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    タグ:北方領土

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    日本政府の北方領土交渉を見ていると、第二次世界大戦(日本では太平洋戦争)の
    結果を一切認めてはいないため、国際的な観点から見ると、「交渉の席にすら
    就けていない」とみなすのが妥当な評価だと思うのだが、日本政府が本当に
    国際法の則って争う気持ちがあるのであれば、まずは、現状を受け入れ、そこから
    打開策を見つけ出さない限り、国際的な効力が得られないため、この先も
    北方領土は1島足りとも返っては来ない。

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    日本は、アメリカとの「日米安保条約」により、日本国内のどこにでも米軍施設を
    造ることが可能だが、いつまでも意味不明な対応を採り続けている日本政府を
    相手に、誠実な対応をしているロシア政府の方が数段まともだとも言える。
    ロシアが抱える隣国との領土問題は、これまでにノルウェー、リトアニア、
    中国、ウクライナと全て解決済みのため、日本との「北方領土」問題のみしか
    残されてはいないが、ロシアは、元々親日国であるため、日本の交流を早急に
    望んでいるものの、そんなロシアの親日情報すら日本側には何も伝わっては
    いないどころか、逆に情報自体が非常に歪められている。

    これは、実戦経験のない自称専門家らが、自己の勝手な憶測や感情移入を
    ふんだんに含めた情報を垂れ流しているため、そのウソの情報を真に受けている
    人間が多いのが現状。

    これまでの北方領土の交渉に関しては、私の覚えている限りでは、エリツィン氏が
    ロシア初代大統領になる以前の共産党第一書記時代の1989年に根室までやって
    来て、「北方領土は日本の領土である」とハッキリと述べているのだが、その後、
    1991年末にソ連邦が崩壊し、その直後に行われた1993年の領土交渉においても、
    歯舞群島、色丹島、国後島の3島までの日本側への引渡しは確定的だったのにも
    関わらず、日本政府があくまでも「4島一括返還」に固執したため、2島どころか、
    1島すら返って来なかったというのが歴史的事実なのだが、そのような愚かな
    過去も日本政府は公式に認めるべきだと思う。

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    北方領土問題は、実は、田中角栄の時代には、4島全てで解決しそうになった
    時期があったのだが、その直後に、「ロッキード事件」をでっち上げられて失脚、
    鳩山由紀夫は一家全体がロシアの専門家だが、沖縄の米軍基地問題に切り込んだ
    直後に、民主党ごと失脚。 結局のところ、全てアメリカが絡んでいるため、
    全ての交渉が流れている。

    2000年代に入り、プーチン氏の代に代わってからも、3島を先に引き渡し、軍事
    基地がある択捉島は、早急に結論を出さずに、「未来の世代に委ねる」という
    ところまで交渉が進んだものの、日本政府があくまでも「4島一括返還」の姿勢を
    一切崩さなかったため、今日に至っている。

    北方領土最大の択捉島は、先の述べた「日米安保条約」により、そのまま米軍基地に
    されることがほぼ確実なため、ロシア側としては、すぐには引渡しが出来ない。
    このことは、先日の領土交渉にて、プーチン氏もハッキリと述べている。
    ロシアにとっては、最後の隣国との領土問題となるため、早々にこの問題を
    解決したいのだが、日本のメディアが発信する情報は、全てアメリカ寄りで、
    ウソばかり報道されないため、この国では、ある一定数の人間は、ロシアとの
    交流など一切望んではいないと考えて間違いない。



    かれこれ30年以上も「北方領土問題」を見て来たが、現在の状況は、過去よりも
    遥かに後退している。 本気で北方領土を返して欲しいのであれば、まずは、
    過去の歴史を正確に学ぶべきなのと、ウソしか言わない自民党与党政府のそのウソを
    しっかりと見抜けるようになってから責任のある発言をすべし。 余計なウソの
    拡散は、更に領土の引渡しを遅らせるだけなので、北方領土の返還を遅らせて
    いるのは、誰でもない、実は、日本政府とその国民だと思う。

