東京通詞 ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

世界80言語対応の多言語翻訳『東京通詞』を運営しています。 お見積もりはお気軽に『お問い合わせ』からお願い致します (^-^)b



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    タグ:モスクワ

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    ベオグラードから、ヨーロッパ最大の人口1,100万人の人口を抱える
    モスクワへと到着。 東京23区の人口は、900万人弱しか居ないため、
    モスクワ市の方が200万人程度人口が多いことになります。 モスクワは、
    この20年間で中国をも上回る大幅な経済発展を遂げました。 機内から下に
    見えているのが、「モスクワ」の名前の由来となった「モスクワ川」。

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    ソ連の時代は、上空からの空撮は絶対に禁止されていたのだが、今では、
    どこで写真を撮ろうが日本よりも自由。 尚、モスクワには、この
    シェレメチェヴォ空港を含めて、合計で6つの空港があります。
    チェレメチェヴォ空港→ドモデドヴォ空港の移動には、特急+地下鉄+特急
    でも2時間程度は掛かりますが、タクシーで移動すると、大渋滞にはまり、更に
    大幅に移動時間が掛かるため、絶対にお勧め出来ません。 モスクワでは、
    タクシーは値段交渉制であり、アプリで予約をするのが普通のため、モスクワ
    滞在前には、Yandex Taxi を登録をしておいた方が便利。

    【モスクワ】
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    ベオグラードからの機材は、今回はシェレメチェヴォ空港ターミナルF
    (旧シェレメチェヴォ第1空港)に到着したため、ターミナルD
    (旧シェレメチェヴォ第2空港)までの移動に45分程度掛かりました。
    モスクワで1時間半の乗り換え時間があったため、お土産を購入しようかと
    思っていたところ、全く時間が足りず、友人用のお土産として、目の前に
    あったチョコレートを購入するのが精一杯でした。

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    尚、シェレメチェヴォ空港は、ロシア語、英語、中国語併記ですが、中国語が
    分かりやすくて一番便利w

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    ロシア・柔道アカデミーは、モスクワの西65キロの場所にある柔道専門施設。
    2012年の施設オープン当初は、プーチン大統領もわざわざ視察に訪れ、
    モスクワ郊外に華々しくオープンしたものの、建設途中で390億ルーブルが
    横領されたため、施設は完全には完成されないまま放置され、現在、水、電力、
    冷暖房は、一時的な利用のみとなっている。 館内はコンクリートがむき出し
    になっており、雨漏りも酷いため、存続が危ぶまれている。

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    ロシアの国技、サンボ(武器を持たない護身術の意)は、柔道からより実践的な
    ものだけを取り入れた競技となっており、柔道、合気道、空手は、ロシアでは
    比較的人気の高いスポーツとなっている。

    2000年シドニー五輪でロシアは、銅メダル1個と銀メダル2個、2004年アテネ
    五輪では銀メダル2個と銅メダル3個を獲得したが、2008年北京五輪ではメダルを
    獲得出来なかった。 北京五輪の後、1980年モスクワ五輪の金メダリストで
    1984年ロサンゼルス五輪の銀メダリストであるイタリアの柔道家
    エツィオ・ガンバ氏が、コーチとして招かれ、リオデジャネイロ五輪では、
    ロシアは金メダル5個を含む、五輪メダル8個を手にした。

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    モスクワ観光のハイライトと言えば、赤の広場。 ほんの10数年前までは、
    夜に出歩くのは自殺行為とまで言われたモスクワも今ではすっかりと平和を
    取り戻し、夜にひとりで出歩いても大丈夫。 元々、ソ連の時代のモスクワは
    非常に安全な街でした。 この画像に写っている建物は、全てソ連の時代から
    全く変わってはいないものの、ライトアップだけは、ソ連の時代には全くなかった。
    グム百貨店もソ連時代からあるが、当時は、物不足で、品薄な店であったが、
    今では、三越もビックリの超高級百貨店。

    この日は、赤の広場で『モスクワ生誕祭』が開催されていたため、赤の広場の
    手前で1回、グム百貨店内へ入る手前で再度セキュリティーチェックが行われて
    いました。 最近のロシアは、テロがなくなったが、ほんの数年前までは、
    大規模爆弾テロが頻発していた時代があったことを忘れてはならない。

    【モスクワのカプセルホテル】
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    尚、この日は、モスクワでは数少ないカプセルホテルに宿泊。 受付の人が
    非常に親切なお方だったため、1月にモスクワに行く際にも、ここに泊まります。
    駅からは近いものの、そこからの行き方が非常に分かり辛いため、周囲の人に
    聞かないとたどり着けないと思いますが、物価が非常に高いモスクワにおいて、
    コストパフォーマンスが非常に良いので、利用価値は非常に高いと思います。
    行き方は、この『61』と書いてあるところから、更に奥に入った突き当たりのため、
    これを目印にすると、何とかたどり着けます。

