多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

世界80言語対応の『多言語翻訳GoWest』を運営しています。 お見積もりはお気軽に『お問い合わせ』からお願い致します (^-^)b 『我孫子ゲストハウス』の運営も行っております。



    ブログランキングに参加していますので、クリックをお願いします!
    I’m participating in blog ranking, please click the following buttons!
    Je participe au classement des blogs, veuillez cliquer sur les boutons suivants !
    Ich nehme am Blog-Ranking teil. Bitte klicken Sie die folgenden Schaltflächen!
    Я участвую в рейтинге блогов, пожалуйста, нажмите на следующие кнопки!
    にほんブログ村 外国語ブログへ
    にほんブログ村
    人気ブログランキング

    タグ:きれいごと

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    綺麗ごとしか言わない人は知識がない。

    綺麗ごとしか言わせない人は心が狭い。

    綺麗ごとしか望まない人は視野が狭い。

    綺麗ごとしか言わない人は真実を見ていない。 

    綺麗ごとしか望まない社会には未来がない。

    gfkgjgot

    きれいごとは、何もかもマイナスな事柄にフタをして
    楽に生きるための目隠しではない。

    きれいごとは、自分だけが楽になるために、他人を
    不幸にするものではない。

    きれいごとは、自分だけが幸福になるためだけの
    切り札ではない。

    きれいごとは、他人を切り捨てることではない。

    【お勧めの一冊】


    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    日本では、むやみに他人を批判するなだとか、年上の人間は敬えとか習うのだが、
    それは、まともな社会においてのみ言える事であり、既に何でもやりたい放題で、
    まともではなくなっている社会においては、そうとばかりは言えない。 むしろ、
    そのような事実をありのまま突き付けてやらないと、平気で理不尽なことばかりを
    して来るため、防戦一方となり、ひいては、自殺に追い込まれることもある。

    brainfreezeword

    日本では、きれいごとばかり述べている人が極端に多いのだが、そのような場合、
    物事の根本的な部分を見ずに、自分の主観ばかりを押し付けて来るため、実際は、
    見捨てられているのと同じ。 そもそも、自分の足元が見えていないため、当然、
    遠くの事も全く見えてはない。 きれいごとは、分かりやすく説明をすると、自分の
    気分を害さない程度に興味のない事柄を全て切り捨てている状態を指すため、
    始末に負えない。

    日本では、きれいごとを述べる人たちが支持される事が多いため、皆こぞって
    きれいごとばかりを述べるのだが、そのような薄っぺらい意見を述べられた
    ところで、同調するのは、似たような人間ばかり。 似たような人間同士で凝り
    固まった結果、現実を一切見ない社会へと成り果てた。 自分が知らないことは、
    一切存在しない事となっており、暗黙のうちに、何もかもが黙殺されてしまう。

    世の中には、知らない事の方が多いのだが、きれいごとばかりの世界では、
    ウソで何もかもが塗り固められているため、それを頑なに信じ込んでいる人達も
    実は多い。 社会のマイナスな部分へ目を向ける事もなくなった現在では、
    社会の掃き溜めの上にフタをして、その上に花を飾って、その一点だけを見つめて
    きれいだと述べているに過ぎない。 よって、その足元には、きれいごとだけでは
    済まされない現実が取り残されているのだが、わざと見ないようにしているため、
    当然、無視される事となる。

    605185044

    一寸先は闇の現代社会においては、いつ足元が抜け落ちて奈落の底へ突き落とされる
    のかが分からないため、人付き合いも慎重にならなければならない。 社会批判が
    大人のたしなみとされているヨーロッパにおいては、批判的な事柄を見つけると、
    社会の改善点が見えたとして、解決の糸口を探す手立てとなるのだが、日本の
    場合は、何もかもが、マイナスな事柄としか扱われないため、社会批判もまま
    ならない。

    そもそも、社会をまともに批判出来ない事自体が、健全ではないのだが、それすら
    自由に出来ないのは、この国が全体主義で、民主主義が根付いた事がないためと
    言える。 きれいごとばかりを述べている人達を見ていると、ある意味、幸福なの
    だろうが、逆を言うと、薄っぺらい意見ばかりを述べているだけの不幸な人間にも
    見える。

    社会のマイナスな事柄を無視し続けた結果、自分の気に入らない、あるいは、関心が
    ない事柄は、全て何もない事となったため、改善の余地すら与えられず、日々、
    黙殺が当たり前の社会となってしまった。 肝心なのは、一人ひとりが声を上げて、
    社会を改善して行く事なのだが、自分の意見を公の場で述べる事以前に、自分の
    意見を持つ事すらまともに許されていない国であるため、根本的な教育から改善して
    行くしかないのであろう。

    自由には、必ず責任が伴うのだが、日本では、言論の自由がない代わりに、責任も
    ないので、無責任な人間にとっては、天国、まともな人間にとっては、地獄と
    なっている。 思考停止社会においては、何も考えない事が大原則となっており、
    何もかもが右から左で、そもそも、責任の所在というものがない。

    きれいごとは、物事の本質を見極めてから述べるべきで、本質的な事柄を見抜けて
    いない人間が言ったところで、一切何の説得力すらない。 自分の知らない事柄は、
    存在していないのではなく、単に無視しているだけである。 何もかもを否定しろ
    とは言わないが、全てを肯定的にとらえろというのにも限界があり、肯定派と
    否定派に分かれて、徹底的に討論を重ねる事が重要なのだと思う。

