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東日本大震災で多大な被害を受けた、宮城県名取市閖上地区で、旧閖上中学校の解体
工事が始まった。 周囲には、高台等はなく、この中学校が唯一の高い建物だったが、
多くの命を救った中学校の解体は、大津波により、ほぼ更地となった閖上地区の安全面
にも不安を残す結果となった。

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閖上地区の大震災前の人口は、5,612人だった。 しかし大津波で壊滅した閖上は、かつて
活気に満ちた漁港を中心にほとんど更地と化してしまった。 名取市の犠牲者数は1,027人
(不明者は119人:2011年6月10日現在)にも上っており、そのほとんどが閖上地区に集中
している。 9月末の人口は2,410人となり、犠牲者だけでなく、多くの住民が閖上から姿を
消したことを物語っている。

多くの人が犠牲になった主因は、他地域と同様に、まさかここまで津波は来ないとの
思い込みによる避難の遅れであるが、ここ閖上にはもう一つの要因、車での避難者が
大渋滞に巻き込まれて身動きが取れないまま多数の人命が失われたことが挙げられる。



2階に留まれば助かった公民館から津波が来る直前に強引に中学校に移動を指示した。
公民館から一斉に避難を始めた車が渋滞に拍車を掛けた。 仙台方面への大動脈である
閖上大橋上で事故があり通行止めになったため仙台方面への車がどんどん溜まり、
たちまち身動きがとれなくなった。
 
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河北新報 <閖上中>悲しさ悔しさ…感謝 校舎と惜別
宮城県名取市閖上地区で2015年12月24日、旧閖上中校舎の解体工事が
本格化した。 関係者は複雑な思いで作業を見守り、校舎との別れを惜しんだ。

校舎は1980年の完成。市は11月に正面の時計を取り外して以降、内装の解体や
照明・備品の撤去を進めてきた。 この日から建物本体の解体を始めた。

震災時は津波で1階部分が水没した。 周囲には高い建物がなく、3階や屋上などに
住民らが800人以上避難して命をつないだ。

同校に2年まで通った東北学院大1年菊地雄也さん(19)は、母訓子(のりこ)さん(52)と
作業を見つめた。 「心のよりどころとして校舎を残してほしいという思いがあった。
悲しさと悔しさが入り交じっている」と揺れる胸中を明かした。

閖上で語り部の活動を続ける訓子さんは、義理の両親が避難して助かった校舎への
感謝をにじませた。 「ここに素晴らしい学校があったことをしっかり語り継いでいく」
と話した。

市は早ければ本年度中に旧閖上小校舎の解体にも着手する。 同地区には新たに
小中一貫校を建設する計画で、2018年春の開校を目指す。
【お勧めの一冊】


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