多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

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    タグ:ネガティブ

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    自己責任とは、本来は、自分の行動には自分に責任が存在することや、自身の
    過失による場合にのみ、自身が責任を負うことを表しているが、最近の自己責任の
    用法には、その用法が間違っていたり、やや度が過ぎている感じが否めない。

    この言葉は、事故や事件が発生した際に、被害者に対しても使われることが多い
    せいか、非常にネガティブな響きがある。 命に関わるような重大な事件に巻き
    込まれた際にも、自己責任の一言で何もかもが片付けられてしまうことも
    しばしば。 本来は守られなければならない弱い立場の被害者にすら、自己責任と
    称して、社会からはバッサリと切り捨てられるのだから、たまったものではない。

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    特に間違った用法としては、他人にまで自分の責任を強く押し付ける際や、
    さほど興味がない話題に対して、吐き捨てる場合の必殺技としても用いられるため、
    本来の意味からは、大きく掛け離れてしまったと言える。

    自己責任を強く問う人間に限って、自分では全く責任を負わず、他人のせいにばかり
    している人間が実は多いのだが、あたかも、自分にはその責任はないとばかりにまくしたてるため、完全に責任転嫁のレベルにまで達している人間も多い。

    誰も一切責任を取らず、他人のせいにばかりしている社会では、幸福を感じる
    こと自体難しいため、それがストレスとなって、回りまわって、自己責任ばかりを
    問う人間が多くなってしまっているのが悲しい現実なのだが、少しは心に余裕を
    持ち、その負の連鎖を断ち切らない限り、安心して暮らせる未来はない。 明日は
    わが身と置き換えて、真剣に相手の立場になって考えて見ることが重要なのでは
    ないだろうか。

    【お勧めの一冊】


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    ヨーロッパなどの国際社会では、社会批判が社会の抑止力として機能をしており、
    特に、何もかも否定をするのが当たり前のフランスでは、この傾向が強い。 では、
    どうして、社会批判が、社会の抑止力になり得るのかと言うと、様々な視点から
    物事を見る事が出来るからである。

    例えば、日本のように、肯定的な意見しか許さず、皆同じような意見の人間ばかりで
    凝り固まってしまった場合、誰もそれを止める事が出来ずに、あらぬ方向に社会が
    進んでしまう事が多々ある。 同じような意見ばかりを述べていると、例え間違って
    いたとしても、誰もそれを否定出来なくなるため、抑止力が利かなくなるのである。

    そもそも、社会批判をする際には、それなりの知識が必要となり、当然、自分の頭で
    色々と考えなければならないのだが、思考停止社会では、それが出来ず、何もかも
    上からの言いなりとなってしまうため、他者と異なる事を極端に恐れる、いわゆる、
    監視社会となってしまう。

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    日本社会が息苦しいと言われているのは、正にこの点で、一度過ちを犯したり、
    道を外れてしまうと、二度と全うな道には戻れないため、自殺者が後を絶たない。
    国が国民を治める場合、何も考えずに、意見も言わない国民の方が当然コントロール
    しやすいため、いわゆる、独裁国家では、このような状況に陥りやすい。

    独裁社会でもない日本が、このような状況に陥ってしまったのは、ひとえに、政治が
    原因であり、ちょっとしたネガティブな話題ですら一切許さない、許容性のなさから
    来ている。 政治批判すらままならない日本の社会には、絶望を通り越して、
    恐怖すら感じるのだが、たった一人がクレームを言い出しただけで、一々右往左往
    する社会にも疑問を感じる。

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    そもそも、日本には、無責任な言論の自由はあるものの、責任を伴った言論の自由は
    存在していない。 よって、適当な事柄は、散々意見されるものの、実際に困った
    状況に陥った際には、見捨てられる事が多い。 綺麗ごとばかりを言っている間に、
    現実をまともに見る事すら出来ない人間が多くなったのではないだろうか。

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    『前向き』や『ポジティブ』を常に口にしている人も多いのだが、本当の『前向き』や
    『ポジティブ』とは、ネガティブな事柄や、不都合な事実にふたをして、見て見ぬ振りを
    する事ではない。 本当の『前向き』や『ポジティブ』とは、ネガティブな事柄をしっかりと
    受け止めた上で、プラス思考で居られる人たちの事。 よって、ネガティブな事柄を
    全く受け入れられない人達は、単なるネガティブ。

    社会批判や政治批判は、決してネガティブな事柄ではない。 堂々と自分の意見を
    公の場で述べる事こそが、言論の自由であり、ひいては、社会浄化へも繋がって行く
    ため、間違っていると思う事柄は、どんどんと否定して行った方が良いと思う。
    多様性を認め合える社会こそが、真の自由主義なのではないだろうか。

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    ネガティブな話題に対して、マイナスにしか反応しない人は、そのネガティブな事柄に
    対して、どのように対処して良いのかが分からないのだと最近何となく分かって来た。

    恐らく、相対的な知識が不足しているため、そうなるのだと思うのだが、そもそも、
    存在するものを無視しても、絶対に無くならないため、目の前にある問題を解決して、
    スッキリと先に進んだ方が良いと思うのだが、石橋を叩いても渡らないタイプの人の
    場合は、何をどう言っても無駄なため、とりあえず、そっとして置くのが得策。

    sippai

    ネガティブな話題は、してはいけないのではなく、無視してはいけないのだと思うのだが、
    ネガティブバカには、馬の耳に念仏か。 ネガティブな話題をすると、人様から嫌われると
    頑なに信じている人が多いが、マイナスな問題を解決出来ない人間に、大人を名乗る
    資格はないのではなかろうか。 他人が本当に困っている際に、平気で見殺しに出来る
    人間の方が嫌われると思うのだが。 日本で見殺しが横行しているのは、全て、
    この理論で説明出来る。

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    きれいごととは、ネガティブな内容を真っ向から駆逐し、その上から、取って付けたように
    強引にお花畑を導入する事。 正に、百花乱舞。 一見、ポジティブと同じにも見えるが、
    ポジティブの場合は、ネガティブを受け入れ、それでも、尚、前向きな状態を指すが、
    きれいごとの場合は、ネガティブとは相反するため、何もかも無視。

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    すぐ目の前で、誰かが苦しんでいたとしても、自分のお花が咲き乱れている限りは、
    一切何もかもなかった事となる。 泣き言は、一見ネガティブにも聞こえるが、実際の
    ところは、本音を語っているので、耳を傾けてあげた方が、世のため人のため。

    きれいごとばかりを言っている人は、そもそも、物事の本質を全く見ていないため、
    自己中心的なエゴイストとも言える。 きれいごとは、とても便利な魔法の呪文ようなもの
    なので、これを良しとしている人には、近づかない方が、身のためか。 ひとことで言うと、
    ウソだと思います。 ウソのつき過ぎには、十分注意しませう。

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