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    タグ:バレエ

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    時代は移り変わり、様々な品物でごった返すノボシビルスク。 25年が経過しても、
    街の要所部分は変わってはおらず。 当時から地下鉄はありましたが、3駅ぐらい
    しか延伸していなかった。ロシアの地下鉄は、『M』のマークが入り口の印。
    『メトロポリテン』の省略形である『メトロ』がロシア語では地下鉄という意味。
    よって、語尾が『o』で終わっていても、男性名詞。 地下鉄の入り口のドアは、
    どこも非常に重いのが特徴。 手を離すと、凄まじい勢いで後ろの人に
    ぶつかるので、次の人が来るまでドアを持っていてあげるのがロシアでの慣わし。

    基本的に、ロシア人の趣味は散歩なので、皆1日で数キロ程度であれば、平気で
    歩きます。 ノボシビルスクの数少ない観光名所は、全てこの通り沿いにあるため、
    この日は頑張って、かなり歩いた。

    ノボシビルスク
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    ノボシビルスク大学留学中は、学業が忙し過ぎて全く時間がなかったため、
    一度も観光というものをしたことがなかったのだが、今回は余裕があるので、
    ノボシビルスクで見るべきスポットを全て周って見た・・・と言っても、
    ノボシビルスクで見るべき物は、全て赤の大通りにあるため、全て歩いて見て回る
    ことが出来る。

    まず、1つ目は、ロシア国立ノボシビルスク・オペラ・バレエ劇場。 今回は時間の
    都合でバレエを見ることが出来なかったが、その昔、バレエのプロデューサーを
    していた時に、遥々ロシアから呼び寄せたのが、このノボシビルスクバレエ団。
    劇場の規模は北半球一で、南半球のどこかに更に大きな劇場がある模様。

    2つ目は聖ニコラス礼拝堂、3つ目は建築家クラチコフの記念碑、4つ目は、
    アレクサンドル・ネフスキー大聖堂、5つ目は、革命英雄記念碑。 革命英雄
    記念碑は、大昔に習ったロシア語の教科書に載っていたため、どうしても行きたい
    場所であった。

    ノボシビルスク
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    ノボシビルスクに到着した日は、たまたま、ノボシビルスク生誕125周年際の日で
    あったが、白夜により、夜11時まで日が全く沈まなかったため、夜の11時から
    花火が打ち上げられた。 いつまで経っても日が沈まないため、お子ちゃまも
    夜中なのに、普通に通りを歩いていました。 この晩は、近所のカフェでロシア
    料理を堪能したのだが、何故かデジカメで撮影するのを忘れたため、ロシア料理を
    見たいお方は、Google Photoをご覧くだされ。

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    劇団としてのボリショイ劇場の起源は1776年に遡るが、現在の場所に移るのは
    1825年である。 1853年の火災の後、1855年~1856年に今の後期古典主義様式の
    建物が完成した。 設計者は、カヴァスである。 21世紀に入ってからも大規模な
    改築が行われた。

    bolshogoteatra

    初期の俳優や歌手は、各地の農奴劇団のメンバーから成っていた。 国費で身請け
    して団員に採用したのである。 グリンカのオペラ『ツァーリに捧げし命』
    『ルスランとリュドミラ』等を上演し、やがて、チャイコフスキーの様々な
    オペラや、フランス人プチパ振付けによるバレエの上演が人気を博すようになる。

    一座の最盛時は、バスのシャリャービン、テノールのソビーノフ、ソプラノの
    ネジダーノワ等のスターが一斉に舞台に登場する20世紀の初頭である。



    ボリショイ劇場の脇に立っているマールイ劇場は、19世紀初期には、オペラや
    バレエも上演したが、世紀半ば過ぎから、出し物が芝居専門になる。 劇作家でも
    あるオストロフスキーの演出によって、彼自身の史劇や現代劇を中心に上演した。
    プーシキンやツルゲーネフの戯曲も、舞台に掛けられ、サドーフスキー一家、
    コシツカヤ、ワシーリエフ等の人気役者を輩出した。

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    5月27日は、サンクト・ペテルブルグ建市の日。 これは、ピョートル大帝によって
    1703年5月27日(昔ロシアで使われていたユリウス暦では5月13日)に築かれた
    人工都市である事に由来しており、現在でも5月27日は建市記念日として市の
    祝日となっている。

    Petropavlovskaia

    ロシアでは、『母なるモスクワ』、『父なるサンクト・ペテルブルク』と呼ばれる事が多い
    両都市だが、モスクワが『大地信仰』を根底とするロシアを象徴する土着の都であった
    のに対し、ペテルブルクは西欧に開かれた窓、いわゆる、人工的に建設された西欧的、
    キリスト教的な支配を象徴する都と考えられているため、このように呼ばれている。

    Horseman002

    この周辺は、ルーシの北端に位置しており、キエフ公国がモンゴル襲来により分裂
    すると、ノヴゴロド公国の辺境地帯となった。 その後、ノヴゴロドを併合した
    モスクワ公国領となっていたが、1617年にスウェーデンがこの地を奪取し、以後
    ピョートル大抵の時代に至るまで、約90年間この地域はスウェーデン領のイングリアと
    なっていた。
     
    stpetemap02

    大北方戦争の結果、スウェーデンから奪取したフィンランド湾沿岸部に新たに都が
    建設される事となったのだが、造営前のペテルブルク一帯は、荒れ果てた沼地であり、
    ネバ川河口付近には、同時並行でペトロパヴロフスク要塞も建設されたが、荒れ
    果てた沼地の上に新都市を建設したため、その作業は過酷を極め、約1万人が命を
    落としたとも言われており、『屍の上に築かれた都市』との異名を持っている。

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    新しい都の建設後は、ロシア帝国の首都としてふさわしい街となるよう、歴代の
    皇帝が整備を行い、1725年には科学アカデミーが、1754年には王宮として冬宮が
    完成。 ネフスキー大通りが整備され、冬宮を中心とした放射状の街並みが
    作られて行った。 1757年には演劇アカデミーが創設され、エカテリーナ2世時代の
    1762年には冬宮の一角にエルミタージュ美術館の元となる展示室が開設された。

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    サンクト・ペテルブルグの都市名は、都市の設立時から1914年まで用いられた後、
    ドイツとの戦争時に、一時的にロシア的な名称である『ペトログラード』と改称されたが、
    ロシア革命後の1924年、レニングラードと改称、1991年のソ連崩壊後、再びドイツ語の
    サンクト・ペテルブルグに戻った。

    saintp3

    バレエや文学が盛んな芸術都市としても知られ、5月下旬から7月中旬には、太陽の
    沈まない白夜の町としても有名。 ピョートル大帝は、ロシアの近代化のための窓口
    として莫大な費用を掛けて建設し、後のエカテリーナ2世によって、芸術都市としての
    礎が築かれて行った。 19世紀にはロシア文学が花開き、世界最高峰の名作が
    次々に生み出されて行った。 天才と謳われた詩人・プーシキンや、『罪と罰』の
    作者ドストエフスキーなど、著名な人物もこの都市を拠点に活動していた。

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    ペトロハヴロフスク要塞やエカテリーナ宮殿など、歴史を刻んだ多くの建築物が、
    周辺の歴史地区と共に世界遺産に登録されている。

    【サンクト・ペテルブルグの主な見どころ】
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