    モスクワにある地下鉄雀が丘駅。 直線で行くと、雀が丘展望台までは、
    徒歩で数分程度行けるものの、階段がないため、かなり大回りして、15分以上も
    掛かります。 昔の駅名は、展望台の名前と共々『レーニンが丘』駅。
    その後、約29年振りにユーゴ・ザーパドナヤ駅へ。 この付近には、大学や
    研究所が集中しており、モスクワの学術的な中心地となっています。 モスクワ
    大学も、この場所からは、地下鉄で1本で行くことが出来ます。 29年振り
    ともなると、懐かしいを通り越して、覚えてないw  尚、この駅は、ブヌコヴォ
    空港までのシャトルバスが出ている駅なのだが、ブヌコヴォ空港へは、ハッキリ
    言って、キエフ駅からアエロエクスプレスに乗って行った方が早いため、
    用途によって、使い分けが必要。

    【雀が丘】
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    早朝6時(日本時間午後12時)からのモスクワ半日観光も終わり、シェレメチェヴォ
    空港へと帰ります。シェレメチェヴォ空港へ行くためには、まずは、ベラルーシ駅
    まで地下鉄で行きます。 尚、鉄道駅がベラルーシ駅、地下鉄駅がベラルースカヤ駅
    なので、要注意。 これは、日本語の『駅』がロシア語では別単語であり、しかも、
    それぞれ、男性名詞と女性名詞であるため、こうなっています。

    モスクワで最初で最後のロシア料理♪ 注文した物は、ブリヌゥイー、ボルシチ、
    ブリン、クワスと非常に分かりやすい典型的なロシア料理。 日本のロシア料理は、
    戦後の引揚者らが見よう見まねで始めた店ばかりであるため、本場の味とは、
    かなり異なりますw 特に、味が違うのが、ボルシチで、新鮮なビーツを日本では
    調達出来ないためか、味が全く異なります。

    【ユーゴ・ザーパドナヤ駅付近】
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    いよいよ、アエロフロートの共同運航便であるエア・セルビアでベオグラードへと
    飛び立ちます。 機内での放送は、英語とセルビア語のみであったため、主に
    英語の方を聞きました。 共同運航なのに、ロシア語での放送はありませんでした。

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    モスクワ・シェレメーチェヴォ空港を後にして、モスクワ中心部を目指します。
    空港からは、アエロエクスプレスで約40分ほどで、モスクワの中心地へと
    到着します。SVOとは、シェレメーチェヴォ空港のこと。 アエロエクスプレスは、
    片道500ルーブル(約850円)で、座席指定はなく、自動改札にバーコードを
    かざして中へ入り、好きな席に座ります。 切符は窓口でも購入出来る物と、
    自販機でも販売しているため、英語を選択すれば、ロシア語が出来なくとも、
    誰でも簡単に切符を購入出来ます。 翌日乗る帰りの切符を買うのが面倒だった
    ため、1000ルーブルの往復券を購入しましたが、30日間有効なだけで、往復割引
    というものは、一切ありません。

    尚、シェレメーチェヴォ空港は、モスクワ市内よりもゼロが1個ぐらい物価が高い
    ため、この空港で両替をするのは、絶対に止めた方が良いです。フリーWiFiの電波も
    入りますが、かなり電波が弱いため、自前でWiFiを持って行くのが無難。

    【モスクワ】
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    アエロエクスプレスで約45分後、モスクワ市中心部にあるベラルーシ駅に到着。
    尚、ロシアの駅名は、フランスと同じく『目的地』が駅名のため、モスクワ市内
    には『モスクワ駅』はありません。 よって、『ベラルーシ駅』は、その名の通り、
    ベラルーシやドイツ方面への国際列車が発着する駅。 ウクライナ方面は、
    『キエフ駅』なのに、ベラルーシ方面は、『ミンスク駅』ではありませんので、
    要注意w

    尚、モスクワの鉄道と地下鉄には、大体、WiFiが付いているため、WiFiマークが
    ある場所付近では電波が入ります。 東京では、新幹線ですらWiFiが付いていない
    ため、日本が世界からどれ程遅れをとった後進国なのかが良く分かります。
    モスクワの物価は、収入に対する物価の高さ世界一であるため、モスクワの物価は
    東京よりも遥かにお高め。 『ロシア語が喋れない場合』のホテルの相場は、
    1泊3万円以上でなければ、殆んどありませんw ロシアでの常識は、『搾り取れる
    ところから根こそぎ搾り取る』であるため、値段交渉が出来ない場合は、そのままの
    値段となりますが、モスクワでは、言い値の半額位まで値切るのが常識。

