近代化に伴ってヨーロッパでは、領土や貿易をめぐる対立が激化していた。
この対立が戦争になりかねないことを見て取ったヴェルヘルム2世は、1888年、
権力の座に就くと、強力、かつ、近代的な海軍の組織作りを命じた。 既に、
ドイツ、オーストリア、イタリアは三国同盟を結んでおり、戦争になれば協力する
ことで合意していた。 また、ドイツの戦力を恐れたロシア、フランス、イギリスは
後に三国協商を結成、この2つの対立するブロックは、それぞれ軍隊を整備し、
全ヨーロッパを巻き込む戦争に備えた。

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1914年6月、オーストリア皇太子が、ヨーロッパ南東のセルビアで暗殺されるという
事件が起きる。 これに対してオーストリアは、セルビアに宣戦布告をした。
一方、セルビアはロシアの同盟国であったので、三国協商の国々はセルビア救済の
ために軍隊を終結した。 ドイツもオーストリアとの同盟の下、戦時体制を敷き、
8月、ヴィルヘルム2世はフランスへの進軍を命じた。 こうしてヨーロッパの
国々の対立は、第一次世界大戦(1914~1918年)へと広がって行った。

ドイツは東部戦線でロシアを破るなど、初めは優勢であった。 ところが、
1917年にはアメリカがイギリスなど連合国側に参加する。 また、北フランスでも
ドイツはイギリス、フランス、アメリカとにらみ合っていたが、海上封鎖を受け、
ヴィルヘルム2世下の軍隊にとって、次第に形勢は不利になって行った。 こうして
1918年11月、ドイツは遂に降伏した。

これに対し政府の政策や上官の命令に不満を抱いていたドイツの労働者や軍人達は、
国中で暴動を引き起こした。 このためヴィルヘルム2世は退位を迫られ、
社会民主党は新しい民主的な政府の設立を宣言することになる。 ヴェルサイユ条約
(第一次世界大戦後の講和条約)の下、ドイツはアルザス・ロレーヌをフランスに
返還、プロイセンの大部分をポーランドに割譲することを余儀なくされた。 また、
連合国はドイツに多額の賠償金を要求し、ラインラントとザール地方を占領し、
産業を摂取した。

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