん)。 上海の高層ビル、上海センターは
    128階建てで、世界第二位の高さを誇っており、夜のイルミネーションも東京の
    ように地味ではなく、正にギンギンギラギラ☆ 中国最大都市の夜の景色は、
    香港に似ています。

    黄河(揚子江)の河口にある外灘は、堤防が整備されており、夜11時までこのような
    ライトアップがなされているため、夜の散歩に最適♪

    上海中心部にある南京東路。 夜遅くまで人通りが激しく、ここを見ずに、そのまま
    空港に行っていれば、何の問題もなかったものの、午後9時30分が浦東空港行きの
    地下鉄の最終電車であったことは、これらの写真を撮った直後に気付きました。
    尚、上海の地下鉄は、東京とは違い、全ての駅名を英語でも解説してくれるので、
    自分が降りる駅はとりあえず分かりました。

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    上海・浦東空港と上海を結ぶリニアモーターカーは、世界最速の鉄道として、
    ギネスブックにも認定されており、最高時速は、時速431キロ、ものの7分半で
    あっという間に目的地に到着します。 但し、途中で地下鉄2号線に乗換えが必要に
    なるのと、時速431キロを出すのは、ものの15秒程度であるため、駅を出発して
    から、凄まじい勢いで時速400キロまで加速するものの、減速するのもあっという
    間なので、のんびりと車窓を楽しむと言うよりも、凄まじい勢いで流れ去る景色を
    何となく見ているうちに、もう終点か?という感じがしました。 

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    時速431キロの超高速で走行する中国リニアの車内と線路は、以外にも質素。
    軽量化を目指したため、こうなったものと思われますが、磁石のプラスマイナスの
    加減を間違えて、線路から吹き飛ばされないのか、若干の不安がよぎりましたw
    恐らく、時速100キロ近くまでは、ゴムタイヤで走行をしているのだと思いますが、
    その加速の仕方は、京浜東北線の比ではございませんw

    中国リニアの終点駅、龍陽路駅。 浦東空港駅からは、ものの7分半で到着します。
    ここから先は、地下鉄2号線で中心街へと向かいます。 人民広場までの料金は4元
    (約72円)で、これは、後から知ることになるのですが、地下鉄2号線の浦東空港駅
    行きの最終電車は、実は、午後9時30分が最後です。 とりあえず、駅周辺を散策
    することにしました。

    今回の旅の予定は、リニアモーターカーに乗車して、適当に中華料理を食べて、
    上海博物館、外灘、豫園に行くことであったため、中心街へ出る前に、龍陽路駅で
    早速、腹ごしらえ♪ 中国語は、薄らぼんやりとしか分からないので、見本で美味し
    そうなものを適当に指差したら、これが出て来ましたw 拉麺の発音は、中国語でも
    ほぼラーメンなので、ラーメンなのは分かっていましたが、何ラーメンなのかは、
    未だに分からず。

    上海の地下鉄の乗り方。 まず、降りる駅の料金を確かめてから、自動販売機へ
    お金を投入。 但し、お金をなかなか読み取ってくれないため、根気良く何度でも
    自販機へ入れてやらなければ、切符は買えませんw タッチパネル式なので、降りる
    駅をタッチすれば料金が表示されます。 タッチパネル式ではない駅の場合は、
    料金表が張り出されているため、そちらで確認しませう。 何回か利用している
    うちに、恐らく、4元ぐらいだろうと何となく分かるようになります。 浦東空港
    から人民広場までは、直接地下鉄2号線でも1本で行くことも出来ますが、地下鉄
    のみの料金は7元(約126円)です。

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    上海の地下鉄は、中国語に続いて、英語でもアナウンスをするため、大変便利♪
    『人民広場』の英語は『People's Square』。 『Now we are at People's Square』
    と言っていたので、この駅で降ります。 降りて早々、ファミリーマートがあった
    ので、飲み物を購入、中国語では『全家』らしいw

    人民広場駅で降りて、上海博物館を探します。 ところが、歩けど歩けど、見つ
    からない。 全く地図も見ずに、適当に歩いていたところ、人民広場は2つに
    分かれており、もう一方の方だったことが判明したため、気を取り直して再び歩き
    始めたところ、道路を渡る横断歩道が全くない。。

    向かい側に渡るだけなのに、地下通路もない。。 公園を完全に横切ったところに
    地下通路があったため、かなり遠回りしました。 その途中で、上海のデパートを
    覗いて見ましたが、日本とさほど違いはありませんでした。 尚、こちらの観光
    ツーリスト向けのオープンバスは、古い地球の歩き方には、15元(約270円)と
    書かれておりましたが、実際は100元(約1,800円)です。

