多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
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    タグ:冷戦

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    第二次世界大戦で共に戦った、アメリカとソ連は、戦後には、自由主義と
    社会主義といった政治体制の違いや、軍事的な警戒心から、激しく対立する
    ようになった。

    このアメリカとソ連の対立は、沢山の国々を巻き込んで行った。 アメリカは、
    西ヨーロッパの国々や日本、韓国等、世界の自由主義、資本主義体制の国々と
    同盟を結んだ。 これに対し、社会主義のソ連は、主に、ポーランドや
    チェコスロバキア等の東ヨーロッパの国々と同盟を結び、更には、中国とも
    同盟関係を結んだ。

    200807232

    こうして、世界に西側同盟諸国と東側同盟諸国が出来上がり、ヨーロッパは、
    西側と東側に事実上分断された。 特に、ドイツでは、この分断がハッキリと
    現れ、西ドイツと東ドイツとに分断された。 この他、朝鮮半島が南北に、
    ベトナムも南北に分断された。

    アメリカとソ連は、世界で1、2を争う軍事大国であり、お互いに時刻を攻めて
    来るのではないかという不信感を抱いていた。 そのため、相手よりも常に
    勝ろうと、核兵器の開発等を進めて行った。 その結果、核兵器で攻撃すれば、
    相手からも核兵器で反撃されるのかも知れないという緊張関係が生まれた。

    こうしたなか、キューバ危機が起き、核戦争が起きるかも知れないという
    危機感を東西両陣営共に抱いていた。

    【旧ユーゴスラビアは、東側陣営ながら、独自の路線を行った】
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    冷戦時代、アメリカとソ連は、西側と東側それぞれの中心ではあったが、
    それぞれの陣営に属する国々は、皆同じ考えであった訳ではない。 西側では、
    フランスが一時期NATO(北大西洋条約)を脱退し、西ドイツが、東ヨーロッパ
    との関係を改善する動きを見せたりと、独自の行動を取る事もあった。 東側
    でも、ソ連と中国が対立したりと、西側諸国、東側諸国共に、それぞれの中での
    対立が生じた。

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    アメリカにとっても、ソ連にとっても、冷戦が長引く事は負担になっていた。
    核兵器の開発や、見方の国々との関係を保つための費用を膨大に負担しな
    ければならず、アメリカ、ソ連共に、経済的に苦しい状態になっていた。

    この他、いくつもの要因が重なり、2つの超大国を中心とする冷戦は、次第に
    崩れて行った。 それを象徴する出来事が、1989年のベルリンの壁崩壊であり、
    1991年のソ連の崩壊だった。

    【お勧めの一冊】


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    これは、日ソ学院、現在の東京ロシア語学院の入学時に提出されられた作文のテーマ。 
    かれこれ25年以上も前の話であるため、当時は当然、ロシアではなく、ソ連であった。
    実は私は、この日ソ学院の最後の卒業生。 日ソ学院3年在学時に、ソ連が崩壊したため、
    卒業と同時に、学院の名前が『東京ロシア語学院』へと変更となった。 よって、
    『日ソ学院』と言う名称の学校は、ソ連と共にこの世からは消え去った。
     


    日本で、ロシア語を学んでいると、『どうして、ロシア語を始めたのですか?』という
    質問を頻繁にされるが、私の場合は、元々、ソ連ではなく、崩壊した旧ユーゴスラビアに
    興味があったため、ロシア語を始めたのだが、それはかれこれ32年も前のお話し。
    その当時に、何か起きたのか、覚えている人は、もう少ないのかも知れないが、84年は、
    サラエボオリンピックと、ロサンザルスオリンピックが開催された年。 その当時は、
    『冷戦』の真っ只中で、政治的にも東西陣営に真っ向対立しており、それが、そのまま
    スポーツの世界にも反映されていた。 その年に旧ユーゴで開催された、サラエボ
    オリンピックは、つつがなく終了したものの、その直後に開催された、ロサンゼルス
    オリンピックでは、東陣営の国々が多数ボイコットした大会となった。

