多言語のススメ ~ロシア・東欧情報~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

記事カテゴリーに CIS独立国家共同体(旧ソ連邦) 他を追加しました♪
    【プロフィール】
    旧ソ連・ロシア、オーストリア、カナダ、ベルギーに語学留学経験あり。
    1991年より、一貫して通訳・翻訳や海外営業等の語学専門職としての経験を
    積んでおり、英語、ロシア語、ドイツ語、フランス語他の多言語を扱う
    語学のプロ。 専門はロシア語⇔ドイツ語の通訳論、言語学、並びに心理学。
    詳細はLinkedInを参照。

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    タグ:全体主義

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    世間体ばかりを気にして、『良い人』を常に演じなければならない全体主義の
    日本では、本音と建前の乖離が激しい。 凄まじい人の場合だと、本音と建前が
    完全に反比例しており、全くの別人と言わざるを得ない。 いわゆる、二枚舌、
    あるいは、ダブルスタンダートと呼ばれているこの解離性は、人前でも堂々と
    ウソを付いても良いというお墨付きのようなもの。

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    本音と建前の解離性が少ない、あるいは、ない人の場合は、特に問題は
    ないのだが、この解離性が激しい人の場合は、ある種、二重人格とも言える
    ような病んでいる状態であるため、いつ何時、急にそのストレスが爆発する
    のかが分からない。

    このような事柄を避けるためには、多様性を認め、話し合いによって、何でも
    許し合える社会を構築をする必要性があるのだが、多様性を全く認めない
    全体主義社会では、答えは常に1つしか存在せず、個人の自由や意思は完全に
    無視して、全て同じ思想の人間ばかりを強制的に量産している。

    これらの事柄は、集団行動が否が応でも強要される、学校や職場等では特に
    端的に現れる。 人格形成を行う場である筈の学校では、いじめや判で押した
    ような画一的な思想の押し付けがまかり通っており、例え、教師であった
    としても、いじめの対象になり得るため、これら社会問題の根本的な解決には
    至ってはいない。

    ブラック企業に代表される悪徳経営者らによる人権侵害が近年社会問題化
    しているが、そもそも、学校においても、他者を批難しないように骨の髄まで
    教育されているため、理不尽な経営方針に対して、疑問を抱きながらも、
    ついつい従ってしまう人間が多くなっている。

    特にこのような場面では、本音と建前の解離性が進むのだが、ここで
    我慢せずに、ハッキリと本音を述べておけば、社会のためにもなるのだが、
    このようなことを平気で出来る人間は限られるため、そのような場合には、
    多少汚い建前、あるいは、より綺麗な本音を述べることをお勧めする。

    本音と建前の解離性が進んだ社会では、本音を隠して生きなければならないため、
    その苦痛感から逃れるために、視点を完全にずらしたお花畑な話題ばかりが軒を
    連ねるのだが、そのような会話は全く持って意味を成さない。

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    人間の深層心理として、多数派に属している方が安心感が得られるのは理解出来る
    ものの、おかしな集団に属して安心感を得るのは到底頂けない。 個人の思想を
    完全に無視して、他人を奴隷扱いして平気で居られるのは、封建時代の支配者だけで
    あり、現代社会においては、思想の自由が保障されていなければ、先進国とは到底
    言えない。 

    画一的な思想から逃れる方法としては、常にアンテナを張り巡らせて情報収集をし、
    更に、良い人を演じることを止めて、本音だけで生きることが一番なのだが、
    急に本音で語り出すと、周囲に衝撃が走るため、徐々に小出しに本音を述べる
    のはどうであろうか?

