東京通詞 ~多言語のススメ~

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    タグ:冬宮

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    ペテルブルグにある中心的な建物と言えば、海軍省を挙げることが出来るが、
    その金色の尖塔は、今日のペテルブルグの目抜き通り、ネフスキー大通り、
    ゴローホヴァヤ通り、ヴェズネセンスキー大通りから見える。 つまり、海軍本部の
    建物から放射線状に3本の大通りが三方に延びているのである。

    海軍本部は、1704年に海軍造船所として造られた。 造船所は、1844年に閉鎖
    されるまで、バルト海艦隊のために256隻の軍艦を建造した。 この造船所の
    背後に海軍本部の建物が出来た。 1802年に海軍本部は海軍省となり、これを
    機会に建築家ザハーロフの設計で改築が進められ、金色の尖塔を持つ建物が
    1923年に完成した。 海軍省の建物は、幅406mもある巨大なものであり、ロシア
    帝国にとっての海軍の特別な重要性を表している。 金色の尖塔は、ペテルブルグの
    都市のシンボルとなった。 海軍省の前の庭園は、アレクサンドル庭園と名付け
    られている。

    9081270

    海軍省の東隣に、ヴァシリエフスキー島への橋に通じる通りを挟んでそびえるのが、
    冬宮、現在のエルミタージュである。 薄緑色の美しい宮殿は、皇帝の宮殿である。
    現在のものは、最初から数えて5番目の冬宮である。 冬宮は、広い広場に面して
    正面玄関があり、2階部分が皇帝一家の居住部分となっていた。 玄関の上には、
    白の間があり、そのバルコニーから、皇帝が広場に集まる臣民に挨拶したのである。

    26051420

    冬宮前は、ペテルブルグ最大の広場となっており、広場の反対側は、弓なりに
    連なる建物であり、その中央部分にアーチがある。 アーチの上には、勝利の女神の
    女神ニケーの馬車が置かれている。 アーチの右側が本来の参謀本部で、現在も
    レニングラード軍管区令部がある。 アーチの左側は、大蔵省と外務省である。

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    1764年、エカテリーナ2世は、ベルリンで225点の絵画を買い付けた。
    オランダ、フランドル地方の画家の絵で、レンブラントの絵が多く含まれて
    いた。 この絵が運び込まれた冬宮の一部がエルミタージュ(隠れ家、草庵)と
    呼ばれるようになった。

    エカテリーナは、1764年から冬宮の隣に収集美術館を建設し始め、1975年に
    完成させた。 これが小エルミタージュと名付けられた。 1774年には、買い
    集めた絵の総枚数は、2080枚に達していたので、すぐに次の建設が始まった。

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    1987年には、河岸側に旧エルミタージュが建設された。 ここには、ルネッサンス
    期のイタリアの絵画が集められた。 レオナルド・ダ・ビンチの『聖母子像』は
    特に有名である。

    更に、エカテリーナは、1787年に旧エルミタージュの隣にエルミタージュ劇場を
    建設した。 設計者は、クヴァレンギである。 400人を収容する堂々たる劇場
    である。

    次のニコライ1世の時代、1839年に旧エルミタージュの内側に文字通り新しい
    美術館の建設が始められ、1952年に完成した。 レオ・フォン・クレンツェの
    設計した新エルミタージュである。 ここには、レンブラント・コレクション、
    ヴァン・ダイクやルーベンス等のオランダ・フランドル絵画もある。

    10025644

    新エルミタージュは1852年の完成と共に公開され、1866年には一層自由に見る事が
    出来るようになった。 冬宮は、二月革命後、臨時政府の建物となり、十月革命で
    革命派の兵士水兵に占拠された。 十月革命後、皇室所有の美術品は大貴族の
    宮殿から没収された美術品で更に膨大なものとなった。

    1922年エルミタージュは、冬宮の中にも拡張された。 今やエルミタージュは、
    市民に開放される美術館となったのである。 途中所蔵の絵画が西側に売り飛ば
    される時期もあったが、1946年、ついに冬宮全体がエルミタージュとなったので
    ある。 そして1948年、モスクワの資本家達が集めた現代西欧の絵画が運び
    込まれた。

    1311011

    旧冬宮の新しいスペースにモスクワの商人セルゲイ・シチューキンが集めた
    マチスの大作『踊る人』と『音楽』、それに青の時代のピカソの絵が展示された。
    シチューキンはフランスに亡命していたが、自分がソビエト政権に渡して来た
    コレクションについて、次のように語ったと記録されている。

    『私は自分のためではなく、それよりは自分の国のため、自分の国民のために
    収集したのである。 わが国に何があろうと、私のコレクションはあの地に残ら
    なければならない』

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