多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

世界80言語対応の『多言語翻訳GoWest』を運営しています。 お見積もりはお気軽に『お問い合わせ』からお願い致します (^-^)b 『我孫子ゲストハウス』の運営も行っております。



    ブログランキングに参加していますので、クリックをお願いします!
    I’m participating in blog ranking, please click the following buttons!
    Je participe au classement des blogs, veuillez cliquer sur les boutons suivants !
    Ich nehme am Blog-Ranking teil. Bitte klicken Sie die folgenden Schaltflächen!
    Я участвую в рейтинге блогов, пожалуйста, нажмите на следующие кнопки!
    にほんブログ村 外国語ブログへ
    にほんブログ村
    人気ブログランキング

    タグ:ロシア正教

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    ロシアのクリスマスをロシア正教総本山で
    ロシアのクリスマスは、西洋とは異なり、旧暦の1月7日に祝うこととなって
    います。 わざわざその日を選んで、ロシア正教の総本山、セルギエフ・ポサード
    (旧名ザゴールスク)へとやって参りました。 セルギエフ・ポサードへ
    行くためには、モスクワの地下鉄の中でも最も美しいと言われている、
    コムソモーリスカヤ駅で乗り換えが必要となり、レニングラード駅のすぐ隣りに
    ある、シベリア鉄道の始発駅、ヤロスラブリ駅からは電車で1時間程の距離です。
    至聖三者聖セルギイ大修道院は、現在は、ユネスコの世界遺産にも指定されており、
    年間を通じて、訪れる参拝者が非常に多い場所です。

    コムソモーリスカヤ駅
    IMG_3567

    IMG_3569

    ヤロスラブリ駅
    IMG_3570

    IMG_3571

    IMG_3572

    IMG_3573

    ロシア正教総本山へは、ヤロスラブリ駅から
    ロシアのそれぞれのターミナル駅の名前は、フランスと同じで、終着都市が
    駅名となっているため、サンクト・ペテルブルグ(旧名レニングラード)へ行く
    場合は、レニングラード駅、ウラジオストックやシベリア方面へ行く場合は、
    このヤロスラブリ駅が始発駅となります。 因みに、サンクト・ペテルブルグは、
    都市名はソ連からの独立時に変更されましたが、州の名前は、今でも
    レニングラード州のままです。

    この日の気温はマイナス13度。 途中、車中からチラ見したところ、駅の名前が
    何と!「43キロ駅」w これは、ヤロスラブリ駅から起算して43キロという
    意味ですが、昔、この周辺には、目印となる物が何もなかったと言うことを
    意味しています。

    IMG_3574

    東方正教会は、元々は、キリスト教が東西に分裂して以来、コンスタンチノープル
    (イスタンブール)が聖地でしたが、その後、イスラム教に押されて、この
    セルギエフ・ポサードがその聖地となりました。 東方正教は、カトリックや
    プロテスタントとも全く異なる宗派のため、日本ではなかなか見慣れないと思い
    ますが、イコンと丸い屋根が特徴の建物群は、いつまで見ていても飽きません。

    【セルギエフ・ポサード】
    IMG_3576
    IMG_3577
    IMG_3578
    IMG_3582
    IMG_3583
    IMG_3584
    IMG_3587
    IMG_3588
    IMG_3601

    セルギエフ・ポサード
    IMG_3586

    IMG_3590

    IMG_3595

    IMG_3599

    マトリョーシカのふるさと

    ロシア正教総本山のセルギエフ・ポサードは、ロシア土産の定番、マトリョーシカ
    発祥の地でもあります。 一説によると、とあるロシア人が箱根にやって来た際に、
    日本のこけしを真似て作り始めた物がマトリョーシカだとも言われております。
    日本には、「入れ子式」のこけしは存在しませんが、木で作られているのは同じ
    なのに、マトリョーシカが、こけしとは全く違うのは、ロシア人のアイデアを
    取り入れて改良された物であるため。

    IMG_3614

    ロシア正教
    ロシア正教では、偶像を禁じているため、この様なイコン画が崇拝の対象となって
    います。 それぞれの絵には、それぞれの意味がありますが、イコンを購入する
    際には、自分の願いが叶う物や、自分の守護神のイコンを購入します。
    東方正教会がカトリックやプロテスタントとは大きく異なっている点は、
    この部分ですが、十字の切り方も左右逆です。 イースターでは、子孫繁栄を
    願って、このような「卵」が多く飾られますが、それをお土産にしたのが
    この卵。

