仙台市泉区の南光台小は東日本大震災で校舎が大きな被害を受け、全面的に
使用出来なくなった。 近隣に児童772人を収容出来るような施設はなく、
子どもたちは3カ所に分かれて学校生活を送る。 学校はボランティアや
地域の人たち、保護者らの協力を得ながら、教育環境を少しでも整えようと
工夫を凝らす。

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学校で何が 分散授業(仙台・南光台小)
出典:河北新報 2011年7月7日

南光台小は地震で、校舎と体育館の壁や柱に亀裂が入り、校庭も地割れした。
1週間後の応急危険度診断では『危険』の判定を受けた。 1年生4学級は入学以来、
学校に隣接する南光台コミュニティ・センター多目的室で授業を受ける。
段ボールで四つに仕切った空間が『教室』だ。 他の学級の声や音が漏れ、
先生の声が聞きにくかったり、児童の集中力を妨げたりもする。

『こうするときれいに貼れるね』。 2011年7月4日、1年4組の図工の授業で、
宮城学院女子大4年の柳内亜希子さん(22)がテープやはさみの使い方を
子どもたちに教えた。

柳内さんは同大の災害復興ボランティア。 大学側が協力を申し出て支援に
当たっている。 落ち着かない状況の中で、学習につまずかないようにする
のが役目だ。 先生の声が児童に届いているかどうかを確認し、学習を手助け
する。

1年生の学年主任の五十嵐深和子教諭(53)は『普通の学校で出来ることは、
ここでもする。 不自由さの克服を、子どもの自信につなげたい』と強調する。
新学期は市内の他の小学校より4日遅い4月15日に始まった。 当初は近くの
学校や公共施設4カ所に分散。 5月23日からは1年生がコミュニティ・センター、
2~4年生が南光台中、5、6年が八乙女中に間借りしている。

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教員は、原則として担任する学年が利用する施設に通勤する。 全員がそろう
のは週2回の打ち合わせの時だけ。 飯塚巌校長と教頭、養護教諭が1日2回以上、
3カ所を巡回し、配布物を届けるとともに、子どもたちの様子の把握に努める。

授業とともに、学校行事でも苦労する。 新学期が始まってから全校児童が一堂に
会したのは、5月21日の運動会しかない。 学校には久々に児童の歓声が戻ったが、
校庭の補修が終わったのは運動会の3日前だった。 玉入れ、綱引きなど事前練習の
要らない種目が中心となった。

4月23日の授業参観では、保護者に負担がかかった。 きょうだいが通う家庭では、
授業中に離れた施設の間を移動せざるを得なかった。 6年生の息子と3年生の娘の
母親(39)は『南光台中から八乙女中への移動で10分かかり、最後の5分しか
見られなかった』と言う。 学校はこのため、7月中旬の授業参観は、施設ごとに
実施日をずらすことを決めた。

子どもたちの環境を良くしようと、懸命の努力が続く。 学校は校舎の図書室から
持ち出した数十冊を段ボール箱に並べ、各施設の教室の近くに置いた。 教員が
定期的に本を入れ替える。

離れた施設に通う児童の安全を確保するため、登下校の時間には、地域の人たちが
通学路に立って子どもたちを見守り、学年を確認しながら誘導に当たっている。
分散しての授業は、校庭にプレハブ校舎が完成する11月まで続く見通しだ。
損壊した校舎について、地域住民や保護者らは建て替えを要望しているが、学校に
よると、補修か建て替えかの結論は出ていないという。

飯塚校長は『児童を含め、多くの協力があって学校生活が送れている』と感謝し
つつ、『早く全学年がそろって授業をしたい』と本来の姿に戻ることを待ち望む。

【お勧めの一冊】


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