多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

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共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

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    タグ:ヘルツェゴヴィナ

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    世界遺産の『モスタルの古い橋』では、ある一定の時間になると、
    橋の上から飛び降りて、見物客から小銭を稼ぐという見世物を行って
    いますが、なかなか飛び込まないのと、しょっちゅう小銭を集めに
    来るため、若干離れた場所から望遠を使って撮影するのが古い橋を
    撮影するコツ (^^)

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    こんな世界の果てとも言えるべき場所に、どうしてここまで観光客が集まって
    来るのかが非常に疑問ですが、モスタルの古い橋は、日中は激混みします。
    橋の袂でソフトクリームを購入する際に、日本語で『こんにちは』と言われ
    ましたが、こちらからすかさず、『ロシア語は喋れますか?』と聞いたところ、
    挨拶だけは出来ましたw 海外では、日本語では一切話し掛けて欲しくは
    ないのと、基本的に、ロシア語で喋っている方が楽なので、海外で日本語で
    話し掛けられた場合は、意味不明な場合が多いため、大概無視しますw
    ロシア語で話し掛けられた場合は、大体、話に乗りますw

    【モスタルの古い橋】
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    ここでは、イスラムのランプが欲しかったものの、かさばるため、断念しました。
    全く異なった文化に触れることは、好奇心を非常に掻き立てるため、ボケ防止にも
    良いと思いますw

    モスタルの古い橋の袂には、非常に多くのお土産屋が軒を連ねているため、
    いつまで見ていても飽きません。 モスタルでは、これ以外、特に見る物も
    ないため、朝からバスが出発する昼過ぎまでずっとこの場所に居ましたが、そ
    の後、大事件が起きました。

    【Hostel Lena】
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    モスタルからドゥブロヴニク行きの最終バスの時間は午後12時30分。
    準備万端でバスに乗り込み、出発を待っていた際に、念のためパスポートを
    チェックして見ると、ないことに気付きました(滝汗)。 大急ぎでバスを
    降りて、ホステルまで戻って見ると、朝から観光に行った際に、既にベット
    メイキングを終えていたため、毛布の下に隠していたパスポートと貴重品が、
    その毛布にくるまれて見えなくなっていたため、持って行くのを忘れて
    いました(涙)

    【モスタルの古い橋】
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    元々、このホステルに泊まる予定はなく、別のホステルに予約を入れて
    いましたが、宿の都合で、急遽3日間だけ閉鎖になっていました。 ホステルの
    係員は、何度呼び鈴を押しても、出て来ることすらなかったため、通りすがりの
    人に近所の安宿を紹介して貰い、このホステルに泊まることにしたのですが、
    何の予約もなしに急に訪れたのにも関わらず、英語でしっかりとした対応をして
    頂き、モスタルに行ったら、またこのホステルに宿泊しようと思っております。

    尚、同室の人は、イランからの初めての海外旅行でボスニアに来たと申して
    おりましたw 最終的には、このバスに乗り遅れたため、宿に帰って、もう一泊
    することとなりましたが、旅にハプニングは付き物なので、モスタルで焦らず
    ゆっくりとすることにしました。 尚、この影響により、計画していたコソボと
    マケドニアのには行けないこととが決定しました。

    画像では余り分からないものの、この日の気温は、9月中旬なのに32度(大汗)。
    外を歩いているだけでも非常に暑いため、カフェでほっと一息。 サラエボを
    含めて、3回目のボスニア風コーヒーを注文してみましたが、やはり、非常に
    濃くて苦い。 付け合せの水とスイーツがないと、ちょっと厳しい大人の
    ほろ苦さですw 尚、ボスニアは、イスラム教であるため、このような
    ファッションが普通です。

    【モスタルのお土産】
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    その後、モスタルで知り合いになった人と夕食(ボスニア風ケバブ)を食べに
    行きましたが、クロアチア語(ボスニア語)は、ロシア語と似ているため、
    こちらからはクロアチア語は大体理解出来るものの、ムスリム人のそのお方は、
    ロシア語が全く聞き取れない。 英語もドイツ語もダメとの事で、こちらからは
    ちゃんちゃってクロアチア語(ロシア語に適当なクロアチア語を混ぜるw)で
    何とか対応しました。

    そこでの話では、ボスニアの平均給与は約100ユーロ(約13万円)で、学校で
    選択出来る外国語は、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語とのことでした。

