多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

世界80言語対応の『多言語翻訳GoWest』を運営しています。 お見積もりはお気軽に『お問い合わせ』からお願い致します (^-^)b 『我孫子ゲストハウス』の運営も行っております。



    ブログランキングに参加していますので、クリックをお願いします!
    I’m participating in blog ranking, please click the following buttons!
    Je participe au classement des blogs, veuillez cliquer sur les boutons suivants !
    Ich nehme am Blog-Ranking teil. Bitte klicken Sie die folgenden Schaltflächen!
    Я участвую в рейтинге блогов, пожалуйста, нажмите на следующие кнопки!
    にほんブログ村 外国語ブログへ
    にほんブログ村
    人気ブログランキング

    タグ:ヨハネ・パウロ2世

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    ポーランド人が10世紀にキリスト教を信仰するようになって以来、カトリック
    教会は、大きな影響力を持つようになった。 教会への忠誠心によって、
    ポーランド人は19世紀の分裂と外国支配の時期にも、民族としての自覚を保つ
    ことが出来た。 その後、共産主義政府が宗教活動を制限するようになっても、
    一部の教会や神学校は、人々の間で存続した。 教会の指導者たちは反体制
    運動に参加した。 1878年、ポーランド教皇、ヨハネ・パウロ2世となると、
    自分の影響力と人気を活用して、改革を推進させた。

    img1220

    クリスマスとイースターは、主要な宗教的祭日である。 8月15日の聖母
    被昇天の祝日には、多くのカトリック教徒がチェンストホヴォにあるヤスナ・
    グラ修道院に行き、『黒の聖マリア』の霊廟に礼拝する。 信仰の厚い人たちは、
    この聖母マリ像が17世紀のスウェーデンの侵略を阻止したと信じ、以来
    『黒の聖母マリア』は、ポーランド民族の象徴となった。

    ポーランド人の95%以上がカトリック教徒である。 残りの大部分はギリシャ
    正教徒、プロテスタント、または、ユダヤ教徒となっている。

    何世紀もの間、ポーランドはユダヤ人たちの信仰と知識と文化の重要な中心
    だった。 しかし、第二次世界大戦中、ユダヤ系住民たちは、ナチスの迫害に
    よって、蹂躙され、この戦争で生き残ったユダヤ人たちの大部分は、ポーランド
    国外に移住して行った。

    【お勧めの一冊】


    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ヨーロッパ情報へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    1980年、食料と消費物資と電力の不足が深刻になった。 この年の夏、
    グダニスクのレーニン造船所の労働者たちは、講義のストライキを起こした。
    他の都市の労働者たちもそれに習い、3週間続いたストライキで国家機能は
    麻痺した。 政府は賃金の値上げや、労働組合を結成する権利などの要求に
    同意した。 その結果、全国的な労働組合である『連帯』が創設され、造船所の
    電気技師で、ストライキの組織者でもあったレフ・ワレサが議長となった。

    znaczekwalesa

    労働者たちの獲得した各種の権利は、政府への圧力となり、政府は他の面でも
    改革を迫られた。 ギエレクは政治犯を釈放し、新聞や放送に対する統制を
    緩和した。 しかし、ソビエトとポーランドの共産主義指導者たちは、これらの
    変化に抵抗し、国民は、ソ連の軍事と政治、両面に渡る介入を懸念しはじめた。
    1981年、ギエレクは辞任し、厳格な共産主義者ヴォイチェフ・ヤルゼルスキが
    第一書記長に就任した。

    ヤルゼルスキは『連帯』を非合法化し、ワレサを逮捕した。 しかし、反政府
    デモは、尚も続き、ワレサは、1983年に釈放されて、再び『連帯』の指導者に
    返り咲いた。 ポーランドの労働運動は、カトリック教会に支持されていた。
    教会のトップに立つ教皇ヨハネ・パウロ2世は、ポーランド人で、ポーランド
    政府にさまざまな改革を実行するように呼び掛けていた。

    【お勧めの一冊】


    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ヨーロッパ情報へ
    にほんブログ村

    このページのトップヘ