ローマ人が去った後、様々なゲルマン民族、特にアングル族とサクソン族が
イギリス諸島を侵略し始めた。 ゲルマン民族の活動とケルト文化の復興に
よって、ローマ文化は大部分ブリタニアから消え去った。

アングロ・サクソン人の侵略に加え、6世紀半ばに伝染病が流行、ケルト人の
人口が減り、ゲルマン人は今日のウェールズ、カンブリア、コーンウォール等
西や北の端へ逃げた。6世紀後半、7人のアングロ・サクソン王がイングランドの
地に、それぞれ王国を創った。 ケント、ノーサンブリア、東アングリア、
マーシア、ウェセックス、サセックス、エセックスの7王国である。

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この後597年、キリスト教の中心地、ローマからイングランドに宣教師が来て、
アングロ・サクソン人にキリスト教を布教した。 ケントに上陸した宣教師一行の
指導者が修道士アウグスティヌスで、ケント国王エセルバードを始め、多くの
ケントの人々に洗礼を施した。

エセルバードは、アウグスティヌスにカンタベリーの土地を与え、ここから
キリスト教がイングランドに広まって行く。 やがて、他の6人の王もキリスト教を
受け入れた。 キリスト教とアングロ・サクソン芸術は次第に融合、7王国の
中でもノーサンブリアでその芸術は頂点に達した。 リンディスファーン修道院等で
写本が作られ、ラテン語で書物も書かれた。

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【マーシア、ウェセックスとバイキング】
7王国に代わって、8世紀には強力なキリスト教国が力を伸ばした。 757年から
796年まで勢力を広げたのは、オッファを指導とするマーシア王国(イングランド
中西部)である。 オッファは、ウェールズとの国境沿いに『オッファの防壁』と
呼ばれる長い堤を築き、西の国境を守った。 オッファの後を継いだマーシア王達は
力が弱く、9世紀にはイングランド中央部から南西部に位置したウェセックスが
最強の王国となる。

ほぼ同時期に、優れた航海技術と戦闘技術を持ったバイキングと呼ばれる冒険
好きの民族がイングランドに攻撃を仕掛けた。 この民族は、スカンジナビア
地方の民族で、973年にリンディスファーンを略奪、また、別の攻撃で、790年代
には、ウェセックスを襲撃した。

海賊行為を繰り返した後、デンマークのバイキングはウェセックスを襲った。
イングランド周辺に定住し、貿易が出来るようにイングランドを征服しようと
したのだった。 だが、878年の春ウェセックスのアルフレッド王が、
グートルム王率いるデンマーク軍をエディントンで破り、886年アルフレッド王と
グートルム王は、それぞれの王国の国境を定め、イングランド北東部の大半が
デンマーク領となった。

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