    【モスクワ生誕の日
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    2018年9月10日のモスクワは、モスクワ誕生871周年際であったため、市中心部
    では、至る所でお祭りを開催していました。今年は、『ロシアにおける日本年』で
    あるため、クレムリン付近では、和太鼓の演奏が行われていました。

    社会主義建国の父、カール・マルクス(ドイツ人)の銅像の下には、『万国の
    労働者達よ団結せよ!』とロシア語で記されていますが、ソ連時代は、この
    フレーズが連邦共和国15言語でそれぞれの国旗に記されていました。 尚、この通り
    には、ボリショイ劇場があり、現在の通りの名前は、『劇場通り』となっているが、
    ソ連時代までは、『カール・マルクス通り』と言う名前であった。 この日は、
    ロシア歴史博物館やグム百貨店もライトアップされ、お祭り気分を盛り上げて
    いました。

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    2018年9月8日~9月17日まで、旧ユーゴスラヴィア縦断の旅に行きました♪

    旅の始まりは、両替からw ものの18年ほど前までは、ロシアの通貨である
    ルーブルは、ロシア国外には一切持ち出し禁止だったのだが、最近では、
    日本国内でも普通にルーブルの両替が出来るようになたったため、1997年の
    経済危機の時から考えると、隔世の感が否めない。

    アエロフロートに限らず、ロシアの飛行機は、基本的に奇跡が起きない限り、
    時間通りには絶対に飛ばないのだが、この日も1時間半遅れで成田空港第一
    ターミナルを出発。 モスクワ・チェレメーチェヴォ空港までのフライト時間は、
    約10時間あるため、この間、ロシア映画を4本見た♪

    【成田空港】
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    成田空港を飛び立ち、ようやくモスクワ・シェレメーチェヴォ空港に到着したが、
    その間、機内食と飲み物は、それぞれ2回づつ出たのだが、この日の機内食は、
    鶏肉以外はもうないと言われた。

    ロシア国内には、基本的にローマ字による表記はないが、空港内だけは、
    英語と中国語による併記があるため、ロシア語が読めない人でも比較的楽に
    移動出来る。

    【モスクワ・シェレメーチェヴォ空港】
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    まずは、矢印の通りに進み、入国審査を経て、モスクワの街へ出ます。 今年は、
    ロシアでFIFAワールドカップサッカーを開催したため、ファンID所持者は、
    今年度中はロシアのビザが免除されています。 念のため、ロシア大使館にも
    問い合わせ、入国審査時には、更に念のため、口頭で入国審査官に対して、
    「ファンID所持者は、ビザが免除されていますよね?」と確かめたところ、
    「はい」との回答が返って来た。

    ロシアの入国審査は、結構面倒で、昔は色々と質問やら、スーツケースを開けろは
    当たり前で、財布の中身を見せろも当たり前でした。

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    カリーニングラード・フラブロヴォ空港からモスクワ・シェレメチェヴォ
    空港へは、約2時間のフライト+1時間の時差があるため、モスクワ到着が、
    夜中の11時30分過ぎとなり、アエロエクスプレスは午前0時30分が最終列車で
    あるため、タクシーに乗車した。

    【夜中のタクシー乗車時の注意点】
    空港内には、客引きが多数おり、ここで値段交渉をしなければならないのだが、
    空港内の客引きは、既に定価を示すボードを所持しており、当初の値段よりは
    1,000ルーブル値下げして貰ったものの、シェレメチェヴォ空港からタクシーで
    40分程度のベラルーシ駅前にあるホテルまで、4,000ルーブル(約7,000円)も
    取られる結果となった。

    それまでは、何度タクシーに乗っても、大体250ルーブルとか、ワールドカップで
    大渋滞であったカリーニングラード市内ですら、最高で1,000ルーブルまでしか
    請求されなかったのだが、ここ首都モスクワでは、物価が地方とはまるで違う。
    モスクワは、収入に対する物価の高さが世界一の都市であるため、夜中に
    タクシーに乗るのは止めた方が無難。

    【空港からモスクワ市内へ】
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    この日は、ベラルーシ駅前のホテルに宿泊したため、まずは、ベラルーシ駅に移動。
    モスクワのホテルは、どこも高いのだが、今回の旅行で最も高い値段であった
    ホテルは、一番ボロボロで冷房も付いていなかった。

    その後、世界一美しいと言われているモスクワの地下鉄で中心部へと移動。
    モスクワの地下鉄は、有事の際には、核シェルターとなるため、地下4階以上の
    浅い部分は一切通らず、そのため、エスカレーターが異様に長いのが特徴。
    但し、日本のエスカレーターの様に、とんでもなく遅い物はひとつもなく、
    日本の3倍以上の超高速運転をしているため、初めてモスクワを訪れた場合は、
    度肝を抜かれて、なかなかロシアのエスカレーターには乗れない。