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    日本社会には、常に1つの道しか用意されてはおらず、そこから少しでも
    外れてしまうと、まともな人間とは見られない。 日本には民主主義が存在
    しないと言い切れるのは、正にこの点で、元々、何も選ぶ事が出来ない。
    強いて言うなれば、買い物の選択の自由はあるものの、自分の人生は選ぶ事が
    出来ない。

    現在の日本の生活水準は、30年前とほぼ同じであり、30年前は、右肩上がりで、
    先が明るかったが、今は、右肩下がりであるため、お先真っ暗。 責任を伴った
    言論の自由はなく、責任を伴わない言論の自由に一々足を引っ張られるため、
    一切何も先には進まず、むしろ、何もかもがマイナス。

    そう考えると、何もかもひとりで全てやってしまった方が、遥かに速いのだが、
    そういう考え方が出来ない人の場合は、周囲から足を引っ張られまくっている
    事にすら気付かず、漫然とした生活を送るしかない。 よって、世界を視野に
    入れたトップアスリートというものが、日本では育たない。 現在成功している
    アスリートは、ほぼ100%海外で生活をしているのを見ると、その事が良く分かる。

    日本は元々が村社会であるため、全体主義が社会を支配しており、その全体に
    入れなかった人の場合は、完全に村八分。 よって、死に物狂いで、その環の中に
    入る努力をしなければならないが、その努力自体が無意味であるため、最終的には、
    空虚な人生が待ち受けている。 日本の生活で、孤独感ばかりが募るのは、
    成りたい自分と現実の自分に余りにも差があり過ぎるため。 多様性を認めて
    いない社会であるため、そもそもの逃げ道が一切ない。

    日本社会の中で最も幸福な生き方は、一切何も考えずに、何でも他人のせいにして
    生きる事。 但し、このような大人ばかりが増え過ぎたため、誰も一切責任を
    取らずに、自分だけが良ければそれで良いという社会になった。 金儲けに
    ばかり血眼になっているバブルボケ世代の場合は、残りの余生を如何にして
    安全に逃げ切るかが争点となっているため、その下の世代を完全に食い潰して、
    自分達だけが生き残っている事すらも知らない。

    但し、最終的には、そのツケが自分の子供達に全て返って来るため、自分の
    子供すらみすみす不幸にしている事にすら全く気付かず。 知らぬ存ぜぬを
    押し通し過ぎているため、一切何もない事になっており、裸の王様と同じ
    虚しさが漂っているのが日本社会。 それに気付いてしまったとしても、その事を
    口に出す事すら憚られる社会であるため、精神的に病んでいる人間が非常に多い。

    何も変わらない方が楽で良いのは理解出来るが、そのような人間ばかりが
    集まっているため、既に社会全体が没落気味。 それでも、そのような社会に
    必死でしがみついて生きて行かなければならないため、既に沈み掛かっている
    泥船の上での生活は、苦痛極まりなし。

    バブル崩壊後の失われた25年の間に、人材の崩壊が進んだため、我々の世代は、
    この先、日本が増々勢いを増して没落して行くのをこの目で見なければならない
    という、絶望感しかない。

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    日本社会には、そもそも、この社会は自分達ひとりひとりが作り上げている
    という意識がないため、自分だけ良ければそれで良いという考えの人間が
    極端に多い。 悲観的なのは、現実をまともに見ているためであり、それは
    それで良しとして、それすら理解出来ていない人がそばに居るだけで、増々
    孤独感が増すばかり。

    個人的には、ひとりで居る方が好きなので、孤独感があったとしても、全く
    気にはならないが、むしろ、大勢で居る事に苦痛を感じるため、全体主義を
    押し付けられるのには、耐えられない。

    日本社会が一切何も変わらないのは、ひとりひとりが声を上げないからだと
    一体いつ気付くものやら。 この日本社会を作り上げているのは、自分自身。
    国民ひとりひとりが変わらない限り、この日本社会は何も変わらない。

    【お勧めの一冊】


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    渋谷と銀座では、週に2~3回程度、必ずデモを行っているが、その中心は、『反原発』と
    『戦争法案反対』。 東京に住んでいると、東日本大震災は、既になかった事になっており、
    たまに関心がある人が居たとしても、被災地=福島にしかなっておらず、全く現実を見ずに、
    明後日の方向へ向かってデモをしているため、全く話が先に進まない。 結局のところ、
    東京へは、地方からの正確な情報が全く入って来てはいないのと、戦争に関しても、
    目に見えて残っているものが一切なく、妄想ばかりが膨らんで、自分の言いたい事しか
    言わないため、全くもってラチが空かない。 更には、威圧的な広告や不要な情報に
    押し流されて、何が真実すら分からなくなっており、デマやウソが多過ぎるため、ウソと
    現実の区別がなくなっている。 特に、首都圏のメディアは、デマ、ウソ、間違いを平気で
    垂れ流しているため、かなり有害なレベル。