    北方領土に渡航自粛令を発令しているのは、実は、日本の外務省であり、ロシアの
    外務省ではない。 北方領土、ロシア語名「南クリル」は、ロシアのビザさえ
    取得すれば、誰でも行くことが出来る。

    北方領土の日本政府の見解としては、以下の通りになるが、現在国際法上でも
    「南クリル」は、ロシアの領土なのに、「いまだかつて一度も外国の領土となった
    ことがない」と平然と述べている時点で、国際法を完全に無視しているため、
    話が全く先に進まない。

    日本の領土をめぐる情勢(外務省)
    (1) 北方領土はいまだかつて一度も外国の領土となったことがない、日本固有の
    領土です。しかし、現実には、北方領土は依然としてロシアの不法占拠の下に
    おかれており、現在、日本はロシアとの間で北方領土返還のための交渉を精力的に
    行っています。

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    話し合いにはそれなりのルールが必要だが、そのルールを完全に無視して、己の
    ことだけを述べ立てるのは、大人がすべき行動ではない。 北方領土問題の担当は、
    内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策担当)だが、過去に北方領土のことを
    学んだことすら人間が、何をどうやって領土交渉に望めるのか、甚だ疑問である。
    最近では、安倍首相自らが、何度も会談に臨んでいるが、特に何の知識も持ち
    合わせてはいないため、単なる税金の無駄使いにしか見えない。 国民の税金を
    投入して会談に臨むからには、それなりの「成果」が必要だが、その成果すら
    全く期待出来ないのであれば、そもそも、会談自体を開催する意味がないが、
    日本政府は、隣国を「敵」に仕立て上げて、軍備増強を押し進めようとしている
    としか思えない。

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    1993年のソ連崩壊直後、ロシア国内では社会主義から自由市場経済への移行の
    最中にいたが、その社会システムの抜本的な転換のためには、大きな痛みが伴い、
    社会全体が混乱を極めた状態となった。 一時的に経済が機能しなくなり、国中が
    ハイパーインフレに陥ったのだが、その当時の新生ロシアの世論は、北方領土を
    日本に引き渡すのはやむなしとの意見が実は多数派となっていた。

    戦争末期の1945年に行われたヤルタ会談でアメリカ、ソ連、イギリスは
    ソ連がクリル諸島全てを得ることに合意した。 しかし、1956年の日ソ共同宣言
    では、平和条約が締結され次第、色丹島、歯舞群島を返還することにソ連が同意
    したため、平和条約は締結されなかった。

    ソ連崩壊後、自国への投資を必要とするロシアは1993年に同様の共同宣言に
    署名し、平和条約に向けた交渉の土台を作ったが、当時の日本国内では、
    4島一括返還論が多数派を占めていたため、事態は進展しなかった。
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    1993年当時、歯舞と色丹の2島返還はほぼ確実、国後と択捉に関しては、
    ロシア側から見ると、日本の経済援助が喉から手が出るほど欲しかったため、
    国後を手放して、日本からの経済援助を引き出すというロシア側の意見も多かった。
    残る択捉は、北方4島の中でも最大面積、かつ、最大の人口を抱えており、何よりも
    ロシア空軍基地が立地していることもあり、3島だけ日本に引渡し、残りの択捉
    だけは次の世代にその判断を委ねるというところまで実は話が進んでいた。

    戦後70年以上も既に経過したが、日本とロシアとの間には、未だに平和条約は
    結ばれてはいない。 その最大の障害となっているのが、江戸時代より続く日本と
    アメリカとの不平等条約。 日本とアメリカは戦後数度に渡って、様々な条約を
    結んで来た、いわば最良のパートナーの筈なのだが、実は、外務省が作成した
    高級官僚向けの極秘マニュアル(「日米地位協定の考え方 増補版」1983年12月)の
    中には、以下のような文が明確に記載されている。

    ● アメリカは日本国内のどんな場所でも基地にしたいと要求することができる。
    ● 日本は合理的な理由なしにその要求を拒否することは出来ず、現実に提供が
       困難な場合以外、アメリカの要求に同意しないケースは想定されていない。