    【ボリショイ劇場付近】
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    地上に出ると、すぐ目の前には、ボリショイ劇場と、カール・マルクスの像が
    あった。 社会主義の生みの父であるカール・マルクスが語った最も有名な言葉は
    『全世界の労働者階級たちよ団結せよ!』で、この言葉は、旧ソ連邦の象徴である
    エンブレムにも、15共和国全ての言語で書かれていた。

    29年前は、モスクワに留学をしていたのだが、それ以来、丸29年ぶりに
    ツムデパートへ。 当時は、ソ連末期であったため、深刻な物不足で、
    ろくな物が売っていなかったのだが、29年の時を経て、三越もビックリの
    超高級デパートへと大変貌を遂げていた。 昔は、マルボロとかグラビア雑誌が
    賄賂の代わりだったのだが、今では、その賄賂も物価上昇により、とんでもない
    値段となっておりますw

    【赤の広場】
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    さて、ここからが、モスクワ観光のハイライト☆ 市の中心部にある赤の広場へと
    入ります♪ ワールドカップ開催期間中のため、荷物の持込が規制され、トランクを
    持っては中に入れなかった。 ロシアの建物は、非常に大きいため、見えてからが
    遠く、基本的に、凄まじく歩くこととなるのだが、ロシア人の主な趣味は『散歩』
    なので、数キロ程度であれば、普通に皆歩いております。

    モスクワ中心部の赤の広場~グム百貨店~レーニン廟~聖ワシリー寺院付近。
    クレムリン宮殿の中にも入る予定であったが、ワールドカップ開催期間中の
    ため、警備が非常に厳しく断念。 クレムリン宮殿は、ロシアの政治の中心地で
    あるばかりではなく、モスクワ観光の目玉でもあります。

    クレムリンへの入り口、スパスカヤ塔(一般人はここからクレムリン内へは
    入れない)とグム百貨店とその内部。 グム百貨店へ入るためには、赤の広場
    手前の検問と、グム百貨店手前にある入り口で再度検問を受けなければなら
    なかった。『グム』とは、『国営百貨店』の意味で、カタカナで表記すると、
    『ゴスダールストヴェンヌィー・ウニヴェルサーリヌィー・マガジン』の
    頭文字を取った省略形。

    【モスクワ市内から空港へ】
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    毎時定時に衛兵交代が行われる、『無名戦士の墓』。 無名戦士の墓とは、歴史を
    通して起きた戦争で戦死し、かつ身元が分からない兵士の遺骨を埋葬、または、
    納めた墓。 遺骨は無く、遺品を納めたり、英霊として葬り、祀る墓もある。
    モスクワの無名戦士の墓は、独ソ戦で亡くなった英霊を祭っており、永遠に消えない
    『炎』が燃えている。 また、このお墓には『君の名は分からないが、君の偉業は
    死なない』と記されている。

    【お勧めの一冊】


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    ワールドカップのチケットはFIFA.comのチケッティングサービスにより発売され、
    2018年3月13日(火)、モスクワ時間の午後12時(日本時間午後6時)より
    第2フェーズでのチケットの販売が開始された。 第2フェーズのチケットの
    販売期間は3月13日から4月3日までとなっており、この期間では先着順での販売
    となる。 開幕間際での販売も予定されており、4月18日から決勝戦の行われる
    7月15日までオープンされることになっている。

    【予選リーグの組み合わせ】
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    FIFAはワールドカップのチケットを4種類のカテゴリーに分けて販売しており、
    カテゴリー1~3まではオンラインにより世界中へと販売されている。 カテゴリー
    4のチケットは通常よりも安価となり、最安値のものはおよそ17ポンド(約2500円)
    となっており、一方でカテゴリー1~3までの最安値のチケットは80ポンド
    (約1万2000円)となっている。 カテゴリー4はロシア在住者のみへの販売
    となり、少なくとも350,000枚のチケットが地元のファン向けに販売される
    ことになる。

    【各チケットの値段】
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    FIFA.comサイト内の対応言語は、FIFA公用語である英語、ドイツ語、フランス語、
    スペイン語の他、開催国であるロシア語での受付が可能とっているが、途中一部分の
    説明だけは日本語でも表示されるものの、上記の言語に余り自信がない場合は、
    Google翻訳も活用した方が良いかも知れない。

    【チケット購入方法】

    FIFA.comより、オンライン購入する。 アクセス状況によっては、数分から数時間
    待たされる。 順番での受付となっており、自分の順番が回って来ると、10分間だけ
    購入ページに入ることが出来るようになる。 購入ページ内では、それぞれの試合や
    カテゴリーごとに料金が表示されるため、クリックしてどんどん先に進むと、
    最後はカード決済の画面へとたどり着くため、それで決済を終えれば、チケットが
    入手出来る。 チケットは、申込み時に登録した住所へと無償で国際宅急便
    (クーリエ)で送付され、配達は2018年5月以降を予定している。