    上海博物館へ行く途中で、人民公園を散策。 公園内のテーブルでマージャンを
    やったり、トランプをしている人達が多数おりました。 日本の戦後もこんな感じ
    だったような気がするので、どこでも同じなのだと思いましたが、日本では
    マージャンは、賭博のイメージが強いものの、中国では、トランプと同じような
    庶民の娯楽なのだと思いました。 公園は、太極拳とかをやっている人が多い
    というイメージだったのですが、暑いからなのか、太極拳は誰もしていません
    でした。

    人民公園内にある無料の上海博物館へ到着♪ その町の知的レベルを見るためには、
    博物館と図書館が一番。 人民広場駅の出口にも寄りますが、林に隠れて、かなり
    特徴的な建物が全く見えないため、迷うと見つけ出すのがかなり大変です。

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    2017年4月3日午後2時半頃、サンクト・ペテルブルク中心部を走っていた地下鉄
    車内で起きた爆弾テロの主犯格と見られる容疑者が逮捕された。 ロシア通信が
    伝えた声明によると、男は中央アジア出身のアブロル・アジモフ(Abror Azimov)
    容疑者で、モスクワ近郊のオジンツォボで拘束され、容疑者の身柄は、取り調べの
    ため、重大犯罪の捜査を担当する連邦捜査委員会に引き渡された。

    自爆攻撃の実行犯は、アクバルジョン・ジャリロフ(Akbarjon Djalilov)容疑者
    (22)と特定されているが、地下鉄車内で既に自爆しており、中央アジアの
    キルギス生まれで、ロシア国籍を取得していたと見られている。

    連邦捜査委員会によると、アジモフ容疑者は1990年生まれで、「自爆テロリストの
    ジャリロフ容疑者の訓練を行った」としており、首謀者の一人と見なしている。

    14人が死亡、数十人が負傷したこの爆破事件をめぐっては、これまでにモスクワと
    サンクトペテルブルクで8人の身柄が拘束されており、8人全員が中央アジア出身と
    明らかにしている。

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    【キルギス共和国外務省の表明】
    キルギス共和国外務省は、一連のマスメディアを賑わせた2017年4月3日のサンクト
    ペテルブルグ地下鉄テロの容疑者であるジャリロフ・アクバルジョンがキルギス
    共和国民であるとの情報は事実とは異なることを正式に表明する。
     
    キルギス外務省が有する報告によると、A.ジャリロフは、1995年4月1日、キルギス
    南部のオシュ市に生まれ、民族的にはウズベク人であり、中等教育を満了して
    いない。

    A. ジャリロフが、かつてキルギス共和国国籍のパスポートを取得した事実はない
    ことを明言しておかねばならない。 2011年、16歳に達したジャリロフはロシア
    国籍の父の請願と共に申請書を提出し、ロシア国籍のパスポートを取得して以来、
    常にロシア連邦領内に居住していた。

    現在、キルギス共和国当局は、事件の捜査に関しロシア連邦の法執行機関への
    全面的な協力を行なっている。

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    ロシア第2の都市サンクト・ペテルブルクの地下鉄で起きた爆破テロ事件で、地元
    メディアは実行犯とみられる男がキルギス共和国出身でロシア国籍の男だと報じた。

    実行犯と見られる男は、1995年生まれのキルギス共和国出身、ロシア国籍の
    アクバルジョン・ジャリロフと報じられた。 この爆破テロ事件は、2017年4月3日
    午後2時半頃、サンクト・ペテルブルク中心部を走っていた地下鉄車内で起きた。
    タス通信によると、これまでに14人が死亡、更に49人が現在も入院中であると
    発表した。



    ソ連時代は、民族対立や人種差別が全くと言っていいほどなかったロシアだが、
    最近は、中央アジアや、ウクライナからの移民や難民が増え過ぎた関係で、
    ロシアと中央アジアとの関係が緊迫している。 そういうところに、このような
    中央アジア出身者によるテロ事件が起きると、アジア人やウクライナ人に対する
    差別が目に見えて増えるため、暫くは情勢不安定になると見るのが妥当。

    180を超える超多民族国家のロシアでは、誰が何人とはハッキリと言えない位に、
    色々な民族が入り混じって生活をしているため、一度争いが起きると、歯止めが
    掛からない。 特に、キルギスは、ロシアにとって、カザフスタンと並んで、
    最も仲が良い国なので非常に残念。

    igkgid

    近年、モスクワなどでも、移民が増え過ぎて、ロシア人でも仕事がなかなか
    見つからないという話を時折耳にする。 キルギス人は、本来、皆真面目で
    温厚な人が多いが、どうして、こうなってしまったのか? ここ数年、
    中央アジア人は、かなり差別をされており、なかなか仕事が見つからないため、
    こうなってしまったのか。。

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    パリの地図を見ると、ちょうど市街地を囲むように環状道路が巡らされ、
    東西南北の各門から、各地に向けて高速道路が走っている。 また、中心から
    少し離れたところに国鉄の駅が7つあり、そこから、鉄道が各方面に走っている。