    1980年に開催されたモスクワオリンピックでは、その前年に起きたソ連軍のアフガニスタン
    侵攻に抗議」という理由により、アメリカが西側諸国にボイコットを呼びかけた結果、
    日本や西ドイツ、韓国など多数の西側諸国が参加しなかった。 その報復として、
    東側諸国は、ロサンゼルス大会をボイコットし、当時の不参加国は、ソ連、東ドイツ、
    ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ブルガリア、ベトナム、モンゴル、北朝鮮、
    キューバ、エチオピア、アフガニスタン、アンゴラ、イランなどとなっている。 中国は
    中ソ対立以降、ソ連との関係が悪化してアメリカ側についたため、モスクワオリンピックは
    不参加、逆にロサンゼルスオリンピックには参加している。
     
    soviet

    冷戦、ベルリンの壁崩壊、チェルノブイリ原発事故、ソ連崩壊、北方領土ビザなし交流、
    ロシア通貨危機等々、全てリアルタイムで知っておりますが、最近の自称『ロシア通』達の
    劣化振りには残念を通り越して、ご愁傷様レベル。 単に興味があるのと、専門的な
    知識があるのとでは、全く別物であるため、常にアメリカのステレオタイプに惑わされない
    真実の目が必要。 ロシアを正確に見極めている人材は日本では相当稀であるため、
    ニセモノと本物の区別がありません。 これは、ロシア語に関しても同じ事が言えるため、
    やりたいのと、実際に出来る事は、全くの別物である事が良く分かります。

    尚、前述したサラエボオリンピックは私がロシア語を学び始める切っ掛けとなりましたが、
    その当時に、サラエボオリンピックでメインテーマソングを歌った、旧ユーゴの国民的歌手
    である、ヤドランカ・ストヤコヴィッチは、20年以上も日本に滞在をしていたため、友人と
    なりました。 強く望んでいれば、いつか願いは叶うと言う実例のようなお話。
     


    東西対立の時代、いわゆる、共産圏では、ロシア語とドイツ語が重宝されたのですが、
    時は流れて、今では東西問わずに英語が通じるようになりました。 一昔前までの
    ロシアでは、片言の英単語ですら一切通じなかったが、今では、観光地であれば、
    ある程度の英語が通じます。 特に、この10年間の経済成長は目を見張るものがあり、
    それに伴い、英語も格段に通じるようになりました。 ロシア語とドイツ語をを専門
    とした者としては、何とも寂しい限りですが、逆に、時代の波に取り残された日本の方が
    気になります。

    ロシア語を生業として、今年で丸25年、ロシア語を始めてからは、丸32年が経過し
    ましたが、これからも、ロシアからは目が離せない状況が続きそうです。

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    これは、日ソ学院、現在の東京ロシア語学院の入学時に提出されられた作文のテーマ。 
    かれこれ25年以上も前の話であるため、当時は当然、ロシアではなく、ソ連であった。
    実は私は、この日ソ学院の最後の卒業生。 日ソ学院3年在学時に、ソ連が崩壊したため、
    卒業と同時に、学院の名前が『東京ロシア語学院』へと変更となった。 よって、
    『日ソ学院』と言う名称の学校は、ソ連と共にこの世からは消え去った。
     


    日本で、ロシア語を学んでいると、『どうして、ロシア語を始めたのですか?』という
    質問を頻繁にされるが、私の場合は、元々、ソ連ではなく、崩壊した旧ユーゴスラビアに
    興味があったため、ロシア語を始めたのだが、それはかれこれ32年も前のお話し。
    その当時に、何か起きたのか、覚えている人は、もう少ないのかも知れないが、84年は、
    サラエボオリンピックと、ロサンザルスオリンピックが開催された年。 その当時は、
    『冷戦』の真っ只中で、政治的にも東西陣営に真っ向対立しており、それが、そのまま
    スポーツの世界にも反映されていた。 その年に旧ユーゴで開催された、サラエボ
    オリンピックは、つつがなく終了したものの、その直後に開催された、ロサンゼルス
    オリンピックでは、東陣営の国々が多数ボイコットした大会となった。