    【ログイン画面①】
    E-mailアドレスとパスワードを入力して、サイト内に入ります。
    SNSでの登録も可能。
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    【ログイン画面②】
    ここでは、表示されているパスワードを入力して先に進みます。
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    【ログイン画面③】
    ログインすると、以下の画面が表示されます。
    画面を下にスクロールして、開催日と希望の会場を選択します。
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    【ログイン画面④】
    下にスクロールすると、以下の画面が表示されます。
    色が付いている部分が入手可能なチケットです。 グレーアウトしている
    部分は、チケットの取扱いが終了しています。
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            ico_arrow_red
    【ログイン画面⑤】
    チケットの枚数を選択して、買い物かごに入れます。
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            ico_arrow_red
    【ログイン画面⑥】
    買い物かごに追加すると、以下の画像が表示されるため、
    このまま先へ進みます。
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    【ログイン画面⑦】
    必要事項を入力し、再度にクレジットカーで決済をします。
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    【ログイン画面⑧】
    無事に決済が完了すると、予約完了の画像が表示されます。
    次に、FAN IDを取得します。
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    【FAN IDの取得】
    チケット購入後は、必ずFAN IDの申請をしなければならない。 このFAN IDは、
    ロシアのビザを免除するための身分証明書代わりとなるもので、更には、この
    IDさえ持っていれば、モスクワから各会場までの特別列車(2等寝台車)の往復料金
    までもが全て無料となるため、航空券の購入は無用となる。 証明写真として、
    背景が白地で顔の周りに若干の余裕のある画像が必要となる。 画像に関しては、
    以下の画像を参照のこと。

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    2017年4月3日午後2時半頃、サンクト・ペテルブルク中心部を走っていた地下鉄
    車内で起きた爆弾テロの主犯格と見られる容疑者が逮捕された。 ロシア通信が
    伝えた声明によると、男は中央アジア出身のアブロル・アジモフ(Abror Azimov)
    容疑者で、モスクワ近郊のオジンツォボで拘束され、容疑者の身柄は、取り調べの
    ため、重大犯罪の捜査を担当する連邦捜査委員会に引き渡された。

    自爆攻撃の実行犯は、アクバルジョン・ジャリロフ(Akbarjon Djalilov)容疑者
    (22)と特定されているが、地下鉄車内で既に自爆しており、中央アジアの
    キルギス生まれで、ロシア国籍を取得していたと見られている。

    連邦捜査委員会によると、アジモフ容疑者は1990年生まれで、「自爆テロリストの
    ジャリロフ容疑者の訓練を行った」としており、首謀者の一人と見なしている。

    14人が死亡、数十人が負傷したこの爆破事件をめぐっては、これまでにモスクワと
    サンクトペテルブルクで8人の身柄が拘束されており、8人全員が中央アジア出身と
    明らかにしている。

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    【キルギス共和国外務省の表明】
    キルギス共和国外務省は、一連のマスメディアを賑わせた2017年4月3日のサンクト
    ペテルブルグ地下鉄テロの容疑者であるジャリロフ・アクバルジョンがキルギス
    共和国民であるとの情報は事実とは異なることを正式に表明する。
     
    キルギス外務省が有する報告によると、A.ジャリロフは、1995年4月1日、キルギス
    南部のオシュ市に生まれ、民族的にはウズベク人であり、中等教育を満了して
    いない。

    A. ジャリロフが、かつてキルギス共和国国籍のパスポートを取得した事実はない
    ことを明言しておかねばならない。 2011年、16歳に達したジャリロフはロシア
    国籍の父の請願と共に申請書を提出し、ロシア国籍のパスポートを取得して以来、
    常にロシア連邦領内に居住していた。

    現在、キルギス共和国当局は、事件の捜査に関しロシア連邦の法執行機関への
    全面的な協力を行なっている。

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    モスクワ経由のアエロフロート・ロシア国際航空で、ロンドンへ海外出張に行って
    来た。 成田空港から、モスクワまでは、約11時間の空の旅。 ソ連時代からある
    アエロフロートは、最新鋭のエアバスを使用しているため、モニター、USB
    コネクター、WiFi、美人キャビンアテンダント付きとなっております☆

    動物愛護の国であるため、アエロフロートの機内には、大型犬も機内持ち込み
    可能。 実際に、猫を機内に持ち込んだことがあるのだが、キャビン
    アテンダント達も非常に親切で、水を持って来て貰ったことがある。 猫を
    ひざの上に乗せていても周囲からも全く文句は言われない。

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    アエロフロートは、かつては、エコノミークラスの更に下のY2クラスに分類
    されていたのだが、今ではサービスにおいても、JALやANAを抜き去り、
    ヨーロッパへの最短ルートとなっている。