    市内の鉄道の多くは、メトロ(地下鉄)で、地下に潜っている。 路面を走って
    いるのは、バスと最近復活した路面電車と、一部の国鉄の車両となっている。
    パリ市街の景観を考慮して、環状道路の内側に高速道路は通さず、鉄道は、出来る
    だけ見えないようにしている。

    metromap

    パリのメトロは、14路線あり、市内に網の目のように張り巡らされている。
    更に、郊外に向けて走る高速郊外鉄道(RER)と国鉄(SNCF)が交差して
    入って来る。 パリ市内であれば、これらの鉄道とバスを使えば、大概の場所に
    行くことが出来る。

    4634ed4

    更に、遠方に行くためには、国鉄の列車が便利。 パリには、リヨン、
    オーステルリッツ、モンパルナス、サン・ラザール、北駅、東駅、パリ・
    ベルシー駅があり、行き先によって分かれている。 どの駅舎も大きな風格の
    ある建物で、まるで博物館のようになっている。

    リヨン駅からは、ヨリンやマルセイユ、ニース方面、モンパルナス駅からは、
    フランス西部のロワールやブルターニュ方面、サン・ラザール駅からは、北西の
    ノルマンディー方面、北駅からは、ベルギーやオランダ方面、東駅からは、
    ストラスブール方面への列車が発着している。 世界最速を誇るフランス
    新幹線TGVも走っている。

    3873128ff

    飛行機は、シャルル・ド・ゴール空港とオルリー空港があり、各地に向けて、
    飛び立っている。 国内であれば、概ね、1時間程度で行くことが出来る。
    更に、地方の都市同士を結ぶバス便がある。

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    1935年7月10日に、モスクワ改造計画がソ連共産党中央委員会などにより採択
    された。 これはいわゆる『スターリンのモスクワ改造』の基礎となり、1940
    年代まで実施された。 1929年から30年に掛けて、赤の広場のレーニン廟が
    鉄筋コンクリート製に変えられたが、これが、モスクワ大改造計画の始まりで
    あったと言える。

    クレムリンの近くにあった巨大な救世主キリスト聖堂は1931年12月に破壊され、
    その跡地には巨大なソビエト宮殿の建設が計画され、1939年から建設に着手
    したが、1941年に戦争が始まり、その後、工事は二度と再開されなかった。

    更に、クレムリンからトゥヴェルスカヤ通りに繋がる辺りに記念碑的な建造物が
    造られた。 まず、マネージ広場の脇にホテル・モスクワが出来たが、それまで
    あった商店と教会を撤去して作られた。 このホテルの向かい側には、政府用の
    建物が建てられた。

    モスクワ改造の計画としては、モスクワの周囲に環状線という自動車道路を作った
    こと、旧トゥヴェルスカヤ通りをゴーリキー通りと改称して大幅な拡張を行った
    ことが挙げられる。

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    最も重要なことは、地下鉄の建設であった。 地下鉄は、欧米で始まったものだが、
    ロンドンの地下鉄は1863年、ニューヨークの地下鉄は1868年、パリの地下鉄は
    1900年に完成した。 後発の社会主義国であるソ連では、土地が国有化されている
    ため、地下鉄は、自由に計画したままに建設することが出来た。

    モスクワの地下鉄の最初の開通は1935年5月、1号線Sokoljniki~Park Kuljtury間9.5km
    及びその分岐線(3号線)Kaliniskaya(現Arbatskaya)~Smolenskaya間2.1kmの
    合計11.6kmであった。 モスクワの地下鉄は、旧ソ連時代の『5ヵ年計画』により
    建設が進められ、運営は市地下鉄公社が担当している。 最初の建設計画は
    1931年に決定され、1932年に着工された。 計画にあたっては、ロンドン、
    ニューヨーク、パリ、ベルリンの各地下鉄からの技術支援を得たが、設計、建設は
    旧ソ連邦の技術者により行われた。

    計画路線網は放射線と環状線から構成され、市内と郊外を結ぶとともに、長距離幹線
    鉄道の始発駅と接続されていたが、国鉄路線等との相互直通運転の計画はなかった。
    地下鉄建設は第2次大戦中も続行された。

    地下鉄シェアはモスクワの全交通量の57%と非常に高く、年間輸送人員は世界一
    である。 1990年代までは資金不足のため建設はあまり進まなかったが、最近に
    なって連邦政府は建設資金補助を増やし、地下鉄建設に積極的になってきた。
    2005年9月10日に4号線の支線としてKievskaya~Delovoy Tsentr間2.2kmが開業し、
    さらに2006年8月30日にはMezhdunarodnaya駅までの0.5kmが延伸開業した。

    2008年1月7日には3号線の延伸部分Park Pabedy~Kuntsev-skaya間及び4号線の
    延伸部分Strogino駅が開業した。 これを機に、4号線のKuntsevskaya~Strogino
    間が3号線に統合され、4号線の西方の終点はKuntsevskaya駅となった。

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