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伊達62万石の城下町仙台は、東北最大の都市であると共に、東北最大の観光地。
今回は、その歴史と主な見どころを紹介します。



伊達政宗公の肖像画や木造は、生前片目だけで非常に親不孝をしたという遺言により、
基本的に全て両目が入れられている。 仙台市博物館所蔵の肖像画に書かれて
いるのは、辞世の句。 現代語に翻訳をすると、『少年時代は、いつも馬の上で
過ごしたが、世の中が平和になり、白髪も多くなったため、この世を楽しまないで
どうするよ?』

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伊達政宗の従兄弟の伊達成実は、戦場では、決して後退りをしなかったという非常に
勇猛果敢な武将で、常に政宗を助けた。 藩政時代の仙台藩の藩図は、明治政府に
無理やり割譲させられた岩手県の南3分の1と、同じく、福島県に割譲させられた
新地が含まれており、この他にも、仙台藩は、愛媛県の宇和島と、滋賀県にも領土が
あった。 蝦夷地(北海道)が独り立ちするまでは、仙台藩が蝦夷地を統括して
いたのと、戊辰戦争に負けた際に、仙台藩の武士は、蝦夷地へと強制的に
送られたため、仙台弁と北海道弁は、概ね同じとなっている。 但し、言語的に別れて
から、既に150年程経過しているため、北海道弁の方が古い形を残しているのが特徴。

仙台藩は、豊富秀吉によって、現在の福島、並びに、山形の旧領地を全て召し上げられ、
現在の宮城県へと国替えになったが、伊達家が最終的に目指したのは、武力ではなく、
経済力による江戸の支配。 伊達家は、全国第3位の大大名であったものの、それに
満足する事なく、近江の国出身で、治水の名手と言われていた、川村孫兵衛に命じて、
河川を切り開き、水田と港を開いて他藩との交易を活発に行なった結果、仙台藩の
実質石高は、その表高の約4倍にまで膨れ上がり、江戸に流通している米の約半分を
完全に牛耳るまでになった。 その経済力を使い、仙台藩は、直接ローマやスペインとの
交易を試みたものの、時は既に鎖国、切支丹弾圧へと進んでいたため、最終的には、
うまくは行かなかった。

仙台市博物館では、それらの資料が「慶長遣欧使節団関連資料」として展示してあり、
現在は、国宝、並びに、世界記憶遺産として指定を受けている。 慶長遣欧使節団は、
日本で初めて太平洋と大西洋を単独で横断した使節団であり、散切り頭で有名な
岩倉使節団が欧州を訪れた際に、この事実を知り、非常に感銘を受けたと言われて
いるが、それが幕末に大逆賊の汚名を着せられた仙台の地に日本で2番目の帝国大学
(現在の東北大学)が開設された直接の理由とも言われている。

支倉常長を描いた洋画は、日本人を描いた世界で初めての油絵で、切支丹へと改宗した
常長の子孫が、幕府からの弾圧を恐れて折り畳んだ後、更に丸めて筒に入れて隠し
持っていた跡がクッキリと残っている。 使節団の一部は、切支丹へと改修の後、
弾圧を恐れて、そのままスペイン南部に残り、現在は、「日本」を意味する「ハポン姓」を
名乗っているが、サムライの末裔である事を大変誇りにしているとか。 400年以上も
前に、単独で船を建設して、危険を犯してまで海を渡ってスペインとの交易を試みたのは、
表面上は、貿易のためとされているものの、実際のところは、当時世界最強の力を
誇っていたスペインの力を借りて、江戸の徳川幕府を倒すためとも言われている。

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毎年、仙台七夕の夜にだけ開催される瑞鳳殿のライトアップイベントでは、夜の瑞鳳殿を
見る事が出来る。 瑞鳳殿は、伊達政宗公の御霊屋で、今でもこの下に遺骨が納められて
いる。 仙台大空襲を受けるまでの瑞鳳殿は、国宝指定されており、日光東照宮と
同時期に建てられたため、「奥の日光」とも呼ばれていたが、戦災で消失。 その後、
昭和54年に再建されたものの、現在は、国宝指定はされていない。 派手好きであった
政宗公の御霊屋らしい、安土桃山時代の豪華絢爛な建築様式となっているため、
非常にお勧めのスポットとなっている。

仙台は日本におけるスケート発祥地となっており、仙台城三の丸にある五色沼には、
スケート発祥の地の碑が建っている。 二の丸の入口付近には、支倉常長の像が
建っている。 本丸への入り口にある隅櫓は、戦災で消失の後、再建されたが、
大手門は、消失したままの状態となっている。



昭和46年に建設された仙台港は、現在トヨタ東日本の積出港となっているため、新車が
常に駐車されているが、東日本大震災の際には、これらの新車も全て津波に流され、
瓦礫と化した。 仙台フェリーターミナルからは、北海道の苫小牧と名古屋までのフェリーが
運行されており、苫小牧まで7,500円、名古屋までは5,000円で行く事が出来る。

貨物専用駅の仙台港駅付近は、東日本大震災の際に、鉄路ごと流されたが、今では、
全ての復興が完了しているため、細かく見て行かないと、津波の爪痕は残っていない。
仙台港のすぐ裏にあった蒲生干潟は、津波で破壊されて、干潟ではなくなった。

尚、「被災地に略奪はなかった」と言う都市伝説は、全くの大ウソで、仙台港付近では、
かなり略奪が発生したが、東北の場合は、人が優しいため、「困っているのであれば、
どうぞ持って行って下さい」と言った人が多かったため、結局は、略奪にはならなかった
というのが事実。 但し、本当の略奪も実はかなり多かった。

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