    途中、機内食は2回出るのだが、キャビンアテンダントに言えば、飲み物は
    何度でも無料で貰える。 WiFi使用料は30ドル。 英語とロシア語のみで
    その情報が記載されているため、何れかの言語を読めない限り、使えない。
    機内では、ロシア語と英語でもアナウンスしていたが、日本語でのWiFiの案内は
    なかった。 アエロフロートの機内食は、大体、肉か魚を選べる。



    ソ連の時代のアエロフロートは、キャビンアテンダントが国外に勝手に逃げては
    困るという理由により、熊のような体格の女性ばかりがキャビンアテンダントを
    務めていたが、時代は代わり、美人ばかりを取り揃えてサービスを行っている。
    尚、ソ連時代のアエロフロートは、機内はもちろんの事、シベリア上空を通過する
    際にも写真撮影禁止だった。 機内で撮影しているところを見つかると、フィルムを
    取り上げられた時代だった。 機内なのに、雨漏りがするとかも普通で、キャビン
    アテンダントが、ガムテープで応急処置をするという凄まじい時代でもあった。

    成田空港からものの2時間でロシア領内に入り、そこから9時間ロシア国内を飛ぶ
    こととなる。 中国領内を迂回して、ハバロフスク上空からロシア領に入るのだが、
    比較的北側を飛ぶため、上空から見える景色は、かなり寒々しいものとなっている。

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    約11時間の空の旅の後、モスクワ・シェレメーチェヴォ空港ターミナルDに到着。
    ソ連時代は、このターミナルDはシェメーチェボ第二空港という名前だった。
    但し、建物はその時代とまったく同じ。 トランジットと言えども、空港内から
    外に出る際には、ビザが必須であるため、今回は空港の外には出ずに、ロンドン
    行きの飛行機を待つことにした。

    ロシアでは、2回用の入国ビザを所持していたため、降りようと思えば降りられた
    のだが、シェレメーチェヴォ空港は、中心部にあるベラルーシ駅まで特急で40分
    掛かるため、帰りにモスクワで降りようと考えていたところ、肝心の帰りの
    飛行機が3時間以上も遅れたため、結局、この後、モスクワでは降りられない
    こととなった。 尚、モスクワ・シェレメーチェヴォ空港では、英語での表記は
    かろうじてあるものの、係員は誰も英語を喋れない。

    シェレメーチェヴォ空港では、トランジットとは言え、パスポートと荷物の
    チェックがあるため、黄色い看板に従って進み、全てのチェックをうけなければ
    ならない。 一応英語表記もあるのだが、昔はロシア語のみの表記であった。
    相当適当な成田空港のパスポートチェックとは異なり、ロシアのチェックは
    かなり厳しいため、変な物を持ち込むと、ここで全て没収されることとなる。



    一昔前までは、手荷物を預けると、出て来ないのが当たり前であったため、空港には
    サランラップのお化けのようなものがあったのだが、今では、普通に荷物が出て
    来るようになった。 そもそも、アエロフロートの職員自体が泥棒という、
    やった者勝ちの航空会社だった。 郵便局も同様で、荷物をEMSで送っても
    届かないのが当たり前だった。

    パスポートコントロールを抜けて、モスクワ・シェレメーチェヴォ空港の
    トランジットラウンジに到着。 お土産が色々と販売されているのだが、実は、
    この価格は、通常の市場の10倍ぐらいのぼったくり値段。 この3週間後に、
    ロシア連邦にあるウドムルト共和国とタタルスタン共和国に行ったのだが、
    シェレメーチェヴォ空港は、完全に0が一個多かった。

    ロシア人の間でも、シェレメーチェヴォ空港は、両替のレートがあり得ない
    ぐらい高いともっぱらの噂になっているので、空港での換金は、必要最低限に
    しおき、ベラルーシ駅に着いてから両替した方が賢い。

    ロシアでは、プーチン氏の人気が非常に高いということで、様々な大統領グッズが
    販売されていた。 ロシア土産の2大名物と言えば、マトリョーシカと
    シカトゥールカ。 マトリョーシカは、こけしのような木工細工で、
    シカトゥールカは、木で作った小箱に装飾を施したもの。 ロシア軍の
    ちょっとした軍服のようなものも人気。 また、ロシアでは、チェスも非常に
    人気がある。 日本ではチェスはゲームだが、ロシアではスポーツという
    括りになっているため、ロシア人の誰に訊ねても、チェスはスポーツだと
    答えるであろう。 

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    モスクワで乗り換え時間約3時間の後、再度、アエロフロートでロンドン・
    ヒースロー空港へと飛び立った。 ヒースロー空港の地下には地下鉄が通っており、
    ロンドンの中心地まで一本で行くことが出来るのだが、この地下鉄が建設から
    既に100年以上経過しているため、あちこちで工事中。 この日は、ロンドン
    時間の夜の10時過ぎに到着したが、ピカデリーラインの途中駅で全員が地下鉄から
    降ろされ、バスでセントラルラインの終点駅、イーリング・ブロードウェイ駅まで
    強制的に連れて行かれた。 尚、ロンドンの地下鉄は、1駅4.9ポンド、約800円
    もする。

