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    タグ:カルパチア

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    『ルテニア』は、現在のウクライナ西部とポーランド南東部にまたがる地域を
    指すが、広い意味ではウクライナ、あるいは、ウクライナとベラルーシを合わせた
    地域を指す。 ルテニアとは『赤ロシア』の意味を持つ。

    この『ルテニア』とは、今日のロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人の祖先
    であるルーシ人のラテン語による外名で、『ルーシ』のラテン語名『ルテニア』
    (Ruthenia)に由来している。 したがって、元来はルーシ人の同義語であるが、
    特に、西ウクライナのウクライナ人の古称としても用いられる。

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    日本語における研究では、キエフ大公国(キエフ・ルーシ)を『ルテニア』と呼ぶ
    習慣がないため、その時代のルーシ人をルテニア人と呼ぶのは一般的ではない
    (西欧米の研究では呼ぶ場合がある)。 また、ロシア帝国領内の小ロシア人や
    白ロシア人をルテニア人と呼ぶのも一般的ではない。

    ルテニア人は、ルシン人とも書かれることがあるが、少数民族であるルシン人は、
    本来のルテニア人とは異なっており、この表記の揺れが混乱を招いている。
    ルシン人は、ウクライナ語の方言とされるルシン語を話すスラヴ人の民族集団
    であり、ルーマニア、スロヴァキア、セルビア、ウクライナなど東ヨーロッパ
    各地に広く住んでいる。

    ルーシ人が19世紀から20世紀初めにかけて『ウクライナ人』として民族意識が
    形成されていく中、ルシン人はそれを受け入れてこなかった少数民族を起源に持つ。
    こうした現象は1945年以降のソヴィエト政権下のカルパチアやポーランド政府、
    そして1950年代前半までのチェコスロヴァキア政府が『ルシン人』という名称の
    使用を禁止していたことによる。

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    今ではスロヴァキア、ポーランド、ハンガリー、チェコそしてセルビア政府が
    『ルシン人』と公式に少数民族として認めている。 2007年、ウクライナの
    ザカルパッチャ州で初めて独立した民族であると認められた。 ウクライナ国内の
    ルシン人がウクライナ国籍を持ち、そのほとんどがウクライナ人としての民族意識を
    持っているのに対し、現在ルシン人としての民族意識を有している人々の多くは
    ウクライナ国外に住んでいる。
     
    ルシン人の数は約120万人と見積もられているが、そのうち自分がルシン人であると
    認識しているのはたった55,000人に過ぎない。 ルシン人という民族分類には
    異論も多く、ルシン人は広義的なルーシ人であり、ロシア人、ウクライナ人、
    ベラルーシ人とは別の独立した東スラヴ人の一派であるとされる一方で、他方では
    ウクライナ人の下位集団に過ぎないとも言われる。

    ベラルーシ人同様に、ロシア人とウクライナ人と異なり、西進したテュルク系、
    モンゴル系などの異民族との混血は少なく、コーカソイドの遺伝子を濃厚に残して
    いる特徴がある。

    現在ウクライナ領となっている、ザカルパチア・ルシン人団体大会は、ウクライナ
    政府との対話によって、ルシン民族の承認と、ポトカルパツカ・ルーシの自治権
    承認を求めることを決めた。 タス通信によると、声明には、1991年に
    ザカルパチアで実施された住民投票の結果の承認についても、キエフ当局と話し合う
    意向が記載されている。 尚、住民投票では、約80パーセントの住民が、同地域に
    自立した地位を与えることに賛成票を投じた。

    【お勧めの一冊】


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    ウクライナ西部のガリツィア地方(青い場所)は、元々はポーランド領であったため、
    どうして、そこまで、ウクライナ政府は、そこまでガリツィヤにこだわるのか、到底
    理解出来ない。 どちらかと言うと、ウクライナよりも、ポーランドに属した方が自然
    なのだが、ウクライナ人達も、ポーランドを西へと追いやっているため、南東部の
    ドンバス(緑色の場所)の事を余り強く言えない筈なのだが。 ベルリンの壁が崩壊
    した際に、ドイツの国境が画定され、ポーランドとの国境問題がなくなった今となっては、
    ポーランドも今更、ガリツィアを返せとも言えず。

    現在のウクライナ語は、このガリツィア方言が元になっていると思われ、言語的には、
    ロシア語よりも、ポーランド語と酷似している。

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    南西部のベッサラビア(北ブコビナ)は、元々、ルーマニア領、カルパチアは、スロバキア
    統治の後、ハンガリー領となったものなので、それらを束ねるのは、『愛国心』だけなの
    かも知れない。 

    日本から見た場合でも、京都が急に共産圏に入ると言い出したら、反対するの同じ。
    いくら東日本の人間が、関西の事を嫌っていたとしても、実際に、関西が別世界に言って
    しまう可能性が出てきた場合、東京も当然、大反対するであろう。

    ヨーロッパは、どこの国でも侵略や、奪い合いの末、国境が画定された場所が多いため、
    ウクライナに限らず、隣国との関係は、どこも全て微妙。

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