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    タグ:タシケント

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    タシケントは、旧ソ連邦内でも第4の都市であったのだが、現在のタシケントは
    旧ソ連時代に拡大したエリアが多く、歴史的建築物は多くは残っていない。
    このため、市内には、余り見る物がないため、とりあえず、地下鉄に乗って街の
    北西部にある昔のタシケントの雰囲気が残るエリアにあるバザールを見に行く
    ことにした。 空港そばにあるホステルからタシケント駅までは、約2キロ、
    徒歩30分の距離。 その前に、無料のホステルの朝食堪能♪ カロリー高めの
    日本の食事と比較しても、ウズベキスタンの食事は素朴なのが良く分かる。

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    とりあえず、タシケント鉄道駅に到着。 1年前の地球の歩き方を持って来て
    しまったため、「地下鉄内では撮影禁止」との記載があったのだが、気軽に
    写真をバシャバシャ撮っても特に何も言われないため、おかしいと思っていた
    ところ、撮影禁止は昨年解除されたとか。 例え何か言われたとしても、
    こちらは、ロシア語で色々と言い返してやるので、特に問題はないのだがw

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    【タシケントの地下鉄】
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    地下鉄ウズベキスタン線のチョルスー駅で降りて、旧市街最大のバザールである
    チョルスー・バザールへと向かいます。 このバザールは、中央アジアでも
    最大規模で、バザール内はとにかく広大。 日用品からお土産、家具まで何でも
    揃うのが特徴、バザールが最も賑わうのは午前中なので、なるべく早めに訪れるのが
    おすすめ。 バザール内は、2年ほど前までは撮影禁止であったが、禁止が解除
    された。

    チョルスー・バザール
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    【チョルスー・バザール】
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    再度、タシケント鉄道駅からタシケント空港そばにあるホステルまで徒歩で移動し、
    荷物を持って、再度徒歩でタシケント空港まで移動しました。 タクシーで
    移動してもさほど料金は高くはないのだが、ホステルのおばさんに空港までは
    歩いても15分程度であるため、タクシーを呼ぶよりも、歩いた方が早いと言われた
    ため、景色を楽しみながら、歩いて行くことにした。 ホステル内では、全員
    ロシア語が通じたが、1名だけ、なぜか英語で話したがる従業員がいたため、
    その人とだけは英語で話した。

    次の目的地は、カザフスタンのアルマトイ経由でキルギスのビシケクを目指します。

    【タシケント空港】

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    2018年7月19日、ウズベキスタン・オリンピック委員会は、スポーツ文化省が
    担当している体育とスポーツ強化のための基金創設に関する記者会見を行った。
    この会見には、体育とスポーツ基金の臨時理事であるハルボエフ・ジャモル氏、
    事務次官のアクマル・ババフ氏、メディアの代表者らが出席した。
    2018年3月5日付けウズベキスタン共和国大統領令UP-5368には「行政制度を
    根本的に改善するための措置」が記載されており、これに基づき、ウズベキスタン
    共和国の体育・スポーツ省内に体育とスポーツ振興基金が設立された。 この
    法令では、課題と役割、基金の活動を組織化する手続き、資金形成とその使用
    方法、権利と義務が明確に定義された。

    この基金により、対象範囲が拡大し、以前は19歳未満の選手のみがサポート対象
    であったが、今回から年齢カテゴリによる制限がなくなった。

    この基金の活動では、年齢カテゴリーに関わらず、スポーツ選手をサポートする。
    この基金では、スポーツ施設の建設問題のみを取り扱うのではなく、その課題や
    組織構造が根本的に見直されている。

    2018年〜2019年の対象期間中に、ウズベキスタン・スポーツ文化省の
    体育スポーツ振興財団から資金提供を受けた体育施設やスポーツ施設の建設、
    改築、改修に関する報告会が行われた。 このプログラムの一環として、
    51のスポーツ施設が建設される他、多くのスポーツ施設の改修や修繕が行われる
    予定となっている。 更に、規定に基づき、51のスポーツ施設に対して、必要な
    スポーツ器具を購入する予定となっている。

    上記の例としては、スポーツ施設(アンディジャン、サマルカンド、ブハラ、
    タシケントに4つの総合スポーツ複合施設、12の青少年体育学校とオリンピック
    候補生養成青少年特別体育学校、12の屋内スイミングプール)の建設のために
    238億の予算が割り当てられている。

    既存の15の子供スポーツ複合施設、オリンピック候補生養成体育学校、4つの
    スイミングプールを改修するために950億ドル強の援助が割り当てられる。
    全てのスポーツ施設では、350億ドル相当のスポーツ用具と機材を購入する予定
    となっている。

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    ウズベキスタンは、ソビエト時代の民族別国境画定(1924年~1925年)によって、
    人為的に国境が定められて来た。 フェルガナ盆地の東端がウズベキスタンと
    キルギスに分割され、更に1929年には、ウズベキスタンの一自治州だった
    タジキスタンが連邦構成国へと昇格したことで、現在の国境線が画定された。
    ソビエト連邦崩壊後、かつての共和国が民族や宗教、それに領土をめぐって
    憎しみ合ったり、紛争に至ったりする原因は、ウズベキスタンも同じだ。

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    1999年8月、JICA(国際協力機構)から派遣された日本人技師4人が拉致された
    事件で、犯行声明を出したのは、『ウズベキスタン・イスラム運動(IMU)』と
    呼ばれるイスラム原始主義をうたったテロ組織だった。

    IMUは、1998年に組織され、創設者は、原理主義者のタヒル・ユルダシェフとソ連の
    落下傘部隊出身のジュマ・ナマンガニ。 彼らは、ウズベキスタンのカリモフ政権
    打倒を掲げていたが、本音はウズベキスタン、タジキスタン、キルギスの3国に
    またがるフェルガナ盆地に、イスラム国家を樹立することだった。

    IMUがその名前を知られるようになったのは、1992年、隣国タジキスタン共和党系
    政府と、イスラム系野党勢力タジキスタン・イスラム復興党の間で起きた内戦で、
    野党の信任を得て参加したことだった。 そしてこの時、パキスタンのペシャワルで
    オサマ・ビンラディンと繋がったという。 その後IMUは、タジキスタンやタリバン
    支配下のアフガニスタンをベースに、武装闘争を宣言、1999年から2000年には、
    ウズベキスタン政府軍への攻撃を続けていた。

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    創設者の1人、ナマンガニは、2001年10月に『テロとの戦争』 を遂行する北部同盟
    および、アメリカ軍との戦闘で戦死。 ユルダシェフは、2009年にパキスタンの
    部族地域のひとつ、ワジリスタンでアメリカ空軍の攻撃を受け死亡した。

    アメリカのアフガニスタン侵攻後、ウズベキスタンやタジキスタンのイスラム武装
    組織の力は弱体化したと言われている。 しかし、IMUは、以前アフガニスタン
    との国境地帯で活動中であり、タジキスタンの反政府勢力も、首都ドゥシャンベ
    市内で2007年~2009年に7件の爆弾テロ事件を起こすなど、以前不安定な状況
    にある。

    【お勧めの一冊】


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