多言語翻訳 Samurai Global ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

世界80言語対応の『多言語翻訳 Samurai Global』を運営しています。 お見積もりはお気軽に『お問い合わせ』からお願い致します (^-^)b 『我孫子ゲストハウス』の運営も行っております。



    ブログランキングに参加していますので、クリックをお願いします!
    I’m participating in blog ranking, please click the following buttons!
    Je participe au classement des blogs, veuillez cliquer sur les boutons suivants !
    Ich nehme am Blog-Ranking teil. Bitte klicken Sie die folgenden Schaltflächen!
    Я участвую в рейтинге блогов, пожалуйста, нажмите на следующие кнопки!
    にほんブログ村 外国語ブログへ
    にほんブログ村
    人気ブログランキング

    タグ:ホステル

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

    首都 ビシケク
    ビシケク空港に到着後、そのままタクシーで約30キロ離れたホステル
    Mukarama-Apa へと向かった。 キルギスはカザフスタン程では
    ないものの、国民全員がロシア語を話せるため、旅行が非常に楽♪
    こちらのホステルでは、ロシア在住のキルギス人と2日合わせて合計で
    6時間も延々とお話をしておりました。 ビシケクは、意外と高地に
    位置しているため、外に出ると結構寒いため、ゲストハウスのオーナーから
    トレーナーと傘を借りてビシケクの中心部へと出掛けました。

    ゲストハウス Mukarama-Apa
    P_20190503_151505

    IMG_20190503_151931_215

    IMG_20190503_101329_708

    P_20190503_102338

    ロシア語圏では、お茶を飲みながら、延々とお話をするのが普通なので、
    ロシア語を話せると非常に便利。 尚、こちらのホステルでは、度々日本人も
    泊まりに来るとのことで、そのお手紙を見せてもらいました。 かなり親日家の
    オーナーで、日本人にもっときて欲しいと申しておりました。

    料理を作って貰ったり、お世話をして貰ったのは、こちらの娘さんかと思いきや、
    翌日オーナーから聞いた話では、ロシアからやって来たお客さまで、体調が
    悪いので、手伝ってもらっただけと申しておりました。 旧ソ連邦内では、
    これまで生活が非常に厳しかったため、皆助け合いの精神だけは、絶対に
    忘れていないのである。

    【ビシケク】
    P_20190502_135213
    P_20190502_144857
    P_20190503_113024
    P_20190503_151507P_20190503_094840
    P_20190503_153000
    P_20190503_114226
    P_20190503_114238
    P_20190503_114340

    ビシケクのゲストハウスから歩くこと30分。 市中心部の政府施設が集中している
    場所までやって来た。 キルギス人は人種的に元々はコーカソイドだったのだが、
    現在のロシア領のトゥヴァ付近から大量の移住者がやって来て、完全に
    モンゴロイド化した民族であるため、見た目的に非常に日本人に似ています。
    一説によれば、「肉が好きな者はこの地に残りキルギス人となり、魚が好きな者は
    東に移動して日本人になった」とまで言われている程、キルギス人は、日本に
    対しては親日意識を持っている。

    P_20190503_115135

    P_20190503_114725

    ビシケクの中心地では、巨大なキルギスの国旗を守るため、衛兵がその麓で番を
    していた。 恐らく、定時になると、ロシアの衛兵交代と同じく、衛兵が交代する
    のだと思う。 この付近が政府機関が集中している地域で、キルギスの心臓部と
    言える。

    【ビシケク中心部】
    P_20190503_114901
    P_20190503_115028
    P_20190503_121819
    P_20190503_122022
    P_20190503_122229
    P_20190503_122759
    P_20190503_123259
    P_20190503_125257
    P_20190503_122703

    トルキスタン (Turkestan / Turkistan) とは、チュルク系民族が居住する中央アジアの
    地域を指す歴史的な地域名称であり、現在のカザフスタン、ウズベキスタン、
    キルギス、タジキスタン、トゥルクメニスタンと中国にまたがっている地域を指す。
    人口順では、ウズベキスタン、中国、カザフスタン、タジキスタン、キルギス、
    トゥルクメニスタンの順にトルキスタン人の人口の割合が多くなっており、中国の
    新疆ウイグル自治区を「東トルキスタン」と呼ぶこともある。