    【お勧めの一冊】


    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 外国語ブログ 通訳・翻訳(英語以外)へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    東日本大震災における被災地には、今後の復興事業を円滑に行うための国費が
    投入されていますが、その被災地における『恩恵』の多くは、今でも手付かずのまま、
    そのまま眠っています。 被災地には、この『恩恵』以外にも、義捐金がまともには
    届きませんでした。 石巻市内で、運良く義捐金を貰えたのは、沿岸部の極一部の
    人たちだけ。 私の母親の実家は、石巻市中心部(沿岸部)から約10キロ離れた
    石巻市内にありますが、義捐金の支給対象地域からは、外されました。 私の実家が
    ある美里町自体も、石巻市中心部からは、15キロ程度しか離れておりませんが、
    状況は完全に同じです。

    11年前の『宮城県連続地震』の際には、震源地から、わずか3キロしか離れていなかった
    私の実家付近が最大の被災地だったのですが、激しい地震による揺れで、周辺一帯
    全ての家屋が、全半壊し、地面は液状化現象を起こしていたのにも関わらず、人口が
    少ないという安易な理由により、『被災地指定』すら外され、義捐金以前に、一切何の
    補償金すら貰えませんでした。 最大の被災地と言えども、被災地指定を外されたため、
    地震で倒壊した瓦礫の処理は、当然全て自腹でした。 東北の家屋は、比較的大きい
    家屋が多いため、瓦礫の処理には、1軒に付き、最低でも、60~200万円程度掛りました。

    すぐ近所にある小学校の校庭には、2年間だけ、仮設住宅がありましたが、丸2年を
    経過した時点で、全員そこからは出されました。 その後、私の実家付近からは、
    約2,000人の人たちが行くあてもない状態で出て行きました。 今でも皆どこに行った
    のかすら分かりません。 自腹で瓦礫を処理するだけで、預金を使い果たし、家を新築
    するだけの資金的な余裕がなかった人たちは、11年経過した今でも、戻って来ては
    おりません。 それでも、見た目上は、崩れた家屋もなくなり、新築の家が増えましたが、
    空き地だらけで、復興したのかすら分からない状態です。 震度6強前後の地震が
    立て続けに3回も襲ったため、付近には、瓦屋根やブロック塀は、ほぼありません。
    すぐ隣にある石巻でも、約2万人前後の人たちが、東日本大震災での震災後、町から
    出て行ったと言われています。
    safe_image
    東電による原発事故の補償対象となった福島県の場合は、補償金の対象となりましたが、
    福島を除いて、最も福島第一原発から至近距離にある宮城県の場合は、県最南端の
    丸森町だけが、福島県の半額の補償金を貰えただけで、それ以外は、一切何の補償
    すらされておりません。 尚、丸森町の場合は、最南端部分が、原発からは、45キロしか
    離れておらず、約60キロ離れた福島市よりも、至近距離となっています。 私の友人は、
    原発から、約60キロ離れた宮城県側に住んでいますが、特に何の補償も貰ってはおりません。

    義捐金を取り巻く環境は、殆ど全てが任意で管理されているため、その流通経路の途中で、
    実は、かなりの金額が消え失せています。 とあるNPO法人の話では、義捐金の約1割だけ
    寄付すれば、特にお咎めはないとの話でした。 この義捐金の問題は、阪神淡路大震災の
    時にも問題になりましたが、その後、特に変更される事もなく、現在に至っています。
    一部の都市伝説などでは、被災地には、略奪や犯罪などなかった事になっておりますが、
    それは、ウソで、このように、何をしても何もかも『きれいごと』で済まされる社会を変えない
    限り、今後も被災地を食い物にした、このような状況は、一向に改善せず、『明日は我が身』
    という問題意識を常に持って生きていないと、何もかもなかった事として、闇に葬り去られて
    しまいます。

    被災住民に届かぬ3兆円の恩恵




    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 外国語ブログ 通訳・翻訳(英語以外)へ
    にほんブログ村

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

    きれいごととは、ネガティブな内容を真っ向から駆逐し、その上から、取って付けたように
    強引にお花畑を導入する事。 正に、百花乱舞。 一見、ポジティブと同じにも見えるが、
    ポジティブの場合は、ネガティブを受け入れ、それでも、尚、前向きな状態を指すが、
    きれいごとの場合は、ネガティブとは相反するため、何もかも無視。

    10678559_946446425372779_8104118491265984068_n

    すぐ目の前で、誰かが苦しんでいたとしても、自分のお花が咲き乱れている限りは、
    一切何もかもなかった事となる。 泣き言は、一見ネガティブにも聞こえるが、実際の
    ところは、本音を語っているので、耳を傾けてあげた方が、世のため人のため。

    きれいごとばかりを言っている人は、そもそも、物事の本質を全く見ていないため、
    自己中心的なエゴイストとも言える。 きれいごとは、とても便利な魔法の呪文ようなもの
    なので、これを良しとしている人には、近づかない方が、身のためか。 ひとことで言うと、
    ウソだと思います。 ウソのつき過ぎには、十分注意しませう。

    >>トップページに戻る



    クリックをお願いします☆
    にほんブログ村 海外生活ブログ ヨーロッパ情報へ
    にほんブログ村

    このページのトップヘ