多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

世界80言語対応の『多言語翻訳GoWest』を運営しています。 お見積もりはお気軽に『お問い合わせ』からお願い致します (^-^)b 『我孫子ゲストハウス』の運営も行っております。



    ブログランキングに参加していますので、クリックをお願いします!
    I’m participating in blog ranking, please click the following buttons!
    Je participe au classement des blogs, veuillez cliquer sur les boutons suivants !
    Ich nehme am Blog-Ranking teil. Bitte klicken Sie die folgenden Schaltflächen!
    Я участвую в рейтинге блогов, пожалуйста, нажмите на следующие кнопки!
    にほんブログ村 外国語ブログへ
    にほんブログ村
    人気ブログランキング

    タグ:コレア・デル・リオ

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    初めて海を渡ったサムライ
    慶長遣欧使節は、慶長18年(1613年)に仙台藩主の伊達政宗がフランシスコ会
    宣教師ルイス・ソテロを正使、支倉常長を副使として、スペイン国王
    フェリペ3世、および、ローマ教皇・パウロ5世のもとに派遣した使節であるが、
    元々、この使節団は、その2年前の1611年に三陸を大規模な津波を襲ったのを
    契機に、徳川家康の許可を得て、仙台藩が単独、かつ独自に派遣した使節団
    である。

    32613308
    M008451

    82dd2bb2

    当時の日本は、江戸幕府による鎖国令が敷かれており、津波による大災害を
    好機へと変え、ガレオン船を建造して、海外へとその活路を見出そうとした
    伊達政宗の日本野望とも言える壮大な計画である。 この時、伊達政宗は、
    「奥州王」の名において、イスパニア艦隊の日本への派遣をこの使節団に要請
    しており、当時世界最強であったイスパニア艦隊がその政宗の要請に応じて
    いれば、日本は根底から何もかもが変わっていた可能性がある。 一説に
    よれば、徳川幕府を倒すためにこの使節団を派遣したとも言われている。

    hasekura

    コレア・デル・リオ
    奥州遣欧使節は、現在の宮城県石巻市の月の浦を出航し、ヌエヴァ・イスパニア
    (メキシコ)を経由して、一路ローマを目指したが、その途中のスペイン南部に
    あるコレア・デル・リオという小さな街で長期滞在した。 この街で滞在をした
    理由は、ルイス・ソテロの出身地であるためと言われている。 この滞在には、
    諸説あるが、使節団は、最長で1年程度をこの街で過ごしたとも言われている。

    この街には、ハポン(Japón=日本)姓、もしくは、Xapón姓の人が数百人
    住んでおり、この使節団の中で日本に帰らず現地に留まり移住したキリスト
    教徒の仙台藩の藩士や使節の現地人水夫、その支援者の子孫であると言われ
    ている。

    IMG_3344

    IMG_3359

    コレア・デル・リオ
    IMG_3341
    IMG_3342
    IMG_3343
    IMG_3348
    IMG_3350
    IMG_3350
    IMG_3352
    IMG_3353
    IMG_3357

    政宗の野望費える
    1615年1月30日、使節団は首都マドリードにてイスパニア国王フェリペ3世に謁見を
    許された。 2月17日、支倉常長は、フェリペ3世ら臨席のもと、王立修道院の
    付属教会で洗礼を受けた。 8月22日、使節団はマドリードを出発した。 使節団は
    その後、10月25日にローマに到着し、10月29日、ローマにおいて栄誉あるローマ
    入市式を行った。 11月3日、常長、ソテロらが、ローマ教皇・パウロ5世に
    謁見し、ローマ市民権証書が授与された。 但し、交渉は難航し、結局、政宗の
    嘆願が受け入れられることはなかった。

    この使節団は、出航直後にキリシタン禁令や宣教師追放令が出たことから、
    7年後に帰国するものの、洗礼を受けていた支倉常長を当主とする支倉家は
    御家断絶の憂き目に。 ルイス・ソテロもマニラから密入国しようとしたが
    捕らえられ、寛永元年7月12日(1624年8月25日)に長崎の大村で火刑により
    殉教した。