    つまり、日米安全保障条約を結んでいる以上、日本政府の独自の政策判断で
    アメリカ側の基地提供要求に『NO』と言うことは出来ないと日本の外務省が
    ハッキリと認めている。
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    北方領土問題が解決できない理由
    この極秘マニュアルによれば、そうした法的権利をアメリカが持っている以上、
    例えば日本とロシア(当時ソ連)との外交交渉には、以下のような大原則が
    存在する。

    ● だから北方領土の交渉をするときも、返還された島に米軍基地を置かないという
     ような約束をしてはならない。

    そして、この極秘マニュアルにこうした具体的な記述があるということは、ほぼ
    間違いなく日米の間に、この問題について文書で合意した非公開議事録(事実上の
    密約)があることを意味している。

    従って、現在の日米間の軍事的関係が根本的に変化しない限り、ロシアとの領土
    問題が解決する可能性は実はゼロで、ロシアとの平和条約が結ばれる可能性もまた
    ゼロとなっている。 2016年12月15日にロシアのプーチン大統領が来日した
    際には、その直前の11月上旬にモスクワを訪れた元外務次官の谷内正太郎国家安全
    保障局長から、『返還された島に米軍基地を置かないという約束は出来ない』
    という日本側の基本方針がロシア側に伝えられた。

    その報告を聞いたプーチン大統領は、11月19日、ペルーのリマで開催された
    日ロ首脳会談の席上で、安倍首相に対し『君の側近が『島に米軍基地が置かれる
    可能性はある』と言ったそうだが、それでは交渉は終わる』と述べたことが
    分かっている。(「朝日新聞」2016年12月26日)

    この時点で既に、1ヵ月後の日本での領土返還交渉がゼロ回答に終わることが
    完全に確定していたこととなる。
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    1945年8、9月に行われた旧ソ連軍による北方四島占領作戦に、米国が艦船10隻を
    貸与していたことを、根室振興局が米国とロシアの専門家による研究成果などを
    突き合わせ、明らかにした。 米国はソ連の対日参戦に備え、大量の艦船の提供
    だけでなく、ソ連兵の訓練も行っており、米国の強力な軍事援助が四島占領の
    背景にあったことが浮かび上がった。

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    振興局の調査結果によると、樺太南部の返還と千島列島の引き渡しと引き換えに、
    ソ連の対日参戦が決まった1945年2月のヤルタ会談の直後、ともに連合国だった
    米ソは「プロジェクト・フラ」と呼ばれる合同の極秘作戦をスタートさせた。

    米国は1945年5~9月に掃海艇55隻、上陸用舟艇30隻、護衛艦28隻など計145隻の
    艦船をソ連に無償貸与。 4~8月にはソ連兵約1万2千人を米アラスカ州
    コールドベイの基地に集め、艦船やレーダーの習熟訓練を行った。
    コールドベイには常時1,500人の米軍スタッフが詰め、ソ連兵の指導に当たった
    という。

    訓練を受けたソ連兵と貸与艦船は樺太南部や千島列島の作戦に投入された。 8月
    28日からの択捉、国後、色丹、歯舞の四島占領作戦には、米の貸与艦船10隻を含む
    17隻が参加。 ソ連軍は各島で日本兵の武装解除を行い、四島の占領は9月5日
    までに完了した。

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    こうした歴史的史実が判明したのは、根室振興局が2015年度から取り組む
    北方領土遺産発掘・継承事業が切っ掛け。 各国の資料を集める中で、ソ連が
    樺太南部と千島列島での作戦に投入した全艦船を調べ上げたイーゴリ・サマリン氏
    (現ロシア・サハリン州戦勝記念館科学部長)の論文「1945年8月のサハリンと
    クリル諸島上陸作戦に参加した軍艦と補助船舶の注釈付きリスト」(2011年3月)を
    入手した。

