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    タグ:別荘

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    軽井沢は、江戸時代には、五街道のひとつ中山道が通る宿場町として栄えていたが、
    江戸時代が終わり、明治時代に入ると、一旦は宿場町としての機能を失って没落した。
    しかしその後、1886年(明治19年)にカナダ人宣教師がたまたま軽井沢を訪問し、
    故郷のトロントと似ていると感じた。

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    1888年(明治21年)、この宣教師が「つるや」(現在のつるや旅館)の主人の斡旋により
    大塚山に別荘を設け、避暑地としての軽井沢の歴史を切り開いた。 この別荘第1号は、
    民家を移転し、改造したものである。 後に移築され、ショーハウス記念館として
    ショー記念礼拝堂の裏に今でも現存する。

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    同年には、信越本線の長野方面が開通して軽井沢駅が設けられた。 さらに1893年
    (明治26年)には、碓氷峠を越える区間も開通し、東京と直結した。 その後、1899年
    (明治32年)には「軽井沢ホテル」、1906年(明治39年)には「三笠ホテル」が開業して
    宣教師・知識人・文化人の間で人気を博し、日本三大外国人避暑地の1つに数えられる
    ようになった。 
     
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    特に、ドイツ人の避暑地として人気が高かったため、軽井沢には、ドイツ風の建物が
    多数あり、ソーセージが名物となっている。 軽井沢駅から旧軽井沢までは、約1.5キロ
    ほど離れているが、通りの両脇には木が植えてある自然を楽しみながらの散策を
    楽しむ事が出来る。 標高は約1,000メートルとなっており、年間の平均気温は、
    札幌よりも低い。 
     
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    旧軽井沢は、軽井沢観光のメインとなっており、常にかなりの観光客で賑わっている。
    最近は、中国人観光客が増えているため、中国語の需要が多いとか。 中国語を使った
    職業をお探しのお方には旧軽井沢が断然オススメです。

    ランチとして、軽井沢駅前にあるフレスガッセで、生姜焼き定食とスペアリブ定食を
    頂きました。

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    【軽井沢の思い出】
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    日本では、『別荘』と訳される事が多いロシアの『ダーチャ』は、正確には、
    『郊外型家庭菜園』と訳すのが一番正確。 その小屋の部分の定義は、かなり
    ピンきりなのですが、掘っ立て小屋付きの『小規模菜園』から、日本語で言う
    ところの『別荘』まで、様々な形態があります。

    dacha

    『ダーチャ』をひと言で分かりやすく説明すると、『小屋付きの畑』。
    旧ソ連の時代は、計画経済であったため、5ヵ年計画等により、この
    『ダーチャ』と住宅を国から支給されました。 よって、ロシア人は、
    住宅とダーチャをほぼ全員所持しています。

    sauna

    引越しをする際には、物々交換ならぬ、住宅とダーチャ同士の交換もあります。
    週末は、ダーチャで芋掘りとかをするのが、ロシアの日常生活です。 どこの
    馬の骨生産者が生産したのかすら良く分からない日本の農産物とでは、味も
    異なって当然なのかも知れません。

    dacha1

    ソ連崩壊前後は、スーパー等では、食料品ですら物資がありませんでしたが、
    皆この『ダーチャ』で自給自足生活を営んでいました。 生活がギリギリでも、
    元々、住宅を所持しているので、家賃は掛かりません。

    国から、このような手厚い生活基盤を支給されるロシアと、住宅事情が最悪な
    日本とでは、根本的な考え方に差が生じても、不思議ではないと思います。

    ロシアの農地付き別荘「ダーチャ」の魅力とは?

    【お勧めの一品】


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