多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

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    タグ:アングロ・サクソン人

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    イギリス英語の起源は、現在のドイツ北東部方面に住んでいたアングロ・
    サクソン人がブリテン島に渡来したところから始まる。 5世紀半ばの出来事
    であった。 インド・ヨーロッパ語派に属し、古英語、中英語、近代英語と
    発展を遂げ、20世紀になってからは、現代英語と呼ばれている。 また、
    イギリスの英語は、17世紀初頭に大西洋を渡り、アメリカに根付き、アメリカ
    英語として独自の発展を遂げている。 英米語は基本的には共通しているが、
    それでも違いは多々ある。



    発音:母音の後の r (bird、car、dark など)は、イギリスでは発音されず、
    アメリカでは発音される。 ask、cat、hat などの a は、英では[a]、米では[ӕ]、
    dot 、God、hot などの o は、英では[ɔ]米では[a]となっている。

    綴り:英 programme materialise kilometre labour
       米 program materialize kilometer labor

    語彙:英 lift、米 elevator などの違いは良く知られている。 ここでは、英米の
    順で、自動車用語を見てみたいと思う。

    bonnet/hood boot/trunk bumper/ fender, dip switch/dimmer, gear lever/stick shift,
    fascia/daschboard, indicator/blinker, silencer/muffler, windscreen/windshield

    面白いことに、日本語のカタカナ表記では、両方をごっちゃに使っている。

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    【英米語の今】

    現在、イギリスの言語学者が注目しているのは、ロンドンの中心に拡大しつつ
    あるエスチュアリ・イングリッシュ(Estuary Englich)で、これは、イギリス
    英語の変化の見本のようなもので、変化は発音に顕著に現れている。

    ① l が母音化する。
    これは語頭以外のとこで良く生じる。 例えば、milk bottle ミウクボトゥ
    (miwk bottoo)、football はフッボゥ(foobaw)のように聞こえる。

    ② th が f になる。 birth、thin、youth などは、birf、fin、youf と発音される。



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    現在、イギリスに住む人の多くはケルト人、ローマ人、アングロ・サクソン人、
    デーン人、ノルマン人など、かつてイギリスに侵入し、住み着いたヨーロッパ
    民族の子孫である。 イングランドには、ケルト人が刻んだ石灰石の像や、
    ノルマン人が建てた聖堂など、先祖の造った物が残っている。

    18、19世紀に激しかった貧富の差は、2回の世界大戦で縮まった。 社会的
    差別は尚もあるものの、以前ほど厳しいものではない。 例として、1964年
    以降、どの首相も中流ないし、労働者階級の出であることがあげられる。 また、
    若者は、独自の流行や言葉を生み出し、かつては服装や言葉遣いにハッキリ
    見られた階級差は消えた。

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    20世紀にはヨーロッパ、インド、パキスタン、香港、カリブ諸島から難民として、
    あるいは、かつての植民地からよりよい暮らしを求めて、大勢の人がイングランドに
    移住して来た。 1990年代前半には、移民は500万人にも上った。 その多くは、
    都市のスラム街に住んでおり、少数派であるがために、住居や職を探すのに差別を
    受けることがある。

    民族の違いから来る都市生活の不安も、イギリスにおける新しい問題である。
    ロンドン、リバプール、ブリストル、バーミンガムなどでは、黒人や東洋人の
    住んでいる地区で暴動が起きている。 原因は、失業率の高さなどの経済問題や、
    警察と住民の関係の悪さにあると考えている人が多い。

    しかし、最近の総選挙では、東洋系や黒人の下院議員が誕生しており、また、
    少数民族が地域ごとに、自分達自身の力で問題解決の計画を立て、運営するなど、
    明るい動きも見られる。

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    ローマ人が去った後、様々なゲルマン民族、特にアングル族とサクソン族が
    イギリス諸島を侵略し始めた。 ゲルマン民族の活動とケルト文化の復興に
    よって、ローマ文化は大部分ブリタニアから消え去った。

    アングロ・サクソン人の侵略に加え、6世紀半ばに伝染病が流行、ケルト人の
    人口が減り、ゲルマン人は今日のウェールズ、カンブリア、コーンウォール等
    西や北の端へ逃げた。6世紀後半、7人のアングロ・サクソン王がイングランドの
    地に、それぞれ王国を創った。 ケント、ノーサンブリア、東アングリア、
    マーシア、ウェセックス、サセックス、エセックスの7王国である。

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    この後597年、キリスト教の中心地、ローマからイングランドに宣教師が来て、
    アングロ・サクソン人にキリスト教を布教した。 ケントに上陸した宣教師一行の
    指導者が修道士アウグスティヌスで、ケント国王エセルバードを始め、多くの
    ケントの人々に洗礼を施した。

    エセルバードは、アウグスティヌスにカンタベリーの土地を与え、ここから
    キリスト教がイングランドに広まって行く。 やがて、他の6人の王もキリスト教を
    受け入れた。 キリスト教とアングロ・サクソン芸術は次第に融合、7王国の
    中でもノーサンブリアでその芸術は頂点に達した。 リンディスファーン修道院等で
    写本が作られ、ラテン語で書物も書かれた。

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    【マーシア、ウェセックスとバイキング】
    7王国に代わって、8世紀には強力なキリスト教国が力を伸ばした。 757年から
    796年まで勢力を広げたのは、オッファを指導とするマーシア王国(イングランド
    中西部)である。 オッファは、ウェールズとの国境沿いに『オッファの防壁』と
    呼ばれる長い堤を築き、西の国境を守った。 オッファの後を継いだマーシア王達は
    力が弱く、9世紀にはイングランド中央部から南西部に位置したウェセックスが
    最強の王国となる。

    ほぼ同時期に、優れた航海技術と戦闘技術を持ったバイキングと呼ばれる冒険
    好きの民族がイングランドに攻撃を仕掛けた。 この民族は、スカンジナビア
    地方の民族で、973年にリンディスファーンを略奪、また、別の攻撃で、790年代
    には、ウェセックスを襲撃した。

    海賊行為を繰り返した後、デンマークのバイキングはウェセックスを襲った。
    イングランド周辺に定住し、貿易が出来るようにイングランドを征服しようと
    したのだった。 だが、878年の春ウェセックスのアルフレッド王が、
    グートルム王率いるデンマーク軍をエディントンで破り、886年アルフレッド王と
    グートルム王は、それぞれの王国の国境を定め、イングランド北東部の大半が
    デンマーク領となった。

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