多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

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    タグ:オランダ語

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    正式名称は、ベルギー王国。 隣国のオランダ、ルクセンブルクと合わせてベネルクス
    とも呼ばれる。 公用語は、フランス語、オランダ語、ドイツ語の3言語。 立憲君主
    国家であるため、国王が国民に向けてスピーチをする際には、この3言語にて、行われる。
    日本では、ビールやチョコレートなどで知られる。 ヨーロッパの十字路に位置している
    ため、古代から多くの戦乱の舞台となり、建国後もドイツやフランスなどの強国に
    翻弄されてきた。

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    首都のブリュッセルは、ヨーロッパ連合(EU)の主要機関の多くが集まっているため、
    『EUの首都』と呼ばれている。 19世紀にネーデルラント連合王国から独立した国家で、
    オランダ語の一種であるフラマン語が公用語の北部フランデレン地域と、フランス語が
    公用語の南部ワロン地域とにほぼ二分される。 建国以来、単一国家であったが、
    オランダ語系住民とフランス語系住民の対立(言語戦争)が続いたため、1993年に、
    フランデレン地域とワロン地域とブリュッセル首都圏の区分を主とする連邦制に移行した。

    紀元前後になると、ローマ人との接触がはじまり、ガイウス・ユリウス・カエサルが、
    紀元前57年に著した『ガリア戦記第二巻』に、この地に居住する民族について初めて
    言及がなされた。 カエサルは、同地に居住するゲルマン人との共通性を持つケルト人の
    多くを総称して『ベルガエ族』と呼んだ。 これが、現在のベルギーの国名の語源と
    なっている。

    3世紀に入り、海進によって居住地を失った人々が大規模な移住をはじめた。
    これによってフランク族がライン川を越えてローマ帝国へ侵入をはじめ、ライン川近郊の
    多数の都市が占拠されて行くと、帝国の国境はブローニュとケルンを結ぶ軍用道路線
    まで後退した。

    こうして北部ではゲルマン人の定着に伴うフランデレン語が、南部ではワロン語が
    浸透して行き、その結果生まれた境界線は、以降のベルギーにおけるラテン系・
    ゲルマン系という民族紛争、言語戦争の起源となった。 

    ブリュッセル~ワロンの画像

    14世紀にこの地に栄えた、ブルゴーニュ公国は終焉を迎え、フランドル地方は、
    ハプスブルク家の支配下に組み込まれる事となった。 同家がスペイン系と
    オーストリア系に分かれると、ベルギーは、スペイン領となった。 16世紀には、
    スペインの支配に対して反乱を起こし、ネーデルラント17州のうち、ユトレヒト同盟を
    結んだ北部7州は、ネーデルランド連邦共和国として正式に独立を承認されたが、
    南部諸州はスペインの支配下に留まった。

    この南ネーデルラントが現在のベルギー王国の起源となっている。 フランデレン
    地方は、18世紀のスペイン継承戦争の後に、オーストリア領となった。 1789年に
    ハプスブルク=ロートリンゲン家の支配に対して、革命が起こり、1790年には
    独立国家であるベルギー合衆国が建国されたが、短期間で滅ぼされた。

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    ベルギー、並びに、ルクセンブルクは、南ネーデルランドとして再びハプスブルク家の
    支配下に戻るが、その後フランス革命戦争により、フランス軍に占領された。 フランス
    革命勃発後、ジャコバン派がフランス革命国民義勇軍を主導したが、ベルギー戦線で、
    2度に渡り、オーストリア軍を殲滅し、その後、フランス軍は、南ネーデルランドを
    占領した。 その際、ナポレオンとオーストリアは、カンポ・フォルミオ条約を結び、
    その結果、南ネーデルランドは、フランスに併合された。

    アントワープ~フランドルの画像 

    ナポレオン戦争の終結後、1815年のウィーン議定書によって、ベルギーは、オランダと
    共に、ネーデルラント連合王国として再編された。 一方、ルクセンブルク大公国は、
    ドイツ連邦に加盟した。 1830年、ベルギーは、ネーデルラントの支配に対して、独立
    革命を起こし、同年に独立を宣言する。 1839年、オランダとベルギーとの平和条約が
    締結されたた、そこでは、オランダがベルギーの独立を認める見返りに、ベルギーは
    永世中立国の宣言をせよという事になっていた。 これはプロテスタント国家オランダに
    とって、カトリック国家フランスとベルギーとの同盟による軍事的脅威をなくすための
    ものであった。 このように、ベルギーの永世中立国化はオランダの安全保障が
    関わっていた。