    リストに米艦船が含まれていることが分かり、経緯を探るうち、米ソの極秘
    プロジェクトの内実を書いた元米軍人リチャード・ラッセル氏の著書
    「プロジェクト・フラ」(2003年)の存在を知り、米国から取り寄せた。
    国後島の地元紙「国境にて」の過去記事など各種資料と照らし合わせ、四島占領
    作戦での米艦船の使用を突き止めた。

    調査を取りまとめた国後島元島民2世の谷内紀夫・根室振興局副局長は
    「米国が徹底した対ソ支援を行っていたことが分かり、北方領土問題への両大国の
    関与が浮き彫りになった」と話す。

    調査資料は来年1月19日~2月2日に根室市内の道立北方四島交流センターで開く
    企画展で公開。 初日の1月19日に谷内副局長が講演する。

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    ■ソ連の独断ではなかった 北方領土問題の経緯に詳しい和田春樹東大名誉教授の話
    北方四島占領を含む旧ソ連軍の対日作戦を米国が軍事援助していたことは、
    日本国内ではほとんど知られておらず、発見と言える。 四島占領はソ連が勝手に
    行ったのではなく、米ソをリーダーとする連合国の作戦として行われたという
    ことを示している。

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    2016年12月15日と16日の両日にロシアの大統領であるウラジーミル・
    プーチン氏が来日した。 日本側では、北方領土の話が進展するのか?の
    話題で持ちきりだったが、そもそも、日本政府は、ロシアに対して、3年
    近くも経済制裁をしているため、領土問題の前に、両国の関係改善の方が
    先のはずなのだが、特に目立った大きな動きはなかった。

    北方領土での日本企業の経済活動は、事実上、日本政府が渡航自粛要請
    (国際法上はロシアの領土であるため、ロシアのビザが必須。 但し、
    日本政府は、これを嫌って渡航自粛を日本国民に要請中)をしており、今回の
    プーチン氏の来日を期に、例えロシアのビザが必要だったとしても、北方領土に
    自由に行き来出来る様になれば、経済的な交流も生まれ、将来に繋がるため、
    全くの空振りだった訳ではない。

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    逆に、今回の日本側の報道で気になったのが、日本政府が北方領土への
    渡航自粛要請を出していることを全く報道しなかったところ。 また、
    政治軍事評論家と称する自称ロシアの専門家たちは、実際はロシア語を
    ほとんど理解出来ないため、終始アメリカの記事を追随するような否定的な
    記事ばかりを書いていたところもかなり気になった。

    北方領土に日本資本がこれまで全く入らなかった理由は、日本政府が意図的に
    禁止していたためであり、ドイツと韓国資本はとうの昔に参入しているため、
    日本ももたもたしていると、参入の機会すら逃すこととなる。

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    日本には、まともなレベルでロシア語を離せる人材がほとんど居ないが、
    ロシア側には日本が喋れる人間も居るので、通訳はロシア側から調達した方が
    無難。 日本とロシアとでは、外国語の教育レベルが違い過ぎる。

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    1991年4月18日、旧ソ連の国家元首として初めて日本を訪れたゴルバチョフ
    大統領は、海部首相との間で『日ソ共同声明』を発表した。 この日の声明に
    具体的な前進はなく、領土問題の解決、すなわち、領土返還については、日本の
    北方領土返還運動関係者にとって、かなりガッカリさせられる内容だった。
    しかし、四島住民との交流を求めていた人々や、四島への自由往来を心待ちに
    していた旧島民にとっては、一定の前進とも言える合意もあった。 それが
    ビザなし交流である。

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    共同声明第4項で、『ソ連側は、日本国民によるこれらの諸島訪問の簡素化された
    無査証の枠組みの設定に関する処置を近い将来にとる』旨の提案を行った。
    その後、相互主義の外交原則から、1991年10月の日ソ外相間の日本訪問に
    ついても、渡航の枠組みが設定された。 そして、1992年4月に、四島の行政
    担当者が協議のため、北海道の招きで来日したのを皮切りに、10月までの間に
    ロシア側から4回、計226人が北海道を訪問、日本側からは5回、計346人が
    『ビザなし訪問』で四島へと渡った。

