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ロシアのクリスマスは、日本やヨーロッパよりも約2週間遅れでやって来る。
これはロシア正教の暦によるもので、西洋諸国ではグレゴリオ暦を使っている
ため、12月25日にクリスマスを祝うが、ロシア正教では、ユリウス暦という
古い暦を使っているため、1月7日がクリスマスとなっている。

12月25日は、あくまでもカトリックのクリスマスであるため、ロシアでは、
この日は特に特別な食事や特別なパーティは開かれないことが多い。 そもそも、
ロシアでは、一般的にクリスマスを盛大に祝うという風習がない。 熱心な
信者は教会へ行き、ミサに参加する。 そして、大多数の一般人は、ほとんど何も
しない。 世界中がお祭りムードで盛り上がる12月25日のクリスマスもロシア正教
とは関係がないため、一般のロシア人は、実は、ほとんど何もしない。
 
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しかし、大晦日から元旦に掛けての年明けの瞬間は、ロシア中がお祝いムードに
一色に包まれます。 そこで登場するのがёлка(ヨールカ)と呼ばれるクリスマス
ツリーとДед Мороз(ジェット・マロース)と呼ばれるサンタクロースのような
マロース爺さんとその孫娘のスネグーラチカ(雪娘)です。

1700年頃、ピョートル大帝がロシアのヨーロッパ化を推し進めると同時に、この
ヨールカの原型であるクリスマスツリーがドイツからロシアに入って来ました。
ドイツでは、キリスト教以前からモミの木を飾る風習がありましたが、当時の
ロシアでは、モミの木は「死の象徴」とされていたため、人々は家の中にモミの
木を持ち込もうとしませんでした。 それから100年以上経った1852年に、モミの
木は初めて、サンクト・ペテルブルグのエカテリーナ駅(現モスクワ駅)構内で
飾られる事となりましたが、これがヨールカの始まりとなりました。
 
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ジェット・マロースは、 Дед(ジェット)がお爺さん、 Мороз(マロース)は
極寒という意味。 元々は冬の神様、冬の精のような存在だったものが、19世紀
後半になって、ロシアでもサンタクロースのような存在を導入する動きが高まり、
サンタクロースとジェット・マロースが結び付けられました。 しかし、
ソビエト時代に入り、宗教弾圧によって、ジェット・マロースも一旦姿を
消します。
 
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1935年、ソビエト政府は、子供達のために新年を祝う計画を発表をし、
1937年には、ソビエト政府の公認により、ジェット・マロースが孫娘の
スニェグーラチカを連れて登場しました。 スニェグーラチカは、ロシア
民話に登場する雪で作られた女の子で、19世紀末から20世紀初頭に掛けて、
子供たちが新年に演じる芝居の中で度々登場するようになり、ヨールカに
人形が飾られるようになりました。 それ以来、ジェット・マロースと
スニェグーラチカは、ロシアの新年のシンボルとなりました。

   【ジェット・マロースが登場する物語の一例】
継母に虐げられる娘がいた。 継母は連れ子を溺愛するあまり娘を家から
冬の野に追い出してしまった。 悲嘆する娘の前にジェド・マロースが現れ
冷たい風を吹き付ける。 ジェド・マロースは娘に「暖かいか」と問い、娘は
「暖かい」と答える。 問答を何度か続けた後ジェド・マロースは毛布や
食料を与えた上で娘を生かす。

生還した娘を見て継母は連れ子にも同じ幸運を受けさせるべく連れ子を外に
放つ。 先と同様ジェド・マロースが現れるが、性格の悪い連れ子は「寒い」
と一点張り。 連れ子は凍死する。

【お勧めの一冊】


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