    日本では、自分の発言や行動には必ず責任が伴うという感覚が一切ないため、何でも
    言いたい放題、やりたい放題やった後に、何もかも知らんぷりされるため、デモに参加
    したところで、特に何も変わりはしない。 むしろ、無責任な人間に限って、『言論の自由』を
    振りかざしてくるため、更に始末が悪い。 日本では、中間の意見を取って、一番下に
    合わせるというのが習わしとなっているため、結局、良い意見が出て来たところで、下の
    意見にかき消されて、何もなかった事にされてオシマイ。 何でも言いたい放題、やりたい
    放題やった後に、責任を取らないのは、民主主義とは言わないため、責任を取らない
    のであれば、余計な口ばしを突っ込まずに、黙っているべきだが、それを民主主義と
    勘違いしている人間が多いため、日本ではこの先も特に何も変わらない。

    0424-01

    そもそも、日本は、完全に『全体主義』の国であるため、民主主義が存在した事すらないと
    気付いていない人間が多い。 全体主義の特徴としては、どうでも良い時には、規則や
    決まり事に縛られるが、イザという時には、見捨てられるという特徴がある。 東日本
    大震災で被災した沿岸部を見たくないという人も多々居るが、ここで何もかもなかった
    事にすると、東京のような一切何も感じられない無意味な街になる。 大量消費社会を
    維持するためには、国民はバカでなければならないというのを地で行っているのが
    日本とアメリカ。 他の国の場合は、もっと自分達の頭で考えて行動をしているが、特に
    何も考えていない人達の場合は、全て感情だけで話しをしているため、事実を無視
    している。

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    最近、『そうだデモに行こう!』というキャッチフレーズを時々目にするが、そのような
    場当たり的な思い付きでデモに参加したところで、特に意味はないため、自分の意見を
    ハッキリと言えるようになってからデモに参加すべき。 そうでなければ、デマやウソに
    完全に洗脳されて帰って来るだけであるため、無意味を通り越して、有害。 『反原発』も
    『戦争法案反対』も自分達に都合の良い話しかしていないため、妄想ばかりが膨らむ
    ばかり。

    特に、日本の若者に対しては、日本の大学に進学をすると、必ず洗脳されてしまうため、
    学費が無料なドイツやフランスの大学に進学する事をオススメします。 日本やアメリカの
    大学は、単なる金儲けの場に過ぎないのと、その教育レベルも異常に低いため、行った
    ところで、学生ローンという借金地獄に叩き落とされ、その後は、ブラック企業で一生
    こき使われる人生しか残っていない。 まともな生活をしたければ、外国語を習得して、
    日本からは出て行くべし。

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    渋谷と銀座では、週に2~3回程度、必ずデモを行っているが、その中心は、『反原発』と
    『戦争法案反対』。 東京に住んでいると、東日本大震災は、既になかった事になって
    おり、たまに関心がある人が居たとしても、被災地=福島にしかなっておらず、全く
    現実を見ずに、明後日の方向へ向かってデモをしているため、全く話が先に進まない。

    結局のところ、東京へは、地方からの正確な情報が全く入って来てはいないのと、
    戦争に関しても、目に見えて残っているものが一切なく、妄想ばかりが膨らんで、自分の
    言いたい事しか言わないため、全くもってラチが空かない。 更には、威圧的な広告や
    情報に押し流されて、何が真実すら分からなくなっており、デマやウソが多過ぎるため、
    ウソと現実の区別がなくなっている。 特に、首都圏のメディアは、デマ、ウソ、間違いを
    平気で垂れ流しているため、かなり有害なレベル。