    ビザなし交流では、日本とロシアの間で未だ解決されていない北方領土問題が
    解決するまでの間、日本国民が北方四島を訪れ、北方四島のロシア人住民が日本を
    訪問することにより、相互理解と友好を深めることを目的としている。 このビザ
    なし交流では、パスポートやビザなしで、外務大臣の発行する身分証明書などを
    用いての渡航が認められており、以下の人達のみが外務省から身分証明書の発行を
    受ける事が出来る。

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    【北方四島をビザなしで訪問出来る条件】
    ①北方四島に居住していた者等
    ②北方領土返還要求運動関係者
    ③報道関係者
    ④訪問の目的に資する活動を行う各分野の専門家

    日本政府は、『北方領土がロシアに不法占拠されている』という状況の下に
    おいては、無原則な自由往来や経済交流を行うことによって、法的、政治的に
    複雑な問題を生じさせることになりかねないため、領土問題が解決して平和条約が
    締結されるまでは、この交流を通じて、北方四島の住民に対して、北方領土の
    歴史的経緯、日本の主張の正当性を伝える等、北方領土問題の解決に繋がる
    ようなものにしなければならないとしている。

    また、日本政府は、政経不可欠の立場から、『ビザなし渡航で経済交流は認め
    られない』としており、なし崩し的にビジネスマンがビザなしで島へ渡って経済
    活動をするのは、余り好ましくないとしている。 なお、日本政府は、北方領土は
    日本固有の領土であるとの立場から、日本国民に対してロシア政府のビザを取って
    北方四島へ渡航しないよう要請している。

    ビザなし交流では、相互理解と友好を深めるため、ロシア人住民との意見交換や
    ホームステイ、文化・スポーツ分野での交流、地元市町村が主催する交流会等、
    さまざまな交流が行われており、また、北方四島の元島民や返還運動関係者との
    意見交換、北方四島の歴史学習等もこれまでに開催された。

    ビザなし交流が始まるまで、北方四島のロシア人住民達は、日本が主張している
    北方領土問題について知らなかったり、日本や日本人に対して間違った印象を
    持っていることが少なくなかった。 しかし、ビザなし交流が始まり、両者の直接
    対話が実現してからは、ロシア人住民達の誤解はなくなり、北方領土問題についても
    日本の主張が知らされている。

    ビザなし交流が始まった当初は、旧ソ連の崩壊直後という状況も手伝って、現地に
    住んでいるロシア人住民の間でも、日本へ領土の引渡しはやむなしの雰囲気が
    濃厚であったが、日本の外務省は、このことに対して、特に関心を示さず、その後、
    ロシアが経済発展を遂げたため、ロシア国内での日本への『返還論』はかなり下火に
    なってしまった。

    北方四島に住んでいる住民達にとっては、モスクワよりも日本の方が距離的に
    見て、圧倒的に近いため、かなり親近感があるのだが、逆に、日本人の方に
    北方四島に対して親近感が全くないため、両国間での温度差が激しくなっている。

    日本国内で北方領土に関心を持っているのは、極々一部の人達のみで、実際に
    ロシア側から一部の領土が返還された場合のシュミレーションも出来ていないため、
    日本とロシアの領土問題の解決は、まだまだ遠いと見るのが妥当であろう。 尚、
    ロシアは、2年ほど前にウクライナとの国境を確定させたため、残りの領土問題は、
    日本のみとなった。

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    北海道・旭川市及び近郊情報 に参加中!

    北海道の魅力が一番詰まっている場所と言えば、やはり、道東でしょう。 北海道は、
    本州とは植物線が異なるため、白樺やライラック等、普段目にする機会がない植物
    ばかり。 大自然と秘境の魅力が満点の道東と十勝の魅力をご紹介します♪

    【知床半島】
    世界自然遺産にも登録されている、道東観光のハイライト。 最果ての地らしく、道路を
    走っているだけでも、様々な自然や動物と出会うことができる。 滝が温泉になっている、
    カムイワッカの滝や、熊の湯といった、無料の温泉も豊富。 ウトロからは、観光船も
    出ている。 オシンコシンの滝や、知床五湖等の大自然が満喫できる。 運が良ければ、
    熊や鹿に出会うことも。