    P_20190503_121640

    P_20190503_123230

    P_20190503_123715

    ビシケクのソ連時代までの旧名は「フルンゼ」であるため、今でもところどころに、
    このフルンゼの文字が残っている。 ミハイル・フルンゼとは、ソビエト連邦の
    政治家で、ロシア革命前後におけるボリシェヴィキの指導者の一人。 ソ連陸海軍
    人民委員および共和国革命軍事会議議長を務めた人物。 旧ソ連では、革命家の
    名前を採った都市名が多かったのだが、ビシケクもその1つ。 ビシケクという
    都市名は、キルギスの国民酒である馬乳酒を作る時の撹拌器の名前に由来する。

    ビシケク中心部にある遊園地でお腹が空いたため、このハンバーガーを食べたが、
    店員が余りロシア語が上手ではなく、60ソムのことを「600ソムです」と言って
    来たため、「60でしょ?」と返したところ、「ああそうだ」と言って来ましたw
    挙句の果てに、おつりが間違っていたので、突っ込みを入れておきましたww

    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

    タシケントは、旧ソ連邦内でも第4の都市であったのだが、現在のタシケントは
    旧ソ連時代に拡大したエリアが多く、歴史的建築物は多くは残っていない。
    このため、市内には、余り見る物がないため、とりあえず、地下鉄に乗って街の
    北西部にある昔のタシケントの雰囲気が残るエリアにあるバザールを見に行く
    ことにした。 空港そばにあるホステルからタシケント駅までは、約2キロ、
    徒歩30分の距離。 その前に、無料のホステルの朝食堪能♪ カロリー高めの
    日本の食事と比較しても、ウズベキスタンの食事は素朴なのが良く分かる。

    IMG_20190502_080215_827

    とりあえず、タシケント鉄道駅に到着。 1年前の地球の歩き方を持って来て
    しまったため、「地下鉄内では撮影禁止」との記載があったのだが、気軽に
    写真をバシャバシャ撮っても特に何も言われないため、おかしいと思っていた
    ところ、撮影禁止は昨年解除されたとか。 例え何か言われたとしても、
    こちらは、ロシア語で色々と言い返してやるので、特に問題はないのだがw

    RS=^ADBjuiuJMspcvE9G64jMWYehcmeL9o-

    【タシケントの地下鉄】
    IMG_20190502_123419_595
    IMG_20190502_123330_127
    IMG_20190502_123330_138
    P_20190502_090543
    P_20190502_090631
    P_20190502_091506
    14-w640
    IMG_3912
    P_20190502_094147

    地下鉄ウズベキスタン線のチョルスー駅で降りて、旧市街最大のバザールである
    チョルスー・バザールへと向かいます。 このバザールは、中央アジアでも
    最大規模で、バザール内はとにかく広大。 日用品からお土産、家具まで何でも
    揃うのが特徴、バザールが最も賑わうのは午前中なので、なるべく早めに訪れるのが
    おすすめ。 バザール内は、2年ほど前までは撮影禁止であったが、禁止が解除
    された。

    チョルスー・バザール
    IMG_20190502_123244_395

    IMG_20190502_123058_979

    【チョルスー・バザール】
    P_20190501_131055
    P_20190501_131022
    P_20190501_131326
    P_20190501_131705
    P_20190501_131754
    P_20190501_133327
    P_20190501_133644
    P_20190501_130707
    P_20190501_120607

    再度、タシケント鉄道駅からタシケント空港そばにあるホステルまで徒歩で移動し、
    荷物を持って、再度徒歩でタシケント空港まで移動しました。 タクシーで
    移動してもさほど料金は高くはないのだが、ホステルのおばさんに空港までは
    歩いても15分程度であるため、タクシーを呼ぶよりも、歩いた方が早いと言われた
    ため、景色を楽しみながら、歩いて行くことにした。 ホステル内では、全員
    ロシア語が通じたが、1名だけ、なぜか英語で話したがる従業員がいたため、
    その人とだけは英語で話した。

    次の目的地は、カザフスタンのアルマトイ経由でキルギスのビシケクを目指します。

    【タシケント空港】

    P_20190502_132828P_20190502_132308
    P_20190502_113948
    P_20190502_135213
    P_20190502_134538
    P_20190502_113843
    IMG_20190502_161404_368
    IMG_20190502_161404_360
    IMG_20190430_003343_943

    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

    海南航空で北京からアルマアタへと向かいます。 北京ーアルマアタの
    フライト時間は、約5時間半で、3時間の時差があります。

    カザフスタンのアルマアタは、現在は遷都され、カザフ語のアルマトイへと
    改名されましたが、ロシア語では、今でもアルマアタと呼ばれています。
    アルマアタの意味は「りんごの父親」で、要約すると、「りんごの里」と言う
    意味になります。