     
    日本では、自分の発言や行動には必ず責任が伴うという感覚が一切ないため、何でも
    言いたい放題、やりたい放題やった後に、何もかも知らんぷりされるため、デモに参加
    したところで、特に何も変わりはしない。 むしろ、無責任な人間に限って、『言論の自由』を
    振りかざしてくるため、始末が悪い。 日本では、中間の意見を取って、一番下に合わせる
    というのが習わしとなっているため、結局、良い意見が出て来たところで、下の意見に
    かき消されて、何もなかった事にされてオシマイ。 何でも言いたい放題、やりたい放題
    やった後に、責任を取らないのは、民主主義とは言わないため、責任を取らないので
    あれば、黙っているべきだが、それを民主主義と勘違いしている人間が多いため、
    日本ではこの先にも何も変わらない。
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    そもそも、日本は、完全に『全体主義』の国であるため、民主主義が存在した事すらないと
    気付いていない人間が多い。 全体主義の特徴としては、どうでも良い時には、規則や
    決まりに縛られれるが、イザという時には、見捨てられるという特徴がある。 東日本
    大震災で被災した沿岸部を見たくないという人も多々居るが、ここで何もかもなかった事に
    すると、東京のような一切何も感じられない無意味な街になります。 大量消費社会を
    維持するためには、国民はバカでなければならないというのを地で行っているのが日本と
    アメリカです。 他の国の場合は、もっと自分達の頭で考えて行動をしていますが、特に
    何も考えていない人達の場合は、全て感情だけで話しをしているため、事実を無視して
    います。
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    最近、『そうだデモに行こう!』というキャッチフレーズを時々目にしますが、そのような
    場当たり的な思いつきでデモに参加したところで、意味はないため、自分の意見をハッキリと
    言えるようになってからデモに参加すべきです。 そうでなければ、デマやウソに洗脳されて
    帰って来るだけであるため、無意味を通り越して、有害です。 『反原発』も『戦争法案反対』も
    自分達に都合の良い話しかしていないため、妄想ばかりが膨らむばかり。 特に、日本の
    若者に対しては、日本の大学に進学をすると、必ず洗脳されてしまうため、学費が無料な
    ドイツやフランスの大学に進学する事をオススメします。 日本やアメリカの大学は、
    単なる金儲けの場に過ぎないのと、その教育レベルも異常に低いため、行ったところで、
    学生ローンという借金地獄に叩き落とされ、その後は、ブラック企業に一生こき使われる
    人生しか残っておりません。 まともな生活をしたければ、外国語を習得して、日本からは
    出て行くべきです。

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    日本社会には、常に1つの道しか用意されてはおらず、そこから少しでも外れて
    しまうと、まともな人間とはみなされない。 日本には、そもそも民主主義が存在
    しなていないと言い切れるのは、正にこの点で、自分では、ほぼ何も選ぶ事が
    出来ない。 強いて言うならば、買い物の選択の自由はあるものの、自分の人生は
    選ぶ事が出来ない。

    現在の日本の生活水準は、30年前とほぼ同じであり、30年前は、右肩上がりで、
    先が明るかったが、今は、右肩下がりの停滞期であるため、お先真っ暗。 責任を
    伴った言論の自由はなく、責任を伴わない言論の自由に一々足を引っ張られるため、
    一切話が先には進まず、むしろ、何もかもがマイナス。

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    そう考えると、何もかもひとりで全てやってしまった方が、遥かに速いのだが、そういう
    考え方が出来ない人の場合は、周囲から足を引っ張られまくっている事にすら気付かず、
    漫然とした生活を送るしかない。 よって、世界を視野に入れたトップアスリートという
    ものが、日本ではまるで育たない。 現在成功しているアスリートは、ほぼ100%海外で
    生活をしているところを見ると、その事が良く分かる。

    日本は、元々が村社会であるため、全体主義が社会を完全に支配しており、その全体の
    中に入れなかった人の場合は、完全に村八分扱い。 よって、死に物狂いで、その環の
    中に入る努力をしなければならないが、その努力自体が無意味であるため、最終的には、
    空虚な人生が待ち受けている。 日本の生活で、孤独感ばかりが募るのは、成りたい
    自分と現実の自分に余りにも差があり過ぎるため。 多様性を認めていない社会である
    ため、そもそも逃げ場がない。

