多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

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    タグ:北欧

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    デンマークは、世界で初めて児童の教育を義務制にした国のひとつである。
    義務制の基礎教育は、9年間だが、自発的に10年目の教育を受ける者も多い。
    義務教育の間は、学年末ごとの試験を受ける必要はない。 しかし、最終学年の
    終わりには、希望すれば、卒業試験を受けることが出来る。 約91%の児童が
    公立学校に通学し、残りが私立学校で勉強している。 私立校の経費は、国家が
    85%を負担する。

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    中等教育の3年間で、言語能力を重視する教育課程と、数学を重視する教育課程の
    どちらかを選ぶことが出来る。 こうして、基礎学力を身に付けた者の3分の2が、
    工業、または、商業教育の専門学校に入る。 大学に進学する場合は、最終試験に
    合格しなければならない。

    この国には、5つの大学があり、1479年に創立されたコペンハーゲン大学が最も
    古い。 一番新しいのは、1974年に開設された大学である。 後期高等教育の
    学校としては、その他に、工学、薬学、歯科学、建築学、獣医学、その他の
    専門教育を行う各種専門学校がある。

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    デンマークの教育制度のもうひとつの特徴は、寄宿生の国民大学の存在で、国民
    大学は全て私立である。 最初の国民大学は、1844年に、歴史学者であり詩人でも
    あるニコライ・フレゼレグ・S・グルントヴィーによって設立された。

    グルントヴィーの目標は、特に農村出身の若者達に、社会や政治への関心を強く
    持たせて、才能を伸ばすチャンスを与えることにあった。 デンマークに始まった
    この国民大学運動は、その後、北欧全体に広がった。

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    デンマークは、北ヨーロッパの小さな国で、北海とバルト海の間に位置している。
    この国は、昔から重要な交通の十字路であった。 その主な港である
    コペンハーゲンは、現在でも世界一の商業の中心である。 半島と数多くの
    島々から成り立っているため、国土内のどこも海に近い。 その結果、人々は
    早くから海上交通と貿易に通じていた。

    紀元前800年から1050年に至るバイキング時代を経て、この国は、バルト海
    地域の強大国となり、ノルウェーの全部とスウェーデンの広い部分を支配した。
    14世紀から18世紀に掛けて、デンマークは、ドイツの商人や諸侯から挑戦を受け、
    続いてスウェーデンと対立した。 度重なる戦争の結果、1814年までに、
    デンマークはノルウェー等の海外の領土を殆ど失った。

    mapdenmark

    この国は、19世紀半ば以降、ずっと立憲君主制を続けている。 この政治形態では、
    憲法が人権を保障し、選挙で選ばれた立法機関が法律を定めている。 デンマーク
    国王の権力は、多分に象徴的なものである。 デンマークは、国民に対して、最初の
    無料教育を保障した国々のひとつである。 教育の無料化と社会保障制度によって、
    デンマーク人は、世界で最も高い生活水準に達することが出来た。 この種の
    数多くの制度と施策を維持するため、人々は高い税金を払っている。

    20世紀後期までは、デンマークは経済的に繁栄していた。 しかし、1970年代半ば
    以降、物価の上昇と失業率の増加に悩まされている。 その上、ヨーロッパ諸国の
    共同体であるEUへの加盟について、人々の意見が分裂している。 この国の
    経済の将来は、ヨーロッパとの国々との貿易を上手く続けられるかに掛かっている。

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    スウェーデンの地に最初に人がやって来たのは、およそ1万年前、最後の氷期の
    終わり頃だった。 彼らは、トナカイを狩り、果物や木の実を採ってあちこちに
    移動していた。 氷が溶けて来ると、人々は小舟に乗って、湖や川を通り、更に
    北へと移動した。 考古学者たちは、彼らの使った火打ち石、弓矢、魚を捕る
    ための槍などを発掘している。

    紀元前約4,000年頃から、スウェーデン南部では、人々が定住し、農耕を始める
    ようになった。 彼らは、穀物を栽培し、牛を飼った。 死者を埋葬する塚を作り、
    岩に彫刻や絵を施した。 紀元前約1,500年には、南部の人達は、小舟でバルト海を
    渡り、更にドナウ川に沿ってヨーロッパ本土まで入ったりして、交易をするように
    なった。 こうして船による旅の中で、商人達は、青銅の作り方を身に付けた。
    一方、北部では、その間も変わらず、人々は狩猟と採集の暮らしをしていた。

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    西暦1世紀に、スウェーデン人は、ローマ帝国との交易を行っていた。 ローマの
    作家タキトゥスは、西暦98年に表した著書『ゲルマニア』の中で、スウェーデン人
    について記し、彼らを『スイオーネス』と呼んでいる。 タキトゥスによれば、
    彼らは、たくましい男達で、船団を組み、強力な武器を持っていた。 これが
    スウェーデン人について書かれた最古の文献である。