    岩倉使節団
    QUYAE-BIE

    その後、使節団のことは語られることなく、明治6(1873)年に岩倉具視率いる
    「岩倉使節団」がイタリアのヴェネツィアで常長の書状を発見したことで、慶長遣欧
    使節の偉業が明らかとなった。 これが切っ掛けで、当時逆賊扱いをされていた
    仙台の地に、日本で2番目の高等学校、仙台第二高等学校(現在の東北大学)が開設
    されることとなった。

    使節団が持ち帰った貴重な資料は国宝に指定されていたが、2013年6月にユネスコの
    「世界記憶遺産」に登録され、仙台市博物館に保管されている。



    東日本大震災
    コレア・デル・リオでの滞在は、たった1日のみであったが、東日本大震災が
    発生した際に、このコリア・デル・リオ市が避難民を受け入れているという
    噂を聞き付け、スペイン語でコリア・デル・リオ市役所に問い合わせたところ、
    全くのデマであることが判明したため、結局、この地に住むことはなかったが、
    もし、本当にコリア・デル・リオ市が避難民を受け入れていたならば、今頃は、
    日本などからは離れて、この地で生きていたと思う。 宿泊した宿のオーナーも
    ハポンと言う人であった。

    コリア・デル・リオ市は、日本人の末裔の街であるため、日本人観光客向けに日本語
    での案内もあるのだが、肝心の日本人が、その史実を全く知らないため、ここには、
    滅多に日本人が来ないとか。 コレア・デル・リオは、セビリアからバスで1時間
    程度の場所にあるため、昔のサムライの気概を感じるために、コリア・デル・リオを
    訪れて見るのも一興だと思う。

    >>遠い帆 ~日本で始めて海を渡ったサムライ~

    >>トップページに戻る





    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 外国語ブログ 通訳・翻訳(英語以外)へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    アンダルシアの旅
    スペイン最南端のアルヘシーラスから路線バスでアンダルシア州の中心地、
    セビリアを目指します。 この地域は鉄道が全く通っていないため、移動手段は
    バス、または、乗り合いタクシーのみ。 当初、乗り合いタクシーに予約を
    入れたところ、断られてしまったため、仕方なくバスに乗りました。
    アルヘシーラス→セビリアまでは、5時間程度掛かりますが、途中、トイレすら
    ない場所で20分程度の休憩の後、更にセビリアを目指します。 バスの運転手は
    女性の方でしたが、ヨーロッパでは女性のバスの運転手は全く珍しくはないものの、
    日本では、女性のバスの運転手は、まだまだ少数派。

    IMG_3319

    IMG_3323

    IMG_3324

    IMG_3325

    夜の8時近くにようやくセビリアへと到着。 セビリアは、スペイン南部
    アンダルシア州の州都、並びに、セビリア県の県都で、人口は約70万人程度しか
    いなものの、闘牛やフラメンコの本場であるため、観光地としても人気があります。
    通常の観光客は、アンダルシアに宿泊をする際には、このセビリアを選びますが、
    ここからバスで約1時間の場所にあるコレア・デル・リオを宿泊地にしたため、
    更にバスで移動します。

    【夜のセビリア】
    IMG_3326
    IMG_3327
    IMG_3328
    IMG_3329
    IMG_3332
    IMG_3335
    IMG_3336
    IMG_3337
    IMG_3340

    バスの時間があるため、余りゆっくりとは出来なかったものの、街の中心部を
    ざっと観光の後、バスの運転手に確かめて、コリオ・デル・リオ方面のバスに
    乗ったつもりが、Google Mapを見ていると、全くの逆方向に行っていることが
    判明したため、20分ほどバスに乗ってから、途中で降りて、今度は、逆方向の
    バスに乗って、また同じ場所へと戻ることとなりました。。 スペイン人の言って
    いる内容は、相当適当なのと、英語がさほど通じないため、確かめたつもりが、
    適当に受け流されていたということは多々あります。。 よって、セビリアで
    1時間半以上も時間を無駄にしてしまいました。。

    >>トップページに戻る





    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 外国語ブログ マルチリンガルへ
    にほんブログ村

    このページのトップヘ