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    日本社会の中で最も幸福な生き方は、一切何も考えずに、何でも他人のせいにして
    生きる事。 但し、このような大人ばかりが増え過ぎたため、誰も一切責任を取らずに、
    自分だけが良ければそれで良いという社会になった。 金儲けにばかり血眼になって
    いるバブルボケ世代の場合は、残りの余生を如何にして安全に逃げ切るかが争点と
    なっているため、その下の世代を完全に食い潰して、自分達だけが泥船の上で生き
    残っている事すらも知らない。 但し、最終的には、そのツケが自分の子供達に全て
    返って来るため、自分の子供すら完全に不幸にしている事にすら気付かず。 知らぬ
    存ぜぬを押し通しているため、不都合な事は、一切何もない事になっているため、
    裸の王様と同じ虚しさが漂っているのが日本社会。 それに気付いてしまったとしても、
    その事を口に出す事すら憚られる社会であるため、精神的に病んでいる人間が
    非常に多い。
     
    c1zik5zj

    何も変わらない方が楽で良いのは理解出来るが、そのような人間ばかりがより集まって
    いるため、既に社会全体が没落気味。 それでも、そのような社会に必死でしがみついて
    生きて行かなければならないため、既に沈み掛かっている泥船の上での生活は、苦痛
    極まりなし。 バブル崩壊後の失われた25年の間に、人材の崩壊が進んだため、我々の
    世代は、この先、日本が増々勢いを増して没落して行くのをこの目でしっかりと見なければ
    ならないという、絶望感しかない。

    この社会は、自分達ひとりひとりが作り上げているものだが、そのような意識がまるで
    ないため、自分だけ良ければそれで良しという考えの人間が極端に多い。 悲観的なのは、
    現実をまともに見ているためであり、それはそれで良しとして、それすら理解出来ていない
    人がそばに居るだけで、増々孤独感が増すばかり。 個人的には、ひとりで居る方が好き
    なので、孤独感があったとしても、全く気にはならないが、むしろ、大勢で居る事に苦痛を
    感じるため、全体主義を押し付けられるのには、耐えられない。

    日本社会が一切何も変わらないのは、ひとりひとりが声を上げないためで、間違った
    方向へ行ったとしても、抑止力が効かない。 この日本社会を作り上げているのは、
    自分自身。 国民ひとりひとりが変わらない限り、この日本社会は何も変わらない。

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    最近では、日本のメディアでも度々報道をされるようになったウクライナ。 但し、
    100%欧米寄りの偏った報道ばかりが取り上げられており、実際のウクライナの
    姿は報道されず。 ウクライナは、旧ソ連邦構成諸国の中でも、ロシアに次ぐ国力を
    誇っていましたが、元々は、ソ連から独自に独立を目指した国ではなく、ロシアが
    ソ連から独立を果たすための産物に過ぎませんでした。

    1991年12月に、ソ連邦は崩壊しましたが、その直接の原因は、エストニア・ラトビア・
    リトアニアのバルト3国が独立要求したところから始まり、次いで、当時ロシア
    大統領であった、ボリス・エリツィン氏が、ウクライナとベラルーシを道ずれにして、
    『スラブ同盟』の名の下、ロシアのソ連からの独立を宣言したため、ソ連の崩壊が
    決まりました。



    『ウクライナ』は、ロシア語では、『地方』や『田舎』を意味しますが、ウクライナでは、
    『国』を表します。 ロシア発祥の地は、ウクライナであり、元々、ロシアとウクライナと
    ベラルーシは、同じ『ルーシ』という国でした。 その後、モンゴルに首都のキエフを
    滅ぼされて、モンゴルの支配下になったのが、現在のロシア。 ポーランド、
    リトアニアの支配下になったのが、現在のウクライナとベラルーシ。

    ウクライナは、歴史的にもロシアよりも遥かに古く、ポーランドから独立を果たす際に、
    先にモンゴル支配から抜け出した、同じ正教の国のモスクワ公国(現在のロシア)に
    助けを求め、その際に、国ごと乗っ取られたという歴史があるため、ウクライナ人には、
    この意識が強く現れており、似て非なる点が争いの元となっています。