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    【摩周湖】

    透明度がバイカル湖に次いで世界第二位のカルデラ湖。 霧の摩周湖と言われる程、
    霧が多いのだが、晴れた摩周湖を見てしまうと、結婚出来ないというジンクスもある。
    交通の便が悪いため、神秘的なイメージで語られることが多いが、実際に訪れて見ると、
    想像通りの神秘的な湖。 真っ青な湖は、摩周ブルーとも言われている。 川湯温泉駅
    からバスが出ているが、冬季は運休となる。

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    【屈斜路湖】

    世界第二位の大きさのカルデラ湖。 摩周湖や阿寒湖からも近く、3つ同時に訪れる
    ことが出来る。 湖畔には、無料の和琴温泉と砂湯がある。 砂湯は湖畔の砂を自分で
    掘って温泉にするという、非常にユニークな温泉。 砂を掘ると、たちまちお湯が湧き出て
    来るから、非常に楽しめる場所となっている。 冬は、白鳥の飛来地にもなっている。

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    【野付半島】

    別海町にある細長い半島で、延長28kmに渡る砂嘴であり、規模としては日本最大。
    野付半島、野付湾は、湿地の保全に関するラムサール条約にも登録されている。
    すぐ目の前には、北方領土の国後島が手に取るように見える。 厳寒期には、四角い
    太陽が登る場所としても有名で、気温と海水温の温度差により生じる蜃気楼現象により、
    太陽の輪郭が変化するというもの。

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    【納沙布岬】

    根室半島の先端、東経145°49′、北緯43°22′に位置し、離島を除けば、日本の本土
    最東端の場所。 すぐ目の前には、北方領土の歯舞群島の水晶島が望める。
    望遠鏡を使うと、水晶島で歩いている人の姿まで見ることが可能。 北方領土は、
    現在は、一般人は渡航出来ないが、ここからは、間近に見ることが出来る。

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    【釧路湿原】

    面積18,290haを誇る、日本最大の湿原。 湿原の大部分はヨシ、スゲ湿原であるが、
    ミズゴケ湿原も一部あり、食虫植物のモウセンゴケやコタヌキモが生育する。 また、
    タンチョウやエゾセンニュウ、ベニマシコなどの多くの鳥類の繁殖地、休息地となって
    いる。 特にタンチョウの夏季繁殖地が湿原を含む道東各地に広がっているが、
    冬には釧路湿原へ戻って来て越冬する。 また、日本最大の淡水魚であるイトウや
    キタサンショウウオなどの希少な動物も多く、貴重な自然の残る領域となっている。

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    【十勝川温泉】

    帯広郊外にある十勝川温泉は、美人の湯として名高いモール泉。 温泉と言えば、
    大概が火山の副産物だが、ここは地下に堆積する太古の植物を熱源とするユニーク
    なもの。 やや茶褐色の湯は植物性の有機物を多く含んでおり、まろやかで皮膚を
    刺激せず、天然保質成分が多いため、入浴後の肌はスベスベ。 効能は運動障害、
    腰痛、神経痛、リウマチ、皮膚病など。
     
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    ブログネタ
    日本の政治 に参加中!

    北方領土に関する意外な事実として、ロシア側からの領土返還交渉が度々なされ
    ましたが、日本では、その事実を余り大きくは取り上げないため、この情報を
    知らない人が、意外に多い。

    ソ連とロシアは、これまでに数度に渡り、北方領土の解決策を日本側に提案して
    来ましたが、日本政府は、それをことごとく全て断りました。 ソ連時代の2島
    返還論から始まり、故エリツィン氏が共産党第一書記長時代に根室まで来た際には、
    ハッキリと『北方領土は日本の領土』と名言しています。 プーチン氏の時代に
    なってからも、私の知る限りでは、3回程日本側に2島返還、更には、3島返還
    (残り1つの択捉島は、次の世代に託す)とまで大幅譲歩しましたが、それですら
    日本政府はあくまでの『4島一括返還』に拘ってロシア側からの提案を断りました。
     
