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    タグ:ニューファウンドランド

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    第二次世界大戦中、カナダはイギリスに協力して反独同盟に加わったが、直ちに
    徴兵したり、海外に兵を出したりはしなかった。 1941年の末、カナダはイギリス
    及びアメリカ合衆国と同盟し、日本に対して宣戦を布告した。 やがて、100万人
    以上のカナダ人の男女が従軍し、アジアやヨーロッパの戦闘に加わった。 死傷者は
    9万人を超えた。

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    1945年に終戦を迎えると、カナダは国内の改革に関心を向けた。 戦争で荒れ
    果てたヨーロッパやアジアの国々から、大量の移民がやって来た。 都市の
    人口は増大して、郊外が広がって行った。 住宅の需要が高まり建設業が繁栄した。

    キング牧師が目指したのは、全カナダ人の福祉を確立することだった。 同政府は
    失業保険、復員軍人恩給の充実、老齢年金の増額、医療制度の改善などをはじめ、
    広い範囲に渡る社会保障制度を立法化した。 この制度が一助となって、一般の
    人々の生活水準は上がった。

    他の分野においても、カナダの努力は目覚しい発展をもたらした。 アルバータ州で
    新しい油田が発見され、ケベックとオンタリオ両州では大量の鉱物資源が見つ
    かった。 交通が発達し、水力発電も増えた。 製造業は消費者の需要の増大に
    合わせて、生産を向上させた。 アメリカ合衆国を筆頭に諸外国がカナダの新しい
    工業に莫大な資本を投下するようになった。

    1949年、ニューファウンドランドは住民投票によりカナダ第10番目の州になる
    ことを決定した。 これはニューファウンドランドが始めてカナダの繁栄を認めた
    ことを物語っている。

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    当時、ヨーロッパ人は贅沢な品物や豊かな市場のあるアジアへの近道を
    探していた。 1467年、イングランド王ヘンリー7世に雇われたイタリアの
    探検家ジョバンニ・カボートが北回りの海路でアジアへ向かった。 しかし、
    彼が上陸したのは、カナダの東海岸で、ニューファウンドランドとノバスコシアの
    中間のどこかだった。

    彼はそこをイギリスの領土と宣言した。 カボートが発見した土地は、沿岸の海が
    魚の宝庫だった。 ヨーロッパでは魚の需要が増えつつあったため、イギリス、
    ポルトガル、フランスの猟師たちが大挙してニューファウンドランド沖に出漁して
    来た。

    やがて、ヨーロッパ人はその地が未知の世界であることを知った。 ヨーロッパ
    各国の王室は、貴金属が埋蔵されている可能性のある新世界に注目した。

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    1534年、フランスの探検家ジャック・カルティエは、フランス王国フランソワ
    1世に資金を出してもらい、大西洋の探検航海に乗り出した。 1534年、
    カルティエはセントローレンス川の河口を発見し、35年には、セントローレンス川
    を遡って、2つのインディアンの村落に相次いでたどり着いた。 これが現在の
    ケベックとモントリオールである。

    カルティエは、この地域一体をフランス領と宣言した。 しかし、フランソワ1世は
    打ち続く戦乱のために、カルティエの探検にもうこれ以上の資金援助をする余裕が
    なかった。 カルティエは太平洋岸まで探検出来ず、フランスは新世界の植民地化を
    ほとんど進めることが出来なかったのである。

    【交易の発展とイギリスの進出】

    カナダにはまだヨーロッパ人の居住地はなかったが、ヨーロッパの漁師たちは、
    引き続き大西洋岸一体の豊かな漁場を利用していた。 捕った魚を日に干すために
    上陸した漁師たちは、付近のインディアンと出会うようになった。
    インディアンは、ヨーロッパ人の漁具に目を付け、毛皮と交換してもらいた
    がった。

    やがて、主にフランスの漁師とインディアンとの間で、毛皮交易が活発に行われる
    ようになった。 フランスの若者たちは、インディアンの村落の近くに住み始め、
    インディアンに集めさせたビーバーなどの毛皮を本国に送った。 インディアンの
    部族、特に、ヒューロン族とイロコイ族が、毛皮交易のインディアン側の主導権を
    めぐって張り合うこともあった。

    一方、イギリスは再び探検に関心を持ち始めた。 1583年にハンフリー・
    ギルバート卿がニューファウンドランドに上陸し、そこをイギリスの領土と
    宣言した。 その後、西へ向かって数々の探検が行われ、1610年にはイギリスの
    探検家ヘンリー・ハドソンが今日ハドソン湾と呼ばれる広大な内湾にたどり着いた。

    【お勧めの一品】



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    今から数千年前、現在のカナダにはじめて定住した人々は、アジアから陸続きの
    部分を通って北アメリカにやって来た。 後にインディアンと呼ばれるように
    なったこのアジア人たちは、まず北アメリカの北西部にたどり着いた。 野生の
    食物を集めたり狩りと漁をしたりしながら、次第に東へ移住して行った。

    その後何百年も経って、北東アジアの人々がインディアンと同じルートをたどって
    渡って来た。 新しい新住民たちは、自分たちをイヌイット(人々という意味)と
    呼んでいたが、インディアンからはエスキモー(生肉を食べる人々)と名付けられた。
    イヌイットは、北アメリカに到着すると、北極地域に留まった。 この2つの
    先住民は、数百年もの間、狩猟と採集の生活をしていたのである。

    Nof60


    【初期の探検】
     西暦985年頃、ノルウェー人の探検家エリック・トルパルセン(赤毛のエリック)が
    アイスランドから海を渡って、グリーンランドの東海岸に到着した。 その地には、
    既にイヌイットの集落があった。 彼はそこに2つの居住地をつくった。 1002年頃
    には、エリックの息子のレイフ・エリクソンがグリーンランドから西に向かって
    出帆し、バッフィン島と現在のニューファウンドランド沿岸に到着したらしい。
    ヨーロッパ人が北アメリカに上陸したのは、これが最初だと歴史家は考えている。

    やがて父親が死ぬと、エリクソンはグリーンランドに戻り、父親がつくった居住地の
    経営に当たった。 14世紀になると、ノルウェー人の居住地は、資金不足と厳しい
    天候の変化のために衰えた。 その後、数十年に渡って、ヨーロッパとカナダの
    連絡は途絶えた。

    15世紀の末になると、ヨーロッパ人は再び新大陸の探検に関心を持つようになった。
    当時のカナダでは、インディアン独自の数々の文化が栄えていた。 最も大きな
    集団を形作っていたのは、ハドソン湾と西部山岳地帯の間に住んでいた
    アタバスカン族である。 アルゴンキン族は、大西洋岸からロッキー山脈に掛けての
    北部森林地帯や平原地帯に住んでいた。 現在のオンタリオ州南部は、イロコイ族と
    ヒューロン族の居住地だった。 そして、イヌイットは相変わらず北極に近い地域に
    孤立していた。

    【お勧めの一冊】


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