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    タグ:プーシキン

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    日本では余り知られていないモンテネグロ。 同じセルビア人同士の国で
    あるため、旧ユーゴスラビィア連邦からの独立当初は、セルビアとの連合国家
    「セルビア・モンテネグロ」という名前でした。 同じ旧ユーゴの国同士とは
    言え、クロアチアはEU、モンテネグロは未だ貧困国家であるため、国境越えは、
    かなり厳しい検査があり、1人づつ全員バスを降りてのパスポートチェックが
    ありました。

    【コトル】
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    「モンテネグロ」とは、イタリア語で「黒い山」という意味で、モンテネグロ
    (セルビア)語では、「ツルナ・ゴーラ」と言うのが正式な国名です。 その名の
    通り、海と山が美しい大自然の国です。 ドゥブロヴニクからは、ティラナ行きの
    直通バスがないため、一旦、古都コトルで乗り換えて、そこから再度ティラナを
    目指します。

    古都コトルでバスターミナルからさほど遠くない場所に古城が見えたものの、
    東欧ではインフォメーションヤアナウンスがないことが殆どであるため、バスの
    出発時間が全く分からず、30分程度、バスターミナル内で時間を潰したものの、
    コトルにも見所が多いため、次回、時間のある時に、再度コトルを目指します。

    ドゥブロヴニクからモンテネグロのコトルを抜けて、無事にティラナへと到着
    しました。 写真は、モンテネグロとアルバニアの国境。 ドゥブロヴニクから
    ティラナまでは、約11時間のバスの旅ですが、途中でトイレが一ヶ所もないため、
    それ相応の準備をしないと大変なことになりますw 国境地帯には、逆方向に
    トイレがあったため、頑張れば、反対側のトイレまで行けるかも知れません。

    【ポドゴリツァ】
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    モンテネグロの首都であるポドゴリツァは、「山下」と言う意味で、旧ユーゴ
    スラビア時代は、指導者に因み、「チトーグラード」と言う名前でした。
    ポドゴリツァという名前の通り、山が真近に見える大自然豊かな国が
    モンテネグロです。 尚、ポドゴリツァ駅では、首都の駅とは思えない程
    小さな駅で、同じセルビア人なのであれば、別にセルビアで良いのでは?と
    思ってしまいました。

    ポドゴリツァには、特に見る物がないため、ものの数時間の滞在でしたが、
    駅前を散策して見たところ、何故かロシアの文豪、プーシキンの銅像がありました。
    シンボルである双頭の鷲は、お隣のアルバニアと同じですが、色が黒ではないため、
    ショッカーの旗には見えませんでしたw

    ポドゴリツァからベオグラードまでの鉄道は、実は、隠れたヨーロッパの
    絶景路線で、山と谷の連続のため、ちょっとしたスイス気分を味わえる
    穴場的な路線。 夜行列車であるため、途中からは暗くなりましたが、元々
    「セルビア・モンテネグロ」という同じセルビア人の国だったのに、国境では、
    やはり、パスポートチェックがありました。

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    劇団としてのボリショイ劇場の起源は1776年に遡るが、現在の場所に移るのは
    1825年である。 1853年の火災の後、1855年~1856年に今の後期古典主義様式の
    建物が完成した。 設計者は、カヴァスである。 21世紀に入ってからも大規模な
    改築が行われた。

    bolshogoteatra

    初期の俳優や歌手は、各地の農奴劇団のメンバーから成っていた。 国費で身請け
    して団員に採用したのである。 グリンカのオペラ『ツァーリに捧げし命』
    『ルスランとリュドミラ』等を上演し、やがて、チャイコフスキーの様々な
    オペラや、フランス人プチパ振付けによるバレエの上演が人気を博すようになる。

    一座の最盛時は、バスのシャリャービン、テノールのソビーノフ、ソプラノの
    ネジダーノワ等のスターが一斉に舞台に登場する20世紀の初頭である。



    ボリショイ劇場の脇に立っているマールイ劇場は、19世紀初期には、オペラや
    バレエも上演したが、世紀半ば過ぎから、出し物が芝居専門になる。 劇作家でも
    あるオストロフスキーの演出によって、彼自身の史劇や現代劇を中心に上演した。
    プーシキンやツルゲーネフの戯曲も、舞台に掛けられ、サドーフスキー一家、
    コシツカヤ、ワシーリエフ等の人気役者を輩出した。

    【お勧めの一冊】



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