    元々、ロシアにとって、北方領土は、特に大切な場所ですらなく、世界一広大な
    領土の極々一部分でしかないため、日本に返還したとしても、特に困らない場所
    なのですが、あえて難点を言えば、択捉にロシアの空軍基地があるため、すぐには
    日本には引き渡せないため、とりあえず、次の世代に委ねるとしたのですが、
    旧島民は、高齢化が進み過ぎて、現在、旧島民全員が80代以上の高齢者ばかりで、
    今更まともなインフラが整っていない北方領土に住むのは、かなり難しく、
    ロシア側の住民たちも、70年にも渡って北方領土に住み続けており、両国の
    若者たちは、このような場所には住みたがらないため、この問題は、簡単には
    解決出来ません。
     
    日本では、アメリカのプロパガンダにより、情報が相当ねじ曲げられておりますが、
    私は、元々北方領土関連の通訳からロシア語の通訳を始めたため、80年代後半から
    90年代初頭に掛けての日本とロシアとのやり取りを概ね知っております。 日本
    では、ロシアに関するまともな知識を持った人材がほぼ皆無に近いため、領土
    問題の解決を更に難しくしています。 ロシアの専門家を名乗っている人達も、
    実際には、実践経験がほぼないため、事実関係を知りません。 英語さえ知って
    いれば、世界を何でも知っていると思っている人間が日本には多過ぎます。
    歴史は机の上で作られるのはなく、現場で作られるものです。

    ichi

    その昔、札幌の大学を卒業する際の卒論のテーマが『北方領土』であったため、
    私は事実関係をかなり詳細に知っております。 日本の自称専門家たちは、事実を
    歪めないように。 尚、鳩山氏のロシアに対する見解は、かなり正確で、事実
    関係と照らし合わせても、内容が合っています。 鳩山家は元々がロシアの
    専門家の家系なので、歪んだものの見方をしておりません。 ロシア側の記事
    にも書かれていますが、これが一番正しい歴史的な見解です。

    尚、プーチン氏の次女は、『日本史』が専門であるため、千葉大学に留学をして
    いたのと、プーチン氏自体が、柔道の黒帯所持者であるため、歴代の指導者の
    中では、ブッチギリの親日家ですが、恐らく、次の大統領になるであろう、
    プーチン氏の大学の後輩のメドヴェージェフは、強硬派であるため、プーチン氏の
    代を逃してしまうと、日本に領土返還の可能性は、未来永劫ありません。 
    メドヴェージェフは、プーチン氏の操り人形に過ぎませんが、最近では、欲が
    出て来て、プーチン氏にかなり逆らっています。 強いて言えば、次期大統領で
    前回もロシア大統領選に出馬していた、日系ロシア人のイリーナ・ハカマダ氏が
    当選すれば、メドヴェージェフよりも北方領土問題解決の可能性が遥かに
    上がります。



    90年代初めは、ソ連が崩壊したため、島民の大方が、領土を日本に返還して、
    インフラ整備をした貰った方が、生活が潤うという考え方であったため、日本への
    返還は致し方なしという考え方でした。 当時は、返還が概ね実現しそう
    だったため、『日本国民』になれる事を夢見て、ロシア本土からマフィアが
    かなり流れ込んでいました。 国後の辺りでは、当初、北海道から電波を拾えた
    ため、結構日本の携帯を使っていました。 プーチン氏は、これまでの事をまだ
    覚えているので、上手く交渉すれば、少なくと2島は返って来ると思いますが、
    日本政府には、そのような交渉術はないのと、4島であったとしても、アメリカが
    首を縦には振りそうもないので、交渉は、相当難航すると思います。