    ノッティングヒルは、ジュリア・ロバーツ主演の映画『ノッティングヒルの恋人』の
    舞台だった場所で、今でも昼間は、かなりの観光客で込み合っている。 この日の
    目的地は、パディントンベアで有名なパディントン。 ホテルがパディントンに
    あるため、地下鉄で移動したのだが、後で調べたところ、パディントンへは、
    地下鉄よりも国鉄の方が遥かに便利であった。

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    ソ連崩壊直前の1989年当時、ロシアの通貨であるルーブルは、360円だった。
    但し、その年にロシアルーブルは一気に下落して、10分の1の価値である、36円
    まで暴落した。 ここからロシアの経済危機とハイパーインフレが始まった。
    90年1月には、モスクワのプーシキン広場に初めてアメリカ資本のマクドナルドが
    進出し、ソ連の歴史が始まって以来、身分の高い店員様が客に対して、
    『ありがとうございました』と言ったことが非常に話題となった。 それまでの
    ソ連の店では、客が店を後にする際に『ありがとう』と言い、店員の言葉と言えば、
    『どういたしまして』が普通だった。
     
    当時、和食レストランは、モスクワでは『サクラ』という一店しか存在していな
    かったのだが、今では、モスクワ市内だけでも、700店を超えるのだとか。 今や、
    ユニクロや丸亀製麺までもが進出を果たしており、この25年間のロシアの変貌振り
    には驚きを隠せない。 恐らく、この25年間でここまで変貌を遂げた国は、ロシア
    以外にはないであろう。 中国も大変貌を遂げてはいるものの、社会主義から資本
    主義への転換はしていない。 ロシアが最も変わったところは、やはり、社会主義
    から資本主義へと転換し、地獄の底を這いながらも、ここまで経済発展したところに
    尽きる。 現在のモスクワ・シティーは、新宿と何ら遜色がないばかりか、むしろ、
    発展している。 これが、経済危機で何年も完成が遅れた建物群かと見まごうばかり
    である。

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    ソ連当時、バスのチケットは、運転手から買うものだった。 よって、車内で隣の
    人にお金を渡せば、めぐりめぐって、自分のところへチケットとおつりが返って
    来るという、非常にのどかなものだった。 その後、ソ連が崩壊してしまったため、
    このような風習はすっかりと消え去った。 ソ連時代の最大の特徴は、民族友好で、
    ソ連国内に約180も居る多民族は、皆平等なソ連人だった。 基本的に国民全員が
    公用語であるロシア語を操り、社会主義の時代は、国をあげて教育にも熱心に力を
    入れたため、あれだけ広大な国であるのにも関わらず、ロシア語には方言という
    ものがほぼない。

    社会主義とは、アメリカ的なイデオロギーから見ると、悪らしいが、国家が計画的に
    経済を建設する社会であったため、国民全てに、マンションと別荘も与えられる
    という、強欲資本主義では到底あり得ない特典もあった。 よって、贅沢さえしな
    ければ、皆が幸福で居られる社会でもあった。 それゆえに、逆に発展性がなく
    なり、働いても働かなくとも、給与は同じという生温い社会が70年間も続いたため、
    ソ連は崩壊したとも言える。


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    世界の2大超大国であったソビエト社会主義共和国連邦(CCCP)は、1991年12月
    25日に崩壊した。 1991年の夏にモスクワで軍事クーデーターが起こり、当時
    ソ連大統領であったゴルバチョフ氏が軟禁され、それを助け出した元ロシア大統領の
    エリツィン氏への権力の移行が鮮明となった。 この時点では、まだソ連は崩壊
    などしないだろうと思われていたものの、その後、バルト3国で始まった独立運動に
    より、バルト3国はソ連からの独立を勝ち取った。

    そこから遅れて、今度は、エリツィン氏が率いるロシアが独立を主張し始め、同じ
    スラブ民族の国である、ウクライナとベロロシア(独立後にベラルーシへと改名)
    を誘い、スラブ3国はソ連から独立すると明言し、その後、その他のソ連加盟国が
    次々と独立を宣言したため、ソ連は崩壊した。

    ソ連消滅s

    そもそも、ソ連とはどういう国だったのか? ソ連は、世界で初めて、社会主義
    革命によって誕生した社会主義の国であった。 社会主義とは、一言で分かり
    やすく言うと、国民全員が国家公務員ということ。 貧富の差もなく、福祉が
    充実し、理論上は楽園だったが、スターリンの時代から、恐怖支配が横行し、
    個人の自由を許さない全体主義へと変貌した。 極端な例では、ドイツ語の辞書を
    所持していただけで、スパイ容疑を掛けられて、シベリアへ追放された例もある。
     