    【モスタル⇒ドゥブロヴニク】
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    前日に乗り遅れたドゥブロヴニク行きのバスに乗り、いざボスニアの国境越えへと
    挑みます。 クロアチアとの国境でパスポートチェックがありますが、何故か、
    パスポートをホテルに忘れたと言う人が続出。 特に、クロアチアはEUで
    あるため、ボスニア側からの入国が厳しく規制されており、このようなことは
    許されません。 よって、ここで数名バスから降ろされ、その後、別の場所に
    連れて行かれたため、恐らく、モスタルに強制的に連れ戻された模様。 前日に
    パスポートがないことをバスの中で気付いたが、もし、気付いていなければ、
    自分も危うく、こういう目に遭っていたと思うと、ドキドキワクワクしますw

    ようやく、クロアチアの国境を越えたかと思ったら、ほんの数キロ走ったところで、
    またまた、ボスニアへと入国。 ここは、ボスニアで唯一の港町であるネウム。
    ボスニアは、内陸国に見えるものの、実はほんの数キロ程、海があります。
    ドゥブロヴニクは、クロアチアの飛び地であるためボスニア→クロアチア→
    ボスニア→クロアチアと激しく国境を跨ぎまくりました。 トイレすらない場所で
    20分程度休憩の後、ネウムを離れて、更にドゥブロヴニクへ向けて出発しました。

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    ボスニアの首都であるサラエヴォからバスで約3時間強で、ヘルツェゴビナの
    中心都市であるモスタルに到着します。 宿は、バスターミナルから歩いて
    数分のところに予約をしていたため、安心していたところ、その宿が一切何の
    連絡もなしに、急に3日間も閉鎖となり、急遽、すぐそばの宿に泊まることに
    なったものの、こちらの奥さんが凄く親切なお方で英語も堪能であったため、
    むしろ、こちらの方が良かったと思いました。

    とりあえず、モスタルに到着したら、世界遺産である『古い橋』を見なければ
    何も始まらないため、バスターミナルから約1キロほど離れた世界遺産へと
    出掛けました。

    【夜のモスタル】
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    モスタルでは、モスクが乱立しており、完全にイスラムの世界。 もしろ、
    ヨーロッパ的な要素は何もありません。 強いて言えば、石造りの街並みが、
    若干ヨーロッパ的なだけで、街中から聞こえて来るのは、コーランばかり。
    1ヶ所だけカトリックの教会がありましたが、単なるお慰み程度の教会であるため、
    稀にしかないクロアチア人のためだけにある教会なのでしょう。 尚、
    Julius Meinl は、オーストリアでは、BILLAと並んで、非常にメジャーな
    スーパーですが、何故かモスタルにもありました。

    この日は実は、夜まで何も食べていなかったため、モスタルの雰囲気のある橋の
    たもとで食事を取ることにし、ボスニア風ケバブとボスニアのビールを注文
    しました。

    翌朝は、午後12時30分にドゥブロブニク行きの最終バスが出てしまうため、
    朝一番でバス乗り場に行き、切符を購入し、そのまま、街中の観光へと繰り出し
    ました。 と言っても、モスタルは、基本的に、『古い橋』以外、特に見る物が
    ない街であるため、今度は中心部を通って、『古い橋』へと向かう途中、銃弾の
    跡が、あちらこちらに残っていました。

    【モスタル中心部】
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    モスタル市中心部を流れる川を渡る途中、山頂にある十字架が見えましたが、
    カトリック教会は、ボスニアでは、存在感が極めて薄いため、至る所で、これ見よ
    がしに巨大な十字架が建っていました。 この十字架を見て、このすぐそばには、
    カトリック教会があるという風に分かるシステムの様です。

    海外に行って、最も行く場所と言えば、マクドナルドw 基本的に、地元の料理
    なんぞは一切食べませんので、時間の掛からない、かつ、味が予想出来るマックで
    十分w 材料すら分からない得体の知れない食べ物は、非常に苦手。

    単に、橋の反対側を歩いて来ただけで、川のどちら側から来ても、『古い橋』
    までの距離は、余り変わりません。 ボスニアではカトリック教会は多少なりとも
    あるものの、セルビア正教の教会は見掛けなかったため、恐らく、内戦で破壊
    されたものと思われます。

    【モスタル市中心部】
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    それ以外は、100%イスラムの世界であるため、観光客もほぼ全員イスラム教徒
    ばかりでした。 その後に行った、ドゥブロヴニクとは、客層が全然違っています。
    正に、イスラムがイスラムを呼ぶという感じでした。 世界遺産である
    『モスタルの古い橋』は、内戦中に破壊されてしまったため、内戦が収まった後に
    再建されたため、よくよく見ると、修復後の境界線が分かります。 イスラム教徒に
    大人気の観光スポットであるため、昼間に行くと、満員電車並みの混雑に遭遇する
    こととなります。