    91年当時、ソ連が崩壊した時に、日本は、お金で北方領土を全て買い取るべき
    でした。 その頃の日本は、まだかなりバブルな時代であったため、日本にも
    そのような余裕がありましたが、その後、ロシアが経済的に成長してしまった
    ため、今更ロシアには、島を返す意味はないでしょう。 日本では、極右的な
    考えの人ばかりが報道されていますが、ロシア人はかなり親日的なので、
    ちゃんと話し合いさえすれば、解決出来る問題だと思います。 しかも、
    ロシアにとっては、長年の懸念であったクリミアの帰属問題を解決したため、
    残りの領土問題は、日本のみ。 因みに、中国との領土交渉では、3つの島の
    帰属権を中国側に渡した代わりに、その他の清の時代までの広大な中国の領土
    (ハバロフスク~ウラジオストック周辺)を全て未来永劫放棄させています。

    最近になって、ロシア側が北方領土の交渉に関して、かなり難色を示しているのは、
    日本がロシアに対して、経済制裁を続けているからであり、日本がまず最初に
    経済制裁を解除すれば、問題は好転するかも知れません。 ロシアは、クリミア
    問題以降、この先、アジア重視の政策に転換する可能性が高いため、可能性は
    まだあります。

    В 1991 году были две попытки отдать Курилы японцам

    Хорошо помню эту ситуацию, потому что в то время я только что начал
    работать как переводчик в Саппоро. Правительство СССР пыталось
    несколько раз отдать 2 или 3 острова(кроме Итурупа) Японии, но
    министерство иностранных дел Японии отказалось от предложения
    от Советской стороны и оно даже сказало, что "возврат остров должен
    быть вчетвером", то есть, надо отдать Итуруп, Кунашир, Шикотан и
    Хабомаи все вместе. Говорят, что это все связано с американцами и
    они даже имели отношение к территориальной проблеме между нами
    и в конце концов заставили так сказать японцам.
     
    Дело в том, что бывшим жителям на этих островах уже более 80 лет и
    многие из них уже умерли, а новые жители - они живут там уже 70 лет,
    так что эта проблема не может быть легко решена. Все равно для
    Москвы и Токио это очень далекое место и молодежи никогда не хотят
    жить на таком месте.

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    ロシアの目は、確実に、『アジア』を向いており、ロシアにとって、一番仲良くしたい国は、
    中国ではなく日本。 政治的な対立により、それが実現出来ないのは、相互理解が
    足りないから。 日本から最も近い親日な国、ロシアを知らない人が日本には多過ぎます。
    日本とロシアが険悪な雰囲気になれば、なるほど、アメリカの思う壺。 隣国同士で、
    いがみ合って、得をするのは、一体誰でしょうか?
    map

    90年代初頭、旧ソ連崩の壊により、経済的に極限状態に追い詰められていたロシア。
    それを尻目に、日本はバブル景気に酔いしれていました。 その当時は、財源的にも、
    まだ余裕があったため、日本側が、北方領土をお金で買い取るという方法も残されて
    いました。 その後、20年以上の月日を経て、ロシアは、大きく経済発展を遂げ、日本は、
    長引くデフレ不況にあえいでいます。 『4島一括返還』に拘り過ぎて、ロシア側からの
    ぎりぎりの提案を見抜けなかったのは、日本側に先見性がないからです。

     

    ロシアでは、小学校から、日本語の外国語教育を行っており、それが、親日感情へと
    繋がっています。 アメリカの色眼鏡に騙されないように、しっかりとした、自主性を持ち、
    自分の頭で考えて行動する事が、今後ますます重要となってきます。 2000年にロシアは、
    中国との領土問題を解決するために、アムール川に浮かぶ3島を中国に引き渡し、
    これにより、中国との領土問題はなくなりました。 これが、中国での、ロシアに対する
    好印象を維持している要因です。 クリミア問題を解決したロシアにとって、最後に残った
    領土問題は、北方領土のみです。



    柔道で黒帯を所持しているプーチン氏は、かなりの親日家です。 この代に、北方領土に
    関する問題を明確にしておかないと、日露間の領土問題は、未来永劫動かないでしょう。
    これまでに、ロシア側は、何度も、北方領土問題を解決しようとしましたが、日本側が、
    『4島一括返還』にこだわり過ぎて、話が全く前進しませんでした。



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