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    西暦500年頃、好戦的なスベア人がスウェーデン南東部で勢力を持つように
    なった。 スベア人は、彼らの王が死ぬと、その遺体を現在のストックホルムの
    北にあるウプサラに埋葬した。 ウプサラには王宮があり、スベア人が信仰する
    オーディン、フレイ、トールという神々を祀る神殿もあった。 スウェーデンの
    人々は、自分達の国をスベリエと呼ぶ。 これは、『スベアの地』という意味。

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    ブログネタ
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    ドイツでは、2012年11月に『在宅育児手当』が新たに連邦議会で可決され、
    月額150€が最長で2年間支給されるため、子育てがしやすくなったが、
    ドイツで子供を産み育てる際に、どのような社会保障制度があるのか、
    主に給付と休業の制度について見て行こう。

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    【子供に向けた施策】

    児童手当
    ドイツの「Kindergeld(児童手当)」は、1955年に導入され、当初、第3子にのみ
    支払われていたが、後に拡充され、2010年の改訂を経た現在は、第1子と第2子へ
    それぞれ月184ユーロ、第3子へは月190ユーロ、第4子以降は月215ユーロ支給
    されている。 支給期間は、児童が18歳になる(学生は25歳)までとなっている。
    児童に向けた施策であるため、保護者の収入に関係なく支給され、課税対象では
    ないのが特徴。

    【親に向けた施策】

    ドイツの育児休業と育児手当は、1986年に導入され、その後、段階的に制度が拡張
    された。

    育児休業と親時間
    「Erziehungsurlaub(育児休業)」は、2000年に諸改正が行われ、2001年には
    「Elternzeit(親時間)」に名称が変更された。 男性も育児休業を取得しやすい
    制度にとの計らいである。 親時間は最長で3年間。 産前産後休業後に続けて
    利用可能な制度で、職場への復帰が保証される。 子供が3~8歳の間に、
    そのうち1年を繰り延べることも可能となっている。 また、親時間取得中に、
    親は週30時間までのパートタイム就労を認められるため、共働きの夫婦はどちらが
    どれだけの親時間を取得するかを決めやすい。 親時間を取得する場合には、
    取得開始の7週間前までに会社側に報告することが義務付けられ、その際に2年分の
    取得予定を雇用主に提示する必要がある。

    親時間の導入により、男性の育児休業取得率は若干上昇したと言われているが、
    大幅な増加にはならなかった。 その裏には、経済的な事情がある。 現在、
    男性の育児休暇取得率は、24%前後と言われている。
     
    09095456983

    育児手当から両親手当へ

    ドイツの育児手当は、育児休業取得者に対し、子供が生後24カ月になるまで、
    月300ユーロ、または、生後12カ月になるまで、月450ユーロを給付する制度だった
    (2007年1月1日までに生まれた子どもに有効)。 しかし、子供の数ごとに所得
    制限が設けられる上に、支給額も少なかったことから、男性が育児休業を取得した
    際の社会保障としては十分とは言えず、そのため男性の育児休業取得率は大幅には
    伸びなかったのである。  

    そこで、2007年に「Erziehungsgeld」(育児手当)は「Elterngeld」(両親手当)
    へと制度変更がなされ、親時間の取得によって所得が減る人に対し、子供が
    生まれる前の平均賃金(手取り)の67%を受給出来るようにした。 最高で
    月1,800ユーロの制限はあるが、育児手当からは大きく前進した内容となっている。
    支給期間にも工夫があり、両親に与えられる14カ月分の請求権に対し、一方の
    親が請求出来るのは最長12カ月までである。 つまり、もう1人の親、主に父親が
    最低2カ月の育児休業取得することを推奨する制度になっている。 一方、支給
    期間は24カ月から最長14カ月へと短縮された。 母親が早く職場に復帰する
    ことによって、社会復帰を円滑なものにし、夫婦での子育てを推進する制度と
    なっているのである。

    在宅育児手当
    「Betreungsgeld(在宅育児手当)」は、2012年8月1日以降に生まれた1~2歳の
    子供を託児所に預けず、自宅で養育する親に対して、2013年8月から月100ユーロ、
    2014年8月から月150ユーロを最長22カ月支給する制度である。 また、その
    給付金を受け取らずに老後の備えや教育費として貯蓄する場合には、月15ユーロの
    補助金給付を保証している。  

    この法案は、「託児所の増設策と共に、育児について、親に選択肢を与える政策」
    として提案されたが、反対意見も多い。 同予算が高額で良い経済効果を生み
    出さない、託児所の増設策がより急務であるといった意見や、女性を再び家に縛る
    退行政策であるという見方もある。

    親時間、両親手当、在宅育児手当は北欧各国の制度を参考に導入された。 日本から
    見れば進んだドイツの諸制度であるが、ドイツもさらに進んだ北欧諸国を規範として
    模索しているのである。

    【各国の子育てサポート制度の比較】
    i1606000

    出典:ドイツニュースダイジェスト

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