    1980年に開催されたモスクワオリンピックでは、その前年に起きたソ連軍のアフガニスタン
    侵攻に抗議」という理由により、アメリカが西側諸国にボイコットを呼びかけた結果、
    日本や西ドイツ、韓国など多数の西側諸国が参加しなかった。 その報復として、
    東側諸国は、ロサンゼルス大会をボイコットし、当時の不参加国は、ソ連、東ドイツ、
    ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ブルガリア、ベトナム、モンゴル、北朝鮮、
    キューバ、エチオピア、アフガニスタン、アンゴラ、イランなどとなっている。 中国は
    中ソ対立以降、ソ連との関係が悪化してアメリカ側についたため、モスクワオリンピックは
    不参加、逆にロサンゼルスオリンピックには参加している。
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    冷戦、ベルリンの壁崩壊、チェルノブイリ原発事故、ソ連崩壊、北方領土ビザなし交流、
    ロシア通貨危機等々、全てリアルタイムで知っておりますが、最近の自称『ロシア通』達の
    劣化振りには残念を通り越して、ご愁傷様レベル。 単に興味があるのと、専門的な
    知識があるのとでは、全く別物であるため、常にアメリカのステレオタイプに惑わされない
    真実の目が必要。 ロシアを正確に見極めている人材は日本では相当稀であるため、
    ニセモノと本物の区別がありません。 これは、ロシア語に関しても同じ事が言えるため、
    やりたいのと、実際に出来る事は、全くの別物である事が良く分かります。

    尚、前述したサラエボオリンピックは私がロシア語を学び始める切っ掛けとなりましたが、
    その当時に、サラエボオリンピックでメインテーマソングを歌った、旧ユーゴの国民的歌手
    である、ヤドランカ・ストヤコヴィッチは、20年以上も日本に滞在をしていたため、友人と
    なりました。 強く望んでいれば、いつか願いは叶うと言う実例のようなお話。
     


    東西対立の時代、いわゆる、共産圏では、ロシア語とドイツ語が重宝されたのですが、
    時は流れて、今では東西問わずに英語が通じるようになりました。 一昔前までのロシアでは、
    片言の英単語ですら一切通じなかったが、今では、観光地であれば、ある程度の英語が
    通じます。 特に、この10年間の経済成長は目を見張るものがあり、それに伴い、英語も
    格段に通じるようになりました。 ロシア語とドイツ語をを専門とした者としては、
    何とも寂しい限りですが、逆に、時代の波に取り残された日本の方が気になります。

    ロシア語を生業として、今年で丸25年、ロシア語を始めてからは、丸32年が経過しましたが、
    これからも、ロシアからは目が離せない状況が続きそうです。

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    アメリカのくびきからいつまで経っても脱出出来ない日本は、今でも戦後が終ってはいない。
    戦後自分の見方に付けた国々を全て『白痴』という状態にし、今最も横暴な政治を
    行っているのは、冷戦に勝利したアメリカ。
    2013123102410281d
    カナダ人は、基本的にアメリカが嫌いなため、アメリカが言い出した事に対して、真っ先に
    異を唱える国は、その大概においてカナダとなっているのだが、カナダに移民して来る
    人たちの中で、アメリカ人の割合がかなり高いという事も、日本では伝えてはいない。
    カナダとアメリカは、一見同じに見えるのだが、全く違うという点においては、ロシアと
    ウクライナとの関係に似ている。

    ドイツとオーストリアの関係も、これと似ているが、オーストリア人は、そこまで、ドイツが嫌い
    ではない。 隣同士の国は、大体どこも仲が悪いのだが、それは、似て非なるものを許せない
    ため。 日本とアメリカのように、全く似ても似つかないものであれば、諦めどころか、
    憧れに変わるのだが、日本と韓国のように、端から見ていると同じ、但し、中身は全く異なる
    場合は、『同属嫌悪』となるため、許せなくなる確率が大幅に上がると言える。

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    アメリカのくびきからいつまで経っても脱出出来ない日本は、今でも戦後が終ってはいない。
    戦後自分の見方に付けた国々を全て『白痴』という状態にし、今最も横暴な政治を
    行っているのは、冷戦に勝利したアメリカ。
    2013123102410281d
    カナダ人は、基本的にアメリカが嫌いなため、アメリカが言い出した事に対して、真っ先に
    異を唱える国は、その大概においてカナダとなっているのだが、カナダに移民して来る
    人たちの中で、アメリカ人の割合がかなり高いという事も、日本では伝えてはいない。
    カナダとアメリカは、一見同じに見えるのだが、全く違うという点においては、ロシアと
    ウクライナとの関係に似ている。

    ドイツとオーストリアの関係も、これと似ているが、オーストリア人は、そこまで、ドイツが嫌い
    ではない。 隣同士の国は、大体どこも仲が悪いのだが、それは、似て非なるものを許せない
    ため。 日本とアメリカのように、全く似ても似つかないものであれば、諦めどころか、
    憧れに変わるのだが、日本と韓国のように、端から見ていると同じ、但し、中身は全く異なる
    場合は、『同属嫌悪』となるため、許せなくなる確率が大幅に上がると言える。

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