    毎日、定時になると、川のほとりに複数あるモスクから、コーランの祈りが響き
    渡るため、ヨーロッパに居るとは思えない程の完璧なイスラムの世界です。 尚、
    ボスニア・ヘルツェゴビナは、旧ユーゴ内での民族浄化等により、ヨーロッパでも
    最貧国の部類に入りますが、月給にして2万円程度のウクライナと比較すると、
    平均月収は13万円程度あるそうなので、ウクライナと比較すると、相当ましです。
    物価も日本よりは若干安い程度なので、東京とさほど差はないと感じました。
    恐らく、東京での現在の平均給与は25万円程度で、横浜だと20万円程度しか
    ありません。

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    サラエヴォ駅前にそびえ立つAvaz Twist Towerは、入場料は1マルク(約135円)で、
    サラエヴォの街並みを高所から見下ろすことが出来ます。 このタワーからは、
    サラエヴォ・オリンピックスタジアムと共に、墓地も見えました。

    1984年に開催されたサラエヴォ・オリンピックのメインスタジアムでメイン
    テーマ曲を歌ったのが、旧ユーゴの国民的歌手であるヤドランカ・
    ストヤコヴィッチでした。 現在は、同じボスニア連邦とされるものの、
    未承認国家のスルプスカ共和国の首都、バーニャ・ルーカで眠っています。

    【サラエヴォ】

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    この墓地があった場所は、元々は、オリンピックのサブ競技場であった場所で、
    内戦により、余りにも死者が出てしまったため、仕方なくこの場に埋葬したもの。
    戦時中は、銃弾の飛び交わない早朝や深夜に遺体の埋葬が行われました。
    スタジアム内には、オリンピック博物館が併設されています。 サブ競技場は、
    全てお墓にされてしまったため、スタジアム周辺は、この様な風景になって
    います。 墓地の向こう側に見えているのが、オリンピックの塔。

    このお墓を見ていると、違う民族(実際は、殆んど同じ民族で宗教が違うだけ)
    と言う理由だけで、次々と殺された人達の無念さが伝わって来ます。 墓標を
    見ると、20代~30代で死亡した人達が多かったことが分かります。
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    ユーゴスラビアは、東欧の中では、最も進んだ国で、大昔から日本人にはビザが
    必要ない唯一の国でしたが、進み過ぎていたがために、周辺国と足並みが揃わず、
    そこをアメリカに付け入られたため、泥沼の戦争となりました。 ポーランドや
    チェコがもう少しだけ早くユーゴに追い付いていたら、また全く別の道を歩んで
    いたと思うと、残念でなりません。

    昔、そのことをヤドランカに話した時に、『ユーゴは昔は進んでいたのに、今では
    500年前まで戻ってしまった』と言っていたのを思い出しました。 父親が
    セルビア人で母親がクロアチア人のヤドランカは、最後まで自分は『ユーゴ人』だと
    言っていましたが、最後は、バーニャ・ルーカに行くことになったため、最終的
    には、この景色を見て、どう思ったのかについては、知る術がありません。
    もし、自分が同じ立場だったら、やはり、バーニャ・ルーカに行くと思います。

    【オリンピックスタジアム】

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    サラエボともこれでお別れ。 最後に、キオスクのおばさんとボスニア語で話して
    いたのですが、急に『あなた、ボスニア語が凄く上手いけど、ここで習ったの?』と
    聞かれたため、『ロシア語が分かるので、ボスニア語も大体分かる』と答えた
    ところ、『私もロシア語でちょっとだけ喋れる』と言い出したため、ロシア語で
    話したところ、元々、父親がタタール人で、子供の頃にロシアのカザンから、
    親族全員でサラエヴォに引っ越して来たとのこと。 ロシア連邦タタールスタン
    共和国も同じイスラム教ですが、完全にヨーロッパ化しているため、ボスニアの
    本格的なイスラム教とは、全く違うものの、やはり、イスラム教徒は、同じ
    イスラム教圏内が良いらしく、この後のモスタルでは、その現実をまざまざと
    見せ付けられることとなりました。 サラエヴォからモスタルへは、バスで
    3時間半弱。 尚、ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦の国旗、スルプスカ共和国には、
    全くありませんでした。

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