    IMG_3619

    IMG_3620

    IMG_3622

    IMG_3624

    IMG_3603

    >>トップページに戻る





    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    ベラルーシ(白ロシア)は、旧ソ連西部に位置する。 西はポーランド、北は
    リトアニアとラトビア、南はウクライナそそれぞれ国境を接している。 総面積
    20万7,600平方キロメートルの国土を持つ。 国名の『白』とは、『北』を
    意味する。 キエフ公国から見れば、この国は北にあったからである。

    neighbocountries

    ベラルーシは、氷期に形成された低地に広がる国である。 モレーン低地
    (ベラルーシ山地)辺りにのみ激しい起状が見られる。 この国はいわゆる
    東ヨーロッパ混合林地域にあり、国土の約4分の1が森林と雑木林からなっている。
    この地域は、東ヨーロッパの一般的な気候から言うと、極めて降水量が多い。

    この地の自然は、湿地帯に広がる森林と低地の草原、また数多くの湖によって
    特徴付けられる。 この地の土壌は農業には余り適していないため、ここでは
    特に畜産(養豚、乳牛飼育)が盛んである。 主要農産物は、麻、ジャガイモ、
    ライ麦、飼料作物などである。

    p80198032

    総人口は1000万人を上回り、そのうち、約80%がベラルーシ人で、その他、
    ロシア人12%、ポーランド人4%、ウクライナ人2%、ユダヤ人2%が住んでいる。
    ロシア革命以前は、国民の大半がロシア正教を信じていた。長い間、ポーランドや
    リトアニアとの交流も盛んであったため、カトリック信仰も、特に西部において
    かなり広がりを見せていた。

    ベラルーシは、自然条件から見ると、余り恵まれた国とは言えない。 土壌が
    優れないために、農業も畜産に限られている。 石炭、塩、石油、泥炭も生産
    されるが、国内需要にのみ使用されている。 国民の教育水準は比較的高く、
    機械や鉄鋼などの専門的な工業の育成が奨励されて来た。 首都ミンスクは、
    人口から言っても、また産業の集中度から言っても、他都市を遥かに上回る
    主要都市である。

    【お勧めの一冊】


    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
    ブログネタ
    ヨーロッパの旅 に参加中!

    ロシアのクリスマスは、日本やヨーロッパよりも約2週間遅れでやって来る。
    これはロシア正教の暦によるもので、西洋諸国ではグレゴリオ暦を使っている
    ため、12月25日にクリスマスを祝うが、ロシア正教では、ユリウス暦という
    古い暦を使っているため、1月7日がクリスマスとなっている。

    12月25日は、あくまでもカトリックのクリスマスであるため、ロシアでは、
    この日は特に特別な食事や特別なパーティは開かれないことが多い。 そもそも、
    ロシアでは、一般的にクリスマスを盛大に祝うという風習がない。 熱心な
    信者は教会へ行き、ミサに参加する。 そして、大多数の一般人は、ほとんど何も
    しない。 世界中がお祭りムードで盛り上がる12月25日のクリスマスもロシア正教
    とは関係がないため、一般のロシア人は、実は、ほとんど何もしない。
     
    e8d340c0b237

    しかし、大晦日から元旦に掛けての年明けの瞬間は、ロシア中がお祝いムードに
    一色に包まれます。 そこで登場するのがёлка(ヨールカ)と呼ばれるクリスマス
    ツリーとДед Мороз(ジェット・マロース)と呼ばれるサンタクロースのような
    マロース爺さんとその孫娘のスネグーラチカ(雪娘)です。

    1700年頃、ピョートル大帝がロシアのヨーロッパ化を推し進めると同時に、この
    ヨールカの原型であるクリスマスツリーがドイツからロシアに入って来ました。
    ドイツでは、キリスト教以前からモミの木を飾る風習がありましたが、当時の
    ロシアでは、モミの木は「死の象徴」とされていたため、人々は家の中にモミの
    木を持ち込もうとしませんでした。 それから100年以上経った1852年に、モミの
    木は初めて、サンクト・ペテルブルグのエカテリーナ駅(現モスクワ駅)構内で
    飾られる事となりましたが、これがヨールカの始まりとなりました。
     
    dedmoroz0007

    ジェット・マロースは、 Дед(ジェット)がお爺さん、 Мороз(マロース)は
    極寒という意味。 元々は冬の神様、冬の精のような存在だったものが、19世紀
    後半になって、ロシアでもサンタクロースのような存在を導入する動きが高まり、
    サンタクロースとジェット・マロースが結び付けられました。 しかし、
    ソビエト時代に入り、宗教弾圧によって、ジェット・マロースも一旦姿を
    消します。
     