    ソ連時代のロシアとウクライナの国境は、実際のところ、日本で言うところの県境程度の
    認識であり、旅券を持たずに自由に行き来出来る単なる線に過ぎなかったが、その後、
    ウクライナは、自分の国の独自の『アイデンティティー』を求め過ぎて、過度に『国粋主義』
    寄りに傾きました。 ロシア語の禁止、ウクライナ語の強要は、その最たるもの。

    ウクライナをはじめとする、旧東欧圏では、一昔前までは、そこまで外国人に対して、
    差別的な言動はありませんでしたが、今では、明らかにウクライナ人ではない人の
    場合は、差別の対象となってしまいます。 ウクライナ人全員ではありませんが、
    そういう人たちがかなり増えたのは、事実です。

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    アメリカやカナダ等の北米に長年住んでいるウクライナ系住民たちは、ロシアに対して、
    並々ならぬ恨みを抱いているため、それが、今回の内戦に入って来た事で、更に
    事態が悪化しました。

    西側のように、常に文句や不満を吐き出していれば、何か起きたとしても、ある程度の
    歯止めが利きますが、東側は、『全体主義』であるため、常に我慢を強いられる社会と
    なっており、それがひとたび爆発すると、歯止めが掛かりません。 個人的見解としては、
    ガスパイプライン問題をはじめ、ウクライナほど、周辺諸国に迷惑を掛けている国は
    まずないのと、今後も新興財閥『オリガルヒ』による支配が続くのであれば、ウクライナを
    救済する意味はないため、一度デフォルトして、完全にゼロからやり直すべきだと
    思います。

    旧ソ連時代と比較して、ウクライナは、物質的には豊かになりましたが、心はかなり
    貧困化したと思います。

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    民主主義の国、フランスにおいては、かなり過激な発言を行ったとしても、『言論の自由』が
    保障され、首都であるパリの人口をも大幅に上回るデモ参加者で広場が溢れかえるが、
    その対極を行く、極東のみずほの国においては、かなり控えめな表現で自己主張をした
    としても、全て発信者側の責任として処理され、受け取り手側には一切何の責任も生じない
    どころか、むしろ、クレームを言った者が全て『勝者』とされるため、モンスター・クレーマー
    だらけの歪な社会となっている。

    20090823_644581

    みずほの国での賢い生き抜き方としては、人前で、自分の考えを一切述べない、または、
    更に進んで、自分の考えを一切持たない事が最善の策なのだが、その反動なのか、
    晩年に権力、並びに、財力を得てからの社会でのふんぞり返り方は、世界でも類を見ない
    ぐらいに酷いものとなっており、今となっては、お金さえ所持していれば、情報規制も
    お手の物。 財力に物を言わせて、大手メディアを買収してしまえば、何をどうしようが、
    国民からは文句のひとつも言われない(正確に言うと、言わせない)ため、何でもやりたい
    放題となっている。 正に、地獄の沙汰も金次第となっている。

    民主主義国家においては、個人が様々な意見を出し合い、相手を尊重しつつ、お互いが
    共存する方法を模索するのが、社会のルールであるにも関わらず、絶対権力の支配下に
    置かれている、みずほの国では、既に、お互いを監視し、意見すら全く言わせない
    『恐怖支配社会』にまで落ちぶれ果てている。 自分の意見を人前で発表するのは、
    『非国民』であるとされるのは、大昔からのみずほの国のしきたりであるため、古式ゆかしき
    伝統に則り、グー音も出ない程に感情にものを言わせた、『わび・さび』とやらをを無意味に
    振りかざしては、自分の絶対支配下に相手を置かないと気が済まないのが、この国の民。

    これらに対する賢い対処方法としては、一切相手にしないのが、寛容かと存じます。
    フランスとみずほの国を足して2で割ると、世界でも稀に見る理想的な国家が誕生するの
    かも知れない。