    IMG_3993

    IMG_3995

    【アルマアタ】
    IMG_3994
    IMG_4004
    IMG_4005
    IMG_4006
    IMG_4007
    IMG_4009
    IMG_4011
    IMG_4013
    IMG_4014

    カザフスタン共和国は、旧ソ連邦加盟国で、独立国家共同体にも加盟しており、
    ロシアとは、最も友好的な同盟国として、様々な経済協力や関税協定を結んで
    います。 中央アジア諸国は、2018度から、タジキスタンとトゥルクメニスタンを
    除き、ビザが免除となりました。 独立国家共同体内でも、ベラルーシと
    並んで、最もロシア寄りの国であるため、カザフ人の人口の約60%強がロシア語
    ネイティブです。 ロシア語しか喋れない、ロシア語も喋れる、カザフ語でも
    喋れる、カザフ語しか喋れないの合計4パターンがおりますが、ロシア語理解率は
    100%であるため、カザフでは、ロシア語で話し掛けて何ら問題はありません。

    IMG_3996

    IMG_4000

    尚、この日は、アルマアタ空港に到着したのが午後11時半過ぎで、そのまま宿の方に
    向かったところ、既に施設自体が閉まっていたため、急遽、Booking.comで他の
    施設を予約しました。 アルマアタ中心部にあるこのホステルは24時間営業で、
    1泊600円程度でした。 受付のおねえさんはロシア語ネイティブだったので、
    最後に、記念撮影をお願いしますと言われたため、とりあえず、写真に
    おさまりましたw

    【アルマアタ】
    IMG_4016
    IMG_4017
    IMG_4018
    IMG_4019
    IMG_4020
    IMG_4021
    IMG_4023
    IMG_4037
    IMG_4039

    アルマアタでホステルに到着したのは午前0時30分過ぎであったものの、日本とは
    4時間の時差があるため、現地時間午前6時にはもう目が覚めました。 よって、
    早朝からデニス・テン選手の殺害現場へと向かいます。 元々、予約を入れていた
    ホステルの方が、その現場には近かったものの、到着時に既に夜中であったため、
    閉鎖されており、約1.5km離れた別の施設に泊まりました。 よって、その施設に
    泊まっていなければ、これらの景色は見れなかった事になります。

    ソ連からの独立後は、路上の表示も、カザフ語にみになった場所が多く、パッと見
    では、何を書いてあるのかが分かりません。。 ロシア語も併記してくれないと、
    ロシア語しか分からない人も多いため、困ると思います。。

    >>トップページに戻る





    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

    世界遺産の『モスタルの古い橋』では、ある一定の時間になると、
    橋の上から飛び降りて、見物客から小銭を稼ぐという見世物を行って
    いますが、なかなか飛び込まないのと、しょっちゅう小銭を集めに
    来るため、若干離れた場所から望遠を使って撮影するのが古い橋を
    撮影するコツ (^^)

    IMG_1972

    こんな世界の果てとも言えるべき場所に、どうしてここまで観光客が集まって
    来るのかが非常に疑問ですが、モスタルの古い橋は、日中は激混みします。
    橋の袂でソフトクリームを購入する際に、日本語で『こんにちは』と言われ
    ましたが、こちらからすかさず、『ロシア語は喋れますか?』と聞いたところ、
    挨拶だけは出来ましたw 海外では、日本語では一切話し掛けて欲しくは
    ないのと、基本的に、ロシア語で喋っている方が楽なので、海外で日本語で
    話し掛けられた場合は、意味不明な場合が多いため、大概無視しますw
    ロシア語で話し掛けられた場合は、大体、話に乗りますw

    【モスタルの古い橋】
    IMG_1967
    IMG_1964
    IMG_1968
    IMG_1977
    IMG_1980
    IMG_1985
    IMG_1974IMG_1975IMG_1976

    ここでは、イスラムのランプが欲しかったものの、かさばるため、断念しました。
    全く異なった文化に触れることは、好奇心を非常に掻き立てるため、ボケ防止にも
    良いと思いますw

    モスタルの古い橋の袂には、非常に多くのお土産屋が軒を連ねているため、
    いつまで見ていても飽きません。 モスタルでは、これ以外、特に見る物も
    ないため、朝からバスが出発する昼過ぎまでずっとこの場所に居ましたが、そ
    の後、大事件が起きました。