    45101551f88d

    1935年、ソビエト政府は、子供達のために新年を祝う計画を発表をし、
    1937年には、ソビエト政府の公認により、ジェット・マロースが孫娘の
    スニェグーラチカを連れて登場しました。 スニェグーラチカは、ロシア
    民話に登場する雪で作られた女の子で、19世紀末から20世紀初頭に掛けて、
    子供たちが新年に演じる芝居の中で度々登場するようになり、ヨールカに
    人形が飾られるようになりました。 それ以来、ジェット・マロースと
    スニェグーラチカは、ロシアの新年のシンボルとなりました。

       【ジェット・マロースが登場する物語の一例】
    継母に虐げられる娘がいた。 継母は連れ子を溺愛するあまり娘を家から
    冬の野に追い出してしまった。 悲嘆する娘の前にジェド・マロースが現れ
    冷たい風を吹き付ける。 ジェド・マロースは娘に「暖かいか」と問い、娘は
    「暖かい」と答える。 問答を何度か続けた後ジェド・マロースは毛布や
    食料を与えた上で娘を生かす。

    生還した娘を見て継母は連れ子にも同じ幸運を受けさせるべく連れ子を外に
    放つ。 先と同様ジェド・マロースが現れるが、性格の悪い連れ子は「寒い」
    と一点張り。 連れ子は凍死する。

    【お勧めの一冊】


    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    ユーリー・アレクセーエヴィチ・ガガーリン (Юрий Алексеевич Гагарин 1934年3月9日~
    1968年3月27日)は、ソビエト連邦の軍人、パイロット、宇宙飛行士。 最終階級は大佐。
    1961年、ボストーク1号で、世界初の有人宇宙飛行を成功させた人物である。 日本において
    のみ、ガガーリンを象徴とする言葉として、帰還後に語ったとされる、『地球は青かった』が
    非常に有名であるが、正確な引用ではない。
    Kosmos-web
    両親はコルホーズの労働者であり、『労働者階級出身の英雄』というガガーリン像を強調する
    ため『両親は農民であった』と語られるが、実際のガガーリンの父親は教養のある腕利きの
    大工であり、母親もインテリで読書家であった。



    【ガガーリンの言葉】

    『地球は青かった』は不正確な引用
     
    ガガーリンの言葉として、日本においてのみ有名な『地球は青かった』は、1961年4月13日
    付けのイズベスチヤに掲載されたルポライター記者によるもので、原文では、Небо очень
    и очень темное, а Земля голубоватая. となっており、 日本語では、『空は非常に
    暗かった。 一方、地球は青みがかっていた』

    『地球は青いヴェールをまとった花嫁のようだった』が、英語に翻訳される際、
    『地球は青かった』に変化して広まったという説もあるが、根拠が見当たらない。
    ガガーリンの著書『宇宙への道』にも、地球の描写として、『地球はみずみずしい色調に
    あふれて美しく、薄青色の円光にかこまれていた』のような記述が見られる。

    『神はいなかった』
     
    ガガーリンの地球周回中の言葉として報道され、有名になったものとして『ここに神は
    見当たらない』というものがある。 ガガーリンが飛行中に『見回してみても神はいない』と
    言ったとされているが、記録にはその種の発言は一切残されていない。 しかしながら、
    日本以外では、この言葉の方が『地球は青かった』よりも有名である。

    他に『私はまわりを見渡したが、神は見当たらなかった』という表現でもよく引き合いに
    出されている。

    ガガーリンの親友であった宇宙飛行士アレクセイ・レオーノフは著書『アポロとソユーズ』の
    中でガガーリン自身が好んで語った、小話として次の話をあげている。 恐らく、この中の
    言葉が彼自身の言葉として一人歩きしているのではないかと思われる。
     
    宇宙から帰還したガガーリンの歓迎パーティにロシア正教のモスクワ総主教アレクセイ
    1世が列席しており、ガガーリンに尋ねた。

    総主教 『宇宙を飛んでいたとき、神の姿を見ただろうか。』
    ガガーリン 『見えませんでした。』
    総主教 『わが息子よ、神の姿が見えなかったことは自分の胸だけに収めておくように。』

    しばらくしてフルシチョフがガガーリンに同じことを尋ねた。 総主教との約束を思い出した
    ガガーリンは先ほどとは違う事を答えた。
    ガガーリン 『見えました。』
    フルシチョフ 『同志よ、神の姿が見えたことは誰にもいわないように。』(レーニン主義は
    宗教を否定している)

    英語で『宇宙飛行士』を表す『Astronaut(アストロノート)』は、実は、ロシア語の
    『Астронавт(アーストラナフト)』から入った外来語。

    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
    にほんブログ村

    このページのトップヘ