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    いわゆる、『物質的に豊かな国』に住む、『心の貧しい人たち』が、そのようになってしまう
    理由を長年考えていたのだが、やはり、『商業第一主義』で、不必要な宣伝や、無意味で
    大量の情報に埋もれて、意図的に余り周囲と関わり合いを持たないようにするため、
    結果的は、防衛本能として、そうなるのだという結論に達した。 ドイツにもそういう部分が
    多々あるため、移住先としては、余り行きたくはないと思っていたのだが、その理由が、
    実は、これであった事につい最近気付いた。 日本は完全なる『全体主義』、ドイツは、
    基本的には、『個人主義』であるものの、『全体主義』も色濃く感じられる、世界的に見て、
    かなり特殊な国だと思う。 ロシアも日本と同じ、完全なる『全体主義』だが、『人情』と言う
    意味では、ロシア人の方が、日本人よりも、数段まし。
    500_10722033
    バーチャルではない実生活においては、共通点の少ない人間とは、ハッキリ言って、全く
    付き合わないため、私の身の回りには、『極右』やら、『ヘイトスピーチ』をしている人間は、
    ひとりも居ないのだが、Facebookを見ていると、そういう人たちが大勢居るため、見ている
    だけで、心が非常にすさむ。 物の豊かな国に住む、心の貧しい人たちと、物質的に貧しく
    ても、心の豊かな国に住んでいる人では、どちらがより幸福なのだろうか?
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    内閣府「国民生活に望む世論調査
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    日本は、物質的豊かさの分野別順位では、調査国31カ国中、21 位となっている。 日本の
    子どもたちの物質的な豊かさは、31カ国の平均値よりも下回っており、所得貧困と物質的
    剝奪のいずれの構成要素においても、日本は中央値には達していない。

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    『愛国心』とは、一見よさげな響きがあり、平常時においては、特に悪さも起こさず、
    むしろ、良いものとして扱われますが、非常時においては、かなり危険なものへと
    変貌を遂げます。

    主に、多数派に属している人間が、少数派への迫害、差別を行う際にも公然と
    用いられるため、これさえあれば、何をしでかしても大丈夫と言う、いわば、
    水戸黄門の印籠状態。 単に、『その国が闇雲に好き』という安易な理由により、

    これに異を唱えると、有無を言わさず、非国民扱い。 最近では、それが更に
    エスカレートし、日本人であったとしても、朝鮮人、或いは、中国人扱いも平気で
    されるようになりました。


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    実際のところ、自分が好きなものを相手に対して、無理やり押し付けているだけあり、
    本来、自分が生まれ育った場所を愛さなければならない義務はありません。 よって、
    『愛国者』と自称する人たちは、自分と似たような考え方の人間とばかり固まり、逆に、
    異なる意見を受け入れず、更に酷い時には、意見の合わない人たちを攻撃します。
    見方によっては、『自己を正当化するための盾』、または、『異論者を攻撃するための
    諸刃の剣』とも解釈出来、そもそも、本当にその国の事が好きなのであれば、素直に
    現実を受け入れて、解決策を見つけるべきところを、この『愛国心』なるものが、
    邪魔立てをしているため、何も見えません。


    いわば、『愛は盲目』とも言えるのですが、恋愛においても、余りにも度が過ぎると、
    『ストーカー』へと容易に変貌するのと同じで、愛国者を警察に訴えても、相談には
    乗ってくれません。 恋愛とは本来、相手の嫌な部分もひっくるめて、全体的に好きと
    なる筈が、愛国心ばかりが強い人には、その国の悪い部分は一切見えず、むしろ、
    悪いのは、自分とは異なる人たちという、非常に安易な結論へと至るため、そこから
    更に、愛国心→自己愛へと変貌を遂げ、単に、その国の悪いところを否定している
    だけなのにも関わらず、あたかも、自分が攻撃されているという妄想を抱くに至ります。


    極端なうぬぼれと自己中心性を持つ人間を『ナルシスト』と呼ぶが、そこから更に
    変貌を遂げると、今度は、『自己愛性パーソナリティー障害』に変わります。 自分は
    優れていて素晴らしく特別で偉大な存在でなければならないと思い込む癖があり、
    更には、他者を攻撃するに至りますが、これがイジメの原因です。 愛国心は、
    容易に『ファシズム』へと変わります。 このファシズムは、全体主義の国では、
    避けては通れない社会現象で、政府が国民を利用しようとする際に、最も重宝
    されるのが、この『愛国心』です。 その理由は、国を愛しているのであれば、
    何をしても許されるため。