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    第一次世界大戦では、中立政策を無視して進入したドイツ軍によって、ほぼ全土を
    占領された。 戦後、ドイツの脅威に対抗するため、フランスと軍事協定を結んだが、
    1936年にはこれを破棄して、中立政策へと回帰した。 第二次世界大戦においても、
    ドイツ軍によって国土を占領された。

    ロンドンに亡命政権が立てられたが、国内に残った国王レオポルド3世は亡命政府の
    意向を無視して、ドイツに降伏し、国王の権限を逸脱するものとして戦後に問題視される
    事となった。 第二次大戦後のベルギーは、1951年の欧州石炭鉄鋼共同体参加以来、
    ヨーロッパ統合において中心的な役割を果たしてきた。 現在、首都ブリュッセルは
    欧州委員会などの欧州連合の主要な機関が置かれており、欧州連合の『首都』的な
    性格を帯びている。 ブリュッセルは、2014年、ビジネス、人材、文化、政治などを
    総合評価した世界都市ランキングにおいて、特に『政治的関与』が高く評価され、世界
    11位の都市と評価された。

    ベルギーは、1993年の憲法改正により、連邦制に移行した。 連邦は、ブリュッセル
    首都圏地域、フランデレン地域、ワロン地域の3つの地域と、フラマン語共同体、
    フランス語共同体、ドイツ語共同体の3つの言語共同体の2層、計6つの組織で構成
    される。 そして、フランデレン地域とワロン地域の2つの地域は、それぞれ5つの州に
    分かれている。 ただし、フラマン語共同体とフランデレン地域については、ブリュッセル
    首都圏を除き領域が完全に重なるため、現行憲法が施行されて間もなく、フラマン語
    共同体政府がフランデレン地域政府を吸収する形で統合された。

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    統合された自治体は単にフランデレンと呼ばれている。つまり、現在のベルギーには
    連邦構成主体は、憲法上は6つ存在するが、実際上は5つしか存在しない。 フランデレン
    地域とワロン地域の境界線は、国土のほぼ中央を東西に横切っており、言語境界線と
    呼ばれる。 ベルギーの住民は、オランダ語のベルギー方言とも言うべきフラマン語を
    話すフランデレン人が58%、フランス語を話すワロン人が31%、その他混血などが11%と
    なっている。 特に首都ブリュッセルは、中東系を中心とした移民が多い。 ベルギーの
    国土は、使用言語により、3つの言語共同体に分かれており、それぞれに地方公用語が
    ある。

    北部のフランデレン地域は、フラマン語共同体に属し、フラマン語(オランダ語)が
    公用語となっている。 また、フローネン、ネーメン、コミーヌなどはフランス語地域と
    なっている。 しかし、フランデレン地域の大抵のフラマン人は、老若男女を問わず
    フラマン語(オランダ語)以外にも、フランス語と英語を習得している。

    南部のワロン地域は大部分がフランス語共同体に属し、フランス語が公用語となっている。
    ベルギーのフランス語は発音・語彙に若干の特徴があるが、フランスの標準フランス語と
    ほとんど同じである。 ただし、標準フランス語の他に、ワロン語とフランス語のいくつかの
    方言も広く話されている。 フランス語の諸方言は、主にフランス国境地域で話されている。
    また、南東部のルクセンブルク国境地域では、ルクセンブルク語が話されている。 ワロン
    地域の住民で、オランダ語や英語を話す者は非常に少ない。 また、ワロン地域では、
    英語がほとんど通じない。 ワロン地域の北東極一部のドイツ国境地域は、ドイツ語
    共同体に属し、ドイツ語が公用語となっている。 ただし、それぞれの話者の割合は
    均等でなく、オランダ語が60%程度、フランス語が40%程度、ドイツ語が1%未満である。

    尚、首都ブリュッセルでは、オランダ語の使われるフランデレン地域に囲まれているが、
    フランス語話者が8割以上を占めており、フラマン語共同体とフランス語共同体の双方が
    自治権を持っている。 フランデレン地域の人々とワロン地域の人々の間には、
    『言語戦争』とまで呼ばれる対立関係が存在する。

    2006年12月13日、ベルギーの公共放送RTBFが『フランデレン地域が独立を宣言して
    前国王アルベール2世がコンゴ民主共和国に亡命した』という架空ニュースを流した
    ところ、一時国内が大混乱に陥り、地域間の溝の存在を露呈する結果となった。

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