    【Hostel Lena】
    IMG_1995

    モスタルからドゥブロヴニク行きの最終バスの時間は午後12時30分。
    準備万端でバスに乗り込み、出発を待っていた際に、念のためパスポートを
    チェックして見ると、ないことに気付きました(滝汗)。 大急ぎでバスを
    降りて、ホステルまで戻って見ると、朝から観光に行った際に、既にベット
    メイキングを終えていたため、毛布の下に隠していたパスポートと貴重品が、
    その毛布にくるまれて見えなくなっていたため、持って行くのを忘れて
    いました(涙)

    【モスタルの古い橋】
    IMG_1979
    IMG_1978
    IMG_1981
    IMG_1986
    IMG_1987
    IMG_1988
    IMG_1989
    IMG_1990
    IMG_1991

    元々、このホステルに泊まる予定はなく、別のホステルに予約を入れて
    いましたが、宿の都合で、急遽3日間だけ閉鎖になっていました。 ホステルの
    係員は、何度呼び鈴を押しても、出て来ることすらなかったため、通りすがりの
    人に近所の安宿を紹介して貰い、このホステルに泊まることにしたのですが、
    何の予約もなしに急に訪れたのにも関わらず、英語でしっかりとした対応をして
    頂き、モスタルに行ったら、またこのホステルに宿泊しようと思っております。

    尚、同室の人は、イランからの初めての海外旅行でボスニアに来たと申して
    おりましたw 最終的には、このバスに乗り遅れたため、宿に帰って、もう一泊
    することとなりましたが、旅にハプニングは付き物なので、モスタルで焦らず
    ゆっくりとすることにしました。 尚、この影響により、計画していたコソボと
    マケドニアのには行けないこととが決定しました。

    画像では余り分からないものの、この日の気温は、9月中旬なのに32度(大汗)。
    外を歩いているだけでも非常に暑いため、カフェでほっと一息。 サラエボを
    含めて、3回目のボスニア風コーヒーを注文してみましたが、やはり、非常に
    濃くて苦い。 付け合せの水とスイーツがないと、ちょっと厳しい大人の
    ほろ苦さですw 尚、ボスニアは、イスラム教であるため、このような
    ファッションが普通です。

    【モスタルのお土産】
    IMG_1992
    IMG_1993
    IMG_1998
    IMG_2000
    IMG_2001
    IMG_1999
    IMG_2005
    IMG_2003
    IMG_2004

    その後、モスタルで知り合いになった人と夕食(ボスニア風ケバブ)を食べに
    行きましたが、クロアチア語(ボスニア語)は、ロシア語と似ているため、
    こちらからはクロアチア語は大体理解出来るものの、ムスリム人のそのお方は、
    ロシア語が全く聞き取れない。 英語もドイツ語もダメとの事で、こちらからは
    ちゃんちゃってクロアチア語(ロシア語に適当なクロアチア語を混ぜるw)で
    何とか対応しました。

    そこでの話では、ボスニアの平均給与は約100ユーロ(約13万円)で、学校で
    選択出来る外国語は、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語とのことでした。

    【モスタル⇒ドゥブロヴニク】
    IMG_2007
    IMG_2008
    IMG_1994
    IMG_2009
    IMG_2013
    IMG_2014
    IMG_2020
    IMG_2023
    IMG_2024

    前日に乗り遅れたドゥブロヴニク行きのバスに乗り、いざボスニアの国境越えへと
    挑みます。 クロアチアとの国境でパスポートチェックがありますが、何故か、
    パスポートをホテルに忘れたと言う人が続出。 特に、クロアチアはEUで
    あるため、ボスニア側からの入国が厳しく規制されており、このようなことは
    許されません。 よって、ここで数名バスから降ろされ、その後、別の場所に
    連れて行かれたため、恐らく、モスタルに強制的に連れ戻された模様。 前日に
    パスポートがないことをバスの中で気付いたが、もし、気付いていなければ、
    自分も危うく、こういう目に遭っていたと思うと、ドキドキワクワクしますw

    ようやく、クロアチアの国境を越えたかと思ったら、ほんの数キロ走ったところで、
    またまた、ボスニアへと入国。 ここは、ボスニアで唯一の港町であるネウム。
    ボスニアは、内陸国に見えるものの、実はほんの数キロ程、海があります。
    ドゥブロヴニクは、クロアチアの飛び地であるためボスニア→クロアチア→
    ボスニア→クロアチアと激しく国境を跨ぎまくりました。 トイレすらない場所で
    20分程度休憩の後、ネウムを離れて、更にドゥブロヴニクへ向けて出発しました。

    >>トップページに戻る





    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
    にほんブログ村

    このページのトップヘ