    社会主義では、資本主義とは異なり、国が一括して生産管理を行うため、物不足が
    頻繁に起きた。 私がソ連時代のモスクワに留学をしていたのは、89年~90年に
    掛けてだったため、正にソ連時代の末期であった。 当時は、深刻な物不足であった
    ため、お金だけでは物資を購入することが出来ず、お金の他にクーポン券が必要
    だった。

    外国人の場合、当時は外貨ショップがあったため、多少値段が高くとも、そこである
    程度の品物は購入出来たが、当時、一般市民が外貨を所持することは、不法投棄と
    みなされ、逮捕の対象となった。 売春はソ連には存在しないことになっていた
    ため、それを取り締まる法律がなく、野放しであった。
     
    ソ連末期の時代は、厳格な言語統制を敷いていたため、ソ連の政治批判はタブーで、
    壁にマイクが仕掛けてあるので、ロシア語でソ連の批判はしないようにと常々
    言われた。 それを改革したのが、当時の大統領であった、ゴルバチョフ氏だった
    のだが、余りにも急激に色々な改革を進めてしまったために、一気に箍が外れ、
    歯止めが掛からなくなった。 それまでは、モスクワでも女性が夜に1人で歩いて
    いても大丈夫だったのだが、ゴルバチョフ以降は、一気に治安が悪化し、殺人、
    犯罪が一気に明るみに出るようになった。

    ソ連末期は、至るところで行列が出来、生活物資を確保するのも大変であった。
    当時、ようやくスーパーマーケット方式の店が登場したばかりだったが、
    それまでは、店員に一々何が欲しいのかを伝え、それを伝票に書いて貰い、更に
    それをレジで清算してから、再度その店員のところへ戻って、品物を受け取る
    という方式であったため、ロシア語が喋れないことは、ほぼ死を意味した。
    店員様が神様の国であったため、店員に気に入られない場合は、当然、物は
    売っては貰えなった。 品物が売れようが売れまいが、店員の給与は一切変わら
    ないため、閉店時間の30分前には客を店内に入れないようにして、掃除を始め、
    定時キッカリには、全員が帰宅するというシステムだった。 これは、今でも
    さほど変わってはいない。
     
    店が繁盛しようがしまいが、一切何も変わらないため、むしろ、客が来ると面倒な
    仕事が増えるという理由から、食堂などでは、わざと髪の毛を入れたり、ハエを
    入れたり、ゴキブリを入れたり、挙句の果てには、国から配給された筈の肉を勝手に
    持ち帰ってしまうために、勝手にネズミの肉を客に出したりと、労働生産性が一切
    報われない社会の悪い面ばかりが目立つようになった。 市民の間では、外の食堂や
    レストランでは絶対に食事をしないようにという噂が広まり、外食をしているのは、
    外国人だけという時期もあった。

    ソ連崩壊とは何だったのか? その②
    ソ連崩壊とは何だったのか? その③
    ソ連崩壊とは何だったのか? その④
    ソ連崩壊とは何だったのか? その⑤
    ソ連崩壊とは何だったのか? その⑥
    ソ連崩壊とは何だったのか? その⑦

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    第二次世界大戦におけるソ連の勝利は、社会主義圏を東欧とアジアにおいて
    拡大し、ソ連は、世界を二分する一方の盟主として、アメリカと並ぶ超大国に
    のし上がった。 モスクワの権威は、途方もなく上昇した。 このような
    ソ連の国家的な権威の高まりを顕示するために、スターリンは、1947年1月、
    モスクワ建都800年を記念して、モスクワに8つの高層ビルを建設することを
    決定した。

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    モスクワ大学本館、ホテル・ウクライナ、外務省の3つが重要で、後の4つは
    住宅と小ホテルであった。 モスクワ大学本館は、モスクワの周辺部の雀ヶ丘に
    建てられることが決定され、1949年から工事が始まり、1953年に完成した。
    高さは240メートル、36階建てである。 ホテル・ウクライナは、モスクワ川の
    ほとり、クトゥーゾフ大通りの脇に建てられた。

    1953年に着工し、1957年に完成した。 こちらは、モスクワ大学本館よりも少し
    低く、34階建てである。 第3の建造物は、外務省で、スモレンスカヤ広場に
    あるが、建てられたのはスターリン様式の建造物の中では、最も早く、1948年に
    工事が始まり、1953年に完成した。  高さは、172メートル、27階建てである。

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    残りの4つの建物は、規模が大幅に劣るものとなり、8番目の建物は、スターリンの
    生前に着工されなかったため、彼の死後、計画が中止された。 7つの建物は、
    正に、スターリン時代を代表するような建築で、上へ上へと伸びる権力中枢を
    皆に振り仰がせるような権力主義的な建造物であった。

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