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    下の画像を見て頂くと一目瞭然なのだが、日本では、上の方だけで、お金の奪い合いを
    しているため、結局は、一般市民レベルまで、お金が落ちて来ない。 政治家は、適当に
    保身だけしていれば、後は安泰となっており、あえて危険を犯してまで何かを変えなくても、
    適当にお茶を濁して、辞職にさえ追い込まれなければ、国民は、二の次三の次。

    その政治家に寄生をしている大企業の資産家たちも、自分たちの保身ばかりを考えて
    いるため、結局は、経済の血流とも言える、お金が市場に回らなくなった。 国民には、
    まともな情報すら与えず、各々の立場で、同じような思想の人間たちが固まり、対立して
    いるだけとなっており、協力どころか、お互いに足の引っ張り合いしかないため、結局は、
    社会が一切何も変わらない。

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    今の日本では、0か100、右か左かの極端な考え方が支配的になっているため、相手を
    決して認めず、盲目的な意見で相手を攻撃しているだけであるため、結局は、政治家の
    思う壺。

    平時は、『全体主義』を当然のように押し付けて来るが、肝心な時には、無視されるか、
    逆に、攻撃されるかの何れかしかないため、結局のところ、日本人は一切頼りに
    しないのが、一番賢い道とも言える。

    但し、全員が全員そうとも限らないため、結局は、付き合う人間を選ぶべきなのかも
    知れない。

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    日本では、仕事をする際に、徹底して『ホウレンソウ』が刷り込まれているのだが、
    これを世界レベルに水平展開出来るのかと言えば、まず無理と言える。 その
    理由は、国民のそれぞれの常識水準がバラバラであるため、Aと言われたことに
    対する反応が、1にも2にも3にもなり得る、つまり、答えは一つではないという事が、
    裏目に出てしまう事が多くなるため、このような事を未然に防ぐために、アメリカでは
    マニュアル文化が非常に発達した。

    アメリカでは、技術のぶれがないように機械化を進め、どこでも同じ味の
    スターバックスが味わえるが、それは、労働者個々のブレが極力少なくなるための
    秘策とも言える。 更に、従業員に対しては、マニュアルを用いて徹底的に社員
    教育を行い、一定の質のサービスを維持している。

    日本では、『ホウレンソウ』が骨の髄まで染み渡っているため、極論すれば、社員
    教育等がなくても学校教育や日常生活を通じて基本が出来ているため、
    『習うよりも慣れろ』の精神に則り、多少強引ではあるが、即戦力にはなりやすい。
     
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    では、マニュアルに書いていない『意地悪』を日本と北米でするとどうなるのか?
    北米の場合は、従業員がアドリブを効かせて、気の利いたことをしてくれることが
    往々にあるのだが、それは個人の判断に寄るところが大きく、常日頃から自分の
    意見を口に出しているがゆえの判断力の賜物とも言える。

    一方の日本は、ある一定レベルまでは完璧なものの、そこから一歩でも外れると、
    途端に訳が分からなくなり、対応出来なくなる事が実は多い。 敷かれているレールの
    上では、能力以上の仕事ぶりを発揮するものの、それ以外では、むしろマイナス。
    これは、応用力等一切問われない学校での『詰め込み教育』の賜物とも言える。 

    そもそも、日本の協調性とは、高いところに合わせるのではなく、低いところに全て
    合わせるため、やる気のない人間には打って付け、やる気のある人間には、地獄と
    なっている。 この国の一番ダメなところは、上のレベルの人たちを寄ってたかって
    引き釣り下ろしているため、単に足の引っ張り合いになっているところ。

    最近では、この『協調性』が余りにも勢力を増したため、既に『全体主義』の域にまで
    達しているのだが、 あくまでも、他者と違う事を極端に嫌う民族性であるが故、
    更には、それを他人にまで無理やりゴリ押しし、自分を常にその中心に置いて、
    安心するという妙な空気すら漂っているため、一言で分かりやすく日本社会を説明
    すると、『物の豊かな北朝鮮』とも言えるのかも知れない。

    元々、ひとりひとりの考えや行動が異なるのは、むしろ、自然な事であるため、
    それを無理やり他者にまで押し付けるのは、やはり、全